エーミールの話ではありません。
私の通っていた小学校で、毎年3月に開かれていた「マラソン大会」の思い出です。
もちろん、42.195キロを走るフルマラソンではなくて、学校行事である持久走大会をそう呼んでいたのです。
数ある運動競技の中で、最も嫌われているものが持久走ではないでしょうか。
なんといっても、その苦しみの「仕掛け」。
走り続けるということは、苦しさから回復する時間がないということです。
はやく苦しみから逃れたいと思っても、スピードを上げるとさらに苦しくなります。
かといって、長く走っていても、苦しみの時間が増すばかりです。
遅いタイムでゴールするということは、人よりも長く苦しんだということにほかなりません。
長距離走が苦手な人にとっては、まるで地獄の刑罰のように感じられることなのです。
しかし、肉体的な苦しみは、ゴールした後、やがて時間とともに解消されます。
残酷にも、それよりも、さらに重荷となる精神的な苦しみが、「マラソン大会」にはあるのです。
学年ごとに決められた学校の郊外の川沿いのコースを、それぞれの学年が、一年生から順番に走ります。出番が終わった学年や出番がきていない学年は、他の学年のレースを見物します。
レースを走り終えたランナーたちも、その瞬間から、目ざとい見物人に早変わりします。
ゴールが遅れるほど、観衆は増えていくのです。
一足早くゴールしたランナーたちは、のろまな参加者を、優越感に浸りながら迎え入れる権利を得るのです。
余裕の笑みを浮かべ、最も同情すべき結果を手にするのはだれになるのか、その行方を観戦するのです。
最後にゴールする者は、もっとも長く苦しみ、最も長く冷やかされ、最もみじめな結果を突きつけられるのです。
全校生徒の憐憫と嘲笑、そして安堵の中、ただ一人だけが苦しみながら走っているという情けなさ。
ゴールするその瞬間、苦しさからの解放と引き換えに、振り払うことのできない劣等感にみまわれてしまうのです。
この「マラソン大会」でビリになるということは、強烈に自尊心を傷つけられる経験となるものだったのです。
「マラソン大会」は全員参加が義務づけられていました。
当然、皆が納得しない理由で棄権しようものなら、卑怯者という誹りを免れませんでした。
今となって振り返ってみると、それは、生贄をささげる儀式のようにも思われるのです。
はじめて「マラソン大会」に出た小学校1年生のとき、私は最下位候補の一人でした。
私は、運動が大の苦手で、本ばかり読んでいる子供だったので、自分も含めて、私を最下位に予想する人も多くいました。
出走前に、緊張と不安で震えていた私に、ある生徒が「いっしょにゴールしよう」と声をかけてきました。その生徒――仮にA君としましょう――もまた、運動が苦手な子で、最下位候補の一人でした。
思いもよらなかった彼の提案は、ほとんど「救いの言葉」であるかのようにさえ感じられました。
一人でビリになるよりも、二人でビリになったほうが、みじめさが「薄められる」ということなのです。
A君という心強い味方を得て、私は少し心が軽くなりました。
1年生のレースが始まりました。
走り出してみると、意外にも私はそれほど足の遅い走者ではありませんでした。
ただ、A君と交わした「約束」が気になって、A君を見捨ててゴールしてはいけないような気がしていたのです。それで、A君に合わせながら走ろうとするのですが、A君は想像以上の足の遅さで、私は何度も振り向きながら、A君と離れすぎないようにしてペースを調整して走りました。
ゴールが近づいてきたので、私はA君と並走し、同時にゴールするタイミングをはかろうとしました。
さあ、ゴールまであと10メートル、というところで、私の人生観を根底からくつがえす、途方もない出来事が起こったのです。
それまで、のっそりのっそりと、歩いているかのようなスローモーな走りを見せていたA君が、猛然と、イノシシのようにダッシュしてゴールへと駆け込んだのです。
私を残して。
生まれてはじめて「唖然とする」という経験をした瞬間でした。
ということで、私はビリになってしまったのです。
その日は、家に帰って、ずっと泣いていた記憶があります。
裏切られたという屈辱よりも、自分の間抜けさが許せなかったのです。
全校生徒に蔑みの視線を向けられるよりも、もっと自分が哀れに思えました。
ビリになるカッコ悪さをごまかせるような気がして、うすっぺらい友情ごっこにからめとられて、いい人ぶって、踏みにじられて。
たぶん、あれこそが「自己嫌悪」という感情だったのではないかと思います。
「ただ一人で、力の限り走って、それでもビリになっても、そのほうが、100倍ましだった。」
その後、小4のときに10位になりました。この結果は、すごく自信になりました。
小5で3位、小6のときには2位になって、駅伝大会に出場する走者に選ばれました。
おそらく、6年間で、最も順位を上げた生徒だったと思います。
今でも、実は、走るのはあまり好きではありません。
ただ、「みじめさ」から逃げるのはもうやめよう、と思える経験をしたのです。
さて、みなさんはどう思うのか気になります。
「いっしょに○○しよう。」
といって、「堕落」をもちかけられることはありませんか。
(ivy 松村)