学校の「学力」と、塾の「学力」(三者面談の話①)

11月です。いよいよ受験生の中学校の三者面談が始まります。

中3生は、夏休み、11月、12月に中学校で三者面談を行い、受験校を確定していきます。

 

 

受験生は、塾で受験勉強を行っていますが、「所属」は中学校です。合格を勝ち取るための学力を身につける場所は塾であっても、受験に向けた「手続き」は中学校を通さなければならないことが多くなります。

 

塾と中学校と家庭で、しっかり連携を取って、生徒・ご家庭の希望や現状をふまえて、受験の方向性を決めることができれば、それが一番よいことなのでしょうが、現実的に、中学校と塾が話し合いをすることはありません。

 

ですから、生徒・保護者の方には、塾、学校とそれぞれと面談をしてもらい、ご家庭でどのような形で受験を行うのかを決めていただくという形になります。

 

 

しかしながら、毎年、学校の面談と塾の面談でそれぞれ全く違う話をされて、生徒・保護者の方が困惑されてしまうということが見受けられます。

 

公立中学校と塾とでは、進学に対する考え方が違うので、それぞれが提示する受験の方向性に大きな隔たりが生じてしまうことがあるのです。

 

 

数年前、象徴的な出来事を経験しました。

塾での面談を通して、私立の難関校と都立の進学指導重点校を受験するプランを立てていた生徒がいました。

その生徒は、大人しい性格でしたが、真面目にコツコツと学習に取り組み、そのおかげで実際に高い学力を有していました。結果として立教新座、明八といった難関私立に合格し、最終的には八王子東に進学しました。

 

12月のことですが、学校の三者面談に出向くと、偏差値45ほどの私立の併願校を進められ、文字通り、茫然自失となってしまったそうです。

そして、その面談で学校の先生に言われた内容が、塾で聞いた話とあまりにも開きがあったために、受験に向けて不安を感じてしまわれたそうです。

 

 

これは、ひどく極端な話ですが、示唆的な例です。同じように、学校の先生に、生徒の学力を実際よりも低く見積もられてしまうことが往々にしてあります。

 

その理由はいくつかあります。

そのうちの1つは、学校の先生が、生徒の「リアルな学力」を知らないために、合格可能な受験校のレベルを低く設定してしまうというものです。

 

 

 

塾で指導する受験勉強は、学校の勉強とは、質的には別物です。

 

きちんとした「まともな」進学塾では、入試問題の分析を行います。

学校ごとの傾向や形式、構成などを抽象化し、分類や定義を行うことで、より現実的な対策を立てることができます。

そのうえで、どういった思考、手順で正解を導き出すのかといった方法論をマニュアル化します。また、入試問題を解くのに必要な知識や理解すべき概念の範囲を設定し、それらを吸収するためのプログラムを組みます。

 

そのようにしてまとめられた学習内容を、授業を通して生徒に定着さていくために、最も合理的な伝授法を理論化し、モデル化します。

さらに、どのようにして、生徒に合格点を獲得するだけの力を身につけさせるのか、といった戦略を立て、そのための学習プランを設計します。

 

加えて、きちんとした「まともな」進学塾の教師であれば、普遍性を持った指導理論や指導方法、システムを組み上げて、実践の中で洗練させ、より強度の高いものに仕上げていきます。その中で、生徒それぞれの個性や目標に合わせて、指導のやり方や内容を調整したり、必要な措置を講じたりします。

 

このようにして、入試問題に照準した「トレーニング」を積み上げていくことが、「受験勉強」と呼ぶべきものです。

 

私たちがみる「学力」とは、端的に「得点力」といい換えることができるかもしれません。

練り上げられた入試対策を行い、それを通して、生徒の入試での得点力をどれだけ伸ばせるのか、という視点で、私たちは「学力」というものを考えます。

 

 

一方、学校の先生は、授業態度や提出物、定期テストの成績などによって、「学力」を判定します。

最近では、「到達度テスト」も行われていますから、その結果も加味されると思いますが、結果が成績に反映されないので、生徒は高いモチベーションで挑んでいません。学校側も参考程度にとどめていると思います。

 

結局、中学校としては、学校側で構築された基準で、生徒の「学力」を判定することになります。

 

つまり、学校の先生は、「入試」とは全く別の指標で「学力」を測っているということになります。

 

そして、ごくごく一般的な推理を働かせるならば、その学校基準の「学力」と、入試結果との相関を、ある程度データ化しているはずです。

それをもとに、例えば、「オール4の生徒には、○○高校は無理だ」というような判断を下し、三者面談で伝えるのでしょう。

 

もちろん、学校の先生に悪気があるわけではなく、そこには先生方なりの、判断材料となる根拠があるのです。もし、学校の先生に「○○高校は厳しい」と言われたとすれば、実際に、厳しい結果が蓄積されているのでしょう。

 

そこには、実は、塾業界側の問題も横たわっています。

 

 

今の時代、中学3年生のほとんどは塾に通っていますが、世の中はきちんとした塾ばかりではない、ということを考えなければなりません。

 

学校でしっかりとした成績を取る生徒をあずかって、きちんと指導すれば、相応の高校に合格するはずなのに、その力を付けさせることができない塾もたくさんあるのです。

 

学校の成績は非常によくできるのに、中堅校に合格するのがやっと・・・。

そのような生徒が多ければ、学校の先生の「学力」に対する考え方がより強固になったとしても、それは当然のことであるといえるでしょう。

 

ある意味で、学校の先生が、受験校に対して悲観的なアプローチをしてしまうのは、仕方がないことなのかもしれません。

 

 

さて、「塾」側の視点から、いろいろと学校の先生に対する意見を書いてきましたが、ここでお伝えしたいのは、学校の先生に対する批判ではありません。

学校と、ivyのような塾とでは、受験に対するスタンスが違うので、注意していただきたいということを申し上げておきたかったのです。

 

「家庭」「学校」「塾」はそれぞれ、生徒が成長していくために必要な要素です。当然、それぞれが調和して存立していることが最も望ましい状態です。

 

「塾」など存在しない状態のほうが健全であると考える人も、世の中にはいるかもしれません。

しかし、現実的に、公教育が疲弊し、同時に、受験という「選抜制度」が学校教育と乖離している今という時代には、「塾」が必要とされているのです。

 

もちろん、「塾」と「学校」が対等であるといったような、大それたことを述べる意図はありません。学校が「富士」なら、塾はせいぜい「月見草」がいいところでしょう。

(まあ、世の中には、太宰治のように、「月見草」のほうがよいという人もいるかも知れませんが・・・。)

 

いずれにしても、「塾」と「学校」、あるいは「家庭」が対立するのはよくないことです。

しかし、「学校」と「塾」との間で意見に相違が生じることは、しばしば起こります。

ですから、「塾」のほうで、ある意味で「根回し」のようなものが必要であると考えているのです。

 

 

ivyでは、10月中に、お通いいただいている全ての生徒のご家庭と面談を行いました。

その際、受験生のご家庭には、ご希望をうかがいながら、具体的な高校名を挙げて、方向性や取り組みなどをお話しさせていただきました。

今後も、生徒・ご家庭と密に連絡を取りつつ、生徒にとって良い形の受験が迎えられるように、さまざまな提案や提言をさせていただければと思っております。

 

(ivy 松村)

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