国際政治学講座⑤(「ナショナリズム」)

21世紀の世界を覆う「覇権的ナショナリズム」、「反理性的ナショナリズム」そして「原理主義」といった「黒い影」は、ある意味で「グローバリズム」の「副作用」であるといえます。

 

特に、この20年間安定的に経済成長を謳歌してきた極東地域が、急速に「物騒」になっていますが、情勢を「撹拌」しているのは、「グローバリズム」によって、容認され、増長した「当事国」の「反理性的ナショナリズム」であるということができるかもしれません。

 

 

 

「グローバリズム」は、21世紀初頭の「先進国」の「ありかた」を強く規定しました。

 

新興国の経済成長は、「自国」の「経済」にも利益をもたらします。

したがって、新興国の成長を促すために、「先進国」は新興国に積極的に投資し、かつ新興国が引き起こす国際的葛藤を「宥和的」に受け入れました。

 

 

その結果、いくぶん「風刺的な状況」が生まれたのです。

 

 

簡単にいえば、「先進国」の「ナショナリズム」は抑圧され、新興国の「ナショナリズム」は激化したわけです。

 

 

 

21世紀初頭は、さかんに「多様性」のすばらしさが唱えられた時代でもあります。

「先進国」では、「違った文化的背景を持った人々」との「共生」が、社会的に重要なテーマとして受け入れられました。

 

そのような「リベラル的理念」は、実は、「グローバリズムの要請」であったわけですが、その「当事者」も、その「受容者」も、「そのこと」に気づいていません。

 

 

 

さて、他方、新興国は、先行する「先進国」を「キャッチアップ」するために、「ナショナリズム」を「原動力」として活用しました。

 

結果、新興国の「ナショナリズム」は抑制されずに膨張の一途をたどり、今日、「制御の難しいもの」となってしまいました。

 

 

 

「先進国」の「言論」は、自国の「ナショナリズム」を抑え込みながら、一方で、新興国の「ナショナリズム」を「容認」しました。

 

そのため、前者は「不当なもの」で、後者は「正当なもの」であるという「不均衡な観念」が拡大していったわけです。

 

 

かくして、「先進国」の「対抗的ナショナリズム」が興隆しつつあります。

 

 

無分別な「二重規範」が、「ナショナリズムのきょうだい」の「揺籃」となったのです。

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

 

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