アホな言い訳を真に受けるのもアホ

普段、週刊誌を買うことはないのですが、各高校の大学入試の結果をチェックしようと思い、久しぶりに購入しました。

まだ、後期試験の結果が反映されていないので、後日あらためて確認することになりますが。

 

その週刊誌をパラパラとめくっていると、教育に関する内容のコラムが目について、何気なく読んでみました。毎週連載しているコラムで、普段はおそらくもっと世相に迫った内容なのだと思います。

 

そのコラムの内容に、ちょっと呆然としてしまったのです。

 

 

ある児童が、宿題をやってきません。

それで教師が理由を聞くと、「知らなかった」というのです。

さらに教師が問い詰めると、その生徒は、悪びれることなく「国会議員だって、悪いことをしても、国会で『知らなかった』といって許されるではないか」というようなことをいったそうなのです。

それで、教師は二の句が継げなくなり、やがて、同じように宿題をしない児童が出てきてしまったのだということです。

そしてついには、保護者会を開いてこの問題について協議したということがあったそうなのです。

まあ、要は、政治家のモラルの低さは嘆かわしい、ということが言いたいのですね。

 

 

私は、この記事を読んで違和感をおぼえました。

 

 

まず、このコラムは、「子どもに悪影響がある」という陳腐な常套句でもって、政治家を非難しようとしています。

もちろん、私も一国民として政治家に襟を正してもらいたいと思うことは多々あります。

しかし、これは、全く適切な事例ではありません。

 

世の中には、政治家に苦言を呈すること自体が目的になってしまっている評論や記事がたくさんあります。

このコラムは、ある意味でその典型となってしまっているように思えて残念です。

 

 

この件は、単に、子供の「へりくつ」に、大人が対処できなかったというだけです。

これは、政治家の行動に問題があったとしても、政治家のせいではありません。

周りの大人が、ものの「道理」を示せないことに問題があるのです。

 

 

単純な話です。

子供であっても、人間としての優れた資質や立派な態度というものは、理解できるはずです。

少なくとも、「知らない」と、とぼけるのはよくないことだと理解できるはずです。

自分で、よくないとわかっている行動をまねするな、と言えば済む話です。

 

 

「大人は子供の模範とならなければならない(ましてや、政治家は)」という図式にとらわれてしまうと、「矛盾」にはまってしまいます。

 

「大人だってズルをしたり、うそをついたり、ごまかしたりするじゃないか」といわれて、「その通りだ」と思ってしまうのですね。

 

 

実際「その通り」です。

ズルをしたり、うそをついたり、ごまかしたりする大人は、あふれるほどにいます。

そんな醜い行為のまねをするな、というまっとうな「道理」を、堂々と伝えればいいだけなのです。

 

 

 

私が子供の頃、悪さをして怒られたときに、「A君がやっていたので、ぼくもやりました」という「言い訳」をしたりすると、学校の先生に「じゃあ、A君が死んだらお前も死ぬのか」と問い詰められたりしたものですが、今は違うのでしょうか。

 

乱暴な物言いかもしれませんが、昔の先生の言葉は核心をついていると思います。

 

 

「言い訳」はいつも「都合のいい部分」だけを切り取っているものです。

 

 

 

明らかにそうではない人もいますが、きっと、ほとんどの政治家は、国のために働きたいという理想を持っていると思います。

その理想のために、多くの政治家が、がんばって勉強し、優秀な成績で名門大学に進学しています。

 

 

「政治家のようにものを言いたいのだったら、政治家のように勉強しなさい」と言ってみるのもいいかも知れません。

 

 

 

「へりくつ」は無知から生まれるわけではありません。

「へりくつ」を言う子は「理屈ゲーム」をしているだけであって、善悪の勘定はついているはずなのです。

 

ですから、このゲームにのみこまれること自体が、実は「負け」です。

 

はっきりいって、宿題をやって来なかった「言い訳」に付き合うのは時間の無駄です。

もし返す言葉がなければ、ただ「馬鹿なこと言ってないで、さっさとやってきなさい」とだけ言えば終わりです。

 

 

大人が首をそろえて対策を話し合うなんて、ちょっと不条理だなと思ったのです。

 

 

 

 (ivy 松村)

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