「表記の違い」と「ミス」

日野市や八王子市で採用されている「東京書籍」の歴史の教科書には、縄文時代の住居が「たて穴住居」と記載されています。生徒に、「竪穴住居」と教えると、学校の先生には「竪穴『式』住居」と教わった、と言われます。

 

学問的な見地から、これまでの理論や説明、表記等に齟齬や不都合が生じたときに、より適切な表記が提唱され、教科書の記載が改められることがあります。

 

しかし、学校の先生の中には、その「変化」を面倒がって、「これまで通り」の授業を続けるタイプの人もいます。

 

 

かつての「竪穴『式』住居」は、現在の教科書では、「式」のない「竪穴住居」という表記が一般的になっています。その他、「縄文土器」「弥生土器」「高床倉庫」などの用語も、「式」を省く表記となっています。

 

同じことは「リアス『式』海岸」に当てはまります。現在は「リアス海岸」です。

 

 

このような些末な表記の違いは、歴史や地理の学習にとって本質的なことではないので、私は、昔は「式」を使っていたんだよ、とさらっと説明するだけにします。

 

通常、「リアス海岸」という解答でも「リアス『式』海岸」という解答でもどちらも正解とします。

厳密には、「リアス海岸」の方が適切な表記だといえますが、「式」は重要ではありません。

 

 

 

ところで、ある中学校の中間テストで、「アボリジニー」と答えるところを、「アボリジニ」と書いて不正解になった生徒がいました。まあ、それは、いわゆる「うっかりミス」です。教科書には「アボリジニー」と書いてありましたから、そう覚えるべきだったのでしょう。

 

しかし、それでも、個人的な疑問がわいてしまいます。「コンピューター」を「コンピュータ」と表記したら、間違いになるものなのでしょうか。

 

ちなみに、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞などの新聞記事には、「アボリジニ」という表記が使われています。

 

 

「式」は付けても付けなくても、どちらでもよくて、「ー」は絶対に付けなければならないと。

 

コメントに困りますね。

 

 

生徒には、「アボリジニ」という表記も一般的に許容されていることを証明して、先生に「○」にしてもらうように言いました。

しかし、先生に設定された期日が過ぎた後に採点ミスを見つけて報告しても、訂正はしないといわれているのだそうです。すでにその期日を過ぎています。

 

要するに、期限を過ぎれば、採点ミスは「ミス」ではなくなってしまうということですね。

 

これにもびっくりですね。

 

 

正直、ちょっと変わったパーソナリティ(「パーソナリティー」?どっち?)の先生なのかなあ、と思います。あるいは、中学校の教員にとっては、ごく当然の処置なのでしょうか。

 

採点ミスは、教員の犯した過失であって、自らの責任のもとに処理しなければならないと思うのですが。

 

都立高校で、一年以上前の入試の採点ミスが見つかって大問題になったことを、すでにお忘れになっているのかもしれませんね。

 

 

一方、「アボリジニー」と書かなかったために「×」となっていしまった生徒はといえば、「×」は不正確に覚えてしまっていた自分の「ミス」のせいだと自覚していて、次はしっかり覚えようと前向きに考えています。

 

 

「ミス」から目を背けていると、「過去」を繰り返すだけの人になってしまうのかもしれません。

 

 

 

「ミス」との向き合い方が、人の未来を定めていくのかもしれませんね。

 

 

 (ivy 松村)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。