秀吉のこと②

秀吉は、現代でも数多くの創作物に登場する、日本で最も人気のある歴史上の人物の一人です。

 

数多くの物語に登場する秀吉ですが、その「青年期」の「イメージ」は一様で、画一的です。

 

すなわち、機知と忍耐強さ、そして陽気さと運気を兼ねそなえた人物というのが、ステレオタイプの秀吉像です。

さらに、農民出身という「属性」から、粗野で俗っぽいけれど、気取りがなく直情的、万人に好かれる性格として描かれます。

 

 

これは、おそらく、織田信長との「対比」によって形成された「人物像」なのだと思います。

信長は、「孤高の存在」です。多くの場合、鋭い頭脳と豪胆な決断力を持った、冷酷非情な「カリスマ」として描かれます。

 

 

たとえば、信長は、独断でものごとを決めていく「暴君」です。

一方、秀吉は、弟の秀長、竹中半兵衛、黒田官兵衛、千利休、石田三成等、多くの「ブレーン」に支えられて成功を収めます。

 

さらに、信長は、乱暴な振る舞いをしつつも、進取の気風が盛んであり、風流を解する知性と感性を持った文化人として描かれます。

一方、秀吉は、たぐいまれな才知を持ちつつも、教養に乏しく、豪奢、絢爛な粉飾を好む卑俗な面を持った「成り上がり者」として描かれます。

 

また、信長は悲運の存在、秀吉は豪運の持ち主とみなされます。

 

 

信長と秀吉は「まったく対照的な個性」を有しています。

 

 

2人の英雄の物語は、400年間日本社会で語り継がれてきました。

その過程で、信長と秀吉の「人物像」が、日本人の中に形作られ、受け継がれてきたわけです。その中で、両者は、お互いをより引き立てるために、まったく両極端のキャラクターとして描かれるようになったのでしょう。

 

 

 

秀吉の親しみ深い「イメージ」は、ある意味で、今日の創作物における人物造形の一類型を代表しています。

 

しかし、よく知られているように、秀吉の「人物像」は、その前半生と後半生で大きく異なっています。

「天下人」となった「老年期」の秀吉は、猜疑心が強く残忍、支配欲、名誉欲に取りつかれた権力者として描かれます。

 

秀吉の「変節」は、老年になるまで子供に恵まれなかったことや、代々の家臣団が存在し得なかったことなどが理由であるとされています。

秀吉の人間性を変えてしまうような「状況」があったと考えられているわけです。

 

 

しかし、私は、秀吉の「性格」は一貫していると感じます。

波乱の時代を生き抜こうという野心的な戦国武将は、そもそも警戒心が強く、怜悧で計算高い性格であるべきだったのではないかと思います。

 

もちろん、実際のところはわかるはずもないのですが、それでも、信長や秀吉の「実像」について、いろいろと想像してみるのは楽しいですね。

 

 

(ivy 松村)

 

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