「一陽来復」to「一言居士」

インターネットで拾った今年の「高校の大学合格実績」をざっくりと見比べてみました。

 

都立中・高は、ちょっと興味深い「状況」です。

 

まだ、高校に「報告」をしていない受験生が多くいるはずなので、これから各高校の合格者数は増加するでしょう。さらに、後期日程があります。現時点では、「目途」でしかありませんが、気になったことなどを。

 

(「人数」を載せようかとも思ったのですが、やめました。)

 

 

 

もしかすると、「難関4大学」の合格実績は、最終的に、国立が西を上回るかもしれません。ただ、今年の国高の大学合格実績は、西高以上に、浪人生に依存したものになりそうな感じです。

 

「難関4大学」にフォーカスすると、進学指導重点校のなかで、八王子東と立川は、他の5校に引き離されつつあります。

 

おそらく、多摩地区の「最上位層」の生徒が、国立に集中する傾向が強まっているのだと思います。

 

 

 

都立中では、武蔵が小石川に肩を並べるまで実績を伸ばすかもしれません。

武蔵は、昨年の実績が少し下降しましたが、今年はやはり上げてきました。

 

立川国際は、少し持ち直して来ました。

 

 

南多摩中は、気になっているのですが、まだ、ちょっとわからないみたいですね。

先日、南多摩中等の高3の教え子が、進学先が決まったと報告に来てくれたのですが、学校の先生も、私立大学が厳しかったと、おっしゃっていたそうです。

 

 

都立高校と都立中学を大まかに比較すると、生徒数の多い都立高校の方が、「数」の実績が上回りますが、「率」を比較すると、両者は肉薄しています。

 

 

「現浪」の比較をすると、圧倒的に都立中の「現役」の実績が上回ります。

 

ある意味で、トップレベルの都立高校は、「浪人」を「現実的な選択」として想定しているといえます。

それに対して、都立中学は、「6年間」を有効に使って「現役」で合格を得る、という戦略に比重が置かれているといえます。

 

 

 

・「公立中学3年+高校3年」

・「中高一貫校6年」

 

それぞれに「良さ」があると思いますが、「大学受験」を見すえると、「6年」という「持ち時間」以外にも、中高一貫校にはいくつかのメリットがあります。

 

多くの公立中学の生徒は、「実技4教科」の内申に苦戦しているわけですが、他方、中高一貫校の生徒は、大学受験に直結しない教科を「リラックス」して学ぶことができます。

そのあたりの「ストレスフリー」も、中高一貫校の魅力の一つだと言えるのかもしれません。

 

「不器用だけど勉強ができる」という生徒がたまにいます。

そういう生徒は、公立中学に進むと、「可能性」が狭められるかもしれないわけです。

一方、中高一貫校に進学すれは、心理的な圧迫を感じずに、実技教科を学べるわけです。

 

 

 

ちょっと前に中高一貫で6年間勉強して大学受験に挑んだ生徒に接する機会があって、今日、都立高校で3年間勉強して大学受験に挑んだ生徒と接する機会がありました。

 

それで、ちょっといろいろと考えてしまいました。

 

 

まあ、私のどうでもいい小話はともかく、ぜひ、素晴らしい大学生活を送ってください。

 

 

 

あと、ちょっと、申し開きというか、事情の説明なのですが、夕方の早い時間帯に、私は校舎にいないことがあります。

 

昨年、農工大に合格した教え子が報告に来てくれたのですが、そのときに話すことができずに、残念でした。

 

今日も、話をしに来てくれた生徒がいたのですが、会うことができませんでした。

 

よければ、ぜひ、また今度顔を出してください。いろいろと話ができるのを楽しみにしています。

 

 

それから、卒業生のみなさん、これまでに「ご縁」のあった生徒のみなさん、保護者のかた、塾のかたも、再び、お話しできる機会がありましたら、うれしく思います。

 

 

 

さて、大学受験は、「まだ」です。

 

これから勝負に挑む受験生、がんばれ!

 

 

(ivy 松村)

 

 

数億年の途方の果て

毎年、「今日という日」には、複雑な思いに駆られます。

 

何を書こう、と考えて、私の魂は、泥炭の沼底に閉じ込められたトリケラトプスの化石のように、数億年の途方に暮れてしまいます。

 

 

祝福の言葉でもなく、なぐさめの言葉でもなく、はげましの言葉でもなく、ねぎらいの言葉でもなく、「現実的な言葉」を発しようと思ったときに、気づいたのです。

 

 

みなさんが、「この世界に自分の居場所を築く」、それが、私の願いだったのです。

 

 

高校受験は、強力な「手段」です。でも、それは、「絶対」ではありません。

これからの「居場所」となることが大事なのです。

 

だから、みなさんは、「これから」のことを考えてください。

 

 

思えば、今年受験をした中3のクラスは、一人ひとりの「居場所」というものが実は大きなテーマだったのかもしれません。

 

 

 

私は、塾の人間なので、いつも、「今日という日」にも、勉強の話をしたがる。

 

「高校に入ったら・・・」「大学受験は・・・」

 

なんて興ざめな人間なのだろう。

生徒のみなさんがあきれているのも知っているけれども、でも、言いたい。

勉強は、大事なのだ、と。

 

一方で私は気づいている。

「幸せ」というものは、少し「ずれたところ」にあるのだということを。

 

 

世の中には「幸せの才能」を持った人たちがいて、その人たちは、直観的に、幸せを呼び込む。

 

そのような天賦に恵まれない私たちは、「論理的思考力」と「知識」を駆使して、幸せを求めるしかない。

 

だから、やはり勉強は、大事だ。

 

 

とはいっても、結局最後は、「誠実さ」だったり「真心」だったりが、「幸せの鍵」になるのだと思う。

 

お前にそれがあるのか、と問われれば、ちょっと窮してしまうけれども、私がどんな人間であるかにかかわらず、みなさんには「幸せ」になってもらいたいと思う。

 

だから、私は「誠実に努力をしなさい」という。

 

 

誠実に努力する人間は、周りの人をひきつける。

真心を持った人間は、周りの人の美点を引き出す。

 

 

そういう人は、この世界に、自分の居場所を築くことができると思う。

そして、「幸せ」を引き寄せる。

 

 

「幸せな人生は、素晴らしい」というのは、究極の「知性」だと思う。

 

 

 

さて、ここで、「現実的な話」を。

 

 

都立高校では、入試得点の開示請求という制度があります。

この制度を利用して、「採点の誤り」がなかったのかを確認することができます。

 

また、ある人にとっては、これは1つの「決別の儀式」となるのかもしれません。

 

 

以下に、「都立高校Q&A」に掲載されている開示請求の概要を引用します。

 

 

 

Q 学力検査の得点や面接・作文などの得点は、どのようにすれば知ることができますか。

また、学力検査の答案を開示してほしい場合は、どのようにすればよいのですか。

 

A 都立高校では、受検者又は保護者の開示請求に基づき、学力検査の得点及び面接・作文などの得点を記載した「学力検査等得点表」や、「学力検査における答案の写し」を、受検者又は保護者に直接交付します。

 

開示を希望する場合は、合格発表日以降に「学力検査等得点表・学力検査における答案の開示請求書」を受検した高校に提出する必要があります。その際、本人確認ができるもの(受検票や身分証明書など)を提示してください。

 

なお、保護者が開示を請求する場合は、受検票と本人確認できるもの(身分証明書など)の両方の提示が必要です。

 

請求受付時に開示請求受付票をお渡しします。この開示請求受付票には、学力検査等得点表や答案の写しの交付日が記載されますので、交付日以降に開示請求した高校に開示請求受付票を提出し、請求時と同様に本人確認を行った後、学力検査等得点表や答案の写しを受領してください。開示請求受付票は、受領する際に必要となりますので、大切に保管してください。

 

なお、保護者が受領する場合は、受検票、本人確認できるもの及び受検者と保護者との関係を証明するもの(住民票の写しなど)の3点の提示が必要です。

 

開示請求書の用紙は、各都立高校の窓口で配布します。中学校での配布を希望する場合は、先生にお尋ねください。

 

 

  • 本制度は、採点の防止や、採点誤りにより不合格となった受検者の救済を目的として導入した制度です。そのため、事務手続きを円滑に進める観点から、以下のとおり、合格者と不合格者の受付期間を設定しています。

 

<不合格者>

○受付開始日 当該募集の合格発表日

○受付終了日 平成30年8月31日(金)

 

<合格者>

○受付開始日 平成30年5月1日(火)

○受付終了日 平成30年8月31日(金)

 

 

 

考えもまとまらないまま、徒然なるままに書きつくってきましたが、最後に、「泥炭の沼底に閉じ込められたトリケラトプスの化石」の独り言を。

 

 

 

都立高校入試が終わり、長かった受験勉強に、「ピリオド」がつけられました。

 

「結果」は「二通り」しか存在せず、私たちは、そのどちらかを受け取らなければなりません。

 

いずれにしろ私たちは、時をさかのぼることができないので、ただ「未来」に向かって進んで行くしかありません。

 

しかるべき「未来」に、手中にあるその「結果」の価値を見届けることができます。

 

その「結果」は、今この時に、決定的な固有の価値を帯びているわけではないのです。

 

 

いずれの「結果」を手にした人にとっても、時が経って、受験という経験が、意味のある人生の一幕であってほしいと思います。

 

 

 

(ivy 松村)