塾名

学習塾をはじめるにあたって、決めなければならない重要なことが2つありました。1つは、場所です。もう1つは、塾名でした。

 

場所を自由に決めることはできません。借りたくても借りられない場所を使うことはできませんし、お金がかかりすぎるところを借りるわけにもいきません。かなり広範囲にわたって、調べました。

 

現在の場所で、良かったと思うところと、そうでないところはあります。ただ、日野市の豊田駅前に決めることができたのはよかったと思っています。

 

塾名を決めるのには、かなりの時間がかかりました。こちらは、自由に決められる分だけ、かえって悩みました。

 

漢籍、古典、フランス語やドイツ語の単語帳などを持ち歩いて、いい言葉はないか四六時中探していました。

 

不思議なもので、決まるときにはあっさりと決まってしまいました。ivyという塾名には、さまざまな意味や思いが込められています。

 

ところで、学習塾や予備校の塾名にはどのようなものがあるのでしょうか。

 

伝統のある塾には、地域名や土地の名前を付けたものがありますね。代々木、駿台、四谷・・・

「名門大学」の名前や、関連のものも多いですね。早稲田、慶応・・・

「進学」「学習」「立身」などにゆかりのある言葉もよく使われます。栄、英、志、明・・・

個人名のものもあります。「河合」・・・

 

~塾、~学習塾という塾名は、やはり今でも多くあります。

80年代くらいまでは、~学園、~学院、~予備校、~会などが主流だったようです。

さらに、~館、~舎、~教室などの塾名も現れはじめます。

その後、~ゼミナール、~セミナー、~アカデミー、~スクールといった塾名が多くなります。

2000年代以降、短いカタカナ語や、アルファベットの塾名が増えています。

 

特に強く意識したわけではありませんが、「ivy」はトレンドに沿った塾名であるといえるかもしれません。


(ivy 松村)

勉強は、すばらしい

最近、学習塾についていろいろと調べています。学習塾のあるべき姿を求めて、文献や情報を収集しています。そこで、気になることがありました。

 

いくつかの塾のホームページや広告に、「勉強はだれでも嫌なものだけど…がんばろう!」というようなことが書かれてあるのです。

 

勉強を教える立場の人間は、勉強することは意味のあることで、価値があることだという姿勢を持ち続けなければならないと、私は思っています。

 

「嫌なことだけど我慢してやろう」という言葉と、「面白くなるからやってみよう」という言葉を比べてみましょう。保護者の方にも、ぜひ考えていただきたいことです。

 

人それぞれの感じ方を否定するつもりはありませんが、自分の仕事を、嫌なことをやらせるものだとは思いたくない。ivyは、勉強というすばらしい経験を伝える塾でありたいと思うのです。

(ivy 松村)

塾で行われる雑談②

渡辺稔氏の「学習塾における雑談」という論文には、学習塾の雑談は迎合的に行われる傾向があると述べられている。

 

つまり、塾講師は生徒が求めている方向に沿うように雑談をするということだ。

 

一部の学習塾では、つまらない塾と思われないために、余興的、即自的なコミュニケーションに流れてしまうこともあるのだろう。また、生徒同士がワイワイと騒がしく話しているのを注意できない塾も多いと聞く。

 

よくよく考えると、塾でつまらない雑談を繰り返すのは破滅的だ。時間とお金をかけて勉強するために塾に来る。授業中に長時間、中身のないつまらない話を聞かされたとしたら、ぞっとする。

 

せめて、「つまらない」と思われないような話をしようとしているのかもしれない。そのため、一部の塾講師は、生徒の機嫌をとるような、迎合的な雑談をするのだろう。

 

「良い雑談」というものはあると思う。それは、学習面にポジティブな影響をもたらすものだ。思考を深化させたり、知識を増幅させたりする雑談というものもあるだろう。さらに、リラックスして勉強できる環境を作ったり、学習意欲を向上させる材料を提示したりする意図で行われる雑談もある。

 

雑談も「しっかりと」するというのが、塾の理想なのかも知れない。塾の仕事とは何かについて、考えさせられた。

 (ivy 松村)

塾で行われる雑談①

渡辺稔氏の「学習塾における雑談」という論文を読んだ。要旨は以下の通りだ。

 

①学習塾における雑談は、学校の雑談と同程度の頻度でなされている

②学習塾における雑談は、学習面の影響があり、生徒・保護者に高い評価を受けている

③学習塾における雑談は、経営を意識してなされることがある

 

学習塾は、学校に比べて授業時間や生徒の滞留時間が少ない。それにもかかわらず、学習塾で頻繁に雑談がなされるのは、学習効果を狙ったものであり、また、経営的なプラスになるからであるという。

 

ivyには野球やサッカーをやっている生徒が多く、私たちも野球やサッカーの雑談をすることがある。それは、難しい説明が続いたときの息抜きや、脳の切り替えが必要なときのリフレッシュのためであることが多い。つまり、集中を高めるツールとして雑談を行っている。あるいは、知識や公式を印象付けるときに雑談をすることもある。

 

そう考えると、確かに、自分は、意識的に雑談のタイミングや内容を管理し、「学習効果」を上げるように使っている。

 

学習塾は学力を向上させるという目的が明確なので、塾講師は、すべての「資源」を何かしらの形でその目的に寄与させるために使おうとするのかも知れない。

(ivy 松村)

ブログをはじめます

3月21日に、ivyが開校して、4か月がたちました。今は夏期講習中です。

 

より良い塾を目指して、調整し、改善し、廃止し、新設する毎日です。日々、学習塾として進化しております。ようやく学習塾としての設備や体制が恒常的なものに整ってきました。

 

ホームページも開設し、ブログを公開することにしました。

 

何を書こうかと考えました。ふと、紀貫之の『土佐日記』が連想されました。「ブログ」は、「ウェブ」と「ログ(記録)」を合成してつくられた言葉ですが、一般に、インターネット上に書く「日記」であると捉えられています。

 

『土佐日記』は、土佐国(高知県)に赴任した貫之が、土佐から京に帰るまでの船旅の行程を書いた旅日記(紀行文)です。気になって調べてみると、12月21日に門出(出発)したと書かれています。そういえば、ivyの開校(門出)は3月21日でした。

 

また、一般に、「航海」は人生や組織の行く末の比喩となります。その未来に困難が予想されていても、希望と勇気をもって新しい挑戦を始めることを、航海への出発――「船出」になぞらえて表現することがあります。

 

ivyが船出して、4か月が過ぎました。船旅はまだまだ続きます。

 (ivy 松村)