高校の大学合格実績の話①

2007年に、前年度の大学入試で、大阪学芸高校のある生徒が、一人で「関関同立」の73学部・学科に合格していたことが発覚し、話題になりました。

同高校は、関西の名門私学群の「関関同立」の合格者の合計を「144人」と公表していました。ですから、その約半数がこの生徒一人の実績だったというわけです。

 

一人で多くの合格を「稼ぐ」受験生は、少なからずいるはずですが、これは尋常ではない、と多くの人に受け止められました。

ある記事によれば、同高校からの「関関同立」の合格者の実数は33人だったそうです。

 

(※「関関同立」・・・関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)

 

 

なぜ、一人で、そのような途方もない数の受験が可能だったのでしょうか。

 

それは、「大学入試センター試験利用入試」を受験したからです。

 

昨今、大学受験制度の多様化が著しくなっていますが、多くの私立大学が、いわゆる「センター試験」の得点のみで合否を判定する入試制度を設けています。

 

この入試制度の利点は、受験生側と大学側の双方にあると考えられています。すなわち、受験生は、わざわざ入試会場に出向く負担を抑えることができ、一方、大学は、試験問題の準備を省き、かつ、受験料収入を得ることができるというわけです。

 

さらに、「高校」にも大きなメリットがあったというわけです。

「センター試験利用入試」は、一人の受験生が大量に出願し、受験することが可能な制度であるため、優秀な生徒が一人いれば、のべ人数の「合格者数」を増やすことができるわけです。

 

 

この制度は、センターテストが必須となる国公立大学を志望する受験生を取り込みつつ、受験料収入の増益を図る、私立大学の戦略の一環です。

多くの場合、難関の国立を狙う受験生が、すべり止めとして出願します。

 

ボーダーは一般的な偏差値基準よりも高くなりますが、構造的に「歩留まり」が悪くなる制度なので、合格者数は思われているよりも抑制されません。そのため、旧帝大等の最難関を受験しようという得点力の受験生であれば、出願しておけば、合格を手にすることが確実になるのです。

(「センター試験」の前に出願するタイプと、後に出願するタイプがあります。後者のほうが、ボーダーが高くなります。)

 

 

 

2007年は、特に関西で、このような「合格実績の荒稼ぎ」の問題がクローズアップされることとなりました。程度の差こそあれ、関西の一部の私学では同様の行為が行われていたようです。

 

 

当然、こうした行為は、受験生本人の希望によって行われるものではありません。

本人の意思による受験ではなく、学校の「依頼」を受けてのものでした。受験費用はすべて学校が持ち、生徒には謝礼として5万円と腕時計を贈っていたのだそうです。

 

上記の高校は、毎年受験のために、数百万円の費用を予算として計上していたようです。

これは、広告宣伝費でもあるわけです。

 

私も、もし、自分が「奨学生」としての恩恵を受けている生徒であったとしたら、学校からの要望を断ることはできないだろうと思います。

 

受験間近の貴重な1日を使い、交通費や受験料を負担して受験しなければならないのであれば、話は違ってきますが、ほぼ、コストがゼロですので、「名義貸し」のような感覚で請け負ってしまうのかもしれません。

 

 

 

さて、首都圏の大学でも当然「センター試験利用入試」を実施していますから、この制度を利用して合格実績を「かさ上げ」しているような高校はきっとあるのでしょう。

 

 

公立高校では、学校側が強くはたらきかけることは難しいと思いますが、少子化の時代に、存亡をかけた競争に生き残らなければならない私立高校には、魅力的な手法です。

また、高校がもちかけなくても、予備校や塾がはたらきかけていた場合には、同じような合格実績の「かさ上げ」が起こります。

 

 

「センター試験利用入試」を使って、合格者数を「稼ぐ」という手法が明るみになってから、より明確な受験指導力の指標を模索する機運が高まり、正確な合格者情報への関心が高まりました。

 

「センター利用入試」を行っている私立大学の合格者数は、鵜呑みにできないということがばれてしまったわけです。

それで、週刊誌などの媒体も、「合格者人数」とは別に、「合格者実数」や「進学実績」の取材に力を入れるようになってきました。

 

上記のような理由のために、私は、早稲田大学、東京理科大学、MARCHなどの「合格者人数」は、それほど重視していません。

(慶應大学は、現在は「センター利用入試」を行っていないので、一応参考にはなると思います。)

 

(※「MARCH」・・・明治大学、青山大学、立教大学、中央大学、法政大学)

 

 

 

(ごくわずかの「戦略的な例外」がありえますが、)基本的に、国公立大学の入試は、一人につき一度の合格だけが結果として残ります。

 

国公立大学の一般入試の2次試験は、前期日程と後期日程の二つの日程がありますが(一部で「中期日程」あり)、前期日程に合格し、入学手続きを行った受験者は、後期日程では合格できない仕組みになっています。

ただ、手続きの締め切りは、後期試験の後に設定されています。

中には、前期日程で合格したうえで、後期日程を受け、試験に手ごたえがあった場合、前期の合格を破棄して、後期試験の合格を待つ受験生もいます。

しかし、それはちょっと特殊な受験パターンです。

 

国公立大学の合格者の数は、通常1人1カウントになります。まれに、1人で2つ(中期日程を含めると3つもありえますが)の国公立大学に合格する人がいます。

私立大学入試と比べて、受験回数に制限があるので、データにある程度の信頼がおけるのです。

 

 

 

「合格者」という情報を通して、私たちは、各高校における大学受験の指導力を知りたいわけですから、私立大学の実績ではなく、国公立大学受験のデータを見なければなりません。

 

国公立大学の合格者を一定数出すためには、総合的、分析的、計画的な受験指導が必要になります。

 

一般的にも、私立単願の受験よりも、国公立大学入試の対策のほうがハードルが高いといえますので、国公立大学の合格者の数は、受験指導のレベルや方向性をそれなりに示す数値であるといえるでしょう。

 

さらに、高度な教務力が必要であることはもちろん、妥協せずに目的に向かって継続的に学習を続けられるような環境の整備やモチベーションの維持も重要です。

 

こうしたバックアップも含めた受験指導体制全体の質が、国公立大学の合格者数によって示唆されるのだといっても言い過ぎではないと思います。

 

 

もちろん、こうした評価は相対的なものです。

 

よく、名門の進学校に通う生徒やその保護者の方から、高校に対する不満を聞くことがあります。

世間で思われているほど良い高校ではない、と。

確かに、外側から見ているだけではわからないことが少なからずあるのだろうと思います。

それでも、大概の高校は、進学実績に相応の指導を行っていると思います。

 

つまり、実績がよりかんばしくない高校は、さらに微妙な指導しか行っていないだろうということです。

内部にいる生徒が、たいした進学指導を受けていないと実感していても、客観的には、「それなり」なのだろうと思います。

 

もちろん、それは、数字の「ごまかし」などにだまされていなければ、の話ですが。

 

(ミスリーディングを誘導したり、実績を誇大に装飾したりするような組織は、やはり「それなり」の組織であることが多いと思います。

私学は、あるときを境に、急激に運営方針、経営方針を変えることがあるので、要注意かもしれません。)

 

 

 

さらに付け加えるならば、首都圏に住む受験生が難関大学の一般入試を突破しようとするならば、やはり、予備校や塾などに通う必要があります。

実情としては、高校の受験指導のみを頼りにハイレベルな受験を考えるのは、あまり現実的ではありません。

 

明らかな傾向としていえるのは、実績の高い高校に通う生徒ほど、実質的な受験指導を担う予備校、塾選びを妥協しないということです。

 

その意味では、高校の「合格実績」をつぶさに調べたとしても、まだ、受験という立体の半分しか観測していないということになります。

 

 (ivy 松村)

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