都立中入試と「いりたま作文」②

「いりたま作文」の「原形」は、かなり古い時代から存在しています。

70年代、80年代にはすでに使われていたと思われます。

 

それは、もともと100~200程度で「意見」を書かせる入試問題に対応するために考案されたものです。

 

100~200字程度で「意見」を書く場合、結論を先に書くのがセオリーです。字数オーバーにならないように、まず、結論を書いて、残りの字数で、書き切れるように調整しながら「理由」を書くと、はやく、確実に問題に対処できるわけです。

 

ですから、「い」→「り」の順番で「作文」を書くというのは、あながち間違った方法というわけではありません。

 

たとえば、200字の「作文」を出題する三鷹中の入試問題などでは、堅実な答案をつくることができるでしょう。

 

私自身、まず200字程度で「意見→理由」を述べる「疑似いりたま作文」を書かせるところから、指導を始めます。

 

 

しかし、一般的な都立中の「作文」の解答を「いりたま作文」で書くと、バランスを欠いた薄気味悪い文章が出来上がります。

 

ひとつは、先に書いたように、「なぜなら」を適切に使うように指導がなされていないからです。

 

さらにもうひとつ、まったく単純な理由を挙げることができます。

 

多くの都立中の「作文」は、400字程度の字数設定となっていますが、その「400字」という字数が、「いりたま作文」が有効性を発揮する「キャパ」を超えているわけです。

 

「いりたま作文」で「400字の作文」を書くと、冗長になってしまうのです。

 

 

200字程度が「最適」である「いりたま作文」を、「400字」に適合させると、答案用紙を「埋める」作業が必要になります。

そのため、多くの「いりたま作文」が、「た」にあたる「体験」を引き延ばして書き、文量を稼ぐような構成になります。

 

著しくバランスを書いた答案になると、400字のうち、300字程度も「体験」を書き連ねるというような歪な「作文」が出来上がります。

 

 

このような「体験」で「水増し」をするという「作文」の書き方を、都立中は嫌厭します。

 

それで、さまざまな「指示」を与えて「作文」の内容を制御したり、「体験」そのものを「作文」に組み込めないような出題形式にしたりして、「水増し作文」を封じ込める「対策」が取られるようになったわけです。

 

 

 

前にも書いたように、私は、「いりたま作文」をあまり好ましく思っていません。

 

 

ここではあまり多くを述べませんが、「いりたま作文」は、その文章自体に欠陥があらわれやすいということ以上に、「その型」で文章を書き続けるということに大きな弊害があります。

 

 

しかし、それでも、「業界」がこれを受験対策に導入したことについては、ある意味当然のことだと考えています。

 

受験指導を行う者は、「合格」に対して、現実的、合理的であるべきだと思うからです。

 

 

 

都立中入試の黎明期に、「作文」に対応する「切り札」として導入された「いりたま作文」は、これまで、存分にその効果を発揮してきました。

それぞれの都立中で作成された「作文」の問題は、「いりたま作文」にがっちりハマるものが多くありました。

 

 

しかし、受検生のほとんどが「いりたま作文」を書くようになり、客観的な学力判定が困難になってしまいました。

 

そこで、「いりたま作文」を発動させないような問題形式が「トレンド」にあらわれてきたわけです。

 

 

近年、「適性検査Ⅰ」では、なかなか高得点を取れなくなっているという話を聞きますが、その主因は、やはり出題傾向の変化にあると考えられます。

 

「作問・採点側」は、「いりたま作文」を排除しようとしているのに、「指導・解答側」が、依然として「いりたま作文」(の応用)で対応しようとしているために、得点が得られないわけです。

 

 

 

「共通問題」の導入を契機として、都立中入試は、明らかに「新しいフェーズ」に突入しました。

 

 

いまや「いりたま作文」は「旧式の方法論」となりつつあります。

 

 

去年の段階ではまだ気づけませんでしたが、今年の入試問題を見て、確信しました。

 

 

 

今後は、「こちら側」も対策を考えていかなければなりませんね。

 

 

(ivy 松村)

 

 

都立中入試と「いりたま作文」①

過去4年間の都立中の「適性検査Ⅰ」の出題傾向を精査すると、立川国際以外の中学が、出題の「方向性」を固めてきていることがわかります。

 

 

「タイムライン」を整理すると:

 

① 27年度 「共通問題」がスタート

② 28年度 「共通問題」の「作文」に「構成の統制」の傾向があらわれる

③ 29年度 「独自作成」の各中学の「作文」に「構成の統制」の傾向があらわれる

 

 

 

これまで確認してきたように、桜修館、両国、南多摩、白鷗、三鷹のいずれの中学も、29年度以降、「作文」の出題に変化が確認できます。

 

 

適当な言葉が見つからないので、とりあえず「構成の統制」と表記しましたが、その「内実」は、大きく2つのポイントに集約できると思います。

 

 

・「作文」の「構成」(段落の数や内容)を細かく指示する

・「体験」(経験)をオミットする

 

 

 

このような出題形式を採用する「意図」は、明白です。

 

つまり、「ワンパターンな作文」の忌避です。

 

 

もうすこし具体的に述べると、「いりたま作文」というものを謝絶したいわけです。

 

 

 

「いりたま作文」というのは、「受験業界」で、「作文」を指導する際に用いられる「定型」です。

 

 

「い」…「意見」 私は、…について、~だと思う。

「り」…「理由」 なぜなら、~からだ。

「た」…「体験」 私にはこんな体験がある。(延々と体験を書き連ねる)

「ま」…「まとめ」 私は、このような体験を活かし、今後も努力したい。

 

 

とまあ、このような「流れ」で作文を書くと、「作文」に不慣れな生徒でも「作文」を書けるようになるということで、この「メソッド」が大いに普及したのです。

 

いってみれば、「いりたま作文」というのは、「作文」が苦手で、まったく手につかない生徒に、なんとかそれなりのものを書かせるための「苦肉の方策」だったわけですが、いつしか、受験における「作文」の定石のような扱いになってしまったわけです。

 

 

しかし、「いりたま作文」には、「日本語で書かれる文章」として、大きな瑕疵が存在します。

 

一般的な「教務感覚」を持った国語教師は、「それ」を憂慮するにちがいありません。

 

都立中の先生方の間で「そうした問題意識が共有されるに至ったタイミング」で、「いりたま作文」の放逐が推進されているのではないかと考えます。

 

 

「いりたま作文」について、少し考えてみましょう。

 

 

 

「いりたま作文」の肝は、「り」にあたる「理由」を述べる箇所です。

ここで、「なぜなら」という接続詞を使用します。

 

至極まっとうな日本語の感性を有した人であればすぐに気づきますが、この「なぜなら」が、「いりたま作文」に打ち消すことのできない違和感を与えているはずです。

 

 

たとえば以下の例文を参照してみましょう。

 

 

「私は兄が好きだ。なぜなら、優しいからだ。」

 

 

まっとうな感性を有した人であれば、この文章に不気味な印象を抱くでしょう。

自然な表現を求めると、以下のようになります。

 

 

「兄は優しい。だから、私は兄が好きだ。」

 

 

日本語は、「原因・理由」→「結果・結論」の順番に事柄を並べる言語です。

これが、日本語にとって、自然な表現です。

 

「なぜなら」をという接続詞を用いた表現は、「逆」です。

「結果・結論」→「原因・理由」の順番に事柄を並べています。

つまり、「倒置」をおこしているわけです。

 

もちろん、表現技法としての「倒置」は、日本語表現の一部として認められています。

書き手が、「倒置」を駆使することで、自分の伝えたいことをより明確に表現できると考えるなら、「倒置」を用いるべきでしょう。

 

しかし、「倒置」を使う必然性のないところで、意味もなくこれを用いれば、なんとも落ち着かない文章となってしまうわけです。

 

 

「なぜなら(ば)」という語は、江戸時代までの日本語にはありませんでした。

明治以降、西洋の言語を取り入れる際に、「発明」されたものです。

 

普段の会話の中で、「なぜなら」を使うことは、ほとんどないと思います。

この語が、日常的な日本語に組み込まれたものではないからです。

 

 

 

現代日本語で、「なぜなら」は、特別な使い方で用いられる語です。

「なぜなら」は、「理由」を特に強調して述べるときにのみ用いられるべきものです。

 

 

以下の表現には、違和感がないはずです。

 

 

「私はうそをつくことは必ずしも悪いことだとは思わない。なぜなら、うそが人を幸せにすることもあるからだ。」

 

 

「理由」を強調するために、あえて「なぜなら」を用いた「倒置表現」を「選択」するのであれば、「なぜなら」は見事に機能します。

 

そのためには、文脈上、「理由」が「焦点化」されるような内容の文章でなければなりません。

 

「理由」が、想像外のものであったり、一般的に推測しにくいものであったり、自分の意志を強く表明するようなものであったり、あるいは、「AではなくBなのだ」というような示唆を含む説明であったりする場合に、「なぜなら」は効力を発揮します。

 

 

「いりたま作文」を「オートマチックな型」として身に着けている生徒は、意外性がなくありきたりな「理由」を、「なぜなら」とともに使用します。

 

「読み手」は、「なぜなら」の後に、何か特別な「理由」が示されることを、推測しながら読みます。それなのに、「なぜなら」の後に、まったく「平凡な理由」が述べられているだけだとすると、文章を読む上での「平衡感覚」が狂ってしまうわけです。

 

 

 

少し補足しますが、学術論文や報告書などは、一般的に「結論」を導入で示します。

ですから、「結果・結論」→「原因・理由」の順序で事柄を並べます。

こうした「文書」を書くことが念頭にある人は、「いりたま作文」の問題点に気づきにくいと思います。

 

 

「いりたま作文」は、自然な日本語表現を身に着けるべき時期の「小学生」に、「特殊な型の作文」を刷り込んでいるわけです。

 

たとえ将来作家になれるほどの言語的な才能をもった生徒であっても、「いりたま作文」を仕込まれてしまうと、その道は閉ざされてしまうかもしれません。

 

 

 

「なぜなら」という語は、ある種の「麻薬」のようなものに思えます。

文章を書くのが苦手な人ほど、「なぜなら」に依存します。

 

その理由はけっこう単純で、「日本語」が未熟だからです。そのために、日本語の「違和感」に鈍感です。むしろ、それを「格調の高さ」だと思ってしまいます。

 

 

蛇足ですが、英作文でも、同じ傾向があって、「because」を使って、2文目に「理由」を書きたがる生徒が非常に多くいます。

 

当然、「because」を文頭にして「理由」を述べるような文を、2文目に置くことはできないわけですが、塾などでの受験指導では、そこを無理やり「That’s because」のような形にしてにして、なんとか2文目に「理由」を述べる文を置けるような「工夫」がなされます。

 

「その型」でなければ、文章を書けないような生徒が多いわけです。

 

 

もちろん、「単純な方法」で取り組む方が、利分が大きくなる、というタイプの生徒もいます。

しかし、当然のことですが、全ての生徒にとって、ある一つのやり方が、常に正しいということはありえません。

 

 

 

「いりたま作文」は、ある意味で自転車の「補助輪」です。

 

一人で自転車に乗れない子供が、自転車に乗る訓練をするという場合には、効果的な「方法」であるといえます。

 

いずれ、「補助輪」は外され、自転車は「あるべき姿」で走り始めるでしょう。

 

 

他方、「補助輪」をつけた自転車を上手に運転するために、ひたすら「補助輪」つきの自転車で練習し続ける人がいるとするならば、その人は、かなり的外れな考えの持ち主だと思われることでしょう。

 

 

 (ivy 松村)

 

都立中の「作文」④

白鷗中学は、28年度まで、「作文」に「条件」を設けていましたが、29年度から「条件」を失くしています。

他の中学が「構成の統制」を進めているのに対し、自由度を高くしているわけですから、ちょっと珍しい傾向だといえるかもしれません。

 

しかし、28年度からは、説明系の「作文」にシフトしています。

 

したがって、問題の「性質上」、「体験」を延々書き連ねるような「ワンパターン作文」を書いてしまうと、点数が上がってこないと思います。

 

 

白鷗27

〔問題3〕

あなたの将来の目標について、資料A 資料Bをふまえ、次の条件(1)~条件(3)を全て満たして四百字以上四百五十字以内で書きなさい。

 

条件(1) 学校や家庭での生活の中で、あなたが「直観」または「直感」を使った例や経験を書く。

条件(2) あなたの将来の目標に近づくために、今後身に着けていく必要があることを書く。

条件(3) 条件(1)の例や条件(2)の必要なことがどのように結びつくと考えるかを書く。

 

 

白鷗28

〔問題3〕

あなたの身近にある道具について、資料A 資料Bをふまえ、次の条件(1)~条件(3)を全て満たして四百字以上四百五十字以内で書きなさい。

なお、取り上げる道具を解答用紙の最初のらんに書きなさい。このらんは、字数に数えません。

条件(1) ある共通の機能を持ち、「多様性」を残しているものと、機能を特化したものを取り上げる。ただし、資料Bにある金槌とハンマーの例は用いないこと。

条件(2) 取り上げたものそれぞれの特徴について書く。

条件(3) 取り上げたもののうちどちらがよいか、あなたの考えとその理由を書く。

 

 

白鷗29

〔問題3〕

あなたは将来、海外から日本に来た方にどのようにして「おもてなし」をしようと思いますか。本文をふまえ、四百字以上四百五十字以内で具体的に書きなさい。

 

 

白鷗30

〔問題3〕

私たちが生きている社会の中で、資料B の「思考停止」してしまっている例を一つあげ、それを変え多様性を大切にしていくためにはどうしたらよいか、資料A、資料Bの内容をふまえて、あなたの考えを四百字以上四百五十字以内で書きなさい。

 

 

 

三鷹中もまた、29度以降、出題傾向が変わりました。

 

三鷹は、例年、「文学的文章」(小説・随筆)と「説明的文章」の2つの課題文が用意されます。

それぞれの文章について、記述問題が1題、「短い作文」(180~200字)が1題出題され、全体で計4題の出題となります。

 

つまり、三鷹中学の「適性検査Ⅰ」は、他の都立中と一線を画す出題形式となっているわけですが、詳細に見てみると、やはり最近2年の問題に変化がみられます。

 

 

28年度まで、200字程度の2つの「短い作文」は、ともに「体験」を組み込んで書くタイプのものでしたが、29年度以降、「体験」を組み込んで書くものは1つだけとなりました。

 

27年度の[1]の〔問題2〕は、ちょっと「イレギュラー」な出題となり、「体験」を組み込む指示のない問題となっていますが、従来2つの「短い作文」は、基本的に「体験」を組み込んで書く「傾向」が定着していました。

 

明確に「方向性」が固まり、「体験」を組み込むものが1つにしぼられるのは、29年度からです。

 

 

三鷹中の29年度以降の出題内容は、以下のように整理されました。

 

〔問題1〕「理由」の説明〔心情〕(50~60字)

〔問題2〕体験を組み込んだ「短い作文」〔主題〕(180~200字)

〔問題3〕「内容」の説明〔文脈〕(50~60字)

〔問題4〕「具体例」をともなった説明〔主題〕(180~200字)

 

 

三鷹中の、過去4年の「適性検査Ⅰ」の問題を確認してみましょう。

 

 

三鷹27

[1]

〔問題1〕「堂々と答えられる」のはなぜか。本文の言葉を使って、二十八字以上三十五字以内で説明しなさい。

 

〔問題2〕 「まど・みちお、という名前に出会うより、ずっとずっと前に、私は『ぞうさん』に出会っていた。」と同じように、次の空らんにそれぞれ十字以内の適語を入れて題名を作り、あなたにとって「出会い」とは何かを百八十字以上二百字以内で書きなさい。

 

[2]

〔問題1〕

空らんに入る語句を三字以上六字以内で書きなさい。

 

〔問題2〕

「なつかしい風景の復活」とありますが、自分の家と川がつながっていることを一人ひとりが意識しなければ、多摩川が再生の道を歩むことはできませんでした。川の汚染以外で、あなたが学校で学んだ環境問題を挙げ、それについてあなたの考えを学校生活の中での体験を交えて百八十字以上二百字以内で書きなさい。

 

 

三鷹28

〔問題1〕

宮崎県出身の友だちに不思議そうに「なんで?」と聞き返されたのだ。とありますが、それはなぜですか。六十字以上七十字以内で説明しなさい。

 

〔問題2〕

「私たちの目の高さは、蟻にとっては大空なんです」という言葉を通じて筆者が言いたいことを、あなたの体験を交えて一六〇字以上一八〇字以内で説明しなさい。なお、必ず「角度」「他者」ということばを両方用いること。

 

〔問題3〕

「人生は旅」という隠喩は、人生に対するどのような思考から生まれたものですか。筆者の言葉を用いて、四十字以上四十五字以内で説明しなさい。

 

〔問題4〕

あなたの小学校時代について比喩を用いて次の空らんの中に表しなさい。また、その比喩を用いた理由を、あなたの体験を交え、一六〇字以上一八〇字以内で説明しなさい。

 

 

三鷹29

〔問題1〕

ガネーシャが、『人間は意識を変えることはできない』 と言ったのはなぜですか。本文中にある「楽」「期待」の二語を必ず用いて、五十字以上六十字以内で書きなさい。

 

〔問題2〕

『変わる』 とは、この場面ではどのようなことを意味していますか。あなた自身の具体的な体験を交えて、百六十字以上百八十字以内で説明しなさい。

 

〔問題3〕

「明治のはじめ、日本は固有の文化はすべて価値なしと考えた。」

とあるが、そのように考えたのはなぜであると、筆者は説明しているか。本文で挙げられている例を出しながら、四十字以上五十字以内で書きなさい。

 

〔問題4〕

筆者の言うような、「外国の真似をすればいい、と誤った観念にしばられ」ない考えをもつためには、あなたはどうすればよいと思いますか。具体的な取り組みや手立てを挙げながら、一八〇字以上二〇〇字以内で書きなさい。

 

 

三鷹30

〔問題1〕

「ポロポロなみだをこぼし」とありますが、このときの小鳥がなみだを流した理由を、五十字以上六十字以内で説明しなさい。

 

〔問題2〕

「お父さまのおっしゃったこと」とありますが、霜王様の言葉から北風はどのようなことを学びましたか。本文中の言葉を使いながら、あなた自身の体験も交えて、百八十字以上二百字以内で説明しなさい。

 

〔問題3〕

「言葉の用いられ方や、言葉の持つ印象は時代によって変わっていく。」とありますが、時代によって変化していく言葉をどのように受け入れていけばよいと筆者は説明していますか。五十字以上六十字以内で書きなさい。

 

〔問題4〕

「名前が変われば、意識が変わる。常識が変わる。」とありますが、このことから筆者はどのようなことを伝えたいと考えていますか。あなたが考える「○○って、△△だ。」という命名法を用いた具体例を挙げながら百八十字以上二百字以内で説明しなさい。

 

 

(ivy 松村)

 

 

都立中の「作文」③

南多摩中は、「体験」をオミットしています。

この2年は、「説明」をさせる「作文」を出しています。

 

「パターン作文」では太刀打ちできない問題です。

 

 

それにしても、南多摩中は、作問者によって試験問題の「内容」が大きく変わることがあるかもしれないので、ちょっと注意が必要かもしれません。

 

 

南多摩27

〔問題2〕

あなたも実行委員として、会話 に参加しているとします。

まず、あなたは、たまお君とみなみさんのどちらの意見に賛成するか書きなさい。

次に、その意見が〝やさしいきびしさ〟または〝きびしいやさしさ〟のどちらにあてはまるか書きなさい。

さらに、あなたの体験をあげながら賛成する理由を書きなさい。

以上のことを四百字以上五百字以内でまとめなさい。

 

南多摩28

〔問題2〕

文章1・文章2をふまえ、あなたが「わかったつもり」から、具体的な経験を通して、本当に「わかった」ことを書きなさい。

以上のことを四百字以上五百字以内でまとめなさい。

 

南多摩29

〔問題3〕

「あなた自身、困こまったとき、「どうしたらいいだろうか」「どんなことをすればいいのかな」と無意識に自分や周りにいる誰かに問いかけているはずです。」と筆者は言っています。

では、私たちの社会や地域の中で、あなたが「どうしたらいいだろうか」と困っていることは何ですか。そして、それを少しでも良くするためにあなたは周りにどのように働きかけますか。次のページの〔手順〕にしたがって、四百字以上五百字以内で説明しなさい。

 

〔手順〕

1. あなたが「どうしたらいいだろうか」と困っていることを書く。

2. 1.で挙げたことに対して、なぜ困っているのか、理由を説明する。

3. 今の状きょうを少しでも良くするために、周りにどのように働きかけるか。あなたにできることを説明する。

 

南多摩30

〔問題3〕

自分の主張が受け入れられないとき、あなたはどのような歩み寄りの提案をしますか。

本文の内容をよくふまえ、次の〔手順〕にしたがって、四百字以上五百字以内で説明しなさい。

 

〔手順〕

1 自分の主張を理由とともに、具体的に書く。なお、何について主張するのかは自分で決める。

2 想定される別の意見を書く。

3 別の意見を言う人の意図をふまえ、歩み寄りの提案をする。

 

 

 

立川国際は、近年も、「体験」をふまえた「作文」を書かせるような出題が続いています。

ある意味で、「保守的」ですね。

立川国際は、いまや「特殊な」出題傾向の中学となっているので注意が必要です。

 

しかし、この中学も、ある年にいきなり「トリッキーな出題」がありそうで、ちょっと怖いですね。

 

 

立川国際27

〔問題3〕

「読書のたのしみとは、ほかでもない、この「どのように」を味わうことにあるのだから。」の「どのように」をわかりやすく説明した上で、自分の読書体験をふまえ、「読書のたのしみ」とはどのようなものか、あなたの考えを三六〇字以上四〇〇字以内で書きなさい。

 

立川国際28

〔問題3〕

「質問すること」が生み出すことは何だと筆者は言っているか。その筆者の考えをふまえて、「質問すること」に対するあなたの考えを、自身の経験をまじえて四六〇字以上五〇〇字以内で書きなさい。

 

立川国際29

〔問題3〕

筆者は、私たちが「自然に無理解になってきているようです」と述べていますが、本文を通して筆者は自然を理解するとはどのようなことが分かることだと考えていますか。また、この筆者の考えについてあなたはどう思いますか。あなたの考えを身近な具体例をあげて四百二十字以上四百六十字以内で述べなさい。

 

立川国際30

〔問題3〕

「本来のやさしさ」とは、どのようにすることだと筆者は述べていますか。また、その考えについてあなたはどう思いますか。あなたが今までに実際に受けたやさしさの経験を交え、あなたの考えを、四百六十字以上五百字以内で書きなさい。

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

都立中の「作文」②

三鷹、両国、白鷗、立川国際、南多摩、桜修館は、「適性検査Ⅰ」を独自作成しています。

 

ところが、興味深いことに、これらの中学の多くが「共通問題」の「影響」を受けつつあります。

 

「作文」の出題傾向に変化がみられます。

 

「共通問題」を作成するために、各中学校の先生が集まって、「意見交換」などが活発に行われるようになったことが、「独自問題」にも「効力」を及ばしているのだろうと思います。

 

 

特に顕著なのが桜修館です。

 

桜修館中学の「作文」は、従来、かなり自由度の高い出題でしたが、最近2年は、出題傾向が大きく変化しました。

 

 

桜修館27

次の詩を読んで、あなたが考えたことを分かりやすく書きましょう。

字数は、五百字以上、六百字以内とします。

 

桜修館28

次の資料を見て、あなたが考えたことを分かりやすく書きましょう。

字数は、五百字以上、六百字以内とします。

 

桜修館29

右の 文章 は日本の古い書物の中の一部分で、この文章は「名工(優れた工芸技術をもつ人)は少し切れ味の悪い小刀を使うという。奈良時代の名工の妙観の小刀はたいして切れない。」という意味です。

あなたはこの書物の著者は、この文章を通して、どのようなことを言いたかったのだと考えますか。また、あなたは「著者の言いたかったこと」について、どのように考えますか。

第一段落には、著者がどのようなことを言いたかったのかについて、あなたが考えたことを百字程度で分かりやすく書きましょう。

次に、段落をかえて、その「著者の言いたかったこと」について、あなたがどのように考えるのかを、いくつかの段落に分けて、分かりやすく書きましょう。

なお、全体の字数は五百字以上、六百字以内とします。

 

桜修館30

右の文章は江戸時代のある学者が、自分のもとで学ぶ若者もののために示したいくつかの文章の一部分です。

文章A は「水を飲んで愉快に思う人がいる。また、豪華かで美しい着物を着てなげき悲しむ人がいる。」という意味です。 文章B は「出る月を待つのがよい。散る桜を追ってはいけない。」という意味です。

この学者は、この文章を通して、どのようなことを言いたかったのだとあなたは考えますか。

解答らん①に「Aは……。」、段落をかえて「Bは……。」という構成で、全体で百六十字以上、二百字以内で分かりやすく書きましょう。

また、この二つの文章に共通する物事のとらえ方・考え方はどのようなものだとあなたは考えますか。そして、その物事のとらえ方・考え方について、あなたはどのようなことを考えましたか。あなたの考えを、解答らん②にいくつかの段落に分けて、四百字以上、五百字以内で分かりやすく書きましょう。

 

 

 

両国中も、出題傾向が変化してきた中学です。

 

両国は、以前から2つの課題文が出される問題の「形式」を採用しています。これは、「共通問題」と類似しています。

相違点は、問題数が多く、各文章に関する設問が2題ずつあり、「作文」を含めて5題の出題になることです。

 

28年度までは、「パターン」で処理できるような出題でした。

 

しかし、29年度は、「作文」に組み込む「要素」を細かく指示しています。

そして、30年度では、第一段落に2つの文章の要点をまとめるように指示しています。

 

 

両国27

〔問題5〕

文章1と 文章2を読んで、あなたの人生を幸福にするためには、どのようなことをしていきたいと考えましたか。次の二つの条件を満たしながら、三百五十字以上、四百字以内で書きなさい。

 

条 件

1.「記憶の自己」・「好奇心」というそれぞれの言葉が、本文で示している内容にふれること。

2.あなたがこれまでにやってきたことと、これからやりたいことをそれぞれ具体例として挙げること。

 

両国28

〔問題5〕

文章1と 文章2はどちらも「ものの見方」について書かれています。これらの文章を読んで、あなたは今後どのような「ものの見方」をしていきたいですか。次の二つの条件を満たしながら、三百五十字以上、四百字以内で書きなさい。

 

条 件

1.二つの文章に書かれている「ものの見方」について、それぞれの筆者の考えをまとめること。

2.あなたがこれまでにやってきたことと、これからやりたいことをそれぞれ具体例として挙げること。

 

両国29

〔問題5〕

いまの日本はたくさんの「馬車」があふれている とありますが、あなたは「いまの日本」にはどのような「馬車」があると考えますか。また、あなたが考えたその「馬車」の問題を課題発見的に解決するためにはどうすればいいと考えますか。筆者が述べている「課題解決」や「課題発見」ということばの意味をふまえて、あなたの考えを三百五十字以上四百字以内で答えなさい。

 

両国30

〔問題4〕

文章1 文章2 は、どちらも「成長」をテーマに、筆者の体験や意見が書かれています。二つの文章を読んで、あなたは自らを「成長」させるためには何が大切だと考えましたか。次の二つの条件を満たしながら、三百五十字以上、四百字以内で書きなさい。

 

条件1 第一段落には、 文章1文章2の要点をまとめること。

条件2 第二段落からは、あなたの経験をふまえた考えを書くこと。

 

 

 (ivy 松村)

都立中の「作文」①

「共通問題」が導入されて4年が経ち、都立中の入試問題の「方向性」が明らかになってきました。

ちょっと気付いたことを書いてみます。

 

 

都立中学の入試の「適性検査Ⅰ」では、いわゆる「作文」が課されます。

 

過去4年の「適性検査Ⅰ」の「共通問題」は、課題文が2つ用意され、それぞれの文章から1題ずつ記述問題が出されています。さらに、それに加えて「作文」が出題されています。

 

 

「共通問題」の体制がスタートし、漸次、「作文」の「構成の統制」が押し進められました。

27年度から、「三段落構成」が「標準」となり、28年度からは、段落の内容に詳細な指示が与えられるようになりました。

 

それによって、総合的に、より精度の高い学力検査が行えるような「安定的な問題」の作成が「本格化」しました。

 

 

各年度の「適性検査Ⅰ」の〔問題3〕を見てみましょう。

 

 

共通(小石川・武蔵・富士・大泉)27

〔問題3〕

人が何かを伝え合うときには、どのようなことが重要だと思いますか。 文章1と文章2、それぞれの要点をふまえ、あなたの考えを、三段落構成にまとめ、四百字以上四百四十字以内で書きなさい。

 

 

共通(小石川・武蔵・富士・大泉)28

〔問題3〕

あなたにとって「読書が与えてくれるもの」とは何ですか。「文章1」と「文章2」、それぞれの要点にふれ、あなたの考えを四百字以上四百四十字以内で適切にまとめなさい。ただし、次の条件に従いなさい。

 

条件1 三段落構成にし、第一段落には「文章1」、「文章2」それぞれの要点をまとめること。

条件2 あなたの考えは、一つにしぼって書くこと。

条件3 考えの根拠・理由を書くこと。

 

 

共通(小石川・武蔵・富士・大泉)29

〔問題3〕

文章1 と 文章2 それぞれの「自由」についての考え方に共通する内容をまとめた上で、それについてのあなたの考えを四百字以上四百四十字以内で書きなさい。ただし、次の条件に従したがいなさい。

 

条件1  三段落構成にし、第一段落には、文章1と文章2に共通している考え方を書き、第二段落および第三段落は、内容やまとまりに応じて、自分で構成を考えて書くこと。

条件2 あなたの考えは、一つにしぼり、理由をふくめて書くこと。

 

 

共通(小石川・武蔵・富士・大泉)30

〔問題3〕

あなたは、これから学校生活や日常生活の中で、何を大事にし、どのように行動していこうと思いますか。 文章1と文章2、それぞれの内容に関連づけて、四百字以上四百四十字以内で書きなさい。ただし、次の条件にしたがうこと。

 

条件  次の三段落構成にすること。

① 第一段落で、 文章1と文章2、それぞれの内容にふれること。

② 第二段落には、「①」をふまえ、大事にしたいことを書くこと。

③ 第三段落には、「②」をふまえ、行動を具体的に書くこと。

 

 

 

「共通問題」は、各都立中学校の先生方が共同で取り組まれます。

そのため、いろいろな「知恵」が集積され、出来上がる入試問題は、より合理的で洗練されたものとなります。

いわゆるところの「集合知」、ということができると思います。

 

 

さて、共通化以後の都立中の「作文」の骨子となっている「構成の統制」は、ある重要な「ポリシー」を示唆しています。

 

つまり、紋切り型の「ワンパターンな作文」の放逐です。

 

受検生に、「決まった型」を使って、毎度毎度「複製」を書き上げるようなやりかたで、「文章」を書く訓練をしてほしくないわけです。

 

「パターン」に当てはめて「作文」を書きあげるような「準備」を嫌っているわけです。

入試問題と、用意していた「パターン」がかみ合って、たまさか高得点を得る、というような状況を排除したいわけです。

 

さらにいえば、「体験」をオミットしました。

これも、けっこう重要な「転換」だと思います。

 

 

まあ、私がこのように思うのは、私が「そういう作文」を好ましくないと感じているからなのかもしれませんが、しかし、実際、入試問題の「読み取り」をすると「そういう結論」になりそうです。

 

 

(ivy 松村)

 

 

 

春期講習6日目(「うそ」の話)

まだ作文を書き慣れていない生徒に出す作文の「お題」に、「うそをつくことは悪いことか」というものがあります。

必ず一度はこの「お題」で作文を書いてもらうようにしています。

 

この「お題」で作文を書いてもらう前に、生徒たちにの意見を聞きくと、ほぼ全員が、「悪いことである」と答えます。

 

そこで私は、生徒たちの価値観を揺さぶってみるのです。

 

 

たとえば、きみの親しい人がまごころをこめてきみに料理を作ってくれたときに、その料理がおいしくなかったからといって、「まずい」と伝えますか。

「おいしい」と言うことは「うそ」になるのではありませんか。

 

必ずいつも、真実が「正しい」とはいえないのではありませんか。

 

 

そのようなことを言うわけですが、「食いついてくる」生徒と、困惑する生徒がいます。

 

 

「私は、うそをつくことは悪いことだと思います。なぜなら、うそは人を傷つけてしまうからです。私は、以前うそをついて人を傷つけてしまった経験があります。・・・この経験から、私は、うそは人を傷つけてしまうものだということを学びました。私は、人を傷つけないために、これからは、うそをつかないようにしていこうと思います。」

 

典型的な作文を書こうとしていた生徒は戸惑ってしまうわけです。

こんな作文を書いてほしくないので、前もって「話」をするのです。

こんな作文を褒めてはいけないのです。

これは、ただの「作業」の結果です。

 

作文は、「自分の考え」を書くものです。

「その練習」をしなければなりません。

 

 

「うそは悪いものである」という意見の文を書くにしろ、「うそは悪いものではない」という意見の作文を書くにしろ、考えて書いた作文には、生徒が自分で選択した「価値」があらわれるのです。

 

 

 

ところで、「文学」は壮大な「うそ」であるということもできます。

 

うそが絶対的に悪であるのならば、古今東西の創作物は破棄されなければなりません。

もちろん、そんなことはだれも望まないわけです。

 

「うそ」が人を勇気づけたり、いやしたりすることもあるわけですね。

 

 

今日の中3の授業では、日本近代文学史の「キーパーソン」である島崎藤村と志賀直哉について解説しました。

 

島崎藤村は、浪漫主義→自然主義という大きな潮流を作り出した作家です。

志賀直哉は、反自然主義である「白樺派」との関わりを持ちながら、自然主義の流れをくむ「私小説」、「心境小説」を手がけました。

 

この2人に注目すると、日本の文学史の潮流が理解しやすくなります。

 

 

 

さて、エイプリル・フールは終わったわけですが、どうも、まだ、だまされていることがあるような気がしています。

 

うーん、あの話は、本当なのかなあ?

 

(ivy 松村)

 

 

都立中「適性検査」作文指導の例

小6都立中受検コースで勉強している生徒は、何度も作文を書き直します。

生徒と「議論」をして、構成や内容を煮詰めた後に、作文の書き直しをスタートさせます。

なぜその部分を直さなければならないのか、を説明し、どう直すのか、を問いかけます。

そして、書き直しの際にも、必ず作文の「枠組み」を作ってから書き始めるように指示しています。

 

「完成形」が出来上がったら、次のテーマの作文に取り組むことができます。

 

 

今日は第Ⅲ期の最終日でしたが、短期間でずいぶんと上達しましたね。

これからが楽しみです。

 

 

 

あまりにも素晴らしいので、生徒の承諾を得て、ちょっとだけ、作文の取り組みをご紹介したいと思います。

 

以下は、適性検査の模試を受けた後の「作文」の直しの事例です。

 

 

 

その「作文」の問題は、仕事に関する2つの文章を読んだうえで、「将来働くときに心がけておきたいこと」について書くというものでした。

 

問には、

 

(1)「日々の生活の中で、働いた経験を具体的に書く」

(2)「そのときどのようなことを心がけていたのかを書く」

(3)「(1)(2)をふまえて、将来働くときに心がけておきたいことにどう生かしていくかを書く」

 

という「条件」が設けられていました。

 

 

まず、最初に書いた作文です。

 

 

 

ぼくは学校の委員会活動で全クラスのせん風機の掃除をたのまれました。

 

ぼくがそのとき心がけていたのは、自分たちのクラスじゃないせん風機を掃除するので、全校にかかわる大事な仕事だから、ていねいにやろうと心がけました。また昨年は自分たちが掃除したせん風機じゃないせん風機を取り付けたクラスのみんなが、お礼を言いに聞てくれたのですが、自分たちが掃除したせん風機のクラスからは、文句を言われたので今年は昨年のお礼をしに来てくれたクラスのせん風機よりもきれいにしようと思いました。そしてぼくたちが掃除したクラスのみんながお礼を言いにきてくれてうれしかったです。

 

ぼくが将来働くときには、日本や世界に関わる仕事になってくるので、一回目からどうすればいようになり文句を言われないようになるか考えうまくいったことは続けうまくいかなかったことを直し働くことをよりよいものにしていきたいです。

 

 

 

 

「適性検査」として、制限時間を設けて入試形式の作文を書いたのは、これが2度目です。

 

最初の段落が一文だけになっているのは、条件(1)(2)(3)をそれぞれ段落として構成させようという意図によるものです。

その考えは間違っていません。授業でも、そのように指導しています。

 

ただ、作文を書きなれていないことと、緊張によるあせりから、不自然な「配分」になってしまいました。また、誤字や誤文も目立ちます。

 

実は、これは全国模試だったのですが、この生徒の「作文」の答案は、印象よりも高得点がつけられました。その偏差値は60を超えています。率直にいえば、採点には疑問点もありますが、条件に忠実にしたがって書いたことが高評価につながったといえるでしょう。

 

 

今の時期は、誤字や誤文、主語述語の対応、句読点などの間違いを厳しく指導しません。もちろん、間違いを指摘して正しい表現に直させますが、「絶対にミスをするな」というようなことは言いません。

 

少し想像力を働かせればわかりますが、作文指導で重要なのは「誤字」の根絶ではありません。作文の「上達」にとって重要なのは、「ミスをしないこと」ではなく、「ミスを恐れずにトライすること」です。生徒たちは、さまざまな文章表現に挑戦し、表現の可能性を広げていくことを通して、「日本語の文章」というものを理解していくのです。

 

 

 

まず、構成の見直しから始めます。

 

1段落.「働いた経験」

2段落.「どのようなことを心がけたのか」

3段落.「将来働くときに心がけておきたいこと」

 

 

上のような段落構成を確認し、「経験」の内容と定義を説明しました。

 

「経験」の段落にはいくつかの「ルール」が設定されていますが、最も重要なのは、「事実」以外を書きこまないということです。これは、文章全体の構成を整えるうえでも重要です。また、文章の「筋道」をぶれないようにする効果もあります。

意見や考えは別の段落で展開します。

 

優れた随筆の多くは、上記のような構成になっています。国語の参考書にも書いてある内容ですね。

 

実は、「体験作文」=「随筆」です。そのことに気づいていない指導者があまりにも多いのは残念ですね。

 

 

 

さて、「書き直し」です。

 

まず、第1段落に、「どのように掃除をしたのか」を詳しく書くことにします。

 

すると、洗剤を使わずに掃除をした、ということを書くべきだということがわかりました。

さらに、なぜそのように掃除をしたのかもあわせて書くようにしました。

また、終わったときの心情も書くようにしました

 

 

第2段落で述べる「心がけていたこと」について、内容の変更を検討します。

 

「文句を言われないように」という内容をあらためることにしました。

「なんのために掃除をするのか」ということを考え直し、「みんなのため」という動機がみえてきました。

 

第3段落では、具体的な将来像と「心がけていきたいこと」を結び付けて書くようにします。

 

 

 

ぼくは環境委員会で全クラスの扇風機の掃除を行いました。どうやってやったかというとスポンジに水をつけてこすり洗いました。なぜ洗剤を使わなかったかというと環境のことを考えたり、洗剤を使うと泡が立ってしまい流すまでどのくらいきれいになっているかわからないけど、水でぬらすと扇風機がどんどんきれいになっているのが分かり達成感があることと気持ちがすっきりしました。

 

このとき心がけていたことは洗剤を使った方がよく落ちるけど環境のことを考えて時間がかかるけど終わったときの達成感が洗剤を使ったときよりも大きいから全校のみんなのために頑張ろうという強い気持ちよく授業をしてもらえるように頑張ろうということです。

 

将来ぼくは先生になりたいから仕事がいくら大変でもみんなのために頑張ろうと強い気持ちを持って頑張りたいです。

 

 

 

 

第1段落で、なぜ洗剤を使わないことが環境ことを考えることにつながるのかを書き加えるようにします。

 

第2段落には「達成感」という心情を表わす語彙を入れないようにします。

 

第3段落の内容が後退してしまいました。

具体的な将来像である「先生」と「心がけていきたいこと」がうまく結びつかなかったためです。

なぜ教師になりたいのか、教師という仕事に大切なものなにか、ということを思案してみます。

 

 

 

ぼくは環境委員会の仕事で、全校クラスの扇風機の掃除を行いました。洗剤を使わずに、スポンジを水にぬらしこすってよごれを落としました。なぜ洗剤を使わなかったかというと環境のことを考えて、川や海を汚さないようにしようと思ったからです。スポンジでこすりながら洗っていくと、扇風機がどんどんきれいになっていくのが分かります。全ての扇風機を洗いおえると、達成感がすごく大きいです。

 

このとき心がけていたことは、洗剤を使った方がよく落ちるが、環境のことを考えて、時間と手間はかかるけど、やりきろうと思っていました。また、全校のみんなに気持ちよく授業をしてもらえるようにきれいにしようということも考えていました。

 

将来ぼくは小学校の教師になりたいと思っています。仕事がいくら大変でもそういう仕事にこそやりがいがあるから頑張りぬきたいと思っています。

 

 

 

 

第1段落はほぼ「完成」です。

 

第2段落も、内容面は固まり、あとは正しい自然な文章に練り直すだけです。

 

第3段落はまだ推敲が必要です。

「完成版」に至るまで、これからさらに3、4回書き直しを行いました。

 

 

 

ぼくは環境委員会の仕事で、全校クラスの扇風機の掃除を行いました。洗剤を使わずに、スポンジを水にぬらし、こすってよごれを落としました。なぜ、洗剤を使わなかったかというと、環境のことを考えて、川や海を汚さないようにしようと思ったからです。スポンジでこすりながら洗っていくと、扇風機がどんどんきれいになっていくのが分かります。全ての扇風機を洗いおえると、達成感がすごく大きいです。

 

ぼくがその仕事をするとき心がけていたのは、水だけで洗うのは時間と手間がかかるけれど、最後までしっかりとやりきろうということでした。また、全校のみんなに気持ちよく授業を受けてもらえるようにきれいにしようということも考えていました。

 

ぼくは将来小学校の教師になりたいと思っています。教師という仕事はやりがいがありますが、とても大変な仕事だと思います。だから、何ごとにも全力で取り組んでいくことが大切だと思います。そうやって一つ一つのことをしっかりと成しとげ、立派な教師になりたいと思います。

 

 

 

 

第3段落には、まだ改善の余地がありますが、文章の整合性、表現の精密性が「基準」に達したので、「完成形」として認定しました。

 

 

「将来像」については、夏期講習でも何度か書く機会がありました。

これから、さらに具体的で明確な「将来像」を育んでいきます。

 

 

 

「正しく自然な日本語の文章」を書く訓練を行うという理念が、ivyの都立中受検コースの作文指導のベースになっています。

 

それは、受検という目的に限定されることなく、生徒たちの未来を切り開く「武器」になるものであると確信しています。

 

 

(明言しますが、「いりたま」のような作文は、傍流亜流です。「条件」に合致したときには「効力」を発揮しますが、これを普遍化してしまうと、とんでもない「副作用」が生じます。そのことを理解していない人が多すぎるのは、ちょっと怖いな、と思います。)

 

 

 

さて、夏期講習は折り返し地点を迎え、いよいよ佳境に入ります。

 

このクールではずいぶん作文に苦労しました。

そのぶん、書き上げたときの喜びも格別だったことでしょう。

文字通り「泣き笑い」の日々でしたね。

そのすべての経験が、人生の財産となるはずです。

 

残りの日々も、いっしょにがんばろう。

 

 (ivy 松村)