「日比谷つぶし」と都立高校入試③

もっとも効果的に学校を「衰退」させる方法は、入試選抜を「機能不全」にすることです。

 

「内部工作」のような大掛かりなことをする必要はありません。学校の「内部」は「外」からはほとんど見えないのですから、学校の「空気」が悪くなったり生徒指導の「質」が低下したりしても、「出口」の実績や生徒募集に影響が出るまでには「タイムラグ」が生じます。

 

即効性があり、そして、確実な方法は、受験生がその学校の受験を回避するように仕向けることです。

 

入試選抜を麻痺させるのです。そうすれば、どれほどの名声を得た名門校であろうとも、瞬く間に支持を失っていきます。

 

 

十分な学力を有した受験生が妥当に選抜されなければ、優秀な生徒を迎え入れることができなくなるので、その学校の「学力」は低下します。

 

しかし、それ以上に深刻なのは、適切な選抜が行われなくなった学校には、合理的な思考をする――つまり、優秀な頭脳を持った受験生が集まらなくなるということです。

 

「学校群制度」の歴史が、そのことを証明しています。

 

 

 

50年後の現在、どのような方法を用いることが、入試選抜機能を損傷させるのに効果的なのでしょうか。

 

現代は、大掛かりな入試制度の変更が難しくなっているので、段階的な毀損を行うことが現実的です。

 

 

以下のような要素を「入試」から排除することで、入試選抜機能を壊滅させることが可能となります。

 

 

①独自性・自主性

②公平性・信頼性・客観性

 

 

 

これらを駆逐するためには、入試選抜の「内容」と「方法」を腐敗させることが必要になります。

 

まず、入試選抜の「内容」ですが、独自に「良質の入試問題」が作れないように、「作問」の自由を奪います。

完全に「作問」の権利を取り上げることはできなくても、入試問題の「メッセージ性」や「ブランド力」を削ぐことができれば、有効な打撃となります。

 

また、入試問題の「出題形式」を制限し、受験生の学力判定が適正に行えないようにします。

何かしらの手立てで、受験生の本質的な学力を計る「記述問題」を封じ込めることができれば、上々の成果です。

 

 

次に、「方法」ですが、合否判定に、恣意的な尺度を取り入れます。

「運不運」の要素が大きくなればなるほど、学力にもとづいた適正な選抜ができなくなります。

具体的には、合否への「内申点」の依存度を強くします。中学の評定は、学校によって評価基準が著しく異なるため、入試選抜に対する不公平感を増大させることができます。

 

特に、努力で「学力」を補うことが難しく、「センス」や器用さ、身体能力などが大きく成績に影響する実技教科の比重を大きくします。そうすることで、生徒に徒労感や挫折感を植え付け、やる気やチャレンジ精神を削ぐことができます。

 

 

 

さて、石原氏が都知事を辞められた直後の平成25年に、国分寺高校の「入試問題流用」が明るみになりました。

 

当時、都立の難関校は、英・数・国の入試問題を独自に作成する「自校作成」の入試を行っていましたが、国分寺高校が独自に作成した国語の入試問題が、過去の他の入試問題を「剽窃」したものだったことが明るみになったのです。

 

このとき、東京都教育委員会の対応は敏速でした。

すぐさま、入試問題の「自校作成」が改められ、「グループ作成」体制に移行したのです。

 

 

これが、「第二次日比谷つぶし」の嚆矢となりました。

 

「グループ作成」化は、入試選抜機能の「独自性・自主性」を奪います。

 

特に、「自校作成」の「作問」に意欲的だった日比谷高校は、大きな痛手を被ることになります。

 

 

「グループ作成」体制となったことで、「特徴」のある入試問題を作ることができなくなったのです。

もちろん「グループ作成」となった今でも、入試問題の一部を「独自問題」に差替えることはできます。しかし、一律ではないとはいえ、「入試問題の共通化」は、「選抜機能」を高度に維持していかなければならない「進学校」にとって、重い「足枷」となります。

 

 

 

日比谷高校の「復活」の大きな原動力となったのは、平成13年に他校に先駆けて行われた「自校作成」入試でした。

 

入試問題というものは、ある意味で学校から受験生に向けて発せられる「メッセージ」です。

日比谷高校は、「作問」をとおして、感応力、理解力の高い受験生に向けて骨太の「メッセージ」を発信してきました。作問の「質」が、日比谷高校のブランド力を高めてきたといっても過言ではありません。

 

他校との差別化を念頭においた「作問」を重視していた日比谷にとっては、「グループ作成」体制への移行は、大きな「後退」となりました。

 

 

偶然にしろ何にしろ、ある一人の愚鈍で不精な教員が引き起こした「入試問題流用」事件は、退潮的な入試制度変更の「名目」を提供することになりました。

 

 

「グループ作成」への移行は、明らかな「災難」ですが、もしかすると、「作問」の「負担」から解放されて、喜びの声を上げている教員もいるのかもしれません。あえて指摘しますが、結局のところ、彼らは、「日比谷つぶし」に加担する一味です。足を引っ張っているわけです。

 

「作問」の「負担」に同情したり理解を示したりする人もいるかもしれません。そういう人は、職業意識が根本的に欠如している人か、「受験」という世界からかけ離れた人生を生きている人です。

 

名門校であればあるほど、「入試問題」をおろそかにはできません。

 

とかく怠惰な存在は、意欲と熱意を持った人間の障害になるものです。

 

 

 

いずれにしろ、「グループ作成」というのは「突破口」でした。これが、都立高校を「凋落」させるための足掛かりとなるのです。しかし、このときはまだ、さらに大規模な「攻勢」が準備されつつあったことに気づくことができた者はほとんどいなかったのです。

 

 

(ivy 松村)

 

 

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