「説明」と「暗記」

中間テストの勉強をチェックするために、5月2日(月)に校舎をあけることにしました。

 

定期テストに向けて、「暗記」に重心を置いた自主的な勉強の進め方や取り組み方を伝えます。

 

中間テストのない人も参加してもらいたいと思います。

 

 

 

中3の生徒には授業で話しましたが、定期テスト対策のやり方を一部、変えていこうと思います。

 

 

以前は、学校の授業を全く聞いていない生徒のために、定期テストの範囲の内容を、一から全部懇切丁寧に「説明」していたこともありました。

 

個人塾をはじめるときに、できる限り学校の勉強をフォローする塾にしたいと思っていたのですが、しだいに、そうすることには大きなデメリットがあると考えるようになりました。

 

 

①塾でフォローしてもらえばいいと考え、学校の授業をしっかり聞かなくなる

②塾でフォローしてもらえばいいと考え、自分から取り組まなくなる

 

 

こちらが努力すればするほど、悪影響が出るということがわかってきました。

 

もちろん、それは「一部」の生徒です。

学校の勉強は結局は自分で取り組まなければならない、という当たり前の真理を十分に理解している人には、関係のない話です。

 

しかし、そうであるからこそ、「不公平感」が非常に強くなってしまうということもあります。

怠けた人間ほど、「得」が大きいわけです。

 

 

 

また、さらにその中の一部の生徒にとっては、「説明」そのものが弊害であるということが明らかになってきました。

 

はっきりいって、「説明」が学力の向上につながらないのです。

 

つまり、別のやり方で「テスト対策」を行ったほうが、より多く得点を取れるということがわかってきたのです。

 

 

学校の授業で、担当教科の先生に「説明」されて、なかなか理解できない人は、そもそも「説明」されるのが苦手なのでしょう。

そういう人に「説明」するとなると、非常に多くの時間が必要になります。

 

時間をかけて「説明」をするということは、教師にとってはそれほど大変なことではありません。もちろん、物理的な時間の制約はあるわけですが、「説明」は、塾の教師にとってはあまりにも日常的な行為です。

 

しかし、他方、「説明」をされる生徒は、「労役の時間」が増えていくとしか考えられないわけです。

「理解したい」と考えるのではなく、「早く解放されたい」と思うような生徒は、実は、そもそも「説明」を聞きたいとは思っていないのです。

 

そういう生徒は、「説明」をとおして学力を上げることが難しいわけです。

 

 

(こういう話をすると、「それはお前の説明が下手でつまらないからだろう」という安っぽいツッコミを入れようとする人がいます。念のために一言そえますが、そういう低次元の話ではありません。)

 

 

 

教師は、生徒に「説明」をします。

 

「説明」は、覚えるべきことがらを、聞く人の記憶に定着させることを目的として行われます。

 

そのために、他との関連性に言及したり、因果関係を示したり、強く印象づけたりするために情報をつけ加えるわけです。

 

つまり、「A」という知識や考え方や解法などを覚えなければならない場合に、「a」や「a’」「a”」という情報を用いて「A」の記憶を強固にしようとするわけです。

 

ところが、「a」や「a’」「a”」という情報が「ノイズ」になってしまう人がいます。

 

それぞれの情報の序列や関係性、機能を判断できないからです。

「説明」をされることで、情報が増えるために、何が大切な情報なのかわからなくなってしまうのです。

 

結局、増えてしまった情報を処理しきれずに、脳が「フリーズ」してしまいます。

 

 

 

たとえば、「生存権」というトピックについて、社会科の教師は「社会権のうちのひとつ」というだけではなく、「社会保障制度」と関連させて「説明」をしたいわけです。また、日本国憲法第25条、ワイマール憲法、さらに、近代資本主義の発達にともなう労働問題などのトピックとあわせて理解してほしいわけです。

 

それによって、「生存権」という知識を強固にすることができるだけでなく、社会科の学力を総合的に増幅することができるからです。

 

ところが、こうした情報をもちだすと、表情がくもって、げんなりする人がいます。

「説明」の意図や意味や効果を理解できないので、「関係のない無駄話」だと思ってしまうわけですね。

 

 

知識が「有機的に結びつく」、という感覚をもっていないので、話が拡散しているとしかとらえられないのでしょう。

「脳で処理することがらは、なるべく少ない方がいい」と思っているので、「説明」によって情報が増えていくのが嫌なわけです。

 

そういう人は、シンプルな「1対1」対応の(知識というよりも)「単純な語彙」を、1つずつ作業的に詰め込んでいくような勉強方法のほうがが向いているわけです。

 

 

「説明」を聞くことができる人は、逆の認識を持っています。

つまり、あることがらを、なるべくたくさんの情報と結びつけることで、その対象をより自然に簡単に、高度な理解にもとづいて記憶することができると知っています。

ですから、そういう生徒は、できるだけ多くの「説明」を聞きたいと思うわけです。

 

「説明」を聞きたい人は、どんどん質問に来るようにしてください。

「説明」が必要な人に対しては、「説明」を減らしません。

 

 

本来ならば、複数の情報を結びつけて覚えるほうが効率的であり、結局は負担も軽くなります。

 

ですが、向いてない人が向いていないやり方を続けるのは生産的ではない、という結論に達しました。

 

 

これまでは、なんとか「説明」を聞けるようになってもらおうと思って、いろいろ試行錯誤してきましたが、考え方を変えることにしました。

 

「説明」の時間を取るよりも、ひたすら「暗記」をしていこう、という話です。

 

そのために、「ワーク」を最大限有効に活用します。

 

 

 

「説明」が耳に入らないことを責めているわけではありません。まあ、ちょっと残念な気もしますが、大事なのは、学力を上げることであり、点を取ることです。

 

 

土曜日と火曜日に、すでに一部の生徒に「ワーク」を使った「暗記」主体の勉強方法をレクチャーしました。

 

5月2日(月)の「定期テスト対策」では、具体的な「訓練」を通して、「暗記」中心の勉強方法に慣れてもらおうと考えています。

 

 

きちんと「手」を使って、問題に答える形式で、記憶に定着しているかどうかを確認しながら「暗記」をしてください。

 

脳に「負荷」をかけるやり方で覚えなければ、その知識は本物にはなりません。

 

 

「説明」を聞くのも嫌、「暗記」に取り組むのも嫌、というのであれば、もう、お手上げです。

 

覚悟を決めて取り組みましょう。

 

 

 (ivy 松村)

 

国語の教科書の確認

改訂された国語を確認しています。

 

 

日野市は、本年度以降も光村図書の国語の教科書を採択していますが、八王子市は教育出版に変更されました。

 

 

教育出版の教科書を、今、少しずつ読んでいるところなのですが、やはり国語の教科書は面白いですね。

 

 

さて、光村図書の国語の教科書は、長年掲載され続けている「定番」の文章と、改訂ごとに差し替えられる文章があります。

 

 

中1の教科書を見てみましょう。

 

※引き続き掲載されている文章:

 

・「ダイコンは大きな根?」

・「ちょっと立ち止まて」

・「星の花が降るころに」

・「大人になれなかった弟たちに……」

・「いろは歌」

・「蓬莱の玉の枝――『竹取物語』から」

・「今に生きる言葉」

・「少年の日の思い出」

 

 

※差換えになった文章

 

 

旧版(なくなった文章) 新版(新しく掲載された文章)
ノンフィクション  ― 「桜守三題」
 ― 「竹」
「木は旅が好き」 「ぼくがここに」
「詩四編」 「詩の世界」
物語 「にじの見える橋」 「花曇りの向こう」
随筆 「江戸からのメッセージ」 「空を見上げて」
物語 「雪とパイナップル」 「光る地平線」
古文解説 「七夕に思う」 「月に思う」
説明文 ※「流氷と私たちの暮らし」 「幻の魚は生きていた」
詩解説 「はじめての詩」  ―

 

「※」は新版では「資料」として掲載されている作品です。

 

 

 

中2の教科書を見てみましょう。

 

※引き続き掲載されている文章:

 

・「アイスプラネット」

・「枕草子」

・「メディアと上手に付き合うために」

・「言葉の力」

・「盆土産」

・「字のない葉書」

・「君は『最後の晩餐』を知っているか」

・「音読を楽しもう 平家物語」

・「扇の的――『平家物語』から」

・「仁和寺にある法師――『徒然草』から」

・「漢詩の風景」

・「モアイは語る」

・「走れメロス」

 

 

※差換えになった文章

 

 

旧版(なくなった文章) 新版(新しく掲載された文章)
ノンフィクション  ― 「小さな町のラジオ発」
論説文  ― 「科学はあなたの中にある」
 ― 「落葉松」
 ― 「鍵」
「明日」 「見えないだけ」
説明文 「やさしい日本語」 「生物が記録する科学」
短歌 「短歌十二首」 「短歌を味わう」
物語 「旅する絵描き」 「世界で一番の贈り物」
説明文 ※「五重塔はなぜ倒れないか」  ―

 

「※」は新版では「資料」として掲載されている作品です。

 

 

中3の教科書を見てみましょう。

 

※引き続き掲載されている文章:

 

・「握手」

・「月の起源を探る」

・「俳句の可能性」

・「批評の言葉をためる」

・「高瀬舟」

・「挨拶――原爆の写真によせて」

・「故郷」

・「音読を楽しもう 古今和歌集 仮名序」

・「君待つと――万葉・古今和歌集・新古今」

・「夏草――『おくのほそ道』から」

・「わたしを束ねないで」

 

 

※差換えになった文章

 

 

旧版(なくなった文章) 新版(新しく掲載された文章)
情報  ― 「『想いのリレー』に加わろう」
論説  ― 「新聞の社説を比較して読もう」
ノンフィクション  ― 「エルサルバドルの少女 ヘスース」
 ― 「初恋」
「朝焼けの中で」 「春に」
俳句 「俳句十六句」 「俳句を味わう」
論説 「ネット時代のコペルニクス」 「作られた『物語』を超えて」
評論/論説 「聴くということ」 「誰かの代わりに」
漢文 「学びて時にこれを習ふ――『論語』から」  ―
小説 ※「蝉の声」  ―
随筆 ※「アラスカとの出会い」  ―
随筆 ※「温かいスープ」  ―

 

「※」は新版では「資料」として掲載されている作品です。

 

 

「不動」の文学的文章は、やはり外せないので、説明的文章が頻繁に差し替えられます。

 

論説文や説明文は、「時代的な要請」や「流行」もあるので、なかなか「定番化」するのは難しそうです。

 

長年掲載されているのは、中1の「ちょっと立ち止まて」ぐらいでしょうか。

後は、中1の「ダイコンは大きな根?」、中2の「モアイは語る」、中3の「月の起源を探る」が、なじみの文章になりつつありますが。

 

 

構成面での変化は、「ノンフィクション」が掲載されるようになったことと、詩の掲載が増えたことです。

 

 

 

ところで、中2の教科書には「走れメロス」が載っています。

 

以前、「メロス」の「ス」の「ヽ」の部分を執念深く消しゴムでこすって消して、「フ」となった部分を、また根気よく消しゴムで整えて、最後にペンで丁寧になぞって「ン」に書き換えていた生徒がいました。

 

「走れメロン」。

 

 

 

・・・その「センス」はくるおしいほどに大好きですが、教科書を大切に使ってください。

 

 

整然としているもの、規律正しいもの、神妙なもの、静謐なもの、実直なもの、健全なもの、誠実なもの、真面目なものが「苦手」な人間は、そういったものを「汚す」ことで、精神的に落ち着こうとします。

 

教科書やノートやプリントに無意味な線を書きつけたり、だらしない文字を書きなぐったりして、「きちんとしたもの」が汚れると、安心するわけです。

 

プリントなどを整理せずに破いたり、おかしな折り目を付けたり、消しゴムを鉛筆で刺しまくったり、机に文字を彫ったりするのも、同じような幼稚な精神の表れです。

 

 

早く、精神的に成長しましょう。

 

 

 

中学の国語の教科書は、もっとも完成された「教養書」です。

 

これをおろそかに扱うのは、本当にもったいないと思います。

 

 

(ivy 松村)

 

英語の教科書の確認(と「Hero」の歌詞)

日野市では、英語の教科書は引き続き「NEW CROWN」が採択されています。

 

 

「NEW CROWN 3」

 

旧版と同じトピックを多く扱っていますが、同一の文章を使っているのは数ページだけですので、全体の変更箇所は非常に多かったといえます。印象では7、8割ぐらいの変更があったように感じます。

(あまり変更がみられなかった「TOTAL ENGLISH」とは対照的でした。)

 

旧版では8回あった「Lesson」が7回になっています。

そのうち、5つが同じ題材の「Lesson」になっていますが、内容はほとんど差し替えられています。

 

「Lesson 1 My Favorite Words」

・・・スキットの一部が変更されていますが、「Read」は同一です。

 

「Lesson 3 Rakugo Goes Overseas」

・・・題材は同じですが、全面的に書き換えられています。

 

「Lesson 4 The story of Sadako」

・・・スキットが大幅に変更されています(「Read」は同一の文章です。)

 

「Lesson 6 I Have a Dream」

・・・題材は同じですが、全面的に書き換えられています。

 

「Lesson 7 English for Me」

・・・タイトルは同一ですが、内容が全面的に書き換えられています。

 

また、旧版の「Lesson7」で扱われた「We Can Change Our World」が、「Let’s read 2」で扱われていますが、文章全体が差し替えられました。

 

その他「Practice」や「Word Bank」(旧「Word Corner」)であつかう表現や単語も増加しています。

 

 

 

※本文に少し変更があった箇所:

 

p6

・「Cool.」→「Great.」

・「It’s perfect for our class.」→「Right. We must help each other. The motto is perfect for our class.」

 

p36

「This building was destroyed in August 1945.」

→「This building was destroyed in 1945.」

 

「The Dome also reminds us of the importance of peace.」

→「The Dome also expresses us the hope for peace. We should remember importance of peace.」

 

 

その他の変更点など:

 

p22

・「What’s matter?」→「What’s wrong?」

・「Let’s go to the nurse.」→「You should go to the nurse. I’ll take you.」

 

p48

「I’ll take this chocolate cake.」「Very good. Anything else.」「Yes, please. Would  you add this card to the box?」

→「I’ll take this cake.」「All right. shall I wrap it for you?」「Yes, please. It’s for a birthday party.」

 

 

 

「英語の歌」は、旧版では「Take me home, country road」「Imagine」が紹介されていましたが、新版では「Heal the world」「Change the world」「You Raise Me up」が取り上げられています。マイケル・ジャクソン、エリック・クラプトン、シークレット・ガーデンですね。

90年代以降のロック、ポップスを大胆に取り上げていますね。

 

 

 

「TOTAL ENGLISH 3」

 

 

八王子では、英語の教科書の採択に変更がありました。

2年生、3年生は引き続き「TOTAL ENGLISH」を使用しますが、1年生は「ONE WORLD」を使用することになっています。

 

「TOTAL ENGLISH」は、この度の改訂で、旧版よりも情報量が増えたので、敬遠されたのでしょうか。八王子市は、比較的「易しい」内容の英語の教科書を採択したいという意向があるのかもしれません。

 

 

新版では、これまで2ページに分けて書かれていたスキットや文章を1ページにまとめ、その分、「Activities」などの演習のページを増やしています。さらに全体も20ページ増えました。

 

旧版にくらべて「分量」が30パーセントほど増えているように感じます。

 

しかし、本文は旧版とほとんど同じなので、全体の構成の7、8割は変わっていない印象です。

 

旧版に準拠した「ワーク」なども、引き続き活用できそうです。

 

スキットなどに大きな変更があったのは、「Lesson 3」と「Lesson 6」です。

 

 

旧版の「Lesson 3」は「E-mails from the U.S. and India」というタイトルでしたが、新版は「E-mails from Alaska and India」となっています。

 

後半の「India」の部分は変わりませんが、前半の「3A」と「3B」が全面的に変更されています。

 

「Lesson 6」は、タイトルやテーマは同じですが「3A」に変更がありました。

 

 

その他、p15、p43、p61、p89の「Review 2」の「Reading」文章が差し替えられています。

 

また、p86「Chapter 3 Project」の「大切な人について書いてみよう」が、「尊敬する人についてスピーチをしよう」に変更されています。

 

 

 

※本文に少し変更があった箇所:

 

p6

「I like sleeping more than eating breakfast.」→「I want to sleep more than eat breakfast.」

 

「I eat ham, eggs, salad and bread with butter.」(追加)

 

p32

「Yes, here you are.」「They’re a little big for me.」

→「Yes, here you are.」「Thanks. Oh, they’re a little big for me.」

 

p33

「Please show me this watch.」「Sure.」「How much is it?」

→「Please show me this watch.」「Sure.」「Thanks. How much is it?」

 

p39

「I’m in India now. “When in Rome. do as the Romans do.”」

→「I’m in India now. “When in Rome. do as the Romans do.” Right?

 

p83

「It is interesting to know such difference between language.」

→「It is useful to know such difference between language.」

 

 

 

「英語の歌」は旧版と変わらず、「We are the world」「If we hold on together」「Hero」が取り上げられています。チャリティソングとダイアナ・ロス、マライア・キャリーですね。

 

 

 

ところで、「Hero」は、アメリカで非常に人気のある曲です。

その曲名になっている「hero」という言葉は、アメリカ人の気質やアメリカ文化を象徴するものであるといえるかもしれません。

アメリカ人は、信念をもって困難を乗り越えようとする人間、犠牲的精神をもって社会に貢献しようとする人間、行動で人々を奮い立たせようとする人間に対して「熱狂的な敬意」を抱きます。

 

この曲は、一聴、待ち望んだ「hero」が、いつか自分の前に現れるのだということを主題としているように思えます。

 

 

でも、「Hero」の歌詞をよく読んでみると、この歌にはもっと深い意味が込められていることに気づきます。

 

「本当のheroは、あなた自身の中にいる」と歌っているんですね。

 

 

最後の部分をわかりやすく訳してみました。

 

 

  :

Lord knows

Dreams are hard to follow

 

But don’t let anyone

Tear them away

 

Hold on

There will be tomorrow

 

In time

You’ll find the way

 

 

And then a hero comes along

With the strength to carry on

 

And you cast your fears aside

And you know you can survive

 

So when you feel like hope is gone

Look inside you and be strong

 

And you’ll finally see the truth

That a hero lies in you

  :

確かに

夢を追いかけるのは大変なこと

 

でも、その夢を

打ち砕かせてはいけない

 

あきらめないで

明日はあるのだから

 

時がくれば

あなたの道が拓けるはず

 

 

やがて、heroは姿を現す

不屈の強さを携えて

 

恐れることはない

あなたは、最後までやり遂げることができる人

 

だから、希望が見えなくても

自分を強く持って、自分自身を見つめて

 

そうすれば、真実に気づくはず

heroは、あなた自身だということに

 

 

(ivy 松村)

 

 

新版の社会の教科書の確認

今年改訂された中学の教科書を確認しています。

 

日野市の社会は、地理が帝国書院、歴史が東京書籍です。公民は帝国書院から東京書籍に変更されています。

 

帝国書院の地理の教科書は、構成や内容が大きく変更されています。

ページ数は変わらないのですが、情報は増えています。

 

サイズが大きくなり物理的に写真や文字のスペースが増えたことと、記述がこれまでよりシンプルになったことで、記載される情報がより多くなっています。

 

勉強量は増えることになるわけですが、新しい教科書のほうが、学習効果が高いと思います。

 

 

これまでのものは、「コア」ではない情報にスポットが当てられたり、それほど重要ではない内容が冗長に記載してあったりして、「ぼんやり」した印象でした。

 

新しいものは、記述が簡潔になり、構成もコンパクトになったために、何が重要で、何を覚えるべきなのか、把握しやすくなっています。

 

 

特に、「第2章 世界の人々の生活と環境」が大きく変更されています。

 

まず、全27ページから全18ページに圧縮されています。

 

率直にいって、この単元は、中学生になったばかりの1年生の関心や興味をひくために、世界の特徴的な生活様式を取り上げているところで、地理の学習としては中身が「薄い」ところです。

 

また、各教科書で記載されている内容が違いすぎて、塾としては「扱い」に困っていた単元でもあります。

 

「シベリアでの生活」や「アンデス山脈での生活」を、だらだらと2学期まで取り上げるような授業がなくなると思えば、それは非常に生産的だと思います。

 

 

内容にもかなりの変更がありました。「暑い地域の暮らし」の例として取り上げられる国がツバルからインドネシアになり、また、スペインの生活が「温暖な地域の暮らし」の例として新しく加えられました。

 

読んでみると、スペインの「昼寝」の習慣である「シエスタ」が紹介されていました。

私はスペインに1か月ほと滞在したことがあるので、ちょっと懐かしくなりました。大きな都市ではそうでもないのですが、田舎に行くと、夏は夕方まで「シエスタ」ということで、お店なども全部閉まってしまい、困ることもありました。

 

さらに、この「第2章」では、詳細に「世界の気候」を説明するページが設けられています。

 

 

全体的に無駄な情報が削減されて、「地理」の学習にとって定番となる重要な情報が整理されて詳しく記述されています。

 

学習する「量」は増えると思いますが、アプローチの「質」があがるので、意欲のある生徒にとっては学習しやすい教科書になったと思います。

 

 

 

その他、注目されるのは「領土問題」の説明にページを大きく割いていることです。

 

地理の教科書だけではなく、歴史の教科書でも、「領土問題」は大きく扱われています。

 

この件に関して、できるだけ客観的に意見を述べるとすると、「相手国」が、自国の教科書に「領土問題」を載せないのであれば、日本も、教科書に載せないという選択を考えることができるのだろうと思います。日本だけが「領土問題」を教科書に載せてはならないという合理的な理由は見つかりません。どちらかといえば、挑発されているのは日本の側であって、「その結果」、反響的に「領土問題」はクローズアップされざるを得ないのだろうと考えます。

 

 

 

さて、東京書籍の歴史の教科書は、扱いが大きくなったり、記述が詳細になったりした箇所がいくつかみられました。

 

まず、「ギリシャ・ローマの文明」が「本文」で扱われるようになっています。

それから、平安期の「武士団の成長」の説明がより詳しくなりました。

そして、これまで記載のなかった江戸時代の新井白石の政治についての記述がみられるようになりました。

 

18世紀、19世紀の欧米の情勢も詳しく書かれています。

これまで記載のなかったドイツの政治家ビスマルクやロシア皇帝ピョートル1世も取り上げられています。

 

幕末期の説明も詳細になりました。新選組の説明コーナーも設けられています。

さらに、明治初期の外交政策、特に「国境と領土の確定」について、詳しい経過が述べられています。

 

また、戦間期の社会情勢の説明が詳しくなっています。張作霖爆殺事件などの記述も加えられています。

 

最後の章、節では、「日本社会の課題」として震災を受けた被災地の復興や防災対策等が取り上げられています。

 

 

(ivy 松村)

 

 

1学期の中間テスト

中学部の生徒には、定期テスト対策のワークのご案内を差し上げています。

 

まだ、お申し込みは受付けておりますが、この時期、教材の出版社や取扱店はとても忙しく、タイミングによっては、発送が遅れてしまうこともあるのだそうです。

 

中間テストが迫っている人は、早めに申込書を提出するようにお願いします。

 

 

加住中、平山中、七生中、日野一中は、連休があけるとすぐに中間テストです。

 

もう、テストに向けて勉強を始める時期になっています。

 

「まだ、授業が進んでいないから」という理由でテスト勉強に取り組むことを渋っている人は、また、「同じ過ち」を繰り返すことになるでしょう。

 

「勉強時間が足りなかった」という「いいわけ」には、そろそろ引退してもらいたいと思っているのですが(擬人法)。

 

 

授業が進んでいくのを待つ必要はありません。

マラソンランナーは、後続の選手が自分に追いつくのを待つようなことはしません。

どんどん先に進んで、「貯金」を作ってください。

 

「予習」の仕方や「先取り」の勉強の仕方がわからない人には、やり方を教えます。

 

 

 

中3の生徒にとっては、1学期の中間テストはもう「本番」です。

 

「勘違い」している人は、「2学期になったらがんばろう」と思うわけです。

頑張る時期を「先延ばし」して、頑張る「量」を少なくしたいと考えるわけです。

都合のいい妄想にとらわれて、「2学期にすごく頑張れば、先生もその分評価してくれるはず!」という甘くて薄っぺらい期待をするわけです。

 

一応いっておきますが、普通の中3生はみんな2学期に勉強します。頑張らない人の方が珍しいくらいです。「2学期頑張る」などということは、何の変哲もない普通のことです。

 

 

日野市や八王子市の中学では、高校入試に用いられる「内申点」を、1学期と2学期の成績をもとにして出します。

 

それは、あと「4回」の定期テストで「内申点」が決定するということを意味しています。

 

つまり、1学期の中間、1学期の期末、2学期の中間、2学期の期末の合計点によって、自分の「受験校」が決められるということです。

 

まともに思考すればすぐに理解できると思いますが、1学期につまずいてしまったら、もう、取り返しはできません。

 

 

4つの定期テストで、平均90点以上の生徒に「5」を付けるという方針の先生がいるとします。

そうすると、4回で、合計360点以上を取る必要があるわけです。

 

もし、1学期の中間で80点を取ってしまったら、残りのテストで280点以上が必要になります。そうなると、残りの3回は、平均94点を目指さなければなりません。

 

 

ごく普通に想像がつくと思いますが、1学期の期末や2学期の中間、2学期の期末テストは、1学期の中間よりも難しい試験になります。

 

1学期の中間で点を取り損ねてしまったら、さらに難しい試験で、さらに高い点を取らなければならなくなります。

 

もっとも試験範囲がせまく、もっとも点数の取りやすい1学期の中間テストで、より多くの点数を確保しておく必要があるのです。

 

 

危機感と緊張感を持って準備していきましょう。

 

 

(ivy 松村)

 

「G7」の塾別合格実績

「大手塾」を対象に、今年の都立高校入試の塾別合格実績を調べてみました。

 

最も気になるのは、進学指導重点校、日比谷、西、国立、戸山、青山、八王子東、立川=「G7」の合格者数です。

 

3月の初旬に、各塾の合格者数を調べました。

 

 

 

市進 早稲田

アカデミー

ena Z会進

学教室

河合塾

Wings

臨海

セミナー

栄光

ゼミナール

SAPIX 駿台
日比谷 64 81 11 54 16 39 14 27 21
西 70 52 42 66 24 3 14 19 12
国立 56 49 57 31 13 15 12 5 1
八王子東 43 17 57 8 26 23 9 0 0
戸山 63 46 18 59 21 17 20 5 7
青山 46 32 23 32 34 24 23 0 3
立川 37 31 72 19 18 10 13 0 1
「G7」合計 379 308 280 269 152 131 105 56 45

 

 

 

先日、再度ホームページを確認したところ、合格者数が増加している塾がありました。

 

 

 

市進 早稲田

アカデミー

ena Z会進

学教室

河合塾

Wings

臨海

セミナー

栄光

ゼミナール

SAPIX 駿台
日比谷 65 81 11 55 16 39 14 27 22  
西 72 52 43 67 24 3 14 19 14  
国立 56 49 57 31 13 15 12 5 1
戸山 65 46 18 61 21 17 20 5 9  
青山 47 32 23 32 34 24 23 3 3
八王子東 43 17 57 8 26 23 9 2 0
立川 39 31 72 19 18 10 13 0 2  
「G7」合計 387 308 281 273 152 131 105 61 51
増加人数 8 0 1 4 0 0 0 5 6

 

 

 

なぜ、後になって少しずつ合格者数が増えるのかは、「謎」です。

 

次のようなことがいえるかもしれません。

 

・入試直後に合否を確認できないような「距離感」の生徒の入試結果を、自塾の実績に加えている

 

 

 

それにしても、やはり、教室数の多い塾ほど合格者数が多くなる傾向がありますね。

 

 

 

さて、今回、ちょっと趣向をこらして、「合格者数」以外の指標に注目してみました。

 

 

それぞれの塾の「1教室あたりの合格者数」を出してみました。

 

各塾ホームページを閲覧して、都内に展開している教室の数を数えたのですが、たくさん「出店」している塾の教室の数を数えるのは大変で、しばらくは目がチカチカして困りました。

 

もしかしたら、数えまちがいがあるかもしれません。

たくさん「出店」しているところは、まあ、少し教室数が違っていても、「1教室あたりの合格者数」は大差ない数値になると思いますが、それでも、まちがいはよくありませんから、合格者数や教室数のまちがいに気づいた方は、お知らせくださると大変助かります。

(入試日前後に開校した教室は省きました。)

 

 

 

 

Z会進

学教室

河合塾

Wings

駿台 SAPIX 早稲田

アカデミー

市進 臨海

セミナー

ena 栄光

ゼミナール

「G7」合格者数 273  152 51 61 308 387 131 281 105
都内集団教室数 8 18  8 15 66 38 43 145 153
都内個別教室数 0 0 0 0 15 86 19 34 163
1教室あたり 34.13  8.44 6.38 4.10 3.80 3.12 2.11 1.57 0.33

 

 

 

Z会の「1教室あたりの合格者数」は34.13人となっています。

にわかには信じがたい圧倒的な数字ですね。その中核となる「事業」を思うと、いろいろと考えてしまいますね。

 

 

 

「1教室あたりの合格者数」は、集団指導教室の数と個別指導教室の数を合わせて算出しました。

なぜなら、両者の合格者数を合算した数値が、「塾の合格者数」として記載されているからです。

 

個別指導部門を抱える塾は「合格者数」を「集団+個別」で算出しているのですから、「1教室あたりの合格者数」も「集団+個別」で出さなければならないわけです。

 

 

やはり、広域に展開している塾は、「1教室あたりの合格者数」が少なくなるようですね。

教室によって合格者数にばらつきがありそうです。

 

 

このデータから、塾組織は、広域展開することで指導力が低下することがはっきりとわかります。

 

広域展開することで多くの生徒を集めることができます。

「母数」を大きくすることで、全体の「合格者数」を増やすことができますが、「1教室あたりの合格者数」は低迷していきます。

 

 

 

「大手塾」は、大きく「デパート型」と「コンビニ型」に分けられます。

 

ターミナル駅などに大規模な拠点を構える「デパート型」の塾は、人材を集約的に稼働することができます。

 

他方、広域に小中規模の教室を展開する「コンビニ型」の塾は、人材が拡散することになります。

 

たとえば、「デパート型」は、「英」「数」「国」のそれぞれの「エース講師」を1か所に集めることができますが、「コンビニ型」はそれぞれが「教室責任者」として分散されて配置されることになるわけです。

 

 

 

しかし、「デパート型」の塾も、その教室の運営体制をよく確認する必要があると思います。

 

大規模な教室では、1学年で10クラス以上を設置しているようなところもあります。

 

「デパート型」の塾は、ほぼ全てが学力別のクラス編成を行っているわけですが、下位クラスと上位クラスを同じ「熱意」で指導するようなところがあるかどうか、なかなか難しいと思います。クラス数が増えれば増えるほど、指導に偏りが生じるはずです。

 

 

上のデータは「1教室あたりの合格者数」ですから、拠点が少なく、集約的な教室運営を行っている「デパート型」の塾に有利な「数値」が出ます。

 

たとえば、仮に「クラス数」や「生徒数」などのデータが採取でき、「1クラスあたりの合格者数」や「塾全体の合格率」などを算出した場合には、「デパート型」の塾の「実績」は、上掲の「数値」にくらべて著しく低下することになるでしょう。

 

教室数が少ない「デパート型」の塾が、仮に、それぞれの教室を平均3クラス体制で運営しているとすると、単純に「1クラスあたりの合格者数」は上に挙げた「1教室あたりの合格者数」の3分の1になるわけです。

 

おそらく、実際には、より多くのクラスが設置されているでしょうから、「1クラスあたりの合格者数」は「3人」を下回るのではないかと思います。

 

 

まあ、どこの塾も、だいたい同じくらいの指導力になるのかもしれません。

(おざなりの結論でまとめようとしてみました。)

 

 

しかし、Z会は、・・・いや、まあ、いろんな意味ですごいなあ、と・・・。ちょっと「特殊」な数字ですよね。

 

 

 

「大手塾」はその「スケールメリット」を活かして、「巨大」な合格実績を上げることができます。

そして、その成果を最大の武器として広告宣伝を行います。

 

 

大手にとって「都合のよい数値」ばかりが取り上げられるのもフェアではないように思うので、「1教室あたりの合格者数」を出してみました。

 

 

個人塾や中小塾の人たちは、もっとこういう「リアル」な情報を積極的に発信していくべきだと思います。

 

 

 

最後に、塾の合格者数を調べていて、興味深いデータが得られたので、掲載しようと思います。

 

 

今年の都立西高の塾別合格実績です。

 

 

 

合格者数
市進 72
Z会進学教室 67
早稲田アカデミー 52
ena 43
河合塾Wings 24
SAPIX 19
栄光ゼミナール 14
駿台 14
学志舎 5
志學舎 4
湘南ゼミナール 3
TOMAS 3
臨海セミナー 3
北上田塾 2
茗渓塾 2
セキッズ英会話スクール 2
進学塾キャラベル 2
進学教室ティースリー 1
小倉塾 1
ひのき進学教室 1
青藍学院 1
ユリウス 1
ビクトリア・アカデミー 1
合計 337

 

 

 

西高の今年の推薦入試の合格者は63名でした。

また、一般入試の合格者は266名でした。

 

したがって、今年の西高の合格者は、合計で329名ということになります。

 

しかし、不思議なことに、各塾のホームページで確認できた西高の合格者数の合計は337名となっています。

 

実際に合格した人数よりも多い「合格者数」が確認できるわけです。

 

 

この数字の乖離は、さらに大きくなるはずです。

 

必ず、私が確認していない「実際の合格者」が存在するからです。

 

塾に通うことなく合格した生徒がいるはずです。

また、ホームページに合格実績を掲載しない塾もあるでしょう。

そして、私が見落としている可能性もあります。

 

 

 

これは一般論ですが、「0」を「1」であると言い切るのは、非常に大きな覚悟が必要です。

「無い」のに「有る」と「うそ」をつくことは、大きな心理的負担になります。

 

一方、たとえば「50」を「51」であると言い切るのは、前者にくらべて「ハードル」がかなり低くなります。

 

 

こういった点も、「スケールメリット」のひとつなのかもしれません。

 

 

 

ああ、ひょっとすると、他塾の合格者数をチラチラと見て、あと何人「上乗せ」できる、と計算する役割の人がいる可能性もあるのでしょうか。

 

それで、お互いがギリギリまで「上乗せ」しようとして、それにもかかわらず個人塾や中小の塾の実績までは面倒で確認しないから、結局「上限」を越えてしまって、「合格者数」が飽和してしまうのかもしれませんね。

 

 

 

合格者の「水増し」の問題は、塾業界にとっては古典的な問題です。同時にまた、根の深い問題です。そして、切実な問題であり、同時に、かなり喜劇的な問題です。

 

 

 (ivy 松村)

「出題ミス」騒動を評論する

今年の都立高校入試の理科の問題に「出題ミス」があったのではないか、という「騒ぎ」が、一部の「関係者」の間で盛り上がっていたのですが、だいぶ落ち着いてきたようです。

 

私も末席に「参戦」していたのですが、興味深く感じることが多々ありました。

 

前の投稿のコメント欄で、4月になったら「反論」をくださるといっておられた方がいらっしゃるのですが、いまだに送ってこられないので、まとめの記事を書くことにしました。もう、これ以上この件について書くことはないでしょう。

 

 

今回は、一連の「騒動」について「評論」してみたいと思います。

 

 

その前に、「対象となる人たち」について呼び方を統一しましょう。「出題ミス」を指摘したがる人は、こぞって「補助線」にこだわります。そこで、便宜的に彼らを「補助線派」と呼ぶことにします。

 

 

さて、当該の設問ですが、「補助線派」の人たちは、概ね以下のような「理屈」を主張しています。

 

1.「図1」に「補助線」を引いて検討すると、選択肢は「イ」か「ウ」にしぼられるが、どちらかといえば「ウ」が近い

 

2.「図2」から判断すれば、「ウ」の可能性もあるが、「イ」が近い

 

3. この設問は、「図1」から「ウ」、「図2」から「イ」を選ぶことになり、矛盾している

 

4.当該の設問は「出題ミス」であり、「ウ」を選んだ受験生にも得点を与え、あらためて合否判定を行うべきである

 

 

 

これに対する私の「反論」は以下のようなものです。

 

1.中学の教材の内容にしたがえば、「図2」から完全に「ウ」を排除できる

 

2.「図2」の情報は中学の理科で学習する内容にもとづくものであり、付随している「図1」の情報よりも優先される

 

3.「図2」によって示された情報を考慮せずに「ウ」を選んでしまった受験生は、中学で学習したはずの内容を問われているのに、それに応答できていない

 

4.したがって、「ウ」を選んだ受験生に得点を与える根拠はなく、「イ」を正答とする当該の設問は、入試問題として「成立している」

 

 

 

「出題ミス」の定義を考えなければなりません。

 

入試問題に記載されている「情報」が「精密ではない」というだけでは「出題ミス」とはいえません。

たとえば、「問1」と記載されるべき箇所が「門1」となっていたとしても、それを「出題ミス」であると責めたてるような人はいないでしょう。

「学力判定」に影響を与えるものではないからです。

 

「情報」が「精密ではない」としても、それが入試選抜の機能を損なっていないのであれば、その設問は入試問題として「成立している」といえます。

 

 

「出題ミス」とは、「学力判定」に影響を及ぼす齟齬や欠落が存在し、それによって入試選抜機能が損なわれるようなものをいいます。

 

 

 

当該の設問に記載されている「情報」が「精密ではない」ということは、私も理解しています。

 

ポイントは、それが「学力判定」に影響を与えうるかどうか、です。

 

 

 

まとめてみましょう。

 

①中学生の理科の授業では、「図3」のような模式図に「補助線」を引いて、「図1」のような空に見える星の位置を特定するような学習は行われていない

 

②中学の理科の授業では、「図3」の「イ」の位置に金星があるときには、「図2」に示された金星の形になるということを学習する

 

③「図2」の情報は高校入試では「必須」となる知識であるが、「図3」に「補助線」を引く行為はそうではない

 

④「図1」は「ア」を排除するための「ヒント」である

 

 

 

相当高度な知識と技能を持った中学生でなければ、模式図に「補助線」を引いて「イ」と「ウ」を検討するようなことはできません。

それは、禁じられているわけではないので、やるのは自由ですが、高校入試の設問である以上、②を考慮しなければなりません。

そして、結局②によって「ウ」は完全に消去されるのです。

 

 

 

私が「補助線派」に求めたのは、①が、中学の理科で学習するものであるという「反証」でした。それを証明することができれば、当該の設問は「出題ミス」であると納得できたかも知れません。

 

 

「補助線派」の「理屈」にとっては、①の指摘が「急所」となりました。

 

そのため、次のような「反論」がみられました。

 

・「補助線」を使う入試問題が他にも存在する

 

少し考えればわかりますが、「補助線」を使うことを争点としているわけではありません。ポイントは、当該の設問は「補助線」に一切依存することなく正答を導くことができる問題であるということ、そして、「補助線」を使ったとしても、そこから得られる「情報」よりも、「図2」から得られる「情報」を優先しなければならないということです。

 

 

 

「補助線派」の「理屈」には、やや杜撰な点が見受けられました。それは、作問上の「精密ではない」点を、無理に「出題ミス」にしようした「強引さ」に起因するものなのだろうと思います。

 

入試問題を見て、当該の設問の「日付」や模式図における金星の位置と「図1」の照応が「精密ではない」ということに気づいた人がいたわけです。

 

それが、入試選抜機能を損なうようなものではないとすれば、「ああ、そうですね」と言われて、さらりと訂正されて「終り」です。

 

そのような軽微な「まちがい」にさえ気づくような学識、知見、慧眼を、世間に知らしめるべく、それを「出題ミス」とする必要があったのかもしれません。

 

「出題ミス」であると認められるためには、当該の設問の「精密ではない」点が原因となって、「学力判定」が不能になっており、入試選抜機能が損なわれているという「説明」が不可欠です。

すなわち、正答が定まらないという「理屈」が必要だったのです。

 

そのために、次のような主張がなされたわけです。

 

・「図1」から判断すれば、解答は「ウ」になる

・「図2」から判断すれば、解答は「イ」になる

・したがって、当該の設問は「矛盾」している

 

 

しかしながら、その「理屈」は、存立しません。

くり返しになりますが、優位な情報である「図2」から判断すれば、「ウ」は消えるわけです。

 

 

当該の設問は、最終的に解答が「イ」へと収束するような構成になっています。

 

「ウ」という解答は、「図2」を全く考慮せず、「図1」のみを判断材料にして、さらに高度な天文学的知識を駆使することによって、やっとたどり着くことができるものです。

あるいは、あてずっぽうで選ぶか、です。

 

「補助線派」の人たちの「理屈」は、当該の設問は「中学生が解く入試問題」であるという事実、現実、原則を無視しています。

少し毒のあるいい方になってしまいますが、天文学的な知識をひけらかすための「絶好の機会」となっているようにも感じてしまいます。

 

 

 

最終的に、当該の設問が「出題ミス」であるという主張を押し通すために、「論」が飛躍し、転倒します。以下のような、情緒的な言動がみられました。

 

・「出題ミス」のために不合格になったかわいそうな受験生がいる

 

 

共感を乞い、同情を迫る言説は、もはや、彼らが信奉する「科学」とは、一切の関わりのない行為です。

 

端的に、当該の設問は「出題ミス」ではないので、失点してしまった受験生に対して理不尽なことは何も起こっていません。

 

一応述べておきますが、私は塾の教師です。「合否」という現実には、中学や高校の先生方ではとうてい想像もできないほどに感情をゆさぶられます。論争の道具として軽々しく持ち出す人間に、憎悪さえ感じます。

 

 

 

さて、この度の「出題ミス」の「騒ぎ」には、注目すべき現代的な「動き」がみられました。

 

すなわち、インターネットを「主戦場」として「騒ぎ」を拡大させ、その「圧力」をもって「目的」達成を目論むという戦略です。

「補助線派」の人たちは連携して、ブログ、ツイッター、ニュースサイト、掲示板等に精力的な書き込みを行っています。

 

 

「これだけ議論になって意見が分かれるのだから、やはりミスなのだろう」という「自作自演」的な書き込み、つぶやき、記述も数回確認できました。

 

このブログのコメント欄も含めて、同一人物の書き込みであると思われるものを複数の場所で確認しています。その文体、語彙、言葉づかい、内容が近似していました。

 

 

それらの効果については、評価しがたいものがありますが、いくつかの点で有効でした。

 

 

観察できたのは、まず、影響力のある「発言者」に連絡を取り、「補助線派」に引き込むような「動き」です。

そして、彼らから「出題ミス」を非難する発言を引き出すことで、同業者や関係者に「理解」を促しました。

それによって、当初「出題ミス」であるという認識のなかった人を「転向」させたり、付和雷同に引き込んだりすることに成功しています。

狐につままれたような筆致で、「出題ミス」なのかもしれないと吐露する投稿をいくつか目にしました。

 

日本人は権威や同調圧力に弱い、というのは本当なのかもしれません。

 

ただ、品のない言葉づかいの、入試のことも教育のことも、そして政治のこともたぶんよくわかっていない議員さんを巻き込んだことは、ネガティヴに作用したのではないかと思いますが。

 

 

いずれにしても、「補助線派」の目論見はついえてしまいました。

たぶん、私の「参戦」は、少しばかり趨勢に影響を及ぼしています。

 

 

 

それにしても、「補助線派」の人たちは、いったい何を「目的」としていたのでしょう。その「熱情」がどこから湧いてきたのか、というのは非常に興味深く思いました。

 

彼らの中心は、高校の教師です。見ず知らずの「かわいそうな受験生」のために一肌脱いだ、という「ストーリー」には鼻白む思いしか感じません。

 

やはり、教育委員会を屈服させたい、という思いが強くあったのではないかという気がします。これは一般論を述べるものですが、「無理筋」を成し遂げたときほど達成感は大きくなるものです。

(そういった「反骨の気概」自体を否定する気はありません。私の中にも横たわっているものです。)

 

東京都教育委員会を全面的に擁護するつもりはありませんが、この件に関しては、「補助線派」には「理」がなかったと思います。

 

 

 

さて、いろいろと書いてきましたが、当該の設問に「精密ではない」箇所があったことは、やはり問題です。今後は、「論争」など起きないような入試問題を作っていただきたいと思います。

 

 

もし、これが、学会の発表や学術論文であったとしたら、一種の事件です。すみやかに撤回しなければならないでしょう。

 

しかし、これは「入学試験」の話です。

「入学試験」というものは、「自然科学」の対象ではなく、「社会制度」の一端であると考えなければなりません。

 

私が一貫して述べてきたように、入試問題として「成立しているか、否か」という視座で判断するべきなのです。

 

くり返しますが、当該の設問は、入試選抜の機能を損なっていません

 

 

 

 (ivy 松村)

 

 

訂正「平成28年度小石川中の塾別合格実績」

少し前に、都立小石川中等教育学校の今年の塾別合格実績の記事を書きました。

 

訂正と修正があったので、あらためて記します。

 

 

 

小石川中の塾別合格者人数:

 

 合格者数
ena   51
早稲田進学会   37
SAPIX   31
日能研   27
栄光ゼミナール   24
早稲田アカデミー   16
四谷大塚   15
大原予備校   10
Z会進学教室     6
学力開発     3
啓明舎     3
市進     2
TOMAS     2
竹の会     1
ビクトリア・アカデミー     1
啓進塾     1
  計  230

 

 

 

小石川中の今年の一般募集枠は男女80人ずつの計160人です。

今年は特別枠の合格者がいなかったので、160人分の募集枠のすべてが一般募集に当てられました。

 

160人の合格者のうち、手続きを行った合格者は男子67人、女子65人の計132人です。

したがって、入学辞退者は、計28人になります。

 

入学辞退者が生じた場合には、「繰上げ合格」が行われることになっています。

 

入学辞退者数の28人分を「繰上げ合格」させて、入学者が160人になるように調整するわけです。

ですから、小石川中が「合格」を出した人数は、正規の合格160人と「繰上げ合格」28人の計188人になるはずです。

 

ところが、上に挙げたように、各塾がホームページで公表している合格者数を合計してみると、230人になるのです。

 

 

そうすると、42人、余計に合格者が存在していることになります。

 

 

うーん、おかしいですね。

 

 

それで、「繰上げ合格の辞退者」がいたために、追加の合格が増えていったのではないかと思っていたのですが、どうやら、そうではないようなのです。

小石川中の募集要項では、電話等で入学の意志を確認し、入学の意志のあるものに「繰上げ合格」を出すことになっています。

そうすると、「繰上げ合格」となった受験生はぴったり28人となるはずです。

 

 

やはり、どうしても実際よりも合格者数が42人多いわけです。

 

 

これは、謎ですね。

 

 

もしかすると、まちがった数字を載せてしまっている塾があるのでしょうか。

しかし、塾にとって最も大事な数値である「合格者数」をまちがえるような塾があるとも思えませんが。

 

まさか・・・!

 

 

 

・・・ということで、種明かしをすると、ご想像の通り、うそをついている塾があるわけですね。

 

ちょっと、「ヒント」を出します。

いくつかの塾には、小石川中の合格実績を「水増し」する「動機」がありません。

どうしてもやるとするなら、御三家や筑駒を、ということになるはずです。(もしかしたら「そっち」でやっているのかもしれませんが。)

 

ホームページを見ていて、相当怪しい塾を複数特定しています。

 

 

なんだか、せちがらいですね。

 

(ivy 松村)

 

 

都立高校の志願傾向分析番外編③

都立高校のなかで、合格発表の際に、募集人数よりも多く合格者を出す高校があります。

都立上位校と多摩地区の高校を中心に、本年年度の入試で、合格者の増員があった高校を確認してみましょう。

 

 

 

増員
日野 18
多摩科技 16
神代 16
日比谷 16
小平 11
日野台 10
日比谷 10
昭和  8
西  8
戸山  8
富士森  7
国際  7
南平  6
新宿  6
翔陽  5
西  5
国立  5
立川  5
八王子東  5
国分寺  5
駒場  4
狛江  4
青山  4
両国  4

 

 

 

日野、神代、小平の女子の合格者の増員は、「男女枠緩和」によるものです。

これらの高校は、募集人数の1割の合格を、男女合同で出します。

 

そうすると、その「枠」のなかで、より高い点数を取った人数の多い方が合格者を多く出すことになるのですが、その場合、「相手」の募集人数を「奪う」形になるわけです。

 

いずれの高校も女子の方が募集人数よりも多く合格者を出しています。

そうすると、これらの高校は、女子の方が、男子よりも相対的に高い得点を取った生徒の割合が多かったということになります。

 

「男女枠緩和」は、女子が合格者を増やすことが多くなります。

それは、女子の方が男子よりも高い内申点を持っている受験者が多く、そのアドバンテージが大きくなるためだと考えられます。

 

 

多摩科技の場合は、高専との競合で、合格辞退が出ることが予想されていたためです。実際に、12名の合格辞退者が出ています。

 

日野台の男子も、おそらく同じ事情を考慮して合格者を増員したのだと思いますが、こちらは、3名の合格辞退にとどまっています。

 

南平が5名の合格辞退者を出していますので、現在、高専との競合で、高専が優位になるのはこの辺の「ライン」なのでしょうか。

 

 

昭和の男子や富士森の女子も合格者が増員されています。

これらの高校は高倍率の受験となったために、生徒の収容量を大きくする処置だったのかもしれません。

 

 

 

最後に、合格辞退者の数もみてみましょう。

 

 

 

 合格辞退者
多摩科技 11
日比谷 10
日比谷  7
南平  5
戸山  4
日野台  3
青山  3
調布北  2
小金井北  2
昭和  2
狛江  2
東大和南  2
翔陽  2
西  2
西  2
八王子東  2
国分寺  2
町田  1
武蔵野北  1
調布北  1
小金井北  1
日野台  1
昭和  1
多摩科技  1
小平  1
東大和南  1
神代  1
調布南  1
青山  1
国際  1
国際  1
大泉  1
富士  1
富士  1
白鷗  1

 

 

 

都立高校入試は、国私立高校入試の結果がほぼ出そろった後に行われますが、都立高校の入試日の時点で、入試結果が流動的な受験生がいます。

 

受験の状況によっては、都立高校に合格した後で入学を辞退することになる場合があります。

 

 

近年の高専の入試の合格発表は、都立高校の入試日の後に行われます。

高専と都立両方に合格した受験生で、高専を第1志望とする受験生は、都立の合格を辞退することになります。

 

また、都立高校の合格発表の直後に「繰り上げ合格」を行う私立高校があります。

その結果によって、都立の合格を辞退する受験生が出てきます。

 

 

 

 (ivy 松村)

都立高校の志願傾向分析番外編②

今年の都立高校受験で、受験棄権者が多かった高校を取り上げてみます。

(男女合同の募集を行っている単位制高校も、男女別に集計しました。)

 

 

 

 棄権者
日比谷 -94
西 -64
戸山 -64
日比谷 -49
国際 -39
青山 -38
戸山 -35
新宿 -33
狛江 -28
青山 -28
西 -23
多摩科技 -21
国立 -20
駒場 -19
調布北 -18
調布南 -18
立川 -18
大泉 -18
新宿 -17
小金井北 -16
国分寺 -16
南平 -14
神代 -14
狛江 -13
国立 -13
国分寺 -13
町田 -12
小平 -12
調布南 -12
国際 -12
日野台 -11
小平南 -11
小平 -10
翔陽 -10
成瀬 -10
八王子東 -10
富士 -10
白鷗 -10

 

 

 

やはり、上位校ほど棄権者は多くなっています。

 

気になるのは、大泉高校の男子です。棄権者の数は18名となっています。

 

2倍近い倍率の激戦になるとみられていた大泉の男子ですが、ふたを開けてみると、「受験倍率」は1.32、「実質倍率」は1.24となり、急激に倍率が下降しました。

 

 

出願者のうちの「実際の受験者」の割合が低かった高校を調べてみました。

 

「受験率」の低い高校の一覧です。

 

 

 

受験率 棄権者
大泉 69.5 18
日比谷 71.9 94
白鷗 73.7 10
西 77.3 64
富士 78.3 10
大泉 79.5  8
白鷗 81.8  6
日比谷 81.9 49
富士 82.5  7
国際 82.6 12
国際 82.7 39
武蔵 83.9  9
戸山 84.7 35
小金井北 87.3 16
西 87.5 23
狛江 87.9 28
青山 88.1 38
多摩科技 88.5  6
調布北 88.9 18
調布南 88.9  9
新宿 89.4 33

 

 

 

私は、本年度の都立高校入試で、大泉高校の男子の「志願傾向」に非常に注目していましたが、最後になって、やっと実態がつかめたような気がします。

 

中学併設校は、全体的に「受験率」が低くなっています。

逆にいえば、「棄権率」が高いということです。

 

それが何を示しているのかといえば、これらの高校は、いまや、私立高校の併願校に位置づけられているということです。

 

私立の――おそらくは附属校を第1志望とする受験生の、最終的な「避難先」として受験パターンに組み込まれていたのでしょう。

 

 

なぜ、志願変更後に大泉の男子の倍率が高止まりしていたのか――それは、第1志望の私立高校に合格した受験生たちが、すでに受験を終えていたからです。

その時点で、彼らは大泉高校の受験を棄権することが確定したために、取下げを行う必要がなくなっていたのです。

 

 

あらためて見直してみると、昨年度の富士と白鷗の男子の倍率の推移に、中学併設校を「私立の併願先」として受験パターンに組み込む流れが、兆候として表れていました。

 

今年は、「内申点の換算方法の変更」という「シビアな問題」が横たわっていたために、内申点に乏しい受験生の「併願戦略」がより切実なものとなりました。

それが、大泉の男子の受験で、先鋭的に顕在化したように感じます。

 

つまり、西や戸山を受験するには「厳しい」内申点の受験生が、第1志望を私立に切り替え、中学併設校を「おさえ」に使う、という受験パターンを組むわけです。

 

 

 

こうした状況から、やはり中学併設校の高校募集のありかたについて考えてしまいます。

 

ただ、私の考えは少し変わってきました。

少し前に、このブログに、中学併設校は高校募集を停止したほうがいいのではないかと書きましたが、それにも問題がありそうです。

 

 

もし、高校募集を失くしてしまうと、都立高校の収容力が大きく低下してしまいます。

 

もちろん、「入口」が中学受検であろうと、あるいは高校受験であろうと、同学年の生徒の収容人数が大きく変わるわけではありませんが、現在の都立中学受検の「業界の状況」を考えると、中受の「パイ」を増やすのは「健全ではない」ように思います。

 

 

(ivy 松村)