そうだ、相談に行こう。

この時期には、高校の「説明会」が数多く開かれます。

 

その中身は、大きく分けると3つのタイプがあります。

 

①高校の授業内容や進学実績など、「魅力」を伝えて生徒募集につなげようとするもの

②入試の制度や方針、問題へのアプローチなどを解説してくれるもの

③進学についての相談にのってくれるもの

 

単独でこうした内容のイベントが行われることもありますが、これらの3タイプを組み合わせた「説明会」が開かれることが多いようです。

 

 

①は、どんな高校なのかを案内するものです。

共通問題の都立高校の「説明会」は基本的にこのタイプです。

「耳よりの情報」が得られることは、あまりないと思います。

率直にいって、このような「説明会」に時間を費やすのは、ちょっと時間がもったいない気がします。夏までに見学しておきましょう。

 

②は、入試問題の傾向や、作問の方針などを高校がレクチャーしてくれるものです。採点基準や、得点配分などを知ることができれば、今後の受験勉強に反映させることができるでしょう。また、得点や合否に関するデータを知ることができる場合もあります。

こうした情報は、過去問演習を行う際に有効な情報となるでしょう。

 

③は、「個別相談」あるいは「入試相談」「受験相談」「進路相談」「事前相談」などと呼ばれているものです。受験しようと考えている高校が「個別相談」を行っている場合には、基本的に出向かれたほうがいいと思います。

 

「相談」というのは、もちろん、「悩み相談」のようなものではありません。

高校側に「合格できる可能性」があるかどうか、を判断してもらうというものなのです。判断の基準は基本的には学校の成績ですが、検定や模試などの成績も総合的に評価してもらえる場合があります。

また、「ぜひ、お世話になりたい」という思いを示すことが、高校にとっても、さらに、受験生本人にとっても重要であることが多いと思います。「なんとしても行きたい」とう思いを「相手」に受け止めてもらうことは、受験に向けての取り組みによい影響をもたらすかもしれません。

 

推薦や単願・専願での受験を考えている生徒で、複数回「個別相談」に行くような例は結構あります。仮内申が出る前と出た後で状況が変わっていることがあるわけですね。また、12月中に「成績」の状況が変わることもあるわけです。結局、一般入試を受けることになったとしても、それが無駄にならなかったということもあるかもしれません。

 

その他、特待生や奨学生など、授業料の優遇の制度について詳しく聞くことができます。

大学進学の実績を上げようと努力をされている私立高校は、優秀な生徒を多く集めたいと考えています。高校側に、そういった生徒であると評価してもらえたときには、授業料の優遇を受けながら「特進クラス」などで手厚い指導を受けることができるかもしれません。

もしかすると、「微妙な都立高校」に進学するよりも、何倍もよい進路となる可能性もあります。

 

「特待生」などの制度は高校によって大きく違っています。

出願の前に「相談」が必要な場合、出願の際に認められる場合、あるいは、入試の成績がよかった生徒に権利が与えられる場合など、様々な形式があります。

また、その内容や基準、審査の方法などは、やはり高校の入試担当の先生に直接聞く方が、詳細をわかりやすく知ることができると思います。

 

当塾にも、入試担当の先生がお見えになって、「特待生」などの制度を詳しく説明してくださることがあります。話を聞かせていただいて、本当に魅力的だなあ、と思うこともけっこうあります。

 

 

 

12月になると、中学校の三者面談が始まりますが、この三者面談で私立の受験校を固めることになります。都立高校は2月に入ってからでも志願変更が可能ですが、私立の推薦、単願・専願、併願優遇などの「しばり」があるタイプの入試を、中学校をとおして受ける場合には、ここが「制限時間」になります。

 

 

12月15日に中学校と高校の間で「入試相談」が行われることになっています。

中学で配布される「年間行事予定」の12月15日に、「入試相談」と記してある中学校があります。中学校としても、「入試相談」は重要な行事のひとつであると考えられているということになります。

 

 

中学と高校の間で行われる「入試相談」は、ある意味で、中学をとおして行う「受験生・家庭」と高校の「相談」であるといえます。中学校が仲介して「相談」を行っているわけです。

 

一方、高校が「受験生・家庭」に向けて開く「個別相談」は、ある意味で、中学を介さない直接の「相談」であるといえます。

必ず中学をとおして「相談」をしなければいけないというわけではないので、これは制度外のものではありません。「個別相談」の制度は一般的に認められたものです。特に、埼玉県など、慣例的に中学の「入試相談」が行われてこなかった地域では、必要とされるものだったのです。

 

 

 

通常であれば、中学をとおして「入試相談」をする方が安心できますし、変ないいかたになってしまいますが、「経済的」です。

しかし、スポーツ推薦のようなちょっと特殊な受験を希望する場合や、直接訊いてみたいことがある場合には、高校で開かれている「個別相談」を利用したほうがいいのかもしれません。

 

なかには、中学との「入試相談」は行うけれども、「受験生・家庭」向けの「個別相談」は行っていない高校もあります。その場合には、もちろん、中学の先生に「相談」をお願いすることになります。

 

 

 

新聞報道等で明らかにされたことですが、塾が「入試相談」を行うことがあるようです。

 

塾のテストで推薦、単願・専願、併願優遇を取れると説明を受けている場合には、それは文部科学省からの「通知」を意図的に無視した「ルール違反」をおかしているということになります。

 

 

一応触れておくと、これが「メリット」になるのは、ごく限られた一部の生徒だけです。

 

 

①まず、推薦などを「塾の基準」で得られたとしても、そのほとんどの受験生は中学校の基準をクリアしているので、わざわざ塾をとおして「相談」をする意味がない

 

②そもそも、学力的に、一般受験で合格できるランクの高校が対象となっている

 

③生徒(と受験料)を集めるために、そのようなことを行っている高校(と塾)に、魅力を感じるかどうか

 

④まともな塾であれば、もっとよい高校を知っていて、別の受験パターンを勧めるはずである

 

 

ということで、塾の「入試相談」を使える人は、「そういう高校」に受験料をお支払いになればいいとは思いますが、もう少しまともな受験パターンというものも考えてみたほうがいいかも知れません。

(「そういう高校 」の大学合格実績は、「装飾」をはがしてみると、やはり微妙です。)

 

 

 

明日も「説明会」に行ってくる生徒がいます。

よい情報を持って帰ってきてほしいと思います。

 

中3は昼過ぎから授業をすることになっているので、その分勉強に遅れが生じますが、後からしっかり追いついて来てください。

 

明日は文法問題で、明後日は早実の過去問です。

 

では、明日もお待ちしております。

 

 

 (ivy 松村)

中3のこれから(仮内申→塾の面談→中学の三者面談)

来週には、中3生の仮内申が決まります。

 

これが、高校受験の「持ち点」となります。

 

都立高校入試では、推薦、一般の入試ともに、内申点が当日の試験の点数に加算されて合否が判定されます。

 

私立高校入試でも、内申が重要な意味を持っています。

 

一部の私立高校入試では、内申が合否に直結します。

いくつかの私立高校の推薦入試、そして一般入試の単願・専願、あるいは併願優遇では、内申次第で合格をほぼ手中にすることができるものがあります。こうした入試の出願には、必要な内申が設定されています。

 

また、推薦、一般入試ともに、内申に応じて当日の試験の点数に加点が得られる場合があります。

 

 

推薦入試において、内申というのは、ある意味で「出願資格」として機能しています。

ですから、私立高校を第一志望としている受験生にとっては、必要とされる内申を確保することは切実な問題です。

志望校の推薦入試を受けることは、チャレンジの機会を増やしたり、可能性を高めたりすることにつながるからです。

 

 

 

さらに考慮しなければならないのが、推薦入試の受験者への優遇制度です。

 

推薦入試は、その性質上、内申による加点が行われるものが多いので、自分の「持ち点」ではなかなか合格するのが厳しいというケースがあります。しかし、どれほど合格の可能性が低かったとしても、推薦受験者への優遇制度がある場合には、できるかぎり推薦入試を受けておかなければなりません。

 

推薦入試を受けておくことで、一般入試で有利になるからです。

推薦入試の不合格者は一般入試に再チャレンジをすることになりますが、いくつかの高校では、推薦と一般の両方を受ける受験者に対して加点や合格基準の「底上げ」というような優遇措置を設けています。

 

この「カード」は、一般入試を受けなければならなくなったときに活きてくるという「皮肉」なものですが、推薦入試で合格することだけを考えるのではなく、一般入試を受けるつもりで準備を進めようと考える受験生にとっては、必要な装備となります。

 

「推薦入試は、『ゴールへの近道』であると同時に、『ゴールへの道のり』でもあるのです。」

 

 

期末テストもしっかりとがんばってきました。

なんとか届いていてほしいと思っています。

 

 

中3生には、保護者面談のお知らせをお配りしました。

もし、ご希望であれば、平日の授業後の時間(夜の9時30分以降)に面談を設定させていただきます。お気兼ねなくご連絡ください。

 

 

 

昨年、「三者面談」に際して、注意していただきたいことについていくつかの記事を書きました。内容は、普段から申し上げていることがほとんどですが、参考までに。

 

 

学校の「学力」と、塾の「学力」(三者面談の話①)

合格を確保することと、勝ち取ること(三者面談の話②)

受験校を決める(三者面談の話③)

三者面談の注意

塾と面談・学校で面談・高校に相談

 

 

 

中3は、期末試験から、ずっと毎日テスト三昧ですね。

毎日過去問を解いています。

休みの日は公開模試や「特訓」を行っています。

祝日で学校が休みだった月曜日は、結局11時間塾で勉強していました。

 

ちょっと頭が「なまって」いて、なかなか点数が上がっていませんが、これから、高校入試に向けて生活と体と脳を調整していきます。

明日も、気合を入れてがんばっていきましょう。

 

 (ivy 松村)

「馳文部科学大臣の発言」について考えてみる

今年は、「大学」に関するニュースで、2つの「改革」が大きな話題になりました。

 

ひとつは「大学入試改革」です。

大学入試センター試験にかえて、「新テスト」の導入が決まりました。

 

もうひとつは「国立大学改革」です。

国立大学の人文社会科学系の学部の「廃止」を、文部科学省が推進しようとしていると受け取られ、大きな反発を招きました。

 

これらのニュースについて、少し考えてみました。

 

でも、「国立大学改革」については、ある程度考えをまとめてみましたが、ちょっと書きにくい内容になってしまったので、載せないことにしました。

 

今回は、 もうひとつのトピックである「大学入試改革」に関して、馳文部科学大臣が行った発言について考えたことを書いてみようと思います。憶測や仮定などを含んだ部分もありますので注意してください。かなり踏み込んだ考えも書いていますが、まあ、世の中にある意見のひとつであると、鷹揚に受け止めていただければと思います。

 

 

 

さて、センター試験にかわる「大学入学希望者学力評価テスト」は2020年に導入される予定です。

しかし、先月に文部科学大臣に就任した馳大臣は、新聞社のインタビューで、このテストについて、導入の時期を先延ばしする可能性を示唆しました。

 

新しい文部科学大臣の「リーダーシップ」への期待感もあり、この発言は大きく注目されました。

私は、この馳大臣の発言を、「個人的な思い」の表れであると受け止めることを、今は保留しています。馳大臣が、どのようなタイプの政治家なのか、まだわからない部分があるからです。世間が思っているような「単純な発言」だった可能性もあります。

 

しかし、おそらく、用意された発言だったのではないかと考えています。

 

 

安倍総理大臣は、よく言われるように「保守本流」の政治家だと思います。

経済政策においては、政府の役割を小さくしようという考えを持っています。

 

一方、教育の分野では、政府の役割を大きくしようと考えています。

それは、第一次政権のときから強く打ち出されていました。

 

前任の文部科学大臣だった下村さんは、安倍さんと政治的な考えが近く、また、長年安倍さんに近い立場、役職で政治活動をされてきた方です。

3年前に政権をスタートさせるときに、安倍さんは、自身が強い信頼を寄せる政治家である下村さんを文部科学大臣に任命したのです。

 

おそらく、安倍総理は、文部科学大臣というポストを、世間が思う以上に重要視しています。だからこそ、自分の意をしっかりと汲んでくれる人を文部科学大臣に抜擢するのだと思います。

 

安倍総理大臣の様々な発言を見聞きしても、教育行政のテコ入れに、強い意欲と関心を持っていることがわかります。

政府主導で教育の「改革」を行っていくために、文部科学省を担当する国務大臣は、忠実に仕事を実行することができる人物を起用する人事となるわけです。

 

今回の内閣改造で文部科学大臣となった馳さんは、経歴や「党人」としての立ち位置も含めて、安倍さんの構想に合致する人だと思います。

 

 

安倍総理大臣は、小泉さんの政治手法に大きな影響を受けていると思います。

なかでも、「政府・与党執行部」が中心となって政治を動かすやり方は、とても似ています。

 

安倍さんが志向するのは、政府・与党の中枢が各省庁を主導的に指揮し、円滑に政策が施行されるような体制です。

 

安倍政権の閣僚(国務大臣)には、官邸(政府・与党)が決定した政策を、各省庁と連絡を取りながら実行する「実務能力」が求められるわけです。

 

つまり、馳大臣は、旧来の政治家のように、「独自色」を打ち出すことを求められたり、許されたりするような職務に就いているわけではないのです。

 

 

ですから、馳文部科学大臣が公にする発言は、政府の方針を代弁したものである可能性が高いといえます。

 

(もちろん、これは、馳大臣が、軽はずみに「個人的な思い」をメディアの前で話さない、という政治家としての基本的な資質を有していることが前提です。)

 

 

現代政治の力学をふまえて考えてみると、馳大臣の言葉は、文部科学省の「お役人」や関係者に向けて発せられています。

 

つまり、今のようないいかげんな案のままでは、予定どおりに「新テスト」を導入させるわけにはいかない、という警告をしているということです。

 

馳大臣の発言を聞いた文部科学省の「お役人」は、予定どおりに「新テスト」が導入されるように、現行の案の見直しを迫られます。

また、これがメディアをとおして発信されたことによって、「新テスト」がいいかげんなものになっていないかどうか、国民の「監視」を受けることになります。

そのため、言い逃れたり押し切ったりすることができなくなります。

 

馳大臣の発言は、そのことを計算したものだと思います。

 

 

 

私は、今の段階では、「新テスト」は、予定どおりに導入される可能性のほうが高いと思っています。

もちろん、未来のことは現時点ではわかりません。

しかし、すくなくとも、馳大臣は「新テスト」の導入時期を本格的に見直そうと考えているわけではないと思います。

件の発言は、その意図を現実的に読み取れば、要するに、「間に合うようにやりなさい」というものに過ぎないわけですから。

 

 

政治家が目指すのは、「お役人」の面目を潰すことではありません。

政治家は、「お役人」に力を貸してもらいながら、政治的な理想を実現することを目指します。

 

馳大臣の発言は、政治的な目的を達成するための手段として、なされているはずなのです。

 

 

 

さて、不透明な部分はあるにしろ、いずれにしても、大学入試の制度が刷新されることになりそうです。

 

おそらく、これは「受験業界」の再編の引き金となるでしょう。

 

センター試験が導入されたのは1990年ですが、それを契機として大手予備校が全国各地に「勢力」を拡大することになりました。

多くの受験生を抱えている予備校ほど、精度の高い情報を持ち得たことが大きな理由のひとつです。

 

予備校は、センター試験を受けた受験生の自己採点を集計して「ボーダー」等の分析を行うわけですが、こうした情報の取得は、「サンプル数」を多くかかえる大手が圧倒的に有利となります。

大手予備校は、特に国立大学を目指す生徒が求めるセンター試験の情報を武器に、さらに多くの学生を集めました。

 

こうして、90年代以降、地元の中小の予備校ではなく、全国展開している大手予備校へと学生がよりいっそう集中する状況が作られていったのです。

 

今回も同じように、「新しい入試」に呼応して「受験業界」の変化が訪れることになると思います。

 

 

 

生徒たちも大変ですが、私たちもうかうかしてはいられません。

「新テスト」をふまえた万全の指導を行えるように、しっかり準備していきたいと思います。

 

 (ivy 松村)

連絡「11月23日の授業について」

11月23日は「勤労感謝の日」で祝日となっていますが、中2の英語の授業を行います。

 

 

どうしても、祝日が多くなる月曜日の授業が滞りがちになってしまいます。

中2の英語のカリキュラムを進めますので、予定のない生徒は出席するようにお願いします。

 

また、中3は同日に「入試演習」を行います。

この日に公開模試を受ける予定がある人以外は、指定の時間に集まるようにしてください。

 

 

いよいよ入試に向けて、加速する時期です。

 

これから、中3生に向けて、模試のない日曜日に「入試特訓講座」を開講します。

 

通常授業に加えて、早慶MARCHを中心とした私立の過去問演習と解説授業を行います。

 

半日以上かけて実施しますので、食事の用意が必要となります。

2学期以降の授業でも、ずっと過去問演習を行ってきましたが、「入試特訓講座」では、同じ年度の入試問題を、3教科をそろえて行います。

さらに、合格判定と復習レポートの提出までを1サイクルとして、進めていきます。

 

おそらく、1サイクルで9時間以上かけることになると思います。

この「入試演習特訓」は、実際の入試を想定した「総合的」な対策を行うという位置づけです。

1教科あたり、90分ほどの解説を行いますが、各教科ともに授業時間を延長する可能性があります。

また、基本的に、その日のうちに、復習をしてもらうつもりです。

予定よりも帰宅時間が遅くなる日もあると思います。その心づもりで参加してください。

 

 

 

中3は、これから、「仮内申」が出た後に、塾の保護者面談を行う予定です。

期末の点数が出て、内申点の見通しが立つころに、あらためてご案内差し上げます。

 

 

 

全学年に、冬期講習のご案内をお配りしております。

 

受験生は、入試に向けての最後の正念場となります。

非受験の学年は、3学期に向けて、力を蓄えていく大切な期間です。

 

口座引き落としの関係もありますので、お早めにお申込みいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

期末テストが佳境に入っています。

テストを終えた生徒から、いろいろ話を聞かせてもらっています。

 

平山中は水曜日に中間テストが終了しました。

四中、七生中、打越中、横山中、加住中は、本日が終了日でした。

一中、二中、ひよどり山中、小山中は明日終了となります。

川口中は、明日から期末テストが始まり、来週の水曜日に終了します。

 

 

期末テストが終わってほっとしたタイミングは、体調を壊しやすいものです。

夜の寒さも少しずつ厳しくなってきました、くれぐれも気を付けてお過ごしください。

 

 

 (ivy 松村)

英検の二次試験の結果

今日、待ちに待った英検の二次試験の結果が判明しました。

 

本日、一人ひとりに結果を伝えましたが、準2級、3級ともに、全員合格を果たしました。

おめでとうございます。

 

これで、英語検定は、すべての級の受検者が、全員合格となりました。

 

そして、漢検に始まり、数検、英検と続いてきた「検定シリーズ」がフィナーレを迎えたわけです。

おつかれさまでした。

 

 

 

高校入試で、一般受験をする中3生は、全員が、3級以上の検定を2つ以上取得しました。

最も意欲的に検定取得に取り組んだ生徒は、2つの検定で準2級に合格しました。

 

中1で漢検3級を取得した生徒、同じく中1で英検3級を取得した生徒もいます。

大きな自信となったことでしょう。

また、大きな刺激を受けた生徒もいることでしょう。

 

 

各検定への取り組みは、入試での活用という「実利」以上に、「学習文化」の定着、学習意欲の醸成という面で非常に良い影響をもたらしてくれました。

また、成功体験や失敗も、それ自体が生徒たちの大きな糧となりました。

 

 

 

なんだかよくわからない講座や合宿に申し込まされて、手抜きの教材でよくわからない勉強をさせられて、何万円も取られるくらいなら、検定取得に向けて勉強に励んだほうが、何百倍有益だろうと思います。

 

 

「検定」に必要なのは、検定料と一冊分の教材費のみです。

 

ivyでは、検定合格に向けて、様々なバックアップや支援を行っていますが、それらにかかる費用はありません。

たとえば、今回は、英検の二次試験の対策として、受検者全員と1週間の間ほぼ毎日面接練習を行いました。

 

 

これは「宣伝」というよりも「お願い」に近いものだと考えるのですが、ぜひ、来年も検定にチャレンジしてほしいのです。

 

がんばった成果が確かな形となれば、そこには、大きな達成感と充足感があるのです。

 

「合格」をひとりでも多くの生徒に味わってもらいたいのです。

 

 

 

英検の二次試験が英語学習にとってどのような意味を持つのか、考えたことを少し書いてみます。

 

 

まず、日本人が不得意な「数と時制」に対して強い意識付けがもたらされます。

 

3級では、現在完了はほとんど使用されることはないようです。準2級も、パッセージに出てくることはあるようですが、質問で使われることはあまりないようです。

(一般的な英語の会話を想定するならば、現在完了を使って「経験」などを聞くことは自然なコミュニケーションだといえるので、今後、そういった内容に踏み込んだ質問が組み込まれる可能性はあると思います。)

また、「過去進行形」を使う機会もほぼありえません。

 

したがって、英検の二次試験では「現在形」「現在進行形」「過去形」「未来形」を使って、質問に答えられるように練習していくわけです。

 

 

「絵」を用いた質問は、現在形か現在進行形を使って答えます。3級ではQ2とQ3がそれにあたります。

「場所」を説明する場合には現在形を使い、人物の「行動」を説明する場合には現在進行形を使います。ただし、「have/has」などを使って、「何を持っているか」が聞かれるときなどは、現在形で答えます。

また、「ふきだし」の内容を答える場合に、未来形を使うこともあります。

 

 

いずれにしても、質問を受ける際に、自分の答えに使う「時制」を把握する練習をしていくわけです。

 

また、現在形を使うときには、さらに「数」を意識して動詞を使わなければなりません。

もちろん、名詞は、その数が単数か複数かによって、語形を変化させて示す必要があります。

 

瞬時に、「時制と数」に合致した英文をつくらなければ減点されてしまいます。

 

「He is ~ing」、「He has ~」

「She is ~ing」、「She has ~」

「It is ~ing」、「It has ~」

「They are ~ing」、「They have ~」

「There is ~」、「There are ~」

 

「絵」を用いた質問に対応するために、受検者は、このような「型」を身につけていきます。

 

英検の二次試験の対策を通して、生徒たちは、英語は数や時制によって用いる文の「型」を「選択」しなければならないのだ、ということをあらためて意識せざるを得なくなるのです。

 

それは、実は、英語の「特性」を身につけるうえでとても重要です。

 

 

 

また、英検の二次試験がもたらす効用として、頻繁に使われる表現や説明に便利な語彙を、体感的に会得できる、ということが挙げられます。

 

 

人物の「行動」を説明するためには、「動詞」を使いこなせなければなりません。

また、「場所」の説明には前置詞の知識が必要です。

 

準2級のQ2や、3級のQ2の練習をこなすことで、「使える」動詞が分かってきます。

「have」「take」「put」「use」「make」「keep」「get」「give」「play」「carry」「clean」「pull」「push」…などの動詞です。

 

特に準2級のQ2では、これらの動詞や、これらの動詞を用いた連語をうまく使いこなせるかどうかが、攻略の「鍵」になってきます。

 

 

準2級、3級ともに、Q4、Q5では「自分」に対する質問がなされます。

 

「自分」に対する質問には、「like」「want」「enjoy」…などを意識して使えるようになると、うまく反応できるようになります。

 

準2級のQ4では、パッセージと関連した「意見」を求められます。

この答えには、動名詞や不定詞を主語にしたり、あるいは無生物主語などの構文を用いたりして作る「~すること(~というもの)は~だ(からだ)」というような「型」が非常に効果的です。「I」を主語にするよりもスムーズに答えられます。

このとき、「good for me(us)」「interesting」「expensive」「(make me) happy」…といった形容詞をうまく使うと、きれいにまとめられます。

 

 

「入試」という目線で考えても、「単語」を使いこなす能力の向上は、メリットが大きいと感じます。

つまり、こうした訓練は、英作文の力を大きく伸ばすことにつながるからです。

 

 

 

英検二次試験がもたらす効用の3つ目として、「情報処理」の能力の伸長が挙げられます。また、同時にそれは、コミュニケーションの能力を伸ばすことでもあるといえます。

 

特に、「因果関係」を説明する訓練が重要です。

「因果関係」を英語で説明するには、事象や原理を構造的に捉えたうえで、適切な表現を行う必要があります。

 

Q1は、かなりの割合で「理由」が聞かれますが、それはさほど難しい質問ではありません。文章の中から答えに該当する部分を探し出して、必要な形に整えれば解答が完成します。

 

しかし、たとえば、準2級のQ3やQ4、また、3級のQ5で「Why?」あるいは「Why not?」と聞かれ、頭に思いついた日本語の答えを「翻訳」することで対処しようとしたときには、適当な英語の表現が思いつかず、うまく答えられないことがあります。

 

 

受検者は、「自分が使える英語」を駆使して、「成立する返答」を作り出さなければなりません。

求められていることと、自分にできることを瞬時に把握して、言葉を紡ぎ出すという「情報処理」を行わなければならないのです。

 

 

外国語で、親しく人付き合いをしたことのある人は理解できると思いますが、コミュニケーションにおいて、常に必ず、頭の中にある観念を、正確に精密に表現しなければならないということはないのです。「成立する」ということに意味のあるコミュニケーションというものもあるのです。

(一応念のためにいっておきますが、これは嘘やごまかしといったものとは別次元の話です。)

 

 

もちろん、思ったことを思った通りにスラスラと表現できれば、それがもっとも理想的です。

でも、「日本語」であっても、それはなかなか難しいことですよね。

 

まして、「外国語」を使ってコミュニケーションを取らなければならない場合、「理想」ばかりにとらわれていても「話す能力」が向上することはありません。

 

大事なのは、話す訓練を積む、ということなのです。

そのために、英語検定があるわけです。

 

 

時間をかけて、(また、必要であれば辞書や文法書を駆使して)理想的な「翻訳」を行うことも、もちろん意味のあることです。

 

しかし、また、同時に、英語を使って「コミュニケーションを成立させる」ということも、なかなか大変なことであって、そして、意味のあることです。

 

そして、それは、社会的な存在である私たち「人間」にとって、重要な能力であり、必要とされる技術でもあるのです。

 

英検の二次試験に向けた取り組みは、こうしたコミュニケーションの力を発展させる機会となるのです。

 

 

 

英検の二次試験を受けた生徒たちが全員合格したことは、とても喜ばしいことでした。

しかしそれ以上に、英検合格に向けた取り組みが、生徒一人ひとりを大きく成長させたことに大きな意義があったと思います。

価値のある経験でした。

あらためて、おめでとうございます。これからも、英語をがんばりましょう。

 

 

 

さて、今日(11月17日)から、いくつかの中学では期末テストが始まりました。

また、明日から、いくつかの中学が期末テストに突入します。

 

今日も、ほとんどの生徒がテスト勉強に来て、直前の追い込みに取り組んでいました。

 

 

今日、少し気になった「事件」がありました。

出来事だけを見れば、取り立てるほどのこともない話です。

私は、それはある生徒の「勘違い」だと思い、以後気をつけるようにいいました。

その「勘違い」のせいで、その生徒自身が損をすることになってしまったのです。

 

しかし、全員が帰ったあとで、今日の出来事をよく思い返してみて、それはもしかしたら、別の誰かが関与したものだったのではないか、と疑う気持ちがわいてきました。

 

真相は、今はわからないので、明日、話を聞かせてもらおうと思います。

 

 

 

生徒のみなさん、この期末テストで、取り組んできた成果を発揮することを祈っています。

がんばってください。

明日も、校舎でお待ちしています。

 

 

 (ivy 松村)

勉強の「持久力」

今日もほとんどの生徒が自習に来ました。

本当に、勉強が板についてきました。よく勉強しています。自習姿に見入ってしまうほどです。

勉強のやり方や取り組み方などについて、あまり注意をすることがなくなって、なんとも寂しいような、うれしいような気分です。

 

 

多くの生徒が10時半まで勉強して帰ります。

 

 

生徒には、塾での勉強時間を、お家の人と相談するようにいっています。

 

10時半までがんばって勉強したい、ということを伝えて、じゃあ、がんばってきなさい、ということであれば、勉強させてもらえるということに感謝して、しっかり勉強しなさい、といっています。

 

中学生があまり夜遅くに帰宅するのはよいことではありませんし、生活のリズムを考えて、何時までに帰ったほうがいいということであれば、できるだけの勉強時間をがんばって取り組みなさい、といっています。

 

 

 

勉強は、ただ単に長時間取り組めばそれでいいというわけではありませんが、高校に行くまでの間に、長時間勉強できるだけの「耐性」を身につけることはとても大切です。

 

高校で、大学受験の(特に国公立大学に入るための)「勉強量」に押しつぶされてしまうのは、自習の能力がない生徒です。それは、 「勉強量」に根負けしてしまうということもありますが、「耐性」のない生徒は、時間の中で、求められる「勉強量」をさばけなくなっていくからです。

 

その理由は非常に単純です。

同じく5時間を有した生徒であっても、5時間をまるまる勉強に使う生徒がいる一方で、5時間のうちの2時間だけしか「勉強状態」を維持できない生徒がいるわけです。

あるいは、5時間分の勉強を、ダラダラと10時間かけて終わらせたりしているわけです。

 

必要な「勉強量」を、必要な時間でこなせないのです。

5時間の間、独力で勉強し続ける能力が身についていないからです。

 

 

 

勉強に必要な能力として、よく挙げられるのが「集中力」です。

少し前から、この言葉に違和感を持つようになりました。

 

勉強をしていて、他のことに気を奪われたり、もの思いにふけったり、手わるさや落書きをはじめたり、誰かに話しかけたり、ちょっかいを出したりしてしまう生徒がいます。

 

一般的には、これは、その生徒に「集中力」がないからだ、と説明されます。

 

 

集中というのは、物質や意識が狭い範囲に集約されたり凝縮されたりするさまをいいます。

「勉強に集中する」というのは、他のことが気にならないくらい勉強に意識が収束し、没頭している状態を指すことになります。

 

しかし、それは、「集中」ではなく「夢中」です。

 

 

スポーツの世界でも「集中」という言葉はよく使われます。

勝負の世界で「集中」を欠くことは、負けにつながります。

 

スポーツなどでは、ある局面やある時間の範囲の中で、注意や観察、反応や対応を怠らないように行動することを「集中」という言葉で表します。「残りの5分間を集中して守り切る」というように。

 

つまり、「集中」という言葉は、こうした文脈上では、「弛緩した精神状態」の対義語として用いられているわけです。

そして、勉強における「集中」も、これと同じ意味内容で使われているわけです。

 

 

 

そう考えると、「5時間勉強に集中する」などという状態は、ちょっとあり得ないと思えてきます。

スポーツの試合でも「集中」を維持し続けることは困難なのに、勉強の間、不断に「集中」し続けることなどできるでしょうか。

 

また、勉強には、(もちろん「緊張」が必要な場面も多々ありますが)「リラックスした状態」で行うことが理想的な場合もあります。そのほうが、知識をしっかりと記憶に残すことができたり、思考力を存分に発揮できたりすることがあるのです。つまり、一般的に考えて、「集中」の対極の状態で勉強することが望ましいといえる状況も考えられるわけです。

 

さらにいえば、ボーっとしない、手わるさをしない、私語をしないといった程度の行動を抑制することを、「集中」という言葉で表すべきなのだろうか、と思うわけです。

 

 

思うに、継続して勉強に取り組む能力を表すのに適切なのは、「集中力」ではなく「持久力」(あるいは「持続力」)という言葉なのではないでしょうか。

 

 

 

中1、中2の生徒の、「2学期のテーマ」は、ずばり、「勉強の持久力の向上」です。

 

中3は、夏期講習を通して、高レベルの「持久力」を養いました。

 

中1、中2の生徒には、漢検、数検、英検といった各種の検定や定期テスト勉強を通して、「持久力」を磨いてもらっています。

 

 

私が、生徒のみなさんの「帰る時間」を非常に気にするのも、そのためです。

 

「疲れたからもう帰る」ということを、みなさんは当たり前に思っているかもしれませんが、それは自分を甘やかしていることとつながっています。

 

必要な「勉強量」をやり切ろうという意志で勉強しているのではなく、「自分の都合」で「勉強量」を減らしているのです。

 

マラソン選手が、「疲れたから」といって、コースの半分しか走っていないのに帰ってしまうようなものです。

 

 

 

マラソン選手は、持久力を身につけるためにどのようなトレーニングをするでしょう。

 

長い距離を長時間走れるようになるためには、なるべく長い距離をなるべく長時間走る練習をするしかありません。少しずつ、走る距離、走る時間を伸ばしていくのです。

 

苦しい練習を上乗せしていくことで、少しずつ、自分の能力を向上させていくのです。

 

1時間勉強しただけで疲れてしまう人は、1時間勉強しただけで帰ってはいけないのです。

そういう人は、1時間半勉強してから帰りましょう、という話をしているのです。

 

 

 

たまに、「勉強は効率が大事」などとドヤ顔でいう人がいますが、その言葉に意味はありません。それは、単に、勉強の「中身」が大事、といっているだけですよね。わざわざ口にするほどのことではありません。

 

しかし、もしも、「短時間」ということを重視して言っているのなら、そこには、うすっぺらい価値観がにじみ出ています。「点数」という目の前の結果だけを「目的」としているから、「効率」を一番に考えてしまうのですね。

 

100キロのスピードで、100メートルしか走らない車を自慢しているわけです。それで「楽ちんだ」と言ってうかれているわけです。

 

 

自分自身が、この先ずっと「成長」してくのだという「ヴィジョン」を持てる人は、何百キロ先の目的地であっても、走り続けて、到達しようと考えるでしょう。

 

その「走り」のなかで少しずつ自分の能力を高めていけば、きっとたどりつけることを理解しているのです。

 

そのために、「今日という日」に、走る訓練を自らに課すのです。

 

 

 

「もう疲れた」というところから、さらにひと踏ん張りしてみよう。

 

限界と思う「先」に行こうとするがんばりが、きみの「持久力」を育てていくのです。

 

 

 (ivy 松村)

 

国語 解説「歴史的仮名遣い」

2学期の期末テストは、1年生は『竹取物語』、2年生は『平家物語』と『徒然草』が出題範囲になっている中学校が多いようです。中3は『奥の細道』や和歌ですね。

 

 

古文の単元は、成績に差がつくところなので、しっかり準備しておきましょう。

ある意味では、周りに差をつけるチャンスでもあります。

 

 

古文のテストでは、おなじみの「歴史的仮名遣い」についてまとめておきます。

 

 

 

※「は」→「わ」 あはれ(あわれ)、やはらか(柔らか)、つはものども(兵ども)
※「ひ」→「い」 かひ(貝)、あひず(合図)、おもひで(思い出)
※「ふ」→「う」 きのふ(昨日)、かふ(買う)、とふ(問う)、いふ(言う)
※「へ」→「え」 いへ(家)、かへる(帰る)、こたへる(答える)
※「ほ」→「お」 にほひ(匂い)、おほせ(仰せ)、よそほひ(装い)

 

 

「ハ行」が「ワ行」となるのは「自立語の語頭以外」ですので、注意してください。

たとえば、8月の「はづき」(葉月)は[はづき]と読みます。

(その他、一部例外もあります。)

 

 

※「ゐ」→「い」 ゐど(井戸)、まゐる(参る)、くれなゐ(紅)
※「ゑ」→「え」 こゑ(声)、ゑ(絵)、ゑん(円)、ゑひもせす(えいもせす)
※「を」→「お」 をとこ(男)、とをか(十日)、をかし(おかし)

 

 

※「ぢ」→「じ」 あぢ(味)、恥ぢる(恥じる)、おぢさん(おじさん)
※「づ」→「ず」 いづれ(いずれ)、よろづ(よろず)

 

 

※「つ」→「っ」 ぼつちやん(坊ちゃん)、ひいふつと(ひいふっと)

 

 

すべての「つ」が「っ」となるわけではありません。

[っ](「促音」といいます)として読むのかどうか、よく確認してください。

「や・ゆ・よ」を[ゃ・ゅ・ょ](「拗音」といいます)として読む場合もあります。

 

 

※「む」→「ん」 かむなづき(神無月)、つねならむ(常ならん)

 

これも、[む]と読む場合がありますので、よく確認してください。

 

 

※「くわ」→「か」 くわかく(価格)、くわじ(火事)、ゆくわい(愉快)
※「ぐわ」→「が」 まんぐわ(漫画)、ぐわんやく(丸薬)

 

 

 

ここまでは、何とか大丈夫だと思います。

 

ここからが、ちょっと大変です。

「ローマ字」を使って考えます。

よくわからなかったら、じっくり説明しますので、質問に来てください。

 

 

 

※「au」→「ou」

 

枕草子に出てくる「やうやう」の読み方を確認してみましょう。

 

「やうやう」は「ローマ字」にすると「yau yau」です。

「au」が出てきたら、その部分を「ou」に置き換えてください。

 

「yau yau」→「you you

 

「you you」は「ようよう」と発音しますね。

 

「やうやう」→「ようよう」

 

 

もうひとつ例を見てみましょう。

 

「あふぎ」=「あうぎ」=「augi」

 

「ふ」→「う」となるルールを思い出してください。

 

augi」→「ougi」=「おうぎ」(扇)となります。

 

 

 

類題を見ておきましょう。

 

1.かうかうにいかう  2.ひやうど  3.ありがたう  4.まうす  5.だらう  6.さぶらふ  7.たふとい  8.ざふきん  9.くわういん  10.につくわう

 

 

 

答え:

 

1.こうこうにいこう(高校に行こう) 2.ひょうど 3.ありがとう 4.もうす(申す) 5.だろう 6.さぶろう 7.とうとい(尊い) 8.ぞうきん(雑巾) 9.こういん(光陰) 10.にっこう(日光)

 

 

 

※「iu」→「yuu」

 

例題:「りうぐう」=「riu guu」

 

「iu」の部分を「yuu」に置き換えます。

 

「riu guu」→「ryuu guu」

 

「ryuu guu」は「りゅうぐう」と発音しますね。

 

「りうぐう」→「りゅうぐう」(竜宮)

 

 

 

類題を見ておきましょう。

 

 

1.あやしう  2.きうり  3.じふじ  4.えいきう  5.いうぎ  6.ひうが  7.いうなり  8.いみじう  9.にうわ  10.にふだう

 

 

 

答え:

 

1.あやしゅう 2きゅうり(胡瓜) 3.じゅうじ(十時) 4.えいきゅう(永久) 5.ゆうぎ(遊戯) 6.ひゅうが(日向) 7.ゆうなり(優なり) 8.いみじゅう 9.にゅうわ(柔和) 10.にゅうどう(入道)

 

 

 

※「eu」→「you」

 

例題:「てうど」=「teudo」

 

「eu」の部分を「you」に置き換えます。

 

「teudo」→「tyoudo」

 

「tyoudo」は「ちょうど」と発音しますね。

 

「てうど」→「ちょうど」(調度)

 

 

 

類題を見ておきましょう。

 

 

1.せうと  2.にちえう  3.どぜう  4.なでう  5.けふ  6.てふてふ  7.しんめう  8.れうり  9しゆんげう  10.まんえふしふ

 

 

 

答え:

 

1.しょうと 2.にちよう(日曜) 3.どじょう 4.なじょう 5.きょう(今日)6.ちょうちょう(蝶々) 7.しんみょう(神妙) 8.りょうり(料理) 9.しゅんぎょう(春暁) 10.まんようしゅう(万葉集)

 

 (ivy 松村)

 

 

「進学塾」の条件

1987年に、当時の国立教育研究所(現在の国立教育政策研究所)の結城忠氏らが行った調査で、学習塾の4類型が提唱されました。それは、以下のようなものです。

 

①「進学塾」・・・有名校受験を目的とした塾

②「補習塾」・・・学校の授業の補習を目的とした塾

③「総合塾」・・・進学コースと補習コースを併せもつ塾

④「落ちこぼれ救済塾」・・・いわゆる「落ちこぼれ」を対象とした塾

 

この4類型は、それ以後の学習塾研究の基調となりました。

後続の学習塾研究の多くは、この類型に基づく分類か、この類型を改造したものを学習塾の分類として使用しています。

 

 

同じ1987年の、公正取引委員会の調査報告では、以下のような分類がなされています。

 

①「進学塾」

②「補習塾」

③「総合塾」

④「単科塾」

⑤「遅延児塾」

⑥「英才塾」

 

 

このうちの⑤の「遅延児塾」は、上述の「落ちこぼれ救済塾」と同等の機能をもつものであるととらえることができます。

 

④の「単科塾」と⑥の「英才塾」は、それほど一般的なものではありません。前者は「算数」や「英語」、「国語」などに特化した塾であり、⑥は東大受験を専門とするような塾で、入塾審査があるような塾です。

 

 

 

また、学習塾に関する著書を数多く出版している評論家の小宮山博仁氏は、結城氏らが示した4類型のうちの「落ちこぼれ救済塾」を「教育理念塾」としてまとめています。

 

 

以上の三者に共通する分類のカテゴリーは、

 

①「進学塾」

②「補習塾」

③「総合塾」

④「落ちこぼれ救済塾」=「遅延児塾」=「教育理念塾」

 

 

ということになります。

 

 

 

一方、「総合開発研究機構」(NIRA)は、結城氏らの分類をふまえた上で、「お落ちこぼれ救済塾」は「補習塾」に組み込みこむべきであるとして、学習塾を3分類に整理しました。

 

 

①「進学塾」

②「補習塾」(落ちこぼれ救済塾を含む)

③「総合塾」

 

 

この中で、「総合塾」という名称は、多くの人にとってあまりなじみがなく、その内実をイメージしづらいのではないかと思います。一般的には、ほとんど使われることのない用語です。

 

「総合塾」というのは、学習塾研究においては、「進学塾」の機能と「補習塾」の機能を兼ね備えた塾が想定されています。

つまり、難関校受験を指導をする一方で、学校の授業について行くのがやっとであるというような生徒の指導も行うような塾を指しています。

 

そうであるなら、世間のほとんどの塾が、この「総合塾」というカテゴリーに入ってしまいます。

前述の小宮山氏の説明によれば、およそ8割の塾が「総合塾」に分類されるということです。ならば、もっともあやふやな名称を与えられている「総合塾」こそが、学習塾の主体をなしているということになります。

 

実際、多くの学習塾が、幅広い学力層の生徒を受け入れています。

 

 

 

塾の「拡大期」であった70~80年代は、現在よりも「進学塾」と「補習塾」の棲み分けがくっきりとありました。

 

多くの「進学塾」で「入塾テスト」が行われ、入塾生の「選別」が行われていたのです。

一方で、自宅の一室を使って、学校の勉強をフォローするような「補習塾」が多く存在していました。

 

 

こうした時期に活発化した学習塾研究では、「進学塾」/「補習塾」という二分が、非常に重要な意味を持っていたのです。

同時に、郊外や地方都市では、まだ学習塾というものが多くなかったので、ひとつの塾が、幅広い学力の生徒を集め、多様なニーズに応えようとしたのです。つまり、「進学塾」とも「補習塾」とも分類できないようなタイプの塾がみられたわけです。

 

要するに、「総合塾」という分類は、「進学塾」か「補習塾」か、という「構図」のなかで、明確に分類できない塾として想起されたものなのです。ですから、「総合塾」というのは、当初は二次的なカテゴリーだったのです。

 

 

 

現在では、多くの学習塾が、幅広い学力層の生徒をできるだけ受け入れるようになっています。

 

学習塾の増加によって競争が激化し、また、少子化が進行したことで、学習塾業界は「売り手市場」ではなくなりました。

「進学塾」であっても、入塾者を「選別」する余裕がなくなり、多くの塾が入塾希望者は基本的に受け入れるようになりました。

 

こうして、古典的な学習塾研究の定義を用いれば、多くの塾が「総合塾」に分類されてしまうというような、現在の状況になったのです。

 

 

 

近年では、企業コンサルタントの宮田貞夫氏が、以下の3分類を提示しています。

 

①「進学塾」

②「補習塾」

③「受験塾」

 

 

この分類では、「総合塾」に替わって「受験塾」というカテゴリーが採用されています。

 

 

 

ところで、「進学塾」という看板を掲げた学習塾は巷に散見されますが、「補習塾」をアピールする学習塾はほとんど存在しません。

前述の小宮山氏は、それは、「補習塾」という看板を掲げても、「出来ない生徒が集まる塾」という評判が立ってしまい、生徒が集まらなくなるという事情のためであると述べています。

 

「補習塾」という言葉は、否定的な「レッテル」として作用するので、自塾をあえて「補習塾」であると宣伝する塾は少ないというわけです。

 

2000年代に入ってから、学習塾業界には「個別指導塾」ブームが起きますが、その際に多くの「補習塾」が「個別指導塾」にくら替えしました。

 

一方、「進学塾」を始原とする「塾企業チェーン」は、2000年ごろから「コンビニ型」の教室を各地域に出店するようになります。

小規模の教室を数多く経営することで、収益を確保しようという戦略です。

 

そうした塾企業は、慢性的な人手不足に陥ります。そのため、教務技術の未熟な「新入社員」や「中途社員」がひとりで切り盛りするような、「大手塾」の教室が拡散していきました。

こうした「チェーン」の教室は、それぞれ同じ看板を掲げていても、指導の質が教室によって大きく異なっています。

 

「進学塾」という看板だけでは、その塾の中身はわからない、というのが今の時代の「塾模様」です。

 

 

 

さて、「進学塾ivy」という塾は、「進学塾」と明記しているわけですが、そこにはこだわりというか、矜持のようなものを込めています。

 

 

私たちには、一緒に勉強したい、と言ってくれる生徒を受け入れないという選択を、想像することはできません。

 

思うに、「進学塾」の定義は、生徒を「選抜」しているかどうか、という条件でなされるべきではありません。実際、現代の学習塾に、そのような視座はほとんど無意味です。

 

 

 

少し前に、このブログで「良い塾の条件」について考えてみました。

そのときは、より普遍的な「答え」を求めて考えすぎてしまい、「ぼんやり」した結論となってしまいました。

 

塾によって、目指しているものや目的が違っているのですから、すべての塾を包括するような「答え」にはあまり実用的な意味がなかったのです。まあ、「塾選び」などの指標とするには「薄かった」わけです。

 

今は、考えるべき方向性がもっと明確になってきました。

 

現代の「進学塾」とはどのような塾であるべきなのか、という問いについて考えることに、大きな意味がありそうです。

 

 

その回答のひとつは、受験の「主導権」を持つことであるといえそうです。

 

私が尊敬する塾教師が言っていた言葉を思い出します。

 

 

「塾の役割は、受験校の決定に『介入』することです。」

 

 

高校受験に即していえば、受験校の選択を「生徒任せ」にしない塾です。

早く受験校を決めろ、学校見学に行ってこい、などと言うばかりで、高校の情報を示したり、より良い高校への挑戦を促したり、生徒に見合った受験を勧めたりしない塾は、「進学塾」であるとはいえないと思います。

 

特に、第二志望以下の受験校について、しっかりと話をすることが大切です。

多くの中学生は、中学校の三者面談で、学校の先生に勧められる受験パターンを甘受します。

それが「当たり前」だと思っているような塾は「進学塾」ではないのだろうと思います。

 

 

 

中3の、中学校の三者面談(進路面談)が終わりました。

 

期末テストが終わって、仮内申が出れば、いよいよ受験校を決めます。

 

 

中3の生徒とは、かなり密に受験校について話をします。

 

学校の特色や校風、入試問題の傾向、高校から先の進路の可能性などの情報はもちろんのことですが、特に受験パターンや受験校の選定について、詳細な話をするようにしています。

 

中3だけでなく、中2や中1にも、折にふれて高校の話をしています。

 

私は、まず、生徒本人と高校の話をするようにしています。

 

 

生徒自身が、保護者の方に、自分が受験したいと思う高校の話をするという形を大事にしたいのです。

 

生徒本人が、「自分はこの高校を受けたい」という意思を示すことに大きな意味があると思うのです。

 

 

生徒たちにもよく言っているのですが、高校から先は「行かせてもらう」ところです。

 

今は、高校に行くのが「当たり前」という時代になっていますが、原則的には「義務教育」は中学までなのです。

ですから、本来は、高校に行かせてもらいたい、ここを受験させてほしい、とお家の人にお願いするのが「道理」なのです。

 

 

そういう受験指導の「形」を大事にする「進学塾」でありたいと思っています。

 

 (ivy 松村)

 

勉強の予定を立てる

昨日は英検の二次試験の日でした。

 

うまく答えらなかった質問があって、悔しそうにしていた生徒もいましたが、かなり手ごたえを感じている生徒が多いようです。

 

英検の二次試験に向けて、受検者は、毎日一度は面接の練習をしました。

一人あたり8~10回の面接練習を行ったことになります。

 

 

受検をした生徒に、どんな人が面接官だったかを聞いたのですが、かなり「バラつき」があるように感じました。

英語の発音も、ほとんどネイティブに近い英語を話すという人もいれば、そうではない人もいらっしゃるようです。

 

 

とにかく、おつかれさまでした。

あとは、よい結果を期待しましょう。

 

 

 

今日は、中2の生徒にこれから期末試験までの「勉強の予定」を立ててもらいました。

 

「勉強の予定」の立て方を知らない生徒が多かったので、一人ひとりにアドバイスをしました。

 

 

たとえば、明日塾に来て勉強をしようと思っているが、部活の終わる時間がわからない、というとき。

 

いつもは5時半に終わるけれども、大会が近いので練習時間が伸びて6時になるかも知れない、という状況だとしましょう。

家に帰って、お風呂に入ってご飯を食べてから塾に行くので、6時まで部活が伸びたら、塾に行けるのが7時半になってしまいます。

 

その場合に、明日の予定を「7時半から塾で勉強」とするべきではありません。

まして、「来られる時間に来る」というような、あいまいな「予定」は絶対に立てるべきではありません。

 

試験前の一週間は、なるべくたくさん勉強のために時間を使わなければならないはずです。

そのために、普段よりもあわただしく過ごさなければならないということも考えなければなりません。

 

期末テストに向けて一分でも勉強時間を確保しなければいけない人は、そういう状況のときに、「最低限のことだけ」をやろうとしてはいけないのです。

 

 

もし、「部活があるから」勉強時間が取れない、という「言い訳」を躊躇なく口にするのであれば、今後部活を続けるかどうかを、真剣に考えたほうがいいかもしれません。

部活のせいで勉強がおろそかになるのなら、部活をやめるべきでしょう。

 

本来、部活をやりながら勉強に全力で取り組むという「覚悟」がない人は、部活に入るべきではありません。

 

 

 

通常の部活が5時半に終わるはずなのであれば、「定期試験前」は6時半には塾に来られるように行動するべきだと思います。

部活が終わったら、一秒でも早く家に帰る、とにかく急いで支度をして、少しでも早く勉強に取り掛かれるようにてきぱきと行動するべきです。

 

普段であれば、友達と一緒に話などをしながら帰宅し、家で一息してからゆっくりお風呂に入って、テレビを見ながら夕食を取って、時間が来たら塾に行くのもいいと思います。

 

でも、「定期試験前」は、生活の中心を勉強に切り替えるべきなのではないでしょうか。

 

 

「勉強の予定」を立てるときには、「必要な時間」を定めて、それを一日の中のどこで確保するのか、を決めなければなりません。

 

「自分」に合わせて予定を決めるのではなく、「予定」を先に決めて、それに合わせて動くのです。

 

そのために、普段の生活のピッチを速めたり、何かをする時間を削ったりしなければならないということも出てきます。

「予定」を立てる段階で、「それ」を意識しておかなければならないのです。

 

 

永遠にそうしろ、と言っているのではありません。

少なくとも、この1週間は、密度の濃い過ごし方をするべきだといっています。

 

 

6時に塾に来るという意思を持ちます。

 

そう決めたら、行動も決まります。

部活が延長しそうな雰囲気のときには、あらかじめ部活の顧問の先生やメンバーに今日は5時半に帰りたいということを伝えるでしょう。

いつも一緒に帰っている友人や、お家の人にも伝えるでしょう。

時間を意識しながら行動するようになるでしょうし、必要な準備もしておこうと考えるでしょう。

 

 

もちろん、予定通りに行かないということはあり得ます。

しかし、それは「結果」なのであって、最初から必ず守れる「予定」だけを立てれば十分というわけではないのです。

予定通りの行動を貫徹することだけが大切なのではありません。

 

「予定」を立てることで、自分の行動に意味を持たせ、それによって、より有効に勉強を進めていくことも大切です。

 

予定がずれてしまったときには、その後の予定を調整し直せばいいのです。

 

 

 

中2の生徒一人ひとりと、中間テストおよび1学期の期末テストの点数と、期末テストの目標点との「開き」を確認したうえで、その差異をどうやってうめるのか、を話し合いました。

 

時間はいくらあっても足りない、ということがわかったと思います。

全員が、少しでも多くの勉強時間を確保しなければならない状況です。

一日を、いつもの通りに過ごして、空いた時間だけを勉強に費やせばいい、というような、恵まれた「貯金」を持った人は一人もいません。

 

 

せめて、この一週間は、根をつめて勉強してほしいと思います。

 

私たちも、せいいっぱいみなさんをサポートします。

がんばっていきましょう。

 

 (ivy 松村)

 

 

bluer than indigo

少し前の、中3の国語の漢文の授業で、テキストに集録されていた「出藍の誉れ」をあつかった問題を解きました。

 

 

君子曰学不可以已。

青取之於藍而青於藍、

氷水為之而寒於水。

 

君子曰はく、「学は以て已むべからず。

青は之を藍より取りて、藍より青く、

氷は水之を為して、水より寒し。」と。

 

 

「青は藍より出て藍より青し」という有名な言葉の元になった文です。

 

 

学問の大切さを説いたものであることがわかります。

 

これを述べたのは古代中国の思想家、荀子です。

荀子は、人間は生まれもって愚かな存在であると考えました。だから、よりよく生きるために、学び続けなければいけないのだ、といいたかったのかもしれません。

 

 

「藍」をそのまま放っておけば、「藍」は「藍」のままです。

「青」を得ることはできません。

しかし、正しい手順で、労力を惜しまずに作業を続けることで、素晴らしい成果を得ることができるのです。

(「藍染め」はかなり大変な作業なのです。)

 

 

つまり、努力して学び続けることで、人間は、より優れた存在になれるのだということが述べられているのです。

 

 

 

ところが、興味深いことに、「青は藍より出て藍より青し」という言葉は、現在では、かなり「特殊な文脈」で使われる成句となっています。

 

「もともとあった物よりも優れた性質の物が生み出される」という内容が敷衍されて使われるようになったのでしょう。

 

この言葉は、「弟子が、師の技量や業績を越えて、師よりも認められるようになる」ということの「たとえ」として広まっています。

 

さらに、「出藍の誉れ」という言葉も生まれましたが、やはり同様の意味で使われています。

 

 

 

「青」は「藍」という原料を用いて、正しい工程で作業を行わなければ生じない色です。

ですから、この言葉には、「優れた指導者のもとで、正しく学ぶ」という前提があるように思います。

 

 

「学問に励み、師を超えるまでになってほしい」という思いを込めて、この言葉を使う教育者も多くいらっしゃいます。

ですから、学校名や塾名でも、「青」や「藍」という字はよく用いられます。

 

 

 

とまあ、そのようなことを何気なく授業で言ったのですが、中3の生徒たちは、なかなか鋭かったのです。

 

「だからこの塾は『アイビー』なんですか。」

「いや、でも『ivy』は『植物のツタ』の意味だから・・・。」

 

ちょっとドキリとして、狼狽してしまいました。

そのときにも「種明かし」をしましたが、「藍」はこの塾の塾名とやはり関係があります。

 

 

塾名を決めるときに、英語やフランス語、ドイツ語、中国の古典などから、よい言葉はないか探していたのですが、実は、その中に「藍」もありました。

 

候補を挙げていく中で、「ivy」と「藍」がつながりました。

両者の音が重なっていたことも、塾名を決定する大きな要因だったのです。

 

あんまりグダグダと塾名の由来を説明するのも無粋なので、特に明かすこともなかったのですが、「ivy」という塾名に込めた思いは、ひとつではないのです。

 

 

「i」「v」「y」というそれぞれの文字にも意味があります。

また、小文字を使っていることにも意図があります。

 

(それはまだ、秘密にしておきます。)

 

 (ivy 松村)