「間違え」という「間違い」

・まちが「え」がある。

・まちが「い」がある。

 

どちらが間違っているでしょうか。

 

「まちがえ」が間違いです。

 

×「間違えがある。」

○「間違いがある。」

 

×「お間違えのないように。」

○「お間違いのないように。」

 

 

最近は、「間違え」を使う人が増えてきました。

言葉は、時代によって変化するもの、うつろいゆくものですから、いずれ、「間違え」が優勢になり、スタンダードになるのかもしれません。

 

しかし、現時点では、「間違え」という「間違い」を認めるべきではないと、私は考えています。

正しい国語の知識を持った教師は、そのような表記を認めないはずです。

もし作文の際に生徒が「間違え」を使っていたら、減点の対象とするでしょう。

 

つまり、「間違え」という表記は、少なくとも、現代の教育の現場において、正しい文章表現を学ぼうとする際には、訂正されなければならないものなのです。

 

 

 

「間違い」は自動詞の「間違う」の転成名詞です。

転成名詞とは、名詞ではない別の品詞から作られた名詞です。

 

例:

・釣る(動詞)→釣り(名詞)

・遠い(形容詞)→遠く(名詞)

・にぎやかだ(形容動詞)→にぎやかさ(名詞)

 

 

名詞は、以下のように、格助詞に接続して文節をつくることができます。

 

・間違い「が」ない。   (?間違え「が」ない。)

・間違い「を」指摘する。 (?間違え「を」指摘する。)

・間違い「に」困惑する。 (?間違え「に」困惑する。)

・間違い「の」多い文章。 (?間違え「の」多い文章。)

 

ごく普通の言語感覚でとらえてみても、「間違え」という語を使った表現に不自然さを感じるのではないかと思います。

「間違え」という表現が、日本語の言語運用の規範からずれているためです。

その表現が正しくないことを、脳が感じ取っているのです。

 

 

 

なぜ、「間違え」という表現が広く使われているかというと、「間違える」という別の動詞が存在するからです。

 

「間違う」・・・自動詞→ 「生徒が間違う。」

「間違える」・・・他動詞→ 「生徒を間違える。」

 

 

「~を」という対象(英語でいう「目的語」)の言葉を必要とするのが他動詞です。

「間違える」は他動詞ですので、「~を間違える」のように、「~を」という修飾の要素を必要とします。

 

 

 

「間違える」の連用形は「間違え」となりますので、「間違えそうだ」「間違えました」「間違えてしまう」といったように使われます。

また、「連用中止法」を用いれば、「私は問三を間違え、彼は問五を間違えた。」というような使い方も可能です。

 

 

そうすると、「間違える」の連用形を名詞化した「間違え」という転成名詞が存在してもおかしくなさそうです。

 

 

しかし、一般的に、一部の例外を除いて、転成名詞は自動詞から作られるので、「間違える」から派生した「間違え」ではなく、「間違う」から派生した「間違い」が正統な転成名詞であるとみなされます。

 

他動詞は、基本的に「~を」という修飾要素をともなって使われるため、文脈がなければ、一語で成立しないのです。

 

例として、自動詞の「残る」、他動詞の「残す」で考えてみましょう。

「残り」という転成名詞は、自動詞である「残る」の連用形から作られています。

一方、「残し」という転成名詞が、他動詞である「残す」の連用形から作れそうです。

 

「残し」という語は、その由来が他動詞であるがゆえに、「何を?」「何の?」という要素がなければ、意味が不安定になります。単独では使いづらいのです。

 

それでも、「食べ残し」というように、接頭語を用いて「~を」にあたる対象を示唆すれば、転成名詞として成立します。

 

同様に、「~を」という要素が含まれることになる「見間違え」のような表現は、かろうじて許容されますが、単独で「間違え」という表現を用いることは、意味論から考えても、文法論から考えても、逸脱になります。

 

 

 

どういうわけか、「間違い」=「間違え」であるという認識が広まってしまったために、「どちらを使ってもよい」と思っている人が多いのではないかと思います。

実際には、「間違え」は間違いです。

 

 

 

どうしてこのような混同が起こったのか考えてみました。

 

口語において、ともに近い音である「い」と「え」は、しばしば曖昧に発音されます。

そのため、両者ともに「ゆらぎ」の範疇であると勘違いされているのかもしれません。

 

例えば:

「いいじゃないか」=「ええじゃないか」

「行く」→(いく)=(ゆく)

「寂しい」→(さみしい)=(さびしい)

 

 

 

また、文章を書き慣れていない人が、案内文や手紙文などを書こうとして、ていねいな表現を心がけようとした際に、「間違え」が使われることが多いように感じます。

冒頭の例にあげた「お間違えのないように」というような表現です。

 

「間違う」は自動詞ですので、「~が」という主語(行為者)が意識されます。

そこから派生した「間違い」も主語が意識されることになります。

 

そのため、「間違い」という言葉を使うことで、「間違いをしてしまう相手」を、あげつらっているように受け取られないか、心配になってしまい、過度の言葉づかいになっているのかもしれません。

 

 

先生が間違う。・・・(先生の)「間違い」→「(先生の)間違いを直しましょう。」

問題を間違える。・・・(問題の)「間違え」→「(問題の)間違えを直しましょう。」(誤文)

 

 

もちろん、後者は正しくない文ですが、前者と比べると、「間違いをおかした人」の存在を消去する効果があるため、穏便な表現になると考える人もいるのかもしれません。

 

 

しかし、いずれにしても、「間違え」は間違いです。

 

間違えないようにしましょう。

 

(ivy 松村)

5 thoughts on “「間違え」という「間違い」

  1. はっきり書いていただいてありがとうございます。
    他で読んだら「どちらでも良い」「どちらでも同じ」
    と書かれていて納得出来ませんでした。スッキリしました。

  2. 最近、この使い分けができない人が多すぎて、唖然とします。
    こんなこと、私の世代(昭和49年生)なら小学校低学年くらいで誰もが完全に
    使い分けていました。

    最近の
    >言葉は、時代によって変化するもの
    が錦の御旗となって、完全なる誤用がまかり通る風潮には閉口します。
    多くの若い人がこのページの解説を見て欲しいですね。

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