「外国籍の受検者に対する特別措置」について

本日は、休講でした。

台風が接近し、強風が激しく、夕方から夜に小中学生が外を出歩くのはちょっと危険な状況でした。学校も、午後から下校になったようです。

 

 

 

さて、前々から気になっていることについて、ちょっと書いてみます。

 

東京都立高校の、「外国籍の受検者に対する特別措置」についてです。

 

現在、東京都立高校の入試では、在日期間が3年以内の「受験生」は、以下のような「特別措置」を受けることができます。(→この期間をさらに「6年以内」にのばそうという動きもあるようです。)

 

・漢字に「ルビ」(読みがな)を振った問題を使用できる

・国語以外の試験に辞書を持ち込める

・辞書を持ち込む場合、試験時間が10分延長される

 

 

 

「入学試験」というものは、その生徒が、高校に進学し、学習を続けていくことができる「学力」を有しているかどうか、を試すものであるといえます。

 

つまり、入試問題を通して、「受験生」の学力を測るわけです。

その入試問題を解くのに辞書が必要な生徒に入学の許可を出すということに、少なからず疑問を感じます。

 

 

 

この制度は、入学試験の「公正さ」を著しく毀損します。

 

もちろん、外国出身の人が、日本で差別を受けたり理不尽な目にあったりしないように、私たちは、いろいろな面で、彼らをサポートするべきだと思います。

 

 

しかしながら、高校の「入学試験」において、「外国出身者」を「優遇」すべき「正当な理由」は、基本的には存在しません。

少し論理的に、まともな思考を巡らせて考えてみればすぐにわかることですが、「入学試験」は、「学力検査」です。

「学力」が「水準」に達していないものは不合格になる、というのが原理原則です。

 

 

 

特定の生徒だけが、辞書を持ち込み、しかも、辞書を引くのに時間がかかるという理由で、10分多く試験時間をもらえます。

 

「日本語の読み書きに全く問題のない生徒」でも、「条件」を満たせば、10分の「特別ボーナス」を得ることができるわけです。

 

 

平成31年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会」に、興味深い「事例」が報告されています。

 

・検査会場で、持ち込んだ辞書を活用する場面がほとんどないと監督教員から聞いている。辞書を持ち込むことよる検査時間の延長のためだけに申請している受検者も中に入ると考えられる。(p24)

 

検査時間が長くなるので受検が有利になると考え、取りあえず申請しようとする受検者がいる。また、外国人を支援する人たちの中には、ルビ振りの措置だけではなく、辞書持込みの措置申請をするよう助言している人もいると聞いている。本当にこの制度を必要とする生徒のためになっているのかが不明である。(p24)

 

 

 

以下のような意見もありました。

 

・心理的な配慮という点で効果はあるかもしれないが、一般の受検者やルビのみの措置申請をした受検者と比べて過度な措置のように思う。他の受検者と比較したとき、選抜が適正に行われたと言ってよいか疑問である。(p24)

 

 

 

さらに、皮肉なことに、この制度自体が、外国出身の受検者に「格差」をもたらしています。

 

英語やフランス語、ドイツ語、中国語そして朝鮮語などの「メジャーな言語」を母語とする生徒は、すぐに必要な辞書を用意することができます。

 

しかし、自分の母語と日本語の辞書を手に入れることができない生徒もいます。

 

「平成31年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会」によれば、教育委員会の「アンケート」に答えた生徒の約35パーセントが、母語と日本語の辞書について、「存在しない(見たことがない)」と答えています。(p23)

 

(この資料、ちょっとおかしくて、グラフは「35%」ですが、「数値」が「20.9%」になっています。)

 

 

つまり、これは、辞書を手に入れられる生徒にとってのみ、有効な制度であるということなのです。

 

 

(一応念のため:韓国や北朝鮮で話されている言語は、正式には「朝鮮語」です。韓国人は「韓国語」と言いますが、これは朝鮮半島の言語なので、「朝鮮語」が正しい呼称です。NHKなどでは韓国、北朝鮮の双方に配慮して「ハングル語」などという呼称を「開発」しましたが、ハングルは文字のことなので、本来「ハングル語」といういい方はおかしいのです。その辺、「きちっとした教育機関」ほど「朝鮮語」といいます。)

 

 

 

常識的に考えれば、外国籍の生徒を対象とした「独自の選抜」を実施するべきだと思うのですが、ちょっとよくわからないエクスキューズがなされています。

 

・公平性を確保するため、在京外国人生徒対象の選抜において学力検査を実施することに肯定的な意見もある。しかし、第一次募集・分割前期募集と同日程で実施することになれば受検機会が1回減ることになり、簡単に結論は出せない。また、どのような学力検査をするのがよいかを決定することも難しい課題である。 (p26、p27)

 

 

どういうことを言っているのか、ちょっとよくわからないのですが、「外国人」対象の入試を、都立高校の一般入試日(第一次募集・分割前期募集)に行うと、一般入試を受ける「受験機会」が減ってしまうということを言おうとしているのでしょうか。

 

一般入試を受けるのが厳しい「外国人」の生徒は、一般入試を受けるのではなく、「独自の試験」を受けてもらえばよいわけです。ということで、どちらを受けるにしても、「1回」です。

 

どうして「受験機会」が減ることになるのか、ちょっとよくわからないのですが、私のとらえかたが間違っているのでしょうか。

 

それとも、「外国人」は「外国人」対象の選抜と、一般入試選抜の2回の試験を受けられるのが当然だということなのでしょうか。ちょっとよくわかりません。

 

しかも、この意見、丁寧に2か所に掲載されています(p26とp27)。なぜなのでしょう。

 

ちょっとよくわかりません。

 

 

一般入試で、「外国人」に「配慮」しようと思うからおかしくなるのであって、一般入試とは別の選抜を行えばよいはずです。

 

 

 

また、「日本国籍」でも、日本語を十分に習熟していない生徒は、「特別措置」を受けられるようにするべきだという意見があったみたいです。

 

・東京都においては、外国籍の生徒とともに、日本国籍で日本語を母語としない生徒も増加傾向にある。外国籍の生徒に限らず日本国籍を有している生徒の中にも、日本語指導が必要な生徒は少なくない。入学者選抜において、日本語指導が必要な日本国籍の生徒に対しても、共通問題でルビを振る措置の対応を可能としていただきたい。(p24)

 

 

じゃあ、日本語=国語が苦手なウチの子も「特別措置」を受けさせてくれ、という意見があちこちから出てこないか、心配です。

 

 

 

わざわざ述べなければならないようなことではないかもしれませんが、「入試選抜」というのは、同一の試験問題を用いて、同一の基準で学力を測る、というものです。

 

「平等で、公平な選抜が行われている」という「前提」があるからこそ、不合格となってしまった者も、「その結果」を必死に受け入れることが出来るのです。

 

 

テニスの大会で、この選手はテニスの経験がなくて、テニスの実力が十分ではないから、特別なルールで試合をしてもよい、などということはありえません。

 

 

 

少し補足すると、都内にはたくさんの都立高校があって、例年「定員割れ」となる高校も少なからずあります。定時制の高校もたくさんあります。

 

一般的に、受験生は、自分の「学力」に見合った高校を受験します。

 

いずれの都立高校も、外国籍の生徒を受け入れているわけですから、都立高校を志望する外国籍の生徒も、同じように、自分の「学力」に相応した高校へ進学することを目指せばよいわけです。

 

 

 

それにしても、この制度は、より上位の高校を狙う「ある特別な立場」の生徒にとんでもなく有利なわけです。

 

 

まあ、それとなく具体的に「要点」に言及すると、国際高校です。

 

 

 

さて、どうして、このような不条理な制度が実現してしまったのでしょうか。

 

「平成31年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書」を読んでみると、多くの教員や関係者が、この制度に疑問を感じていることがわかります。

 

 

 

世の中には、「弱者」に対して「配慮」を行うことをすべて「正義」であると信じている人がいます。

 

もちろん、私たちは、この世界をより良いものにしていきたいという希望を携え、この世界に横たわる様々な問題を是正していきたいと考えます。

 

しかし、「勝敗を決める」あるいは「序列を決める」というような営為において、そのような「配慮」は、矛盾、というよりも、自己否定となってしまいます。

 

少なくとも、「入試選抜」において、「学力」の劣ったものに「配慮」をすることは、「入試選抜」というシステムそのものを根底から蝕みます。

 

そういった当たり前の認識が欠如した人間が、運悪く「それなりの立場」に立ってしまうことは、社会にとって悲劇です。

 

合理的、巨視的な思考を持たない浅薄なヒューマニストが、自身の寛大で慈悲深い人間性に酔いしれるために、ルールや制度に「穴」を開けてしまうわけです。

 

 

 (ivy 松村)

 

 

最近のニュースから

この数日、2人の女性政治家が注目を浴びました。

 

小池都知事と蓮舫民進党代表は、外国への留学経験、テレビキャスター出身という共通点があります。

 

しかし、政治スタンスや手法などを比べてみると、2人は実に対照的な政治家だと思います。

 

 

蓮舫さんは、旧来の政治手法を踏襲しています。

派閥政治の枠組みの中で、実力者に支持の「お願い」をして、「数」を確保するという「月並み」な、よく言えば「手堅い」党首戦を戦いました。

 

「メディア対応」の点でも、蓮舫さんは「従来型」の政治家でした。

新聞やテレビといった「マスコミ」をおさえれば、「世論」を引き寄せる上で「有利」になるという「素朴な観念」から抜けきることができませんでした。そのために、一連の「批判」の、反響的な拡大を招きました。

 

 

 

一方の小池さんは、現代政治の最も大きな潮流である「劇場型」の選挙を仕掛け、都知事選を勝ち抜きました。それは、はた目には「奇策」に映るものだったわけですが、小池さんの陣営は、「勝算」があって動いていたはずです。

 

東京は伝統的に「改革派」の候補者が強い地域です。

東京、大阪などの大都市の首長選挙では、「現状」を打破してくれるという期待を抱かせる候補者が現れたときに、票が集中する傾向があります。

近年は、政令市や都道府県の首長選挙でも、たびたび「改革派」の候補者の、いわゆる「地滑り的勝利」が見られるようになりました。

 

 

「改革派」というのは、いわゆる「保守派」と相対する立場、という意味ではありません。

「保守」の対義語には「革新」あるいは「進歩」という語が用いられますが、政治的な文脈では「リベラル」という言葉が使われます。「リベラル」は、残念ながら、21世紀の政治の潮流のなかで「劣勢」に立たされています。

蓮舫さんが自らを「保守」であると強調し、位置づけたのも、現代政治の文脈と関係があります。

 

 

さて、小池さんは、実は、「かなりの保守派」です。小池さんの政治スタンスや過去の発言に注目してみると、小池さんは、自民党内でもどちらかというと「保守」の色が濃い政治家であることがわかります。

 

つまり、政治的には「保守派」の立場をとる小池さんが、今回の都知事選挙では、「改革派」の政治家として、有権者からの票を集め、当選を果たしたわけです。

 

 

 

その点について、もう少し考えてみましょう。

勘違いしている「評論家」も多くいるのですが、現代は、「保守」か「リベラル」かという観点は、有権者の投票行動を規制していません。

つまり、ほとんどの有権者は、候補者の立場や思想が「保守派」であるか「リベラル派」であるかを確認して、だれに投票するかを決めているわけではないのです。

 

「リベラル」な考え方を持っている有権者が、「保守派」の候補者に投票するということが「自然に」起こるわけです。

 

 

今回の都知事選は、各種メディアでは「保守分裂選挙」と言われていました。

「保守派」は「統一候補」を立てることができずに、2人の有力候補が争うことになったわけです。一般的なとらえ方をすれば、「保守派」を支持する有権者の票が分散されることになります。「構図」から考えると、「漁夫の利」を得ることができる「リベラル派」の立候補者は有利な状況です。

 

ところが、結果は、「保守派」の立候補者の1人である小池さんの圧勝でした。

小池さんの、都政を「改革」しようという意志や構想が、有権者の心をつかんだからです。各種の調査で、心情的に「リベラル派」に近い考えを持っている有権者の多くが、小池さんに投票したことがわかっています。

 

都知事選挙では、「何を変えていくのか」という政策構想を伝えることが、もっとも重要なアピールとなります。

にもかかわらず、「リベラル派」の候補者は、「リベラル」という「主義」を主張するために選挙を戦いました。その結果、「惨敗」を喫することになったのです。

 

 

今回の都知事選挙では、小池さんは、「現状」を打破することを期待されたわけです。つまり、都政をより良いものに変えることができる「改革派」の政治家として、票を集め、当選を果たしたのです。

 

 

選挙活動期間をとおして、小池さんの評価は日増しに高まっていきました。

都知事選後、いくつかの報道や記事で、その選挙戦略は小沢さんや小泉さんに学んだものであるという指摘がなされていました。

考えてみれば、小池さんは、冷戦が崩壊し、55年体制が終焉を迎えた90年代以降の「政局」のメインストリームを歩んできた政治家です。

 

さらにいえば、私は、現在の小池さんの政治的な「方法論」は、安倍さんと橋下さんの影響を強く受けていると思います。

 

 

小池さんは、「世論のつかみ方」がとても上手です。「世論」を正しく捉えるために、小池さんのブレーンは、「インターネット」を綿密に分析されていると思います。

また、トピックの提示や政策メッセージの発信が非常に巧みです。

 

 

安倍さんの「スタッフ」には、世耕さんをはじめとする「ネットリテラシー」に長けた「参謀」がいます。自民党が、2010年代に入って圧倒的な「強さ」を発揮しているのは、「世論」に対して的確な「情報収集」と「情報発信」を行うことができているからです。

 

また、橋下さんは、メディアを非常に巧みに利用する「劇場型」の政治家として知られています。

 

安倍さんと橋下さんに共通するのは、情報の扱いに長けているということです。

「世論」の動向を把握したり、「世論」を刺激したりする方法論を確立しつつあるという点でも共通しています。

そして、小池さんもまた、同じ長所を兼ねそなえた政治家であるといえます。

 

小池さんは、間違いなく「現代政治の最前線」にいます。

 

 

 

ところで、最近、元東京都知事の石原さんがニュースに頻繁に登場しています。築地市場の移設先として新しく建設された豊洲市場の地下に「盛り土」がされていなかったことが発覚した問題です。

だれが「その指示」を出したのか、が焦点となっています。

それで、「当時」の「市場長」だった比留間英人さんがニュースに登場して反論したり意見を述べたりしています。

 

この方の名前、どこかで見かけた記憶があると思っていたのですが、少し前に、石原さんの都知事時代を調べたときに確認していました。

 

 

比留間さんは、石原さんが都知事を辞められる直前の2012年に、東京都教育委員会の教育長になった方です。比留間さんは、「教育畑」を歩んできた方で、もともとは教育庁でキャリアを積まれています。

2001年には学務部長をされ、翌年に総務部長、さらに教育庁次長を経て、中央卸売市場長に就任されます。その後、「関連会社」の社長を歴任された後、教育長に任命されます。

比留間さんは、石原さんに抜擢されて、急速に昇任を果たしています。

 

「畑違い」の市場長に任命されたのも、石原さんが頼りにされていたからなのだろうと思います。石原さんは、都知事時代に、教育庁出身の方を重用されていました。

 

 

 

私が最初に比留間さんの名前を確認したのは、歴代の教育委員を調べたときで、「インフラ系」の方が教育長に就任したことに、少し不思議な感じがしました。

それから、経歴を拝見して、もともと教育庁出身の方なのだと分かりました。

教育長の選任には知事の意向が反映されるので、おそらく、石原さんの信任の厚い方なのだろうと考えていました。

 

ところが、教育委員会の会議録などの発言を読んでみると、比留間さんは、必ずしも石原さんの方向性と一致した考えを持っているわけではないということがわかりました。

 

 

これは、興味深く思いました。

石原さんは、比留間さんを優秀な人材として評価し、信頼していたけれども、比留間さんは、都知事辞任後の石原さんに、献身しようと思っていたわけではないのだろうと感じました。

 

それは、比留間さんが必ずしも冷徹な人間であるということではなく、ある意味では道理に沿った行動です。都知事を辞めた石原さんには、比留間さんの言動を規制するような権限はありません。

 

 

 

報道では、石原さんと比留間さんの説明が食い違うことにスポットがあてられていました。

後になって、石原さんは、自分の勘違いがあったと発言を訂正されています。

 

 

それにしても、この件、私には何やら、一種の「寓話」のように感じられます。

 

今後、どのような展開が訪れるのか、ちょっと気になりますね。

 

 

 

また話は変わりますが、難題が山積みの都政を、小池さんがどう「切り盛り」するのか、大きく注目されています。

 

塾の人間としては、小池さんが「教育政策」をどのように考えているのか、気になります。

 

 

石原さんは、都立高校の「復権」を推し進めました。

しかし、実は、石原さんが都知事になる前から、都立高校の「改革」は教育庁内で議論されていました。

実際には、石原さんが率先して都立高校を「復権」させたというよりも、意欲のある「職員」に権限を与えて、「改革」を推し進めることを認可したというべきなのかもしれません。

 

しかし、一般的に健全な社会では、「そういった仕事」もまた、「組織のトップ」の業績としてみなされるわけです。

 

(そして、一方で、職員たちが「勝手にやったこと」であっても、「組織のトップ」の責任であるとみなされるわけです。)

 

 

注目すべきなのは、石原さんが「私立高校」ではなく「都立高校」に重きを置く政策に水をささなかったことです。そのおかげで、都立高校の「復権」は成し得ました。

それは、僥倖であったとさえ思います。

 

 

なぜ、石原さんが「都立高校」の「改革」を支持したのかといえば、その理由のひとつは、おそらく、石原さんの「学歴」と関係しているように思います。

 

石原さんは、神奈川の名門「県立湘南高校」を卒業されています。

これは個人的な想像にすぎませんが、石原さん自身が「公立高校」の出身であることが、「公立高校寄りの政策」を支援する方針に繋がったのではないかと思います。

 

調べてみると、石原さんの周りにも、公立高校出身の方が多くいらっしゃいました。

(これには、世代的な背景もあります。)

 

公立高校の出身で、政・官・財の要職にある人は、体験的に、名門の公立高校から国立大学に入るという「道程」に誇りを持っています。ですから、名門の公立高校は威厳と実力が備わってしかるべきであると考えます。

そういった観念が、都立高校の「復権」の原動力のひとつとなったのかもしれません。

 

 

広く一般的に、人間という存在は、学閥、門閥、派閥などの「出身」を贔屓にする習性があるといえます。

 

 

さて、新しく都知事に就任された小池さんですが、私立学校の出身です。

 

小池さんが、傑出した「政治感覚」を持った政治家であるならば、都立高校の「路線」を後退させようとするような「職員」に、「権限」を与えることはないと思いますが、どうでしょう。

 

気になりますね。

 

 

(ivy 松村)

 

私立学校と東京都教育委員会

前回までのブログでは、東京都教育委員会事務局(教育庁)と東京都教育委員会の委員の間で、ある種の「対立」があったことを確認しました。

 

私立高校に対する「配慮」を行おうとする事務局職員と、都立高校の存在価値を高めていきたい教育委員の間に、確執に近い「意見の相違」があったことが、「定例会議録」で確認できます。

 

 

しかし、実は、この「構図」は、いとも簡単に反転し得るものです。

 

平成14年の東京都教育委員会の会議では、逆の「構図」が見受けられます。

すなわち、事務局が「都立の側」に立ち、一部の教育委員は「私立」の側に立っていることがうかがえます。

 

当時、東京都教育委員会は都立中の開校準備を進めていました。

私立学校は、危機感を募らせていたわけです。

それで、東京都教育委員の委員に個別に接触することで何とか「打開策」を探ろうとしていたのかもしれません。

 

象徴的な発言をみてみましょう。

 

 

 

平成14年 第16回 東京都教育委員会定例会会議録

 

 

【委員】(※「東京私立中学高等学校協会からの質問」についての発言) 実は私、9月の中旬だったのですが、私立の協会の方と会う機会があったのです。それで私の方は、実はそれほど重い話ではなく、私学の方が会いたいと言っているので顔合わせというレベルのことだと思ったのですが、二人ではなかったかと思いますがお目にかかりましたら、ここに書かれてあるとおりのことをご自分の言葉で向かい合っておっしゃったわけです。私はもちろんその場ではとても回答できることではございませんので、全部伺うだけ伺って、次の教育委員会のときに、おっしゃったことは私の方から皆さんに申し上げますと言ったのですが、ここに書いてあるままなのです。それで、もっと言いますと、一つには、まずパイロット校として、中高一貫教育2校を設置するということであったにもかかわらず、あっと言う間に多くなってしまい、それを発表したということはどういうことかということでした。また、私学に対しては一切、ほとんどのことが相談されずに、報告もなく、勝手に突っ走っているではないかというお怒りがかなりありました。もちろん私はまだこれを読んでいない状態のときであったのですが、私立はどうなってもいいと思っているのかということと、このまま行ったらば私学の半分はつぶれますということを、繰り返しお二人の方がおっしゃっておられました。それで、今、委員がおっしゃったみたいに、私学の立場というのは当然あるわけで、それを考えたときに、従来はもっとお互いがうまくコミュニケーションを取り合って報告もあり、相談もやっていたではないかと思うのですが、なぜ、こんなに勝手に突っ走ってしまうんだということが一つありました。それと、今、ご質問にあったとおり、教育委員との直接的な懇談の場を持ちたいとおっしゃっておりました。すべてはここに書いてあるとおりです。(p13-14)

 

 

【委員】 経営の問題がベースにあるということと、それから公立は今さら中高一貫教育をやらなくてもいいというのが、かなり立腹というか、相当、感情としても逆なでされた状態で話をされました。ですから、教育委員会でオーソライズされたことしか私としても答えることができなかったのですが、確かにそこの部分の思いが、なぜもっと手を携えてともにやらないのかという感じがいたしました。ただ、このまま行くと溝が妙に深くなってしまうのではないかと、私は両方とも一理あると思うわけですが、そこのところはやや懸念いたしました。(p15)

 

 

【委員】 先ほど申し上げた、このままでは私立は半分つぶれますと繰り返しおっしゃっていたことの裏というのが、どうも教育委員会も教育長も信じられないという気持ちが、これは私の思ったことなのですが、私学のベースにあるような気がしています。今は10校ですが、このままでいったら気がついたらもっと増えて、各区に一つずつできてしまうのではないかということです。それもふたを開けたら、今度はどこそこの区に20校できますとか、何校できますとなってしまうのではないか、そうなったら私学は半分つぶれてしまいますということで、どうも信じられないという空気があったと思います。(p16)

 

 

【委員】 先ほど個別的に私学の人と教育委員があってという話が出ましたので、恐らく教育委員全員が個別に、昼間会ったり、夜会ったりしているのだと思うのですね。教育委員として、それが仕事ですから。私学側もそれぞれの立場の私学があって、それぞれあるわけですね。定例会ですので、これはどの人がどんな発言をして、これはこうだなんていうことは言うべきでないので、それはそれとして、教育委員は私学の人たちと個別に会ってここの場に臨んでいて、できるだけ仲よくしようとしているという事実がここにあるわけです。ですから、教育委員が表でもって会うという方がいいなら、そうしてもらってもいいし、しかし、個別に会って情報を集めて、いろいろな事情も聞いているから、恐らく公私の仲が悪くなることはないものと私自身は思っているのです。そういう心配はない。ただ、誤解が今のところありますが、個別にそれぞれの委員が会っているわけですから、そんなにおかしくなることはないはずだと私は思っています。(p17)

 

 

 

 

発言者は、かなりの「覚悟」で私立学校を擁護しています。

 

この一連の発言を行ったのが誰なのかはわかりません。

会議録に、発言した教育委員の氏名が記載されるようになるのは平成20年からなのです。

 

最後の発言は「別の委員」のものだと思われますが、フォローしようとして「傷口」を深くしているような気もします。

多分、一連の発言がなされているときに、会議は「凍りついていた」のではないかと想像します。

 

 

 

一連の発言の中で、「教育長」が非難の対象になっています。

 

当時、教育委員の中から「教育長」が選ばれる制度になっていましたが、「教育長」は、歴代、都職員出身者が務められていました。

(現在の教育委員会の制度では、「委員長」が廃止され、首長が直接任命する「教育長」が、名実ともに教育委員の代表者となる立場です。)

 

 

平成14年時の「教育長」は、横山洋吉氏です。当時都知事だった石原慎太郎氏の信任が厚く、のちに副知事を務められました。

横山氏は、都立高校の「進学校化」に筋道をつけた人物として知られています。

 

「教育長」自らが「陣頭指揮」を取って、都立中学や都立高校の「ブランド化」を推し進めていたわけです。

 

つまり、教育庁は、率先して都の教育制度の改革に「大なた」を振るい、私立学校を「圧迫」していたわけです。

 

私立学校の関係者が、憤り、狼狽し、混乱している様子が伝わってきます。

 

 

 

気になったので、歴代の教育委員を調べてみました。

 

平成14年の教育委員のメンバーの中に、過去に「日本私学振興財団理事長」を務められた方がいらっしゃいます。そういう方が教育委員会の委員になることもあるのですね。(上掲の発言をしたのは、別の委員だと思いますが。)

 

 

 

 

教育長 委員長 委員 委員 委員 委員 委員
28 中井敬三  - 木村猛 山口香 遠藤勝裕 宮崎緑 大杉覚
27 中井敬三  - 木村猛 山口香 遠藤勝裕 竹花豊 乙武洋匡
26 比留間英人 木村孟 山口香 遠藤勝裕 竹花豊 乙武洋匡
25 比留間英人 木村孟 山口香 内館牧子 竹花豊 乙武洋匡
24 比留間英人 木村孟 瀬古利彦 内館牧子 竹花豊 川淵三郎
23 大原正行 木村孟 瀬古利彦 内館牧子 竹花豊 川淵三郎
22 大原正行 木村孟 瀬古利彦 内館牧子 竹花豊 髙坂節三
21 大原正行 木村孟 瀬古利彦 内館牧子 竹花豊 髙坂節三
20 大原正行 木村孟 瀬古利彦 内館牧子 竹花豊 高坂節三
19 中村正彦 木村孟 米長邦雄 内館牧子 鳥海巖 髙坂節三
18 中村正彦 木村孟 米長邦雄 内館牧子 鳥海巖 高坂節三
17 中村正彦 木村孟 米長邦雄 内館牧子 鳥海巖 高坂節三
16 横山洋吉 清水司 米長邦雄 内館牧子 鳥海巖 國分正明
15 横山洋吉 清水司 米長邦雄 内館牧子 鳥海巖 國分正明
14 横山洋吉 清水司 米長邦雄 内館牧子 鳥海巖 國分正明
13 横山洋吉 清水司 米長邦雄 鍛冶千鶴子 鳥海巖 國分正明
12 中島元彦 清水司 古橋廣之進 鍛冶千鶴子 緒方四十郎 國分正明
11 中島元彦 清水司 古橋廣之進 鍛冶千鶴子 緒方四十郎 國分正明

 

 

 

 

教育委員を務められた方の経歴なども調べてみました。ついでに、石原氏の人事考課や人脈なども調べてみました。

 

これは個人的な感想ですが、石原氏は傑出した「人事の才」を持つ政治家だったのだと思います。他の政治家が粗略なのではなく、石原氏が卓越していたのです。

 

 

石原氏は、東京都教育委員会の委員に、事務局の統制と監視の役割を求めていたようです。

そして、石原氏は、その期待に応えられるだけの意志と力量をもった人物を委員に任命しています。

 

(件の発言は、ちょっと「イレギュラー」だったのだと思います。その人物にとって抜き差しならない「義理」が作用しているのかもしれません。)

 

 

おそらく、政治家には2通りのタイプがいます。

官僚を制御しようとするタイプと、官僚と協調するタイプです。

 

石原氏は、典型的な前者のタイプで、しかも、その器量は抜群でした。

 

次に都知事になる方はどんなタイプの政治家なのでしょうか。

 

 

 

さて、もう少し、私立学校について考えてみたいと思います。

 

東京都教育委員会の会議録を読んでみると、以下のような、私立学校に関する発言が目につきました。

 

 

 

平成15年 第16回 東京都教育委員会定例会会議録

 

 

【学務部長】・・・私学側の、これは公私協の中でもいろいろ議論するんですが、やはり二極化というような状況、生徒が集まる学校は集まる。しかし、集まらない学校は、なかなか生徒が集まらない、そういう二極化が進行しているということで、特にその二極化の方の集まらない学校については、かなり危機意識が高まっていると、そういう状況でございます。(p9)

 

 

【学務部長】 当然のことながら、私ども都立に対する期待が非常に高まっている状況の中で、今後の枠組みを協議する場合も、そういうような希望が大きい状況の中で枠を小さくすることはできないというような議論になると思いますし、私学側の方では、二極化の中で、生徒が集まらない学校に対しても、都教委としても十分に協力をしてほしいと、そういうような主張がこれから徐々に出てきて、議論になろうかと思います。(p11)

 

 

【委員】二極化のことについては 以前に私が私学の関係者とお会いしたときに割と具体的におっしゃっていまして、そのときは進学校と、いわゆる名門校、伝統校と言われている、親たちが並んで願書をもらっても行かせたいというような学校は全く問題はないけれども、そうではない学校が、都立がこの後のしてくると、半分はつぶれるだろうということを、その関係者はおっしゃっていたわけです。

・・・それで、都立高校がすばらしくなるのはとてもいいんだけれども、私立との連携をもっと密にやってほしいという要望があって、私、具体的に伺ったんですけれども、具体的には言えないというか、わかりにくいことなわけです。

・・・ここにきて、都立がよくなって、それと同時に、私立の半分がつぶれるようではこれは問題であるということを言っていました。2時間ぐらいとくとくと話されましたけど。(p11)

 

 

 

平成20年 第16回 東京都教育委員会定例会会議録

 

 

【髙坂委員】

先日、私学の校長・理事長の研修会に呼ばれて行きました。これは東京都教育委員会の委員として行ったわけではなく、経済同友会の教育委員会のメンバーとして行きましたが、印象では、私学はかなり危機感を持っています。今、竹花委員がおっしゃったように、私学はある程度の授業料を取らなければいけない。公立がしっかりすればするほど、それに対する危機感もあるわけです。しかし、ある意味では競争ですから、お互いが切磋琢磨して教育の内容を高めればいいことです。(p7-8)

 

 

 

 

「私立学校の窮状」が伝わってきます。

その根本的な原因は、「少子化」です。

 

上掲の東京都教育委員会の会議での発言にもあるように、私立学校の「二極化」が進行しています。

「苦しい立場」に立たされている学校と、「強度」を維持している学校があるわけです。

 

 

私立学校には、公立の学校にはない「独自性」が求められます。

その特徴や校風などが世の中に認められている学校は、「教育ニーズ」に応えることができ、「人気」を保つことができるでしょう。

 

他方、特に、公立高校と、生徒の募集が競合する私立高校は、「少子化」の影響を強く受けています。子供の絶対数が減り、「パイ」が縮小すれば、生徒の「応募」が低調になります。

 

そのような私立高校は、「経営が大変になる」わけです。

 

 

 

やはり、情緒的にはさまざまな思いを持ちます。私も、「現実」が想像できないほど、鈍感な人間ではありません。

また、いろんな学校が存在し、多様な進路を選べる環境は、子供たちとってよいものだという思いもあります。

 

 

しかし、「少子化」という未曽有の危機に、私たちの社会は立ち向かっていかなければなりません。

 

 

「少子化」の大きな原因のひとつは、「教育費」の増加です。

私たちは、教育にお金がかからない社会を目指さなければならないと考えます。

 

 

現実には、これまで、いくつもの公立学校が統廃合されてきましたが、私立学校はできるかぎり「保護」されています。これから先も、都立高校を優先的に減らしていくべきなのでしょうか。

 

 

(大風呂敷を広げるようで恐縮ですが、私は、「公教育」を学校やスポーツクラブ、学習塾や習い事教室などと統合して、新しく再編することはできないかと考えます。必ずしも部活や校外活動などを「学校単位」で行う必要はないと思うのです。また、均質な「皆教育」と「習熟度別教育」が併存できるような重構造のシステムを作ったらどうか、と考えます。つまり、子供たちが、「義務教育」である小中学校と「選択的な教育機関」の両方で学習することを前提とするような制度です。それは、「現実」の延長上に可能であると考えます。そのような制度の中で、私立学校の役割は非常に大きなものになります。)

 

 

 

それにしても、私は、ずいぶん労力を割いて、都立高校にまつわる懸念や問題点をこのブログに記してきました。

 

私の視点は、一貫しています。

 

「入試選抜は公正でなければならない」という思いが、その動機の根底にあります。

 

すべては、その主題につながっています。

 

 

(ivy 松村)

 

 

公私連絡協議会の話③

以前、このブログに、石原慎太郎氏が都知事を辞められてから、東京都教育委員会の「方向性」に変化が生じているのではないか、と書きました。

 

私立高校に対する「配慮」が強くなってきているように感じられるのです。

 

石原氏が都知事を辞任されたのは、平成24年(2012年)の10月です。

この後、矢継ぎ早に都立高校の「入試改革」が押し進められたという「事実」について、以前このブログに書きました。

 

「入試制度」「選抜方法」「入試問題」「採点方法」など、さまざまな「変更」が強いられました。

 

さらに、「募集」の面でも後退が起こっています。

 

 

さて、石原氏が都を去った後の平成26年に、公私連絡協議会で平成27年度からスタートする「第四次中期計画」が「合意」されました。

 

そこに、ひっそりと都立高校の「受入分担人数」が減らされるような「仕掛け」が練り込まれました。

「表面上」はこれまでと同じ内容であるという体裁を示しながら、内実が変えられています。

 

 

都立高校と私立高校の「受入分担人数」の算出「ルール」が変更されたのです。

 

それは、平成27年度の都立高校の生徒募集に影響を与えています。

 

平成27年度は、平成26年度と比べて、公立中学を卒業する生徒数はほとんど変わらないという試算がなされていました。

 

しかし、突然持ち込まれた「ルール変更」の効果によって、都立高校に進学する生徒が減り、私立高校に進学する生徒が増えたのです。

 

もちろん、その「変更」は、教育委員会の会議に諮られて承認されたものではありません。

 

 

 

「本来」であれば、平成27年度は、平成26年度と公立中学を卒業する生徒数がほとんど変わらないので、同じ数値の「就学計画」になるはずなのです。

 

ところが、平成27年度は、都立高校の「受入分担人数」が減らされ、都立高校の「募集人数」も縮小させられてしまったのです。

 

 

平成27年度の「卒業予定者」は、前年とほぼ同数です。

また、「全日制高校進学希望者」も、ほぼ同数です。

そして、「都立高校進学希望者」も、ほぼ同数だったのです。

にもかかわらず、都立高校の募集人数が減らされたわけです。

 

 

 

その「ルール変更」というのは、これまで、公立中学を卒業する予定の生徒数に加えていた「都立中学の生徒数」を省いて「受入分担人数」を算出する、というものです。

 

また、東京高専に進学する生徒の人数も省かれることになりました。

 

 

 

もちろん、そのほうが「正確」な数値に近づくでしょう。

 

しかし、それは、これまでの「就学計画」の枠組みを変えてしまうものです。

 

また、教育委員会の会議でも再三にわたって委員が指摘していますが、「正確」な試算を行うことが重要なのであれば、私立中学から都立高校に進学する生徒の人数も組み込んで算出しなければならないわけです。

 

疑問点は、以下に集約されるでしょう。

 

・なぜ、都立高校を管轄する東京都教育委員会(の事務局)が、東京都立高校に進学を希望する生徒の不利になるような変更を受け入れるのか?

 

 

 

「公私連絡協議会」が策定している「就学計画」における都立高校の「受入分担人数」の算出方法を再度確認してみましょう。

 

 

・「卒業予定者数」(A)×「計画進学率0.96」(B)=「高校進学(予定)者数」(C)

・「高校進学(予定)者数」(C)-「他県・国立・高専進学予想人数」(D)=「受入(予定)人数」(E)

・「受入(予定)人数」(E)×「私立高校受入分担比率0.404」=「私立高校受入分担人数」(F)

・「受入(予定)人数」(E)×「都立高校受入分担比率0.596」=「都立高校受入分担人数」(G)

 

 

 

 

「ルール変更」がなされた後の平成27年度の「受入分担人数」を確認しましょう。

 

平成27年度の「私立高校受入分担人数」(F)は、2万8,600人になります。

一方、「都立高校受入分担人数」(G)は、4万2,000人となります。

 

 

次に、「ルール変更」が行われなかった場合の数値を算出しなければなりません。

 

平成27年度の「都立中の生徒」を含めない「卒業予定者数」(A)は7万7,421人です。これに「都立中の生徒」を加えた数字は、7万9,010人になります。

この人数は、事務方の担当者が、東京都教育委員会の定例会議で明らかにしたものです。

 

この数字は、平成26年度の「卒業予定者数」(A)である7万9,140人と比べて「-130」となっています。

「就学計画」は「概算」で算出するので、「-130」の差異は計算に反映されません。

 

「ルール変更」が行われなかった場合の平成27年度の「受入分人数」は、平成26年度のものと全く同じになります。

 

つまり、「ルール変更前」の平成27年度の「受入分担人数」は、平成26年の「受入分担人数」と同数である4万3,100人となるわけです。

 

 

したがって、平成27年度の「受入分担人数」は、「ルール変更」によって4万3,100人から4万2,000人に減らされたのだということになります。

 

その差異は「-1,100」です。

 

 

 

 

ルール変更前 ルール変更後 増減
「私立高校受入分担人数」 29,300 28,600   -700
「都立高校受入分担人数」 43,100 42,000 -1,100

 

 

 

平成27年度は、「本来」の「受入分担人数」よりも1,100人少ない「就学計画」になっているということになります。

 

それにともなって、実際に、平成27年度の都立高校の募集人数は、前年に比べて減らされたわけです。

 

 

 

もちろん、私立高校の「受入分担人数」も減っています。しかし、実は、「受入分担人数」を少しばかり減らされることは、私立高校にとってはむしろ「プラス」の要因になります。

 

 

 

「受入分担人数」は、「就学計画」として算出されるものなので、「実際に進学する人数」とは必ずしも一致しません。

 

 

まず、実際の進学率ですが、「計画進学率」の96パーセントが達成されたことはありません。例年、ほぼ92パーセント程度の「受入実績」となっています。

 

「計画進学率」を達成することが困難になっているのは、「計画進学率」を全日制の高校だけを対象として設定しているからです。実は、定時制に進学した生徒はこの数値に含まれないのです。

 

全日制の都立高校に不合格だった生徒のうち一定の人数は、最終的に全日制の私立高校へ進学せずに、都立の定時制などに進学します。

そのために、全日制の高校だけを対象に設定されている「就学計画」に、なかなか「実績」が届かないわけです。

 

また、他県の高校への進学者が漸次増加しています。

そのために、「都立高校」と「都内の私立高校」を対象としている「進学率」が伸び悩んでいます。

 

 

以上のような状況は、同時に、私立高校の「受入実績」を低迷させる原因ともなっています。

 

 

都立高校と私立高校のそれぞれの「受入分担人数」の「達成率」は、都立が例年「計画」を上回るのに対し、私立は例年下回っています。

 

たとえば、平成26年度では、都立高校は、「受入分担人数」4万3,100人に対して「受入実績」は4万4,492人です。したがって「受入達成率」は103.2パーセントです。

 

一方、私立高校は、「受入分担人数」2万9,300人に対して「受入実績」は2万5,377人です。したがって、「受入達成率」は86.6パーセントです。

 

私立高校の「受入達成率」が、都立高校に比べて、低調であることがわかります。

 

 

この「不均衡」は、都立高校の人気が、私立高校に比べて高いために生じているものです。

 

「東京都中学校長会進路対策委員会」が行っている「志望予定調査」によれば、公立中学を卒業する生徒のうち、例年およそ77パーセントが都立高校を志望しています。

平成26年度では、都立高校の志望者は76.99パーセントでした。

 

都立高校は、私立高校に比べて「定員割れ」や「入学辞退」が少ないために、「募集」が堅調に行われています。

一方、一部の私立高校は、「募集」に苦戦しているわけです。

 

 

 

ようするに、私立高校は、「受入分担人数」が700ほど減ったとしても、生徒が「流出」することはなく、むしろ「受入達成率」が上昇する要素になるのです。

さらに、都立高校の募集人数が減らされ、その分、都立高校に進学できない生徒が増加するわけです。当然、私立高校に流れる生徒の数が増えることになります。

 

 

当然の帰結ですが、平成27年度は都立高校の「実績」が下降し、私立高校の「実績」が上昇しました。

 

 

 

 

 

26年度「受入達成率」 27年度「受入達成率」
私立高校 86.6 89.4
都立高校 103.2 102.3

 

 

26年度「実績」 27年度「実績」 増減
私立高校 25,377 25,569  +192
都立高校 44,492 42,975 -1517

 

 

 

 

繰り返しになりますが、平成26年度と平成27年度では、公立中学を卒業する生徒の数はほとんど同じだったわけです。

 

また、都立高校を志望する生徒の割合もほとんど同じだったのです。

 

であるにもかかわらず、都立高校に進学する生徒が1,517人も減ってしまったわけです。

 

それは、都立高校の募集人数(と合格者数)が減らされたからです。

 

そして、なぜ、都立高校の募集人数が減らされたのかといえば、「就学計画」における「受入分担人数」の算出方法が変更されたからです。

 

 

そして、ここがポイントなのですが、その「ルール変更」は、東京都教育委員会で「議事」として諮ったうえで決定されたものではないのです。

 

東京都教育委員会の委員は、この「変更」を事後的に報告されただけなのです。

 

これは、公私連絡協議会で決定されたものなのです。

 

 

 

参考:

平成26年 第14回 東京都教育委員会定例会会議録

平成26年度公私連絡協議会の合意事項について

 

 

 

(ivy 松村)

公私連絡協議会の話②

公私連絡協議会では、5年ごとに策定される「中期5か年計画」にもとづいて、都立高校と私立高校の「受入分担比率」等を決めています。

現在は、平成27年から平成31年までを対象とした「第四次中期計画」が継続されています。

 

・第一次中期計画 平成12年度~16年度

・第二次中期計画 平成17年度~21年度

・第三次中期計画 平成22年度~26年度

・第四次中期計画 平成27年度~31年度

 

 

 

実は、この四次に渡る「中期5か年計画」は、その内容のほとんどが固定されたままになっています。

変わったところといえば、私立高校進学者に対する「就学支援金制度」や「授業料軽減助成金制度」について、「都立の側」が周知を行うという約束がなされたことくらいです。

 

 

平成12年からスタートした「中期5か年計画」では、「受入分担比率」は都立と私立で59.6対40.4となっています。この比率は、17年間、全く変更されていません。

 

(後で詳述しますが、「第四次中期計画」からは、「表面上の数字」をいじらないで「私立に有利な計画」を策定する「マジック」が使われます。)

 

 

また、公立中学を卒業する生徒のうち、全日制の高校に進学する生徒の数を推計するために用いられる「計画進学率」も17年間96パーセントに固定されています。

 

これまで、私立高校側は、「計画進学率」を「実績」に近い92パーセントに引き下げることを求めてきましたが、東京都教育委員会はそれを受け入れていません。

 

それを行うことは、東京都教育委員会の「存在意義」を揺るがす根源的な問題となりかねません。そもそも、教育環境を充足させることを目的とする行政機構が、「計画進学率」を「下方修正」することは原理的にあり得ないわけです。

 

しかし、それ以外の理由も考えられそうです。

 

 

「東京都教育委員会」は、知事が任命する教育長と教育委員によって構成されます。

そして、東京都教育委員会の事務を執行するための事務局を「教育庁」といいます。

 

実は、「東京都教育委員会」という名前で、高校入試を含めた教育や文化事業に関する実務を執り行っているのは「教育庁」なのです。

 

教育委員会の委員が出席する「会議」で決定されることは、実際にはそれほど多くないのです。

 

たとえば、上記の「中期5か年計画」についても、常に事後的な「報告」が定例会議で行われるだけです。「報告」を行うのは、事務局=「教育庁」の職員です。

 

もし、「中期5か年計画」の内容を変更しようとすれば、東京都教育委員による「会議」に諮らなければならなくなります。

 

そうなると、事務方が主導して行っている「公私強調」の枠踏み自体に「メス」が入るかもしれません。

 

もし、私が「教育庁」の職員であれば、公私連絡協議会における「合意」をルーティン化し、その内容を「決定事項」として「報告」することを繰り返し、「会議」で審議されることがないようにするでしょう。極力「波風」を立てないように努めます。それが、「官僚の正統的な手腕」というものにちがいありません。

 

 

実際に、東京都教育委員会の「会議録」を見てみると、実に「面白い」やり取りがなされています。

 

 

 

平成19年 第16回 東京都教育委員会定例会会議録

 

 

【学務部長】 平成19年度公私連絡協議会が9月18日に開催され、平成20年度高等学校就学計画について合意をいたしました・・・。(p4)

 

 

【委員】 これはまだプレス発表していないわけですね。(p5)

 

 

【学務部長】 18日にプレス発表させていただいております。(p5)

 

 

【委員長】 この件は、報告事項ですから発表済みということですね。(p5)

 

 

【委員】 公私連絡協議会で都立高等学校と私立高等学校とが協調して生徒の幸せを考えていくことは非常にいいことだと思うのです。談合という言葉を使っては語弊がありますがこの協議会で出した割合というのは、生徒の幸せを考えているのか、それとも経営者の幸せを考えているのか分かりませんが、この数字が5年間大体決まっているという御説明でした。(p5)

 

・・・果たして協議会でこういう数字を決めることがいいのか、自由競争にしてしまった方がいいのかという議論は当然あるべきだろうと思うのです。(p5)

 

・・・こうした数字を決めたのですが、これでどうでしょうかという話がまず教育委員会に出てくるべきで、このように教育委員の意見が全く反映されていないということは問題だろうと思います。ですから、こうした数字を教育委員会に諮って、今までどおりだからその数字でいいではないか、あるいは、協議会でこの数字は撤廃しようではないかとか、このまま続けていこうではないかとか、そういう議論をするのが教育委員会の仕事ですから、教育委員会に全く諮らないで決めてしまって、以上終わりでございますということは、いささか手続上問題があるのではないかと思うのです。 (p5-6)

 

 

【学務部長】 原則として5年間の中期計画において基本的事項について公私で合意を行い、その間については公私で調整をした上で、中学生の進路を保証し、受入れを確保していくという趣旨で行ってきております。今後、平成21年度までに、平成22年度からの新たな5年間の合意に向けての作業を行いますので、その中で適宜、今後の進め方を含めて御議論していただきながら、進めさせていただければと思っております。(p6)

 

 

【委員】 定数をどのように決めるか、公私で協議をすることが本当にいいことかどうかも含めて、教育委員会で議論して、その次からどうしようかということが教育委員会に出てきて、今年度はこれでいいではないか、ではプレス発表してくれという手順だといいのですが、逆に事務局で決めてしまって、教育委員が一切口を差し挟む余地がないということは問題があると私は考えております。(p6)

 

 

【教育長】 公立と私立の関係は、昔から各都道府県が悩んでいるところでございまして、東京都の場合は5年ごとに基本協定を結んで、各年度は端数の関係で協議するという状況であります。基本協定を結ぶに当たっては、元々協定を結ぶべきかどうなのか、進学率を今96パーセントとしてありますが、これをどうすべきなのか、公立と私立の役割分担をどうすべきなのか。これは事務的な問題ではないですから、当然、教育委員会に、次の5か年間の基本協定を結ぶに当たって基本的な考え方をお決めいただかないとならないと考えております。(p6)

 

 

【委員】 1年後の教育委員会で考え方を決めるとしても、今回これでいいと決定するに至るまでに、やはり教育委員会の中で議論があって、この次からこのように変えようではないかとか、今のままでいいだろうとか、そういう議論が当然あった方がいいのではないかと私は考えます。5年間決まっているのだから、このまま決まりましたので報告しますという手続には、いささか不満であります。(p6)

 

 

【委員長】 今回は報告事項ですから、お認めいただくとして、次回からは今の御意見を踏まえて考えていただくということでよろしいですね。(p6)

 

 

 

平成19年 第17回 東京都教育委員会定例会会議録

 

 

【学務部長】・・・公私連絡協議会で協議をして都立高等学校の受入数を決めているということについては、今後、どういう形で進めていくかも含め、論点になろうかと思います。(p7)

 

 

【教育長】 ただ、前回の教育委員会において、公私連絡協議会で本当に公私の割合を決めてしまって良いものなのかどうかという意見が出たことから、改めて議論をしましょうということにはなっています。(p7-8)

 

 

【委員】・・・私学の経営に合わせるのではなくて、生徒に合わせることが非常に大事なことであるから、公私連絡協議会で決める前に、東京都教育委員会の委員の中でいろいろな議論をして、それで良いだろうとなったら、教育長にお任せする形が良いというのが前回の発言にありました。(p8)

 

 

 

平成21年 第15回 東京都教育委員会定例会会議録

 

 

【都立学校教育部長】

本年8月31日に開催した平成21年度公私連絡協議会において、東京都と東京私立中学高等学校協会は、都立高校及び私立高校の受入れに係る第三次中期計画並びに平成22年度高等学校就学計画について合意いたしました。(p4)

 

・・・平成22年度から平成26年度までの各年度就学計画では、一層の公私協調により、進学実績率の向上を図るよう、公私分担も必要に応じ協議をすることとしております。(p4)

 

 

【髙坂委員】 今度は第三次の計画になります。以前からこのように数を固定していることがいいのかどうか議論してきましたが、今回の改定で合意する時点で、過去の議論はどういう格好でなされたのでしょうか。当然その議論を基にしてこういう議論がされたのだと思いますが、そこのところを説明していただきたい。(p6)

 

 

【都立学校教育部長】 今までの議論なのですが、私立側とも何回も協議してまいりました。計画進学率96パーセントに対して、私立の受入れが40.4パーセントということで、実際には都立が2パーセント程度上回っているのですが、私共はこの差を埋めてほしいと主張しています。この計画進学率を、実績の92パーセントに下げてほしいという主張が一方私立側にはございます。(p6)

 

・・・私立側からは、数を固定してほしいといった主張もございますが、分担割合における現行と実績の比率をみた場合に、私立学校が全部受け入れられるのであれば、可能な数字と言えるかと思うのですが、必ずしも見込みとしては期待できない数字なのではないかと思っております。(p6)

 

 

【竹花委員】 そのことの是非について議論するつもりはないのですけれども、これは相手のあることですし、都庁の中でも広く検討している分野もあって、既に合意をしたということで、この教育委員会でこれをひっくり返すことはできませんよね。(p8)

 

 

【都立学校教育部長】合意につきましては、公私と昨年来からそれぞれの主張があり、それから協議し、合意したものでございまして、これを覆すということはできない状況にございます。(p8)

 

 

【竹花委員】 私は東京都教育委員会に休まず出席しているわけではないですが、ここに至る前に、このような方向でという御相談がありましたか。(p8)

 

 

【竹花委員】 当教育委員会でも、私自身も何度か発言したことがございますし、髙坂先生がおっしゃったような趣旨もお話し申し上げたので、もっと事前に相談があってもいいはずだというのが私の心証です。(p8)

 

 

【都立学校教育部長】 本年5月28日の懇談で経過については御相談をしております。それ以前も、やはり方針については御相談をしております。(p8)

 

 

【竹花委員】 私は、結論をこういう形でするという相談を受けた覚えはないです。(p8)

 

 

【竹花委員】・・・私としては第三次中期計画について、様々なものがある中での個別の御説明以外に、この5年間にわたって東京都教育委員会に影響を与えるこのような協議については、しっかりとした御説明が事前に欲しかったということを申し上げておきたいと思います。(p11)

 

 

・・・私立学校にとってどうかではなくて、東京都の公立中学校の生徒にとってどうかという視点でこれからしっかり考えていくということで、お約束いただければそれでよかろうかと思います。 (p11)

 

 

 

平成27年 第14回 東京都教育委員会定例会議事録

 

 

【竹花委員】・・・かねてからこの都立と私立の計画については、その在り方について様々な角度から疑問を呈してきたのですけれども、私が懸念するのは、私学の方の計画との約束で、都立の入学枠を定めて、各高校の受入人数を決めていきます。そのために、本来ならばもっと都立に行きたいはずのところが、枠が狭いためにあふれるということが生じているのではないでしょうか。もっとも、私学もたくさんやってきて、生徒がたくさん来るのにという状況であれば別ですが、現在は授業料についても同様の条件になっているにもかかわらず、27年度は9割程度だということであれば、やはり都立の入学枠を最初から少し多めに取ることが、生徒たちにとって有利なことではないかというふうに普通は考えられるのですけれども・・・。(p20-21)

 

 

【竹花委員】・・・やはり受ける生徒たちの入学の枠を狭める結果に都立と私立の約束が機能しているとすれば、それは本末転倒だと思います。(p21)

 

 

 

(ivy 松村)

公私連絡協議会の話①

都立高校と私立高校は、生徒募集において「競合関係」にあります。

毎年、入学する生徒を「取り合う」運命にあります。

 

ところが、「両陣営」が、全くの自由競争でしのぎを削っているのかといえば、そうではありません。実は、都立高校と私立高校は「協調し合う関係」を築き、維持しています。

 

公立高校と私立高校の間で、「協調」を行わない県も多くありますが、「東京都」は「協調路線」を堅持しています。

 

 

もちろん、それには「いい部分」と「悪い部分」があり、その事実のみを切り取って断罪するような性質のものではありません。東京都は、あらゆる意味で特殊な地域です。

 

 

しかし、現実に、そのような「協議」は、私立学校の権益を守るための「盾」として機能します。

 

当然、私立学校は「配慮」を期待するわけです。

そして、なぜか、その期待に沿って行動する人間が「都立の側」にいるわけです。

 

 

 

毎年、「公私連絡協議会」という会合が開かれています。

 

ここで、東京都教育委員会事務局や東京私立中学高等学校協会などが、高校に進学する生徒の「割合」と「数」とについて話し合います。

 

公立中学を卒業する生徒の「就学計画」を立て、都立高校と私立高校で、お互いがどれくらいの人数の受け入れるのか、その分担を協議するのです。

ようするに、高校に進学する生徒のうち、何人ぐらいを都立高校に進学させ、何人ぐらいを私立高校に進学させるのか、話し合うわけです。

 

ここで「合意」された内容に沿って、都立高校の募集人数が決められるわけです。

 

 

こうした「都立」と「私立」の「協議」は、ずいぶん前から行われてきました。

 

数十年前から、都立高校側と私立高校側が、中学卒業者のそれぞれの「受入分担」について協議してきた「歴史」があるのです。

 

 

昭和60年になされた「合意」では、双方の「受入分担比率」は、都立と私立で56:44となっています。

 

昭和60年(1985年)は、第二次ベビーブーム世代が高校受験を迎え、バブル景気がまさに本格化しようという時期です。当時は、いじめなどの社会問題がクローズアップされたこともあり、東京都は私立志向が強い時代でした。

 

しかし、「私立」には、懸念材料がありました。

 

その3年前に学校群制度が廃止され、「グループ合同選抜制度」が実施されるようになっていました。「グループ合同選抜制度」は、一言でいえば、都立を第一志望とする生徒が、別の都立高校を「滑り止め」にすることができる制度です。したがって、「私立に流れる生徒」に歯止めがかかる要因となります。そして、このころ、下の世代の少子化傾向が明確にあらわれました。「教育事業」全体が、将来の「対応」を迫られていたのです。

 

 

さて、その後も「都立」と「私立」の「協議」は恒常的に行われてきました。

 

そして、平成12年に、「新しい枠組み」が提唱されたのです。

 

「公私連絡協議会」をとおして「中期5か年計画」が策定され、これを5年ごとに「更新」するという「慣例」が形作られたのです。

 

 

つまり、都立高校と私立高校が、お互いどれくらいの生徒を入学させるかを定める「受入分担」のフレームを、5年間「固定する」ということが制度化されたのです。

 

「中期計画」を立てることによって、「長期」では、「都立」と「私立」が協議し続けるという方針を既定化させることができます。その意味でも、「優れた戦略」だといえます。

 

 

 

それにしても、「平成12年」というタイミングは、何やら「意味深げ」に思えます。平成12年度からの計画なので、この計画についての協議は、前年の平成11年に行われていたことになります。実は、石原慎太郎氏が初めて都知事に当選したのが平成11年なのです。

 

 

 

この「中期5か年計画」は随時「更新」され、現在は、平成27年から平成31年までを対象とした「第四次中期計画」が継続されています。

 

 

・第一次中期計画 平成12年度~16年度

・第二次中期計画 平成17年度~21年度

・第三次中期計画 平成22年度~26年度

・第四次中期計画 平成27年度~31年度

 

 

「第一次中期計画」が策定された平成12年度から現在まで、都立高校の「受入分担」の比率は「59.6」に固定されています。

この比率は、昭和60年に比べてやや増加していますが、それでも「都立高校のニーズ」に見合ったものなのかどうか、微妙なところです。

 

参考までに述べると、私立の中高一貫校に通う生徒を含めると、「私立学校」に在籍する生徒と都立高校に在籍する生徒は、ほぼ半数ずつになります。

 

また、「東京都立中学校長会進路対策委員会」の調査によれば、公立中学を卒業する生徒のうち、都立高校への進学を希望する生徒は、例年全体の約77パーセントにのぼります。

 

そして、実際には、都立高校に進学する生徒の比率は、「59.6」よりも若干多くなります。一方、私立に進学する人数は、「40.4」よりも少なくなります。都立高校を志望する生徒が多いためです。

私立高校は、何年もの間、公私連絡協議会で策定された「就学計画」を達成できていません。

 

常識的に判断するならば、都立高校の「枠」を広げるべきなのですが、一連の「取り決め」は、それを封じているわけです。

 

この「取り決め」のために、都立高校には、より多くの生徒を収容する「キャパシティー」があるにもかかわらず、「59.6パーセント」を受け入れる「枠」しか用意されないわけです。

 

都立高校の募集人数は、高校の「キャパシティー」によってではなく、私立高校との「協議」によって定められていということになります。

 

例年、都立高校への進学を志望する生徒は約77パーセントいます。

そのうち、都立高校が受け入れる生徒は「59.6パーセント」なので、「残り」は「私立高校」に進学することになります。あるいは、全日制高校への進学をあきらめることになります。

 

 

 

参考:

 

平成27年度 公私連絡協議会の合意事項について

平成26年度 公私連絡協議会の合意事項について

平成25年度 公私連絡協議会の合意事項について

平成24年度 公私連絡協議会の合意事項について

平成23年度 公私連絡協議会の合意事項について

都立高校及び私立高校の受入れに係る「第三次中期計画」並びに平成22年度の高等学校就学計画について

東京都立高等学校教頭研究協議会 研究協議会報告:(15),p11

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

平成28年度の都立高校入試の平均点

東京都教育委員会が今年の入試結果のデータを公表しました。

 

各教科の平均点を見てみると、国語が著しく「易化」していることがわかります。

国語の平均点は、過去に例がないほどに上昇し、73.9点となっています。

 

今年の国語の入試問題は、記述問題が廃されました。

 

それは、受験生に以下のような効果をもたらしたはずです。

 

 

①ほとんどの中学生が苦手としている記述問題がなくなったために、失点が減少した

②記述問題の替わりに平易な選択問題が置かれたために、得点が増加した

③解答に時間を取られる記述問題がなくなったことで、他の問題を解く時間的な余裕を確保できた

 

 

 

さらに具体的に、今年の都立高校入試で国語の平均点が高まった要因を特定してみましょう。

 

まず、〔大問1〕「漢字の読み」の問題です。このセクションの正答率が90.9パーセントとなっています。〔大問2〕「漢字の書き」の問題の正答率も72.9パーセントですから、およそ受験生は、漢字の問題の計20点のうち、16点以上を獲得したことになります。

 

 

それ以上に大きな要因として、〔大問3〕に注目しなければなりません。

小説や随筆などの「文学的文章」をあつかう〔大問3〕の正答率が88.7パーセントとなっています。

 

〔大問3〕は5問の選択問題が用意され、計25点の配点です。

つまり、およそ受験生は、このセクションで22点以上を獲得したことになります。

 

都立高校入試は「幅広い学力」の受験生が挑むわけですが、その試験で、異常に高い平均点となっているわけです。〔大問3〕は「難易度」の調整に失敗しています。

 

 

しかし、実は、都立入試の国語の平均点が高いのは、今年だけに限った話ではないのです。

 

最近の都立高校入試の平均点を確認してみましょう。

 

 

 

国語 数学 英語 社会 理科
28年度 73.9 60.9 57.4 59.3 50.6
27年度 65.6 62.0 63.4 59.1 59.4
26年度 61.6 57.6 53.7 57.4 57.3
25年度 60.5 55.4 62.3 51.5 60.3
24年度 69.5 57.2 58.1 57.7 51.4
23年度 65.9 59.8 58.9 58.6 55.2
22年度 60.9 55.6 49.9 53.2 66.9
21年度 69.0 47.3 54.2 62.3 59.5
20年度 63.8 58.8 50.8 60.6 61.8
19年度 65.2 56.4 56.0 62.3 55.8
18年度 55.7 52.6 59.9 72.6 60.5
17年度 62.9 60.7 51.3 58.4 69.7
16年度 69.7 52.4 55.4 58.1 59.8

 

 

 

 

過去にさかのぼって都立高校入試の平均点を調べてみると、国語は例年、他教科に比べて平均点が高くなる傾向にあることがわかります。

過去13年間で、国語の平均点が60点を割ったのは、18年(55.7点)のみです。

 

また、数年ごとに平均点が高騰していることがわかります。

平成24年度(69.5点))、21年度(69.0点)、16年度(69.7点)も、非常に高い数値になっています。

 

 

作問の「目安」が平均60点にあると考えると、国語は、明らかにバランスを欠いています。

 

国語の「難易度」は他教科に対して均衡していません。

データ上で判断すれば、国語は、「点数が取りやすい教科」であるということになります。

 

 

過去13年間で、国語の平均点が他教科を下回った年度は、平成25年度、平成22年度、平成18年度、平成17年度の4回のみです。それ以外の年度は、国語が5教科の中で最も高い平均点となっています。

 

 

 

今年は、他教科に比べて「10ポイント」以上も高い平均点となってしまったわけですが、そもそも、都立高校入試の国語の試験は「点数を取りやすい教科」だったわけです。その点をもう少し考えてみたいと思います。

 

 

国語という教科は、その特性上、作問をする際に過去の「情報」をもとに「難易度」を調整することが難しく、常に手探りで作問をしなければならなりません。

それが、平均点が高くなる理由のひとつなのかもしれません。

 

たとえば、社会などは、一般的な中学生は公民の「経済」の分野が苦手で、問題を作りこんでしまうと得点率が低くなる、というような「情報」を収集し、それを作問に反映させることができます。

 

しかし、国語の問題は、個別性、具体性が強すぎて、解答のデータから「傾向」や「普遍性」を抽出して、次回以降の作問に活かすことが難しいわけです。

 

 

私立の入試問題であれば、意図的に「難度」を高める問題作りも可能です。

しかし、都立高校入試の場合は、「一般性」を担保した問題作りが求められるので、どうしても保守的な作問に流れてしまいやすいのだろうと思います。

 

 

 

また、国語の試験は、ある題材に対して、多元的に問題を設定することが難しいという側面もあります。

 

たとえば、社会の問題で、「三審制」について問題を作成しようとすれば、

 

①「3回裁判を求めることができる制度は?」

②「Aさんが行ったような告訴、上告を認める制度を何というか?」

③「慎重な裁判を行い、人権を守るために取り入れられている制度は何か?」

④「三審制とはどのような制度か?」

⑤「なぜ、三審制のような仕組みが取り入れられているのか?」

⑥「三審制の問題点は何か?」

 

というように、多様な作問の可能性を検討することができます。

 

しかし、国語の場合は、内容の面からも、形式の面からも、強力な「しばり」が存在するわけです。

 

まして、都立の国語は、「出題形式」も「出題範囲」も「ガチガチ」に固定されていて、作問の「自由度」が私立の入試問題と比べても極端に少ないわけです。

 

 

 

さらに、問題数と得点配分の「しばり」も大きく作用すると思います。

都立の入試問題は、漢字の読み書きと作文以外の設問は1問につき「5点」の配点です。配点が大きいので、そのうちのたった2題の「難易度の操作」を誤ってしまうだけで、平均点が大きく変動してしまいます。

 

つまり、今年のように、「粘着質」な記述問題がなくなった上に、与し易い選択問題が並べられてしまうと、受験生の得点が「爆上げ」になるわけです。

 

 

 

今年の国語の入試問題の、記述問題が削除されたのが「どの時点」だったのか、が気になります。

 

今年の理科や社会の問題は、特定の設問で「記述問題バージョン」と「選択問題バージョン」が用意されていたことが確認されています。

それらを検討し、試験問題が決定したという「プロセス」を推定する証拠があります。

 

もし、仮に、国語の入試問題も同様に「記述問題」を差換える「プロセス」があったのならば、そのために「難度」が削られたという可能性があります。

 

 

 

英語についても少し触れます。

英語の平均点はもう少し高くなると思っていました。

 

〔大問2〕の正答率が下がったために、全体の平均点が落ちています。

3題の選択問題の正答率が、ここ数年と比較して最も低くなっています。

 

「1」 60.3パーセント(←昨年 76.5パーセント)

「2」 45.5パーセント(←昨年 80.7パーセント)

「3」(1) 46.8パーセント(←昨年 69.4パーセント)

 

 

12点の配点となっている英作文の正答率は69.0パーセントです(←昨年 79.8パーセント)。

しかし、この正答率は「部分正答」も含まれているので、無得点の解答のみが正答率に反映されていないということになります。

つまり、得点が12点であっても、1点であっても「正答」に含まれるということになるわけです。

 

 

本年度の英作文の問題は、「外国から日本を訪れた人に日本で楽しんでほしいこと」について、理由を含めて3文で書く問題です。

 

この「お題」は、昨年の英作文の問題と類似しています。昨年は、「あなたが外国人に伝えたい日本の良いところ」を理由も含めて書く、というものでした。

2年連続で似たような出題がなされたわけですから、今年の受験生にとっては解答しやすい問題だったはずです。

 

にもかかわらず、昨年と比較して、今年の正答率は10ポイント以上下降しています。

 

おそらく、「得点の平均」も下降しているのではないかと推測します。

「採点の厳格化」によって、部分点が「からく」なっていると思われるからです。

 

「誤字」が許されないという「基準」が明確なので、綴りのまちがいは確実に減点となっているはずです。 学校の「レベル」によっては、これまで「○」が与えられていた英文が、現在は「×」になっているのかもしれません。

 

 

〔大問2〕の「2」(2)の英作文の問題の「得点の平均」がどれくらいだったのか、とても気になりますが、それを知るすべはありません。

 

 

 

ところで、最近私は、東京都教育委員会が過去にリリースした資料やデータを読みあさっているのですが、「あること」に気づきました。

 

東京都教育委員会は、情報を開示する義務を負っています。

東京都教育委員会が、教育に関する制度などを変更する場合に、ある種の情報については報告したり公表したりしなければならないわけです。

 

そこで、情報を丹念に読み取れば、「あらかじめ」その「方向性」を知ることができる「かもしれない」わけです。

 

 

たとえば、平成25年7月25日に東京都教育委員会が「東京都立高等学校入学者選抜検討委員会」を設置することを発表したときに、以下のような「方向性」を「あらかじめ」記していたわけです。

 

「これまで各都立高校に委ねていた具体的な選抜方法について、課程や学科等に基づき共通化・簡素化を図り、中学生にとって分かりやすい制度にする。」

 

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr130725n.htm

 

 

「翻訳」をすると、「独自の基準で入試選抜を行う権利を、各高校から奪い取ります」ということですね。

 

要するに、東京都教育委員会の事務局=教育庁は、「特別選考」をなくすことを「最初から」決めていたわけです。「検討」する前から。

 

 

まあ、こういうものを示しておかなければならないわけです。官僚ですから。

そして、「そのとおり」に動かなければならないわけです。官僚ですから。

 

 

 

本題はここからです。

 

同じように、都立高校の入試問題を今後どのようなものにするのかという「方向性」も読み取れる「かもしれない」わけです。

 

 

実は、今年、記述問題が削減されることは、「あらかじめ」知ることができていたわけです。

 

 

 

都立学校教育部長の発言→「あと、(高校の方から)記述式問題の数を減らすなど採点を考えた出題方法も今後検討していくべきではないかという声も聞かれたところでございます。」(「平成27年 第4回東京都教育委員会定例会会議録」p15より)

 

 

※「記述式問題を残すのであれば、記述式でないと受検者の力をみることができない問題に限定することが必要」(「マークシート方式の導入の成果と課題」より)

→記述問題を失くすことを前提としている

 

 

※「解答形式の改善 記号選択式問題の中で思考力をみることができる出題を一層工夫し、マークシート方式で解答する問題を増加」(「平成27年度に実施する都立高等学校入学者選抜における実施方針」より)注:平成27年度に実施する都立高等学校入学者選抜=「今年の入試」のことです。

 

 

 

私は、来年の入試問題について、いくつかの予想を立てました。

 

同じように、何か気づいた人がいれば、情報交換したいですね。

 

 

 (ivy 松村)

最善策は、「特別選考」の再開

数日間、このブログで「第二次日比谷つぶし」について書いてきました。

 

 

「第二次日比谷つぶし」を担っているのは、どういった人々なのか、まとめてみましょう。

 

 

①「平等主義」を信奉する人々

 

教育を均質化、画一化しようと画策する人たちです。

 

②「私立学校」の関係者

 

都立高校と競争関係にある人たちです。

 

③一部の中学の教員

 

入試選抜よりも、中学校を制御することに関心があります。

 

④一部の怠慢な高校教師

 

入試制度に関する「業務」が「楽」になることを望みます。

 

⑤一部の東京都教育委員会事務局(教育庁)の職員

 

一連の「変更」を「主導」しているのは東京都の「教育庁」です。

 

見過ごされがちですが、「教育庁」は「官僚機構」です。

原理的に「ミス」や「批判」を嫌うという「官僚」の「性質」が、一連の「変更」の原動力になったのかもしれません。

また、その中で、個人や集団による「主導権争い」や出世・ポストなどをめぐる「闘争」が行われることがあるのかもしれません。あるいは、行政の「トップ」の交代や人事異動などにともなって、方針の転換や、実務を差配する「権限」の移動が起こったのかもしれません。

「組織の規範」や「職員個人のインセンティブ意識」、あるいは「政治的な力学」などが政策決定に影響している可能性もあります。

 

 

「第二次日比谷つぶし」は、以上のような「利害」をともにする「勢力」が、極めて自然に同調し、共鳴しながら具現化しました。

 

一方で、「都立復権」の灯を絶やすまいと、奔走されている方々もいらっしゃるのではないかと思います。

 

 

 

都立高校入試は、「隘路」に差し掛かっているように思います。

 

おそらく、今年の選抜のやり方、入試問題、東京都教育委員会の「指導」などに対する反発やフラストレーションは多方面で極度に高まっているはずです。

 

「ソフトランディング」が必要です。

 

 

もっとも合理的、調和的な解決策は「特別選考」を再開することです。

 

 

募集人数の10パーセントを入試得点のみで合格させる「特別選考」は、絶妙のバランスの上に成り立っていました。

 

 

10パーセントの「特別選考」であれば、中学の評定を軽んじる空気は生まれないはずです。

同時に、中学の評定の「不公平感」を緩和することができます。

 

過度に他の高校を圧迫したり、「受験熱」を過熱させたりすることもないでしょう。

 

むしろ、現在の実技4教科を重視する内申点の制度のもとでこそ、「特別選考」は有意義なものとなるはずです。

 

 

その他の制度はすぐに変えたり元に戻したりすることは困難ですが、「特別選考」の再開は即座に可能です。「採点」にもほとんど負荷がかかりません。

 

 

ぜひ、熟慮いただきたいと思います。

 

 

 (ivy 松村)

都立高校入試の「採点の誤り」への対応について

今年の都立高校の入試問題では、出題形式や構成が大きく変更されました。

 

平成26年度の都立高校入試において「採点の誤り」が発覚しました。

その「対策」として、記述問題を、激減させたということなのでしょう。

 

結論として、入試問題の「質」が劣化し、それが「入試選抜」に影響を与えたわけです。

 

 

一連の「採点の誤り問題」の「経緯」を確認してみましょう。

 

 

・平成26年

 

4月10日、荻窪高校で「採点の誤り」が発覚。

(4月11日~15日、「緊急点検」を実施)

4月15日、すべての都立高校で「採点の誤り」を集計。

(4月15~5月9日、「学校再点検」を実施)

4月18日、「採点の誤り」をホームページで公表。

4月24日、「採点の誤り」があった高校名を公表。

(4月30日~5月31日、「都教委点検」を実施)

5月14日、 第一回「都立高校入試 調査・改善委員会」(非公開)

6月3日、点検結果(第一次調査)と今後の方針を発表。

同日   「都立高校入試調査・改善委員会」の設置を公表。

6月4日、「臨時校長連絡会」の開催。

6月9日、 第二回「都立高校入試 調査・改善委員会」(非公開)

(6月10日~8月8日、「第二次調査」)

7月2日、第三回「都立高校入試 調査・改善委員会」

7月14日、第四回「都立高校入試 調査・改善委員会」

7月22日、第五回「都立高校入試 調査・改善委員会」

7月30日、第六回「都立高校入試 調査・改善委員会」

(8月7日~8月14日、「第三次調査」)

8月8日、第七回「都立高校入試 調査・改善委員会」

8月22日、第八回「都立高校入試 調査・改善委員会」

8月28日、「都立高校入試 調査・改善委員会 報告書」を発表。

9月11日、学校職員及び事務局職員の処分を発表。

同日   「都立高校入試の採点誤りに関する再発防止・改善策」の発表。

10月3日、平成27年度入試における「マークシート実施校」発表。

 

 

 

非常に迅速な対応がなされています。「性急」といってもよいほどです。

 

 

平成26年4月10日に、荻窪高校で、新入生の学力を把握するために、平成26年度の入学試験の答案を確認したところ、「採点の誤り」が見つかったのが「発端」であるとされています。

 

荻窪高校は、「昼夜間定時制・普通科」の「単位制」の都立高校です。

 

 

荻窪高校は平成25年度入試でも9件の「採点の誤り」が見つかっています。

平成26年になってに初めて「採点の誤り」が見つかったのですから、「確認」をしたのはこの年が初めてだったのでしょう。赴任したばかりの教員だったのかもしれません。

 

注目されるのは、翌日からすぐに全ての都立高校を対象に「緊急点検」がはじまっていることです。

 

この「流れ」は計画的な「におい」がします。

むしろ、「点検」を行うために「トリガー」が用意されたのだろうと邪推してもよいくらいです。

 

 

最初の「緊急点検」によって4月15日までに、50校(実数は48校)で139 件の「採点の誤り」が見つかりました。

その後、調査を重ねるごとに「採点の誤り」は増加し、6月3日までに1,139件、最終的には1,418件に膨れ上がりました。

 

 

4月の「緊急点検」の段階で「採点の誤り」が判明した高校には、「偏り」が見られました。

調べたところ、当初「採点の誤り」があったとされる50校のうちの6割の高校が「偏差値50以下」の高校でした。そのうち6校が、偏差値が算出されない定時制や通信制の高校です。

 

4月の段階では、「採点の誤り」が生じているのは「学力ランク」の低い高校であり、「採点の誤り」は、教員の、ある種のサボタージュや怠慢などが原因であると考えられていたのかもしれません。もしかすると、当初の「狙い」はそうした不真面目な勤務実態の「あぶり出し」だったという可能性もあります。

 

「採点の誤りの件数」のデータを確認してみると、実際にその疑いがあるケースが散見されます。

 

 

しかし、「点検」が進められるにつれて、「採点の誤り」が高校の「学力ランク」によって偏在するわけではないことが明らかになります。

 

東京都教育委員会は、あまりの「事実」に驚愕し、焦ったのかもしれませんね。

その後の「反応」は過敏を通り越して「過剰」といってもよいほどです。

 

 

前年の平成25年度入試の「採点」の「点検」も行われました。

平成25年度では、117校で1,289件の「採点の誤り」がみつかりました。ちなみに、平成25年度分は、答案を廃棄していた高校もあったため、全ての答案を対象に点検を行っていません。

 

 

 

「採点の誤り」の「内訳」を見てみましょう。

 

 

・平成26年度入試の「採点の誤り」(点検対象:175校 約220,000枚)

 

誤りの内容 国語 数学 英語 社会 理科 総計
誤答を正答として採点した。 114 74 86 150 42 466
正答を誤答として採点した。 63 53 94 50 62 322
部分点を与えていなかった。 10 4 12 7 3 36
誤って部分点を与えた。 26 20 53 0 3 102
部分点の基準等が不統一であった。 16 14 39 32 1 102
合計点の算出に誤りがあった。 95 11 68 185 31 390
総計 324 176 352 424 142 1,418

 

 

・平成25年度入試の「採点の誤り」(点検対象:127校 139,000枚)

 

誤りの内容 国語 数学 英語 社会 理科 総計
誤答を正答として採点した。 134 73 55 34 43 339
正答を誤答として採点した。 65 68 60 25 41 259
部分点を与えていなかった。 3 13 10 0 2 28
誤って部分点を与えた。 48 21 26 1 1 97
部分点の基準等が不統一であった。 82 10 35 1 123 251
合計点の算出に誤りがあった。 51 17 77 153 17 315
総計 383 202 263 214 227 1,289

 

 

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2014/pr140828b.html

(「平成25年度実施分」というのが「平成26年度入試」に当たります。「平成24年度実施分」というのが「平成25年度入試」に当たります。)

 

 

この中で、「部分点」に関する「採点の誤り」は、平成26年度で29.2パーセント、平成25年度で16.9パーセントです。

 

「都立高校入試 調査・改善委員会 報告書」によれば、「採点の誤り」の約7割が「単純ミス」だったということになっています。

そして、残りの3割が「部分点に関する誤り」であるということになっています。

 

実際には、「部分点に関する誤り」は両年度では22.8パーセントの割合でしかありません。

 

つまり「採点の誤り」の約8割が「正答/誤答」の確認、判断ミスや、合計点を算出する際の「計算ミス」だったということになります。

 

こうした「単純ミス」を失くすための取り組みが始まるわけです。

 

 

 

東京都教育委員会は、入試の「改善」に乗り出します。

 

 

「都立高校入試 調査・改善委員会」が招集され、5月14日第一回の会合の後、その存在が公表されます。

「都立高校入試 調査・改善委員会」には「学校代表専門委員」として、以下の高校の校長先生が呼ばれています。

 

・戸山高校

・西高校

・武蔵高校

 

 

興味深いですね。

 

 

「特別選考」を廃止に追いやった「都立高校入学者選抜検討委員会」では、以下の高校の校長先生が呼ばれていましたね。

 

・工芸高校

・墨田川高校

・本所高校

・砂川高校

・第四商業高校

 

 

私は、社会の授業で、欧米列強の植民地支配について講義することがありますが、ふと、そのことを思い出しました。

 

 

ちなみに、戸山高校は26年度、25年度合わせて10件の「採点の誤り」がありました。西高校は6件、武蔵高校は3件でした。

 

 

 

「都立高校入試 調査・改善委員会」での審議の結果、さまざまな「採点の誤り」をなくすための対策が講じられることになりました。

 

 

さて、平成27年度の「採点誤り」の件数はどうなったのでしょう。

 

結論から述べると、「採点の誤り」の件数はほとんど減少していません。

 

平成25年度 1,289件 → 平成26年度 1,418件 → 平成27年度 1,064

 

特筆すべきことに「部分点に関する誤り」が「異常なまでに」増加しました。

 

なんと、1,004です。

 

「部分点に関する誤り」は「採点の誤り」の総計の99.4パーセントに達しています。

 

 

 

・平成27年度入試の「採点の誤り」

 

誤りの内容 国語 数学 英語 社会 理科 総計
誤答を正答として採点した。 3 15 0 2 0 20
正答を誤答として採点した。 11 8 7 4 0 30
部分点を与えていなかった。 11 2 3 12 37 65
誤って部分点を与えた。 194 81 130 420 83 908
部分点の基準等が不統一であった。 1 2 11 8 9 31
合計点の算出に誤りがあった。 7 0 0 2 1 10
総計 227 108 151 448 130 1,064

 

 

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2015/pr150611f/shiryou3.pdf

(「平成26年度に実施した選抜」というのが「平成27年度入試」に当たります。)

 

 

あれだけ入念に対策を講じて、再度1,000件を超える「採点の誤り」が 発生したわけです。しかも、過去2年の間それほど多く発生していたわけではなかった「部分点に関する誤り」が激増しているわけです。

意図的に「採点の誤り」を加増しているのではないかと思えてきます。

 

 

 

こうなってくると、もう、何が何だかわかりませんね。

 

 

・・・。いえ、明白なことがひとつあります。

 

それは、今度は「部分点に関する誤り」を撲滅しなければならない、という「声」が叫ばれるということです。

 

 

かくして今年、記述問題が放棄され、都立高校入試が「骨抜き」にされたわけですが、それは「成り行き」だったのか、それとも「計画」だったのか。

 

 

 

「政治的な文脈」を読み取る「リテラシー」に長けた人間であれば、一連の「プロセス」は、「目的」達成に向けた「工作」であるという疑いを持つにちがいありません。

 

 

 

(どうしても、社会制度やシステムの設計、管理を担っている組織や機関は知的な計略にもとづいて行動するものであるという前提で考察するのですが、どうも「教育」関係の組織や機関に限っては「マジである」という可能性が捨てきれないので、ちょっと「怖い部分」もあります。)

 

 

 (ivy 松村)

 

 

「日比谷つぶし」と都立高校入試⑤

「特別選考」を廃止するということは、見方を変えていうならば、「内申点」を都立高校入試の「絶対の条件」にするということになります。

 

 

当然ながら、「内申点」の「しばり」を強めるほど、これに見切りをつける受験生が出てきます。受験生は、私立高校へ流れることになるのです。

 

「東京都立高校入学者選抜検討委員会報告書」にも、以下のような「危惧」が述べられています。

 

 

※「都立高等学校への進学を希望する中学生に対して、『都立高等学校は、意欲をもって全教科を偏りなく学習する生徒を求める。』というメッセージになる。一方、特定の教科で選抜を行う私立高等学校を受検しようと考える中学生が増えると考える。」(p27「有識者」の意見)

 

 

 

「東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書」を読んでみると、どうやら、最初から「特別選考」を廃止する「結論ありき」で、議論が「準備」されていたのではないか、という疑いが生じてきます。

 

 

 

この「報告書」は、平成26年の1月23日に発表されています。

 

実は、その3年前にも「平成24年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書」が作成されています。

その「平成24年度版」は、平成23年7月に発表されました。これは、石原氏が都知事をされていた期間に取りまとめられたものです。

 

 

その内容の違いに驚きます。

「論調」が180度違っているのです。確認してみましょう。

 

 

まず、「平成24年度版」の17ページには、「特別選考」に関する調査結果が示されています。

その結果は、特別選考を実施した高校の83.4%が「特別選考」に対して肯定的な意見だった、というものです。

 

「特別選考」を実施した高校からは、以下のような意見が寄せられています。

 

※「本校の特色を中学生に対して示すことができた。」(p17)

※「中学校において思うように調査書点が伸びなかった受検者に、チャンスを与えることにつながる。」(p17)

 

 

また、委員会の審議でも、委員から以下のような「意見」が述べられています。

 

 

※「調査書点と学力検査等の得点による総合成績という尺度だけではなく、特別選考という異なる尺度で選抜を行うことができ、受検者の様々な能力をみることができた。」(p17「高校」の意見)

 

※「高等学校が求める生徒像を明確にして特別選考を実施することで、受検者の多様な面をみることができ、成果は大きい。」(p17「高校」の意見)

 

※「専門学科においては、中学校で真面目に取り組み、高等学校入学後に伸びる可能性のある生徒を入学させることができるような、受検者の意欲や特性等が重視される選抜を特に検討してほしい。」(p17「中学」の意見)

 

 

そして、「平成24年度以降の基本的な考え方」として、「特別選考は、一定の効果があることから、次年度についても引き続き実施する」(p18)と明言されているのです。

 

 

また、「24年度版」では、中学の評定について、「中学校間や同一中学校の教科間で評定の分布状況に大きな差があるなど生徒や保護者等に対して説明が難しい状況が一部にあるということも事実である」(p23)と述べられています。

 

つまり、「内申点」に不公平性が存在し、それを補う「装置」として、「特別選考」というものが機能していると、言外で認めているわけです。

 

 

たった2年で、「特別選考」に対する「評価」がまったく「正反対」になっていることがわかります。

石原氏が都知事を辞められた直後に、劇的な「転調」があったわけです。

 

 

 

「審議経過」をみてみると、「24年度版」の「委員会」は、全部で4回の会合が開かれていたことがわかります。

 

 

・平成24年度東京都立高校入学者選抜委員会審議経過

 

第1回(平成23年5月16日)

題2回(平成23年5月27日)

第3回(平成23年6月 6日)

第4回(平成23年6月21日)

 

 

一方、26年度は11回です。

 

 

・平成26年度東京都立高校入学者選抜委員会審議経過

 

第1回 5月13日(月)

題2回 5月21日(火)

第3回 6月10日(月)

第4回 6月24日(月)

第5回 7月 5日(金)

第6回 8月26日(月)

第7回 9月11日(水)

第8回 10月 4日(金)

第9回 10月31日(木)

第10回 11月21日(木)

第11回 12月25日(水)

 

 

強引に議論を誘導しようとする人間がいて、審議が停滞し、進捗しなくなっていたことがよくわかります。

 

26年度の「報告書」をよく読んでみると、特に中学と高校の教員が、おかしなことをいっています。

 

 

それでも、中学の教員の立場は理解できます。中学の教員が、中学校の評定を重視するような制度にしてもらいたいという希望を持つのは自然なことです。

 

 

高校の教員が高校入試を台無しにしようとする言動を行う理由を読み解くヒントは、委員の「属性」にあります。

 

24年度の審議には、町田高校や竹早高校といった進学校の教員が参加していました。

 

一方、26年度は以下の高校の教員が出席しています。

 

工芸高校(58)

墨田川高校(56)

本所高校(50)

砂川高校(44)

第四商業高校(44)

 

( )内は、晶文社の「高校受験案内2013」で確認した「当時」の男子の偏差値です。

 

墨田川は、上掲の高校の中で、唯一、特別選考を実施していた「単位制」高校です。

砂川は「定時制・単位制」、工芸は「専門家」、第四商業も「専門科」の高校です。

 

 

参考までに、「特別選考」とともに「自校作成」を実施していた高校の偏差値を掲載します。

 

日比谷高校(71)

西高校(71)

国立高校(71)

戸山高校(70)

立川高校(70)

青山高校(68)

国分寺高校(68)

武蔵高校(67)

新宿高校(66)

両国高校(66)

大泉高校(65)

富士高校(62)

白鷗高校(60)

 

 

 

26年度の東京都立高校入学者選抜検討委員会に召集された高校の教員の「属性」が、著しく偏っているのがよくわかります。

 

上位難関校の意見が反映されないような体制のもとに、審議を進めているわけです。

 

うがった見方をすれば、上位難関校から反発が起こるような「計略」を行っていたわけです。加担してくれない人間はなるべく呼びたくなかったのかもしれません。

 

 

これは一般論ですが、こうした「審議の場」に出席する人は、個人の意見を述べることももちろんありますが、「誰か」の意見を代弁する場合もあるわけです。あるときには、自分が属する「集団」や「団体」の要望を述べることもあるでしょう。ないしは、「仕切り役」の意向に沿って発言したり、「スポンサー」などの利益を確保するために「ごり押し」を行ったり「ポジショントーク」を繰り広げたりすることもあるのでしょう。

 

 

 

ところで、あまり注目されていないことですが、「特別選考」の廃止は、「公立中学」出身ではない受験者に、多大な不利をもたらします。

 

日比谷には、毎年、国立や私立の中学からの受験者が一定数います。やはり学芸大附属中の受験生がもっとも多いはずですが、それ以外にもさまざまな理由で「学校を替える」生徒がいます。

あるネット上のデータによれば、日比谷の合格者の約1割が国立や私立の出身のようです。最近では、都立中からの受験者も出てきているかもしれません。

 

こうした「中受組」にとっては、都立高校入試における「内申点」は、非常に大きな「ハンデ」となります。

 

「一貫校」の先生は、生徒が高校受験をして「途中で抜ける」のを非常に嫌がります。

まことしやかな噂では、高校受験をすると学校に伝えると、中3の2学期の成績が露骨に下降してしまうのだそうです。

その真相は確かめるべくもありませんが、そうでなくても、優秀な生徒が集まる名門の一貫校では、相対的に、成績を維持するのが難しいという現実があります。

 

こうした学校の生徒にとって、「特別選考」はまさしく「生命線」だったわけです。

 

「特別選考」がなければ、都立トップ校合格に見合う学力を有していても、「内申点」の差で合格が厳しくなるのではないかという不安が大きくなります。

 

特に国私立中男子の受験回避が、今年の日比谷の応募人数が減少した理由の一端となっている可能性があります。

 

 

(ivy 松村)