「説明」と「暗記」

中間テストの勉強をチェックするために、5月2日(月)に校舎をあけることにしました。

 

定期テストに向けて、「暗記」に重心を置いた自主的な勉強の進め方や取り組み方を伝えます。

 

中間テストのない人も参加してもらいたいと思います。

 

 

 

中3の生徒には授業で話しましたが、定期テスト対策のやり方を一部、変えていこうと思います。

 

 

以前は、学校の授業を全く聞いていない生徒のために、定期テストの範囲の内容を、一から全部懇切丁寧に「説明」していたこともありました。

 

個人塾をはじめるときに、できる限り学校の勉強をフォローする塾にしたいと思っていたのですが、しだいに、そうすることには大きなデメリットがあると考えるようになりました。

 

 

①塾でフォローしてもらえばいいと考え、学校の授業をしっかり聞かなくなる

②塾でフォローしてもらえばいいと考え、自分から取り組まなくなる

 

 

こちらが努力すればするほど、悪影響が出るということがわかってきました。

 

もちろん、それは「一部」の生徒です。

学校の勉強は結局は自分で取り組まなければならない、という当たり前の真理を十分に理解している人には、関係のない話です。

 

しかし、そうであるからこそ、「不公平感」が非常に強くなってしまうということもあります。

怠けた人間ほど、「得」が大きいわけです。

 

 

 

また、さらにその中の一部の生徒にとっては、「説明」そのものが弊害であるということが明らかになってきました。

 

はっきりいって、「説明」が学力の向上につながらないのです。

 

つまり、別のやり方で「テスト対策」を行ったほうが、より多く得点を取れるということがわかってきたのです。

 

 

学校の授業で、担当教科の先生に「説明」されて、なかなか理解できない人は、そもそも「説明」されるのが苦手なのでしょう。

そういう人に「説明」するとなると、非常に多くの時間が必要になります。

 

時間をかけて「説明」をするということは、教師にとってはそれほど大変なことではありません。もちろん、物理的な時間の制約はあるわけですが、「説明」は、塾の教師にとってはあまりにも日常的な行為です。

 

しかし、他方、「説明」をされる生徒は、「労役の時間」が増えていくとしか考えられないわけです。

「理解したい」と考えるのではなく、「早く解放されたい」と思うような生徒は、実は、そもそも「説明」を聞きたいとは思っていないのです。

 

そういう生徒は、「説明」をとおして学力を上げることが難しいわけです。

 

 

(こういう話をすると、「それはお前の説明が下手でつまらないからだろう」という安っぽいツッコミを入れようとする人がいます。念のために一言そえますが、そういう低次元の話ではありません。)

 

 

 

教師は、生徒に「説明」をします。

 

「説明」は、覚えるべきことがらを、聞く人の記憶に定着させることを目的として行われます。

 

そのために、他との関連性に言及したり、因果関係を示したり、強く印象づけたりするために情報をつけ加えるわけです。

 

つまり、「A」という知識や考え方や解法などを覚えなければならない場合に、「a」や「a’」「a”」という情報を用いて「A」の記憶を強固にしようとするわけです。

 

ところが、「a」や「a’」「a”」という情報が「ノイズ」になってしまう人がいます。

 

それぞれの情報の序列や関係性、機能を判断できないからです。

「説明」をされることで、情報が増えるために、何が大切な情報なのかわからなくなってしまうのです。

 

結局、増えてしまった情報を処理しきれずに、脳が「フリーズ」してしまいます。

 

 

 

たとえば、「生存権」というトピックについて、社会科の教師は「社会権のうちのひとつ」というだけではなく、「社会保障制度」と関連させて「説明」をしたいわけです。また、日本国憲法第25条、ワイマール憲法、さらに、近代資本主義の発達にともなう労働問題などのトピックとあわせて理解してほしいわけです。

 

それによって、「生存権」という知識を強固にすることができるだけでなく、社会科の学力を総合的に増幅することができるからです。

 

ところが、こうした情報をもちだすと、表情がくもって、げんなりする人がいます。

「説明」の意図や意味や効果を理解できないので、「関係のない無駄話」だと思ってしまうわけですね。

 

 

知識が「有機的に結びつく」、という感覚をもっていないので、話が拡散しているとしかとらえられないのでしょう。

「脳で処理することがらは、なるべく少ない方がいい」と思っているので、「説明」によって情報が増えていくのが嫌なわけです。

 

そういう人は、シンプルな「1対1」対応の(知識というよりも)「単純な語彙」を、1つずつ作業的に詰め込んでいくような勉強方法のほうがが向いているわけです。

 

 

「説明」を聞くことができる人は、逆の認識を持っています。

つまり、あることがらを、なるべくたくさんの情報と結びつけることで、その対象をより自然に簡単に、高度な理解にもとづいて記憶することができると知っています。

ですから、そういう生徒は、できるだけ多くの「説明」を聞きたいと思うわけです。

 

「説明」を聞きたい人は、どんどん質問に来るようにしてください。

「説明」が必要な人に対しては、「説明」を減らしません。

 

 

本来ならば、複数の情報を結びつけて覚えるほうが効率的であり、結局は負担も軽くなります。

 

ですが、向いてない人が向いていないやり方を続けるのは生産的ではない、という結論に達しました。

 

 

これまでは、なんとか「説明」を聞けるようになってもらおうと思って、いろいろ試行錯誤してきましたが、考え方を変えることにしました。

 

「説明」の時間を取るよりも、ひたすら「暗記」をしていこう、という話です。

 

そのために、「ワーク」を最大限有効に活用します。

 

 

 

「説明」が耳に入らないことを責めているわけではありません。まあ、ちょっと残念な気もしますが、大事なのは、学力を上げることであり、点を取ることです。

 

 

土曜日と火曜日に、すでに一部の生徒に「ワーク」を使った「暗記」主体の勉強方法をレクチャーしました。

 

5月2日(月)の「定期テスト対策」では、具体的な「訓練」を通して、「暗記」中心の勉強方法に慣れてもらおうと考えています。

 

 

きちんと「手」を使って、問題に答える形式で、記憶に定着しているかどうかを確認しながら「暗記」をしてください。

 

脳に「負荷」をかけるやり方で覚えなければ、その知識は本物にはなりません。

 

 

「説明」を聞くのも嫌、「暗記」に取り組むのも嫌、というのであれば、もう、お手上げです。

 

覚悟を決めて取り組みましょう。

 

 

 (ivy 松村)

 

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