「そんなに合格実績が欲しいのか」と言われたときの話

一度、「そんなに合格実績が欲しいのか」となじられたことがあります。

 

そのときのことを説明しなければならないとしたら、本当にうんざりさせられます。

 

しかし、最近、知り合いの人から、そのときの「噂」を聞いたと言われました。

くだらない話ですよ、といってそのままにしてしまったのですが、どうも落ち着かなくなってしまいました。

 

 

まったくどうしようもない、何の含みもない話なのですが、誤解があるといけないので、説明することにしました。

要するに、これから長々と書かれることは、本当につまらない、時間の無駄にも等しい内容なのです。

 

 

 

以下は、個人的な弁明です。

 

 

私は以前、ある塾で講師の仕事をしていました。その塾をA塾とします。

ある年、そのA塾が、ライバル関係にあったB塾を買収し、B塾をA塾の子会社としました。

私が勤めていた校舎は、最も大きな影響を受けました。

 

私が授業をしていたA塾の校舎と、同じ地域にあるB塾の校舎が「合併」することになったのです。

その後、さまざまな経緯を経て、結果として、翌年の秋に、B塾は消滅し、A塾に組み込まれることになりました。

 

この過程でいろいろと「ごたごた」が起こりました。

元B塾の講師の数人が、12月に入って、数十人の生徒を引き抜いて新しい塾を立ち上げました。

 

B塾のスタッフにも生徒にも「不満」が渦巻いていたので、まあ、仕方がないことなのかもしれないと思いました。

率直にいって、関わっていた人たちのランディングの見通しもやり方も杜撰そのものでした。

 

B塾の名前はなくなってしまい、「元A塾生」も元B塾も、ともにA塾生ということになりました。

そして、元B塾の校長先生はA塾の副校長という形になりました。

しかし、混乱を防ぐために、年度内は、それぞれの授業は別々に、これまで通り行うことになったのです。

 

私は、講師がいなくなった元B塾側に、知り合いの講師を紹介したりしましたが、極力元B塾に関わらないようにしました。

私は一介の講師でしかありませんでしたので、ただ、自分の授業だけに集中しようと考えていました。

 

 

年が明け、受験シーズンとなり、私立高校入試の結果が出るころとなりました。

その年の「元A塾」の受験生はたった6人でした。

「元A塾」の生徒6人のうち、3人が中附を受け、3人とも合格しました。

 

彼らを中附に合格させるために、いったい、どれほどのエネルギーを費やしたことでしょう。

国語だけで12年分の過去問を解き、それぞれに3、4時間の解説授業を行いました。

ギリギリまで追い込んで、徹底的な対策を行って、それでも見通しは非常に暗いものでした。

その結果が、どれほどうれしかったことか。

 

 

 

塾の世界には、「合格短冊」という慣習があります。

合格した高校名と合格者の名前が書かれた短冊を校舎の壁に並べて飾るのです。

毎年、懇願して、その仕事だけはやらせてもらっていました。

 

私立高校受験が一段落したときに、合格短冊を貼り出したいのですが、と元B塾の校長で、当時はA塾の副校長となっていた先生にうかがいました。

元B塾側では、それを準備しようという様子もなかったのです。

 

「ごたごた」のせいで中学受験をした小6生たちの合格短冊も貼られていない状態でしたので、彼らの分も早く貼ってあげたいと思っていたのです。

 

 

それで、全員分の合格短冊を用意し、貼り出したところ、元B塾の受付をされていた女性のスタッフの方に、罵倒されたのです。

 

「そんなに合格実績が欲しいの !?」と罵られました。

 

たぶん、そのときが、私が、塾の教師をしていて、一番頭に血がのぼった瞬間だったと思います。きっと、顔が真っ赤になっていたと思います。

 

 

 

彼女は、「元A塾」と元B塾は「別」の存在で、それぞれの結果を「混ぜる」のは、A塾が元B塾の実績を「盗む」行為であると感じていたようです。

 

もし、「B塾」という塾名が存続していたら、それぞれの短冊を一緒にすることはありませんでした。

秋の時点で、B塾はA塾に統合され、生徒は全てA塾の所属になると、説明されていました。

それに納得のいかない生徒たちは辞めて、元講師たちの立ち上げた塾に移って行きました。

当時残っていた生徒は、A塾の生徒として扱わなければならなかったのです。

 

 

その受付の女性は、その出来事の前に、来年はA塾の受付パートとして働きたいとA塾の校長にお願いをされていました。

だから、その主張はなおさら意味が分かりませんでした。

 

結局、その受付の女性のやりたいようにやらせようということになり、貼られたばかりの短冊はすぐに取り外されました。

 

そして、「元A塾」の生徒の短冊だけが別の場所に貼られることになりました。

なぜか、元B塾の中学受験の短冊は撤去されませんでしたので、その主張はずいぶん恣意的だと感じました。

 

自分の誇らしい結果を貼り出して欲しいと思っていた元B塾の生徒はいなかったのだろうか、と思いました。

 

 

件の受付の女性は、その後、元B塾の元講師たちが立ち上げた塾の受付になったと聞きました。

 

・・・・・・。

 

 

 

「合格実績を欲しがっている」という彼女の言葉のどこが間違っているのでしょうか。

 

 

チェーンの学習塾の社員は、本部の指示で担当の校舎を移動させられます。

まして、末端の講師など、明日をも知れません。

つまり、自分がどれほど望もうと、ひとつの場所にしがみつくことなどできないのです。

 

当然、「合格実績」を持って行くことなどできません。

「合格実績」は校舎に帰属するものです。

さらにいえば、会社が所有するものなのです。

私や、当時のA塾の校長先生が個人的に欲するような性質のものではないのです。

 

もちろん、その栄誉の実体は、受験生のものであることはまちがいありません。

 

 

 

B塾が、法的にA塾に統合されていなかったとしたら、合格実績を合わせて表示することなど、ありえませんでした。

しかし、あの状況で、逆に元B塾の生徒の実績だけを外すことは、「差別」という行為になってしまうのです。

 

 

あのとき、塾の人間は貪欲に合格実績を欲しがるのだという、上辺だけの浅はかな構図のもとに非難をされてしまいました。

何をどう説明しても理解されないのだろう、という苛立ちを今でも感じています。

 

塾の人間が抱えている覚悟と諦念は、そんな単純なものではないのです。

 

 

当時のB塾のスタッフには同情はしますが、納得はしません。

 

 

 

実は、私は「B塾のごたごた」以前に、B塾と同じような立場に立たされたことがあります。

 

 

数年前に、私は、ある問題だらけの校舎を立て直そうとしていました。

半年間3日のみの休みで働きました。

生徒の数が倍に増え、さあ、これから、というときに、「体制」を変えるといわれました。塾の名前が消滅したのです。

 

まあ、いろいろと無茶苦茶なことがあったのですが、最もきつかったのは、夏期講習が終わった2日後に、スタッフの給料を半分にするといわれたことでした。

言葉通り、一字一句そのまま、「嫌なら辞めてもいいよ」と言われました。

それで、何人かの優秀な講師がいなくなりました。

 

私と数人の人間だけが、小6と中3の面倒だけは最後までみると決めて、「頭を下げて」「授業を受け持たせてもらった」のです。

その中に、杉田先生もいました。

 

その年の、2月のことを思い出すたびに、今でも胸が熱くなります。

 

でも、当然、「合格実績」は全て置いてきました。

 

 

私だけではありません。

塾の人間は、みなそういう世界で生きているのです。

 

 

(ivy 松村)