「努力をしよう」

中学生は、定期テストに向けた勉強が佳境に入っています。

 

八王子七中は、今日から定期テストがはじまりました。

 

多くの学校が今週の水曜、木曜から期末試験です。

 

 

一気に「火」がついて、これまでにない量の勉強をこれまでにない時間をかけてこなしている人がいます。

 

その一方で、全くはかどっていない人もいますね。

 

 

 

都立高校を第一志望に考えている生徒には、志望校を受験する基準となる内申を伝えています。

私立高校を第一志望に考えている生徒には、推薦を受けるのに必要な内申を伝えています。

 

 

その内申を取るために、成績を上げていかなければいけない教科を確認し、何点を取る、という目標を決めました。

その目標点を取るために、どのような取り組みを行っていくのかを話し合い、予定を立てました。

 

 

 

志望校を、本気で目指そうと思うことで、勉強する意思が湧いてきます。

 

ノートに書かれてある「文字」の「量」と、そこに込められた「熱」が、どれくらい「その学校」に行きたいと思っているかの「本気度」を表しています。

 

 

今、本気になれない人は、入試の瞬間になっても本気にはなれないでしょう。

だから、志望校を下げるしかなくなるのです。

「本気にならなくても合格する高校」に行くしかなくなるのです。

 

でも、きっと、それで満足してもらえるはずです。だって、もともと「本気」ではなかったのですから。カッコつけて、「高めの高校」を口にしていただけなのですから。

 

 

 

塾の教師は、常に、「努力をしよう」という話をします。

 

いろいろな内容で、いろいろな口調で、いろいろな言葉を用いて話をしますが、結局、「努力をしよう」という話をしているわけです。

 

でも、多くの生徒たちは努力をしたくないわけです。

なんとか努力をしないで「逃げ切ろう」として、言い訳をしたり、ごまかしたりすることに「浅知恵」を働かせるわけです。

 

 

そんな生徒たちに「努力をしよう」と言い続けるのも塾の教師の仕事です。

やはり「努力をしよう」というわけです。

 

 

「努力をしよう」と言われて、あるとき、努力をはじめる人がいます。

「火」がついて、本気になるのです。

 

一方、やはり努力をしたくない人がいます。

 

それでも、私たちは「努力をしよう」と言います。しかし・・・

 

 

 

・・・一体、この「いたちごっこ」の先に何があるのでしょう?

 

努力をせずに「逃げ切った」者は、果たして「勝者」なのでしょうか?

 

 

 

中学生全員に、2冊のノートを差し上げています。

2冊を埋め尽くしてしまった生徒には、追加のノートを差し上げました。

 

手元にあるノートを見直してください。

 

そこに、努力の跡が見えますか?

そこに、本気の自分はいますか?

 

 

 

この文章を読んで、今からでも、ノートに「文字」を書きはじめる人がいるでしょう。

 

 

一方、やはり努力をしたくない人がいます。

 

 

 (ivy 松村)