(You should know) To tell the reason is not important.

今日、授業のないクラスの生徒が自習に来ていました。

 

期末テストに向けて勉強するというので、まずは社会から始めようという話をしました。

 

中間テストでは、社会でくやしい点数を取っていました。

指示した通りのテスト勉強をやり切ることができなかったのです。

 

期末テストの勉強を始めるにあたって、もう一度やり方を説明する必要がありました。

説明したはずのやり方を身につけていなかったからです。

中間テストで、説明された通りの勉強を積み重ねていたのであれば、「自動的」に勉強を始められるはずですが、まだ定着していないわけです。

 

授業の準備の合間をぬって、ていねいに「やり方」を説明しました。

ノートのまとめ方、問題演習のやり方、復習の仕方を説明し、できているかどうかを細かくチェックしました。

 

2、3ページ進めるだけでも、かなりの時間がかかりました。

全ての教科のテスト範囲をすべて同じように取り組むには、相当の時間が必要だということを理解できたはずです。

 

だから、テスト勉強はできる限り早く取り組み始めなければならないし、今後も時間をうまく使って勉強時間を確保していかなければならないという話をしました。

 

授業をしていたクラスが休憩に入ったので、同じタイミングで休憩を取るように言いました。

 

 

そして、休憩が終わり後半の授業が再開しました。

ところが、休憩が終わって10分ほど経った頃に、自習を切り上げて帰ろうとする気配がしました。

案の定、「退出メール」を送信して帰ろうとする寸前でした。

 

「どうして帰るのか」とたずねました。

すると、「家で学校の宿題をやるから」という答えがかえってきました。

 

塾でやってから帰るように言いました。

持ってきていない、という返事でした。

 

なぜ、塾にそれを持って来なかったのか、と訊きました。

家でやろうと思って、という答えでした。

 

なぜ、明日までに提出しなければならない宿題を優先しなかったのか、と問いました。

塾から帰った後で、家でやろうと思ったから、ということでした。

 

 

 

このやり取りは、なかなか象徴的なコミュニケーションです。

 

すべての返答が「真実」であるならば、そこには伸び悩む原因が、如実に表れていると思います。

勉強に限らず、「生活」を管理することができていないわけです。

 

 

しかし、その会話の内容は、実はどうでもいいのです。

そこには、「意味のあること」など何一つないのですから。

 

問題は、休憩が終わって10分後というタイミングで帰ろうとする「根性」です。

もし、本当に「そのタイミング」で帰宅しなければならない切実な理由があるのだとしたら、あらかじめそれを伝えるはずです。

当然、休憩などいらないはずです。

 

 

このやり取りは、正しい勉強をしていくためには、できる限りの時間を使わなければならないと確認した直後に行われたのです。

 

 

 

さらに、今日のこの一連のやり取りの中に、以前から感じていた「問題点」が現れているように思いました。

 

 

これは、中2のクラスにも言ったことですが、多くの小中学生が、コミュニケーションの基本的な「構造」を理解していないということです。いや、「そんな大人」も多くいますから、これは小中学生だけの問題ではないのでしょう。

 

 

「言葉」には、「意味」と「意図」があります。

「意図」を正確に読み取れなければ、言葉によるコミュニケーションは上滑りしてしまいます。

 

 

「良くない行動」があったときに、私たちは「なんで、そんなことをしたんだ」とか「なんで、そうしなかったんだ」と問いかけます。

 

それは、「言い訳」を聞きたいわけではないのです。

「正当な理由」があるかもしれないので、それを確認しているのです。

 

「相手が納得し得るような理由」がある場合や、信念に基づいて自分の行動の正しさを主張しなければならないという場合には、正々堂々とそれを述べてください。

 

しかし、そうでなければ、自分の非を受け入れて、すぐにでも改善しようとする方がいいに決まっています。

自分にとっても有益ですし、相手も、注意してあげてよかった、と思えるわけです。

 

「なんで?」と訊かれても、「もうしません」とか、「すぐに取りかかります」とか、「今から直します」と答えていいのです。

 

 

勘違いしている人は、「なんで?」と言われたときに、何か「言い訳」をひねり出さなければならないと考えてしまうようですが、それは多くの場合、「火に油を注ぐ材料」になります。

 

「言い訳」は、「意図」を正しく読み取っていない行動です。

誰も「言い訳」を聞きたいとは思っていないのです。

 

「良くない行動」に対する「なんで?」は、「言い訳」をリクエストしているのではありません。

最終的には、「今後は気を付けます」、「すみません」といった簡潔な反省の言葉が求められているのです。

 

「良くない行動」をたしなめられているときに、「言い訳」を探し出して、「言葉のやり取り」を始めようとする人がいます。

その人は、コミュニケーションというものについてよく知る必要があります。

 

 

(たまに、「自己主張が強い欧米では、素直に謝ったりしない」というような、とんでもない「言いがかり」をしてくる人がいます。ちょっと想像してみればわかりますが、論理的ではない「言い訳」をするような人間は、世界中のどこへ行っても軽蔑されるに決まっています。ビジネスなどの「交渉」となれば話は別ですが、本当に「グローバル」なコミュニケーションの作法を身につけている人は、そんなアホなことを主張しません。)

 

 

 

授業のない日に、自主的に勉強に来て、今のうちから期末テストに向けての取り組みを始めたのは、とても立派でした。

あまりにもうれしくて、できる限りの時間を割いて、「自習の指導」をしました。

それだけに、最後は残念な気持ちが大きくなってしまいました。

 

今は、自分で「自分を甘やかしている」のです。

 

自分自身に、努力をさせる。

自分自身を、がんばらせる。

 

きみは、もっとできる生徒です。

 

 

(ivy 松村)

 

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