一番わかりやすい「民主主義」の説明

期末テストが近づいてきました。

 

祝日となっていた火曜日にも校舎を開けて、テスト勉強対策を行いました。

 

11月3日の文化の日は、現在の日本国憲法が公布された日です。

半年後の5月3日に施行されましたが、この日は憲法記念日になっています。

 

中学3年生の期末テストの試験範囲に、ちょうど「日本国憲法」が含まれている中学も多いと思います。せっかくなので覚えておきましょう。

 

 

 

中3生たちに配った問題プリントに、「間接民主制」を問う問題が出ていました。

 

ちょっとだけ時間を取って「民主主義」について説明しました。

 

 

「民主主義」を理解するためには、「政治」とは何か、ということを、まず、考える必要があります。

 

「政治」とは、「みんな」が守るべき「きまり」を決めることです。

 

言葉を換えていうと、「人の集まり」(「社会」や「集団」)を維持し、発展させていくために、必要な「ルール」をつくることが「政治」です。

 

 

 

次に、近代以前の社会の「政治」について考えてみましょう。

 

昔は、「政治」は「権力者」が行うものでした。

 

権力を持った者が「きまり」を決めます。民衆はそれに従わなければなりませんでした。

 

一握りの人や機関が「政治」を独占する状態を「独裁」といいます。

「絶対王政」の時代の王や君主は、このような見方にもとづけば、「独裁」を行うことができる立場にある存在だといえます。

 

 

「独裁」は「民主主義」の対義語です。

 

 

(最近、「独裁」という概念を、大げさに使い過ぎる人たちがいるという印象があります。スキャンダルや選挙の結果次第であっけなく失脚するような体制に規定されている現代の政治家は、「独裁者」にはなり得ません。)

 

 

 

17世紀、18世紀のヨーロッパに、ロックやルソーなどの啓蒙思想家たちが登場します。

彼らは、「権力者」たちが、民衆が我慢できないような「政治」を行い続けたときには、民衆は、それを「拒絶」できるのだ、と説きました。

具体的にいうと、民衆には、横暴な「権力者」を打ち倒したり、排除したりする「権利」があるのだということを主張したのです。

歴史の中で、それが実際に行われたものが「市民革命」です。

 

 

「権力者」が力を持ちすぎることは、社会にとっては危険な状態です。

ですから、ヨーロッパでは、それを防ぐために、「権力」を自由に使えないような「仕組み」が考えられるようになりました。

モンテスキューの「三権分立」はその代表です。

そして、「憲法」の役割もまた、「権力」を制限するということにあります。

 

 

 

では、一握りの「権力者」だけが「政治」を行うことを否定するのであれば、それ以外にどんな「政治」のあり方が可能なのでしょうか。

 

その答えは単純です。

「みんなで『きまり』を決める」のです。

 

どうやって?・・・その答えも単純です。

「話し合い」で決めるのです。誰かが独断で決めてはならないのです。

 

 

つまり、「みんなで話し合って、みんなが守るべきルールを決める」ということが「民主主義」なのです。

 

 

 

しかし、いつもいつも「話し合い」で決着がつくとは限りません。

いや、決着がつかないことがほとんどだといえるでしょう。

その場合には、正しい手続きにしたがって「きまり」を決めます。

 

最終的には、多数決で決めることになります。

 

 

「民主主義」を誤解している人は、「民主主義とは多数決を取ることだ」と考えています。

もちろん、その考えは正確ではありません。

多数決は、最終的な解決の「手段」に過ぎません。

 

「民主主義」の本質は「話し合い」です。

 

意見が違う相手の存在は、その意味でも、とても重要です。

ですから、「少数意見を尊重すること」も、「民主主義」にとって大切なことなのです。

 

 

 

古代ギリシアには、都市の中央に広場があり、「市民」がそこに集まって、「話し合い」で「きまり」を決めるという社会の仕組みがありました。

これが、「民主主義」の起源です。

 

ところが、現代では、古代ギリシアで行われていたような「話し合い」は実現できません。

「みんな」が一堂に集まって話し合うことが、物理的に不可能なのです。

 

たとえば、日本には1億人以上の有権者がいます。

その全員が集まって「話し合い」を行うことなど、できるはずもありません。

 

そこで、現代社会の「民主主義」は、「みんな」の「代表者」が集まって「話し合い」を行うという形をとることになるのです。

 

「みんな」の中から選ばれる「代表者」を「代議士」といいます。「代わりに話し合う人」という意味です。

 

「代議士」は選挙によって選ばれるわけです。

 

選挙によって「みんな」から選ばれた「代議士」が集まって「話し合い」を行う場所が、「議会」です。

 

 

言葉を整理してみましょう。

 

「みんな」とは「市民」や「国民」のことです。

「きまり」とは「法律」(や「条例」)のことです。

「代議士」とは「議員」のことです。

「議会」とは「都道府県の議会」「区市町村の議会」「国会」のことです。

 

 

「みんな」が全員集まって、直接に「話し合い」を行う「政治」のあり方を「直接民主制」といいます。これは、なかなか実現が難しいものです。

 

それに対して、「代議士」が「議会」に集まって「話し合い」を行う「政治」のあり方を「間接民主制」といいます。「間接民主制」は「代議制」とも、「議会制民主主義」とも呼ばれます。

 

現代の「民主主義」は、基本的には「間接民主制」によって運営されます。

 

 

ちなみに、「民主主義」は英語で「デモクラシー」(democracy)といいますが、「民主主義」が日本に定着しはじめたのが大正時代だったわけです。それを指して、「大正デモクラシー」というのですね。

 

 

 

それにしても、不幸なことに、日本の中学生・高校生は、さまざまな思惑が絡み合って、「政治」についてまともに教えられることがありません。

教育の現場で、科学的、理性的に「政治」を扱うことが難しいのですね。

「政治」に対して「思い入れ」が強すぎる人間たちが多すぎるのです。

それで、「政治の話」は「気持ち悪い」ということになってしまうのです。

 

 

「投票率の低下」が危惧され、「若者」の「政治離れ」が非難されるわけですが、実は、そもそも「政治」についてまともに教わっていないわけです。

 

 

そういう思いもあって、文化の日に、5分くらい時間を取って、科学的で理性的な、「民主主義」についての説明をしたのでした。

 

 

 (ivy 松村)