読書案内⑥(日本・文化・etc)

本を読み始める「経緯」は2種類しかありません。

ひとつは、「自分から読み始める」。

もうひとつは、「人に言われて読み始める」。

 

「自分から読み始める」ためには、「読む本を自分で探す」ことが必要です。

 

 

「大人」が、読書を推奨するのに、「これを読みなさい」というのは、少しズレているのかもしれません。

 

 

ここに挙げた本のすべてを読むことは困難です。

まず、何よりも「読む本を探す」という行為に慣れてほしいのです。

 

苦痛をより軽減するための作業は、けだるい労働の一部にしかなりません。

しかし、良いものを探そうとするとき、たいていの人は、「わくわく」するものだと思います。

 

 

読みたいと思える本を、探してみましょう。

 

 

 

食と日本人の知恵』  小泉 武夫

 

食と日本人の知恵

 

 

 

いのちをはぐくむ農と食』  小泉 武夫

 

いのちをはぐくむ農と食

 

 

 

食を考える』  佐藤 洋一郎

 

食を考える

 

 

 

もの食う人びと』  辺見 庸

 

もの食う人びと

 

 

 

菊とポケモン――グローバル化する日本の文化力』  アン・アリスン / 実川 元子 訳

 

菊とポケモン

 

 

「しきり」の文化論』  柏木 博

 

「しきり」の文化論

 

 

 

日本人と日本文化』  司馬 遼太郎・ドナルド・キーン

 

日本人と日本文化

 

 

 

江戸の笑い』  興津 要

江戸の笑い

 

 

 

江戸時代はエコ時代』  石川 英輔

 

江戸時代はエコ時代

 

 

 

お江戸でござる』  杉浦 日向子 監修

 

お江戸でござる

 

 

 

カムイ・ユーカラ――アイヌ・ラッ・クル伝』  山本 多助

 

カムイ・ユーカラ

 

 

 

ジャガイモのきた道――文明・飢饉・戦争』  山本 紀夫

 

ジャガイモのきた道

 

 

 

「モナリザ」の微笑み――顔を美術解剖する』  布施 英利

 

「モナリザ」の微笑み

 

 

 

砂糖の世界史』  川北 稔

 

砂糖の世界史

 

 

 

阿修羅のジュエリー』  鶴岡 真弓

 

阿修羅のジュエリー

 

 

 

博物館へ行こう』  木下 史青

 

博物館へ行こう

 

 

 

一本の樹からはじまった』  土岐 小百合

 

一本の樹からはじまった

 

 

 

特別授業3.11 君たちはどう生きるか

 

君たちはどう生きるか

 

 

(ivy 松村)

読書案内⑤(情報・社会・技術)

以前、出版社の方に、本を出さないかと声をかけていただいたことがありました。

とても心惹かれるお話でしたが、結局断りました。

 

もし、引き受けていたら、このリストにさりげなく入れることができたのに!

 

 

 

池上彰のメディア・リテラシー入門』  池上 彰

 

池上彰のメディア・リテラシー入門

 

 

 

池上彰の新聞活用術』  池上 彰

 

池上彰の新聞勉強術

 

 

 

ニュースの読み方使い方』  池上 彰

 

ニュースの読み方使い方

 

 

 

デジタルを哲学する――時代のテンポに翻弄される〈私〉』  黒崎 政男

 

デジタルを哲学する

 

 

 

情報のみかた』  山田 奨治

 

情報のみかた

 

 

 

わたしが情報について語るなら』  松岡 正剛

 

わたしが情報について語るなら

 

 

 

データはウソをつく――科学的な社会調査の方法』  谷岡 一郎

 

データはウソをつく

 

 

 

父と娘の 法入門』  大村 敦志

 

父と娘の 法入門

 

 

 

“経済学入門”の巻:レモンをお金にかえる方法』  ルイズ・アームストロング / 佐和 隆光 訳

 

レモンをお金にかえる法

 

 

 

14歳からの社会学――これからの社会を生きる君に」  宮台 真司

 

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増補改訂 14歳からの仕事道」  玄田 有史

 

14歳からの仕事道

 

 

 

新 13歳のハローワーク』  村上 龍

 

新 13歳のハローワーク

 

 

 

道具にヒミツあり』  小関 智弘

 

道具にヒミツあり

 

 

 

ものづくりに生きる』  小関 智弘

 

ものづくりに生きる

 

 

 

町工場・スーパーなものづくり』  小関 智弘

 

町工場・スーパーなものづくり

 

 

 

どっこい大田の工匠たち――町工場の最前線』  小関 智弘

 

どっこい大田の工匠たち

 

 

 

職人』  永 六輔

 

職人

 

 

 

木に学べ――法隆寺・薬師寺の美』  西岡 常一

 

木に学べ

 

 

 

木のいのち木のこころ――天・地・人』  西岡 常一 / 小川 三夫 / 塩野 米松

 

木のいのち木のこころ

 

 

 

法隆寺を支えた木』  西岡 常一 / 小原 ニ郎

 

法隆寺を支えた木  

 

 

 

五重塔はなぜ倒れないか』  上田 篤 編

 

五重塔はなぜ倒れないか

 

 

(ivy 松村)

 

読書案内④(哲学・言語)

自然の情理として、受験生には「入試に出題される本」を薦めたくなります。

 

たとえば、池田晶子氏や外山滋比古氏の文章は、中高の入試によく出題されます。

 

 

「国語」の入試問題は、「国語の先生」が作成します。「国語の先生」がよく読むのは、やはり「人文社会系」の本なので、「人文社会系」の文章が入試問題によく使われます。

 

また、「読書」は、一般的に「国語の先生」の「守備範囲」であると考えられているので、「おすすめの本」を選ぶのは、やはり「国語の先生」の仕事になることが多いと思います。

 

そういった理由もあって、中学生や受験生向けの「おすすめの本」は、「人文社会系」に偏る傾向が出ますね。それで、けっこう似たような「セレクション」になります。

 

 

個人的には、「入試」と「読書」は分けて考えるほうがよいと思いますが、「読書」が「入試」に資するのも、また現実です。

 

ただ、「これからの入試」は、日常的な読書習慣というか、読書が日常に根づいているような生徒、別のいい方をするなら、読書を「勉強の一部」だとは感じないような生徒が「力」を発揮できるようなものになっていくと思います。

 

その意味では、生徒のみなさんには、「純粋に」(?)読書を楽しんでもらいたいと考えます。

 

 

 

中学生からの哲学「超」入門――自分の意志を持つということ』  竹田 青嗣

 

中学生からの哲学「超」入門

 

 

 

わかりやすいはわかりにくい?――臨床哲学講座』  鷲田 清一

 

わかりやすいはわかりにくい?

 

 

 

てつがくを着て、まちを歩こう』  鷲田 清一

 

てつがくを着て、まちを歩こう

 

 

 

じぶん・この不思議な存在』  鷲田 清一

 

じぶん・この不思議な存在

 

 

 

14歳からの哲学――考えるための教科書』  池田 晶子

 

14歳からの哲学

 

 

 

14歳の君へ――どう考えどう生きるか』  池田 晶子

 

14歳の君へ

 

 

 

あたりまえなことばかり』  池田 晶子

 

あたりまえなことばかり

 

 

 

はじめて考えるときのように――「わかる」ための哲学的道案内』  野矢 茂樹

 

はじめて考えるときのように

 

 

 

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』  内山 節

 

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか

 

 

 

森にかよう道――知床から屋久島まで』  内山 節

 

森にかよう道

 

 

 

自由論――自然と人間のゆらぎの中で』  内山 節

 

自由論

 

 

 

「里」という思想』  内山 節

 

「里」という思想

 

 

 

プチ哲学』  佐藤 雅彦

 

プチ哲学

 

 

 

〈子ども〉のための哲学』  永井 均

 

〈子ども〉のための哲学

 

 

 

子どものための哲学対話』  永井 均

 

子どものための哲学対話

 

 

 

ひとり』  吉本 隆明

 

ひとり

 

 

 

先生はえらい』  内田 樹

 

先生はえらい

 

 

 

教養としての言語学』 鈴木 孝夫

 

教養としての言語学

 

 

 

この言葉! ――生き方を考える50話』  森本 哲郎

 

この言葉!

 

 

 

日本語 表と裏』  森本 哲郎

 

日本語 表と裏

 

 

 

言葉はなぜ生まれたのか』  岡ノ谷 一夫

 

言葉はなぜ生まれたのか

 

 

 

ふしぎなことば ことばのふしぎ』  池上 嘉彦

 

ふしぎなことば ことばのふしぎ

 

 

 

思考の整理学』  外山 滋比古

 

思考の整理学

 

 

 

ことわざの論理』  外山 滋比古

 

ことわざの論理

 

 

 

探検!ことばの世界』  大津 由紀雄

 

探検!ことばの世界

 

 

 

犬は「びよ」と鳴いていた――日本語は擬音語・擬態語が面白い』  山口 仲美

 

犬は「びよ」と鳴いていた

 

 

 

日本語を反省してみませんか』  金田一 春彦

 

日本語を反省してみませんか

 

 

 

数え方でみがく日本語』  飯田 朝子

 

数え方でみがく日本語

 

 

(ivy 松村)

 

 

読書案内③(自然・環境)

本を読む「きっかけ」は、さまざまです。

 

①宣伝に惹かれる

②人に薦められる

③興味のある内容、必要なことが書かれてある本を探して手に入れる

④面白そうだと思って、読んでみる

⑤読むように指示される

 

 

本を入手する方法が、いくつかあります。

 

①人に借りる

②プレゼントされる

③図書館/図書室で閲覧する/借りる

④有料図書館、貸本屋などで借りる

⑤新刊を買う

⑥古本を買う

⑦物々交換

 

 

本を入手する「ルート」も、たくさんあります。

 

①書店、本屋、コンビニなど

②インターネットなど→配達

③古本屋、リサイクルショップなど

④古本市、フリーマーケットなど

⑤図書館、図書室、貸本屋など

⑥拾う

 

 

 

外国を旅行してみると、よくわかりますが、日本は、本当に本が豊かな国です。

日常の中に、本があふれています。

 

逆に、裕福ではない国では、本は、貴重な「知の資源」として、とても大切にされています。

それはそれで素晴らしいと思わされます。

 

 

日本は、出版大国です。

 

 

本が担った「役割」の大部分は、やがて「デジタル端末」に受け渡されるでしょう。

 

しかし、それでも、「本」は、その存在価値を失うことはないと思います。

 

 

私たちは、本があふれる国に住んでいます。

 

本を読まないのは、本当に、もったいない。

 

 

 

長い旅の途上』  星野 道夫

 

長い旅の途上

 

 

 

アラスカ 光と風』  星野 道夫

 

アラスカ 光と風

 

 

 

旅をする木』  星野 道夫

 

旅をする木

 

 

 

草花のふしぎ世界探検』  ピッキオ

 

草花のふしぎ世界探検

 

 

 

地球(ガイア)のささやき』  龍村 仁

 

地球のささやき

 

 

 

地球(ガイア)の祈り』  龍村 仁

 

地球の祈り

 

 

 

山の自然学』  小泉 武栄

 

山の自然学

 

 

 

白神山地――8000年の〈生命〉をたずねて』  鈴木 喜代春

 

白神山地

 

 

 

生物多様性と私たち――COP10から未来へ』  香坂 玲

 

生物多様性と私たち

 

 

 

地球環境読本――人間と地球の未来を考えるための30のヒント』  加藤 尚武

 

地球環境読本

 

 

 

環境問題の基本のキホン――物質とエネルギー』  志村 史夫

 

環境問題の基本のキホン

 

 

 

あなたが世界を変える日――12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ』  セヴァン・カリス=スズキ

 

あなたが世界を変える日

 

 

 

環境とつき合う50話』  森住 明弘

 

環境とつきあう50話

 

 

 

循環型社会入門』  片谷 教孝 / 鈴木 嘉彦

 

循環型社会入門

 

 

 

森のこころと文明』  安田 喜憲

 

森のこころと文明

 

 

 

沈黙の春』  レイチェル・カーソン / 青樹 簗一 訳

 

沈黙の春

 

 

 

運命の海に出会って――レイチェル・カーソン』  マーティー・ジェザー / 山口 和代 訳

 

運命の海に出会って

 

 

 

ガラスの地球を救え――21世紀の君たちへ』  手塚 治虫

 

ガラスの地球を救え

 

 

 

鉄が地球温暖化を防ぐ』  畠山 重篤

 

鉄が地球温暖化を防ぐ

 

 

 

森よ生き返れ』 宮脇 昭

 

森よ生き返れ

 

 

 

富士山を汚すのは誰か ――清掃登山と環境問題』  野口 健

 

富士山を汚すのは誰か

 

 

 

野生動物の首をしめるゴミ』  宮崎 学

 

野生動物の首をしめるゴミ

 

 

 

タマゾン川――多摩川でいのちを考える』  山崎 充哲

 

タマゾン川

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

読書案内②(生物・動物)

人から勧められた本を読むのは、とても有意義です。

たくさんの「面白い本」に出会うことができます。

 

一方で、自分で本を探してみるのも、意義深いことだと思います。

 

本を探すときは、「Amazon」などの「情報」を参考にするといいと思います。

ただし、「他人」の意見にとらわれ過ぎないようにしましょう。

 

「自分にとって」大切な一冊を、ぜひ、見つけてください。

 

 

 

小さな博物誌』  河合 雅雄

 

小さな博物誌

 

 

 

子どもと自然』  河合 雅雄

子どもと自然

 

 

 

野生動物と共存できるか――保全生態学入門』  高槻 成紀

 

野生動物と共存できるか

 

 

 

なぜ飼い犬に手をかまれるのか――動物たちの言い分』  日高 敏隆

 

なぜ飼い犬に手をかまれるのか

 

 

 

春の数え方』  日高 敏隆

 

春の数えかた

 

 

 

動物の言い分 人間の言い分』  日高 敏隆

 

動物の言い分 人間の言い分

 

 

 

世界を、こんなふうに見てごらん』  日高 敏隆

 

世界を、こんなふうに見てごらん

 

 

 

「生きもの」感覚で生きる』  中村 桂子

 

「生きもの」感覚で生きる

 

 

 

サボり上手な動物たち――海の中から新発見!』  佐藤 克文 / 森阪 匡通

 

サボり上手な動物たち

 

 

 

ゴリラ図鑑』  山極 寿一

 

ゴリラ図鑑

 

 

 

ゴリラは語る』  山極 寿一

 

ゴリラは語る

 

 

 

おかあさんになったアイ』  松沢 哲郎

 

おかあさんになったアイ

 

 

 

スズメの謎――身近な野鳥が減っている!?』  三上 修

 

スズメの謎

 

 

 

進化の大研究:恐竜は鳥に近い――生物のひみつを探ろう』  長谷川 眞理子

 

進化の大研究

 

 

 

恐竜時代I――起源から巨大化へ』  小林 快次

 

恐竜時代I

 

 

 

クモの糸の秘密』  大崎 茂芳

 

 

クモの糸の秘密

 

 

 

素数ゼミの謎』  吉村 仁

 

素数ゼミの謎

 

 

 

サバンナの動物親子に学ぶ』  羽仁 進

 

サバンナの動物親子に学ぶ

 

 

 

(ivy 松村)

読書案内①(科学・宇宙)

「読書案内」を作ってみました。

 

ぜひ、定期テストが終わったら、読書をしましょう。

 

他のいろいろな「読書案内」を参考にしています。

私もまだ読んだことのない本がかなりあります。何冊か、気になる本もあります。

 

 

本の内容や「レベル」を知るのに、本の「装丁」やデザインが「手がかり」になります。

そこで、本の「表紙」をせっせと載せることにしました。

 

本のタイトルをクリックすると、出版社のHPに飛ぶようにリンクを張っています。

 

 

こんな形で本を紹介しておきながら、こんなことをいうのも何ですが、私自身が勧めたいのは、実は、書店や図書館で実際に手に取って読む本を決めることです。

現代は、何でもネットで完結してしまう時代ですが、実物から感じる「インスピレーション」もけっこう大事です。

 

 

また、大人の方にも、読書を勧めたいと思います。

子ども向けの本もたくさんありますが、大人が読んでも面白いと思います。

 

 

ぜひ、面白そうな本をいろいろと探してみてください。

 

 

 

0.1ミリのタイムマシン――地球の過去と未来が化石から見えてくる』  須藤 斎

 

0.1ミリのタイムマシン

 

 

 

疑似科学入門』  池内 了

 

疑似科学入門

 

 

 

天文学者の虫眼鏡――文学と科学のあいだ』  池内 了

 

天文学者の虫眼鏡

 

 

 

科学の考え方・学び方』  池内 了

 

科学の考え方・学び方

 

 

 

科学と科学者のはなし――寺田寅彦エッセイ集』  池内 了 編

 

科学と科学者のはなし

 

 

 

雪は天からの手紙――中谷宇吉郎エッセイ集』  池内 了

 

雪は天からの手紙

 

 

 

科学の扉をノックする』  小川 洋子

 

科学の扉をノックする

 

 

 

おはようからおやすみまでの科学』  佐倉 統 / 古田 ゆかり

 

おはようからおやすみまでの科学

 

 

 

いっしょに考えてみようや――ノーベル物理学賞のひらめき』  小林 誠 / 益川 敏英

 

いっしょに考えてみようや

 

 

 

アインシュタインが考えたこと』  佐藤 文隆

 

アインシュタインが考えたこと

 

 

 

いたずらはかせのかがくの本――もしも原子がみえたなら』  板倉 聖宣

 

いたずらはかせのかがくの本

 

 

 

ロウソクの科学』  ファラデー /  三石 巌 訳

 

ロウソクの科学

 

 

 

ビヨンド・エジソン――12人の博士が見つめる未来』  最相 葉月

 

ビヨンド・エジソン

 

 

 

フィボナッチ――自然の中にかくれた数を見つけた人』  ジョセフ・ダグニーズ / 渋谷 弘子 訳

 

フィボナッチ

 

 

 

点と線のひみつ――考え方の練習帳』  瀬山 士郎

 

点と線のひみつ

 

 

 

山はどうしてできるのか――ダイナミックな地球科学入門』  藤岡 換太郎

 

山はどうしてできるのか

 

 

 

脳を育て、夢をかなえる――脳の中の脳「前頭前野」のおどろくべき働きと、きたえ方』  川島 隆太

 

脳を育て、夢をかなえる

 

 

 

単純な脳、複雑な「私」』  池谷 裕二

 

単純な脳、複雑な「私」

 

 

 

脳はなにかと言い訳する――人は幸せになるようにできていた!?』  池谷 裕二

 

脳とはなにかと言い訳する

 

 

 

海馬――脳は疲れない』  池谷 裕二 / 糸井重里

 

海馬

 

 

 

考えるヒト』  養老 孟司

 

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解剖学教室へようこそ』  養老 孟司

 

解剖学教室へようこそ

 

 

 

生物と無生物のあいだ』  福岡 伸一

 

生物と無生物のあいだ

 

 

 

眠れなくなる宇宙の話』  佐藤 勝彦

 

眠れなくなる宇宙のはなし

 

 

 

137億光年のヒトミ――地球外知的生命の謎を追う』  鳴沢 真也

 

137億光年のヒトミ

 

 

 

月のきほん』  白尾 元理

 

月のきほん

 

 

 

大望遠鏡「すばる」誕生物語――星空にかけた夢』  小平 桂一

 

大望遠鏡「すばる」誕生物語

 

 

 

『 宇宙と生命の起源――ビッグバンから人類誕生まで』  嶺重 慎 / 小久保 英一郎 編著

 

宇宙と生命の起源

 

 

 

夜空からはじまる天文学入門――素朴な疑問で開く宇宙のとびら』  渡部 潤一

 

夜空からはじまる天文学入門

 

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

 

 

「政治の話」の話

このブログは、いろんな人が見ているようです。

塾の人も、けっこう見ているらしいです。

 

他の塾の教師の中には、うわ、このブログ、政治の話なんか書いている、と思いながらハラハラしている人もいるかもしれません。

また、「性格の悪い人」は、ニヤニヤしながら見ているかもしれません。

 

その感覚も、わかります。「政治の話」というのは、かなりリスキーです。世の中には、「政治の話」に、想像外の反応をする人が多くいます。塾の「評判」に影響が出る可能性もあります。

 

 

「政治の話」を書いている塾のブログは、他にないでしょう。

このブログでも、当初は「政治の話」を書くつもりはありませんでした。

 

まあ、でも、ちょっと「チャレンジ」してみようと思うようになりました。

 

ちょっと、試したくなったのです。

 

 

あと、「政治の話」なんか、読む人いるの?と、いぶかしく思っている人もいるかもしれません。

 

まあ、世の中、何事であっても、興味を持たない人もいれば、興味を持つ人もいるでしょう。

幸か不幸か(?)このブログに興味を持つ人もいます。

 

まことしやかな噂では、政治家や政府関係者も読んでいるとか。(ホンマですか?)

 

どれほど小さなものであったとしても、この社会に、何かしらの「爪痕」を刻むことができたのだとしたら、苦労して書いた意味があったと思えます。

 

 

 

私の文章は、世の中に出回っている「政治評論」とはずいぶん趣が違うと思います。

 

自分で文章を書きながら、「塾の人間」が「政治の話」をするということの「意味」を、ちょっと考えました。

 

このブログの文章には、私が「塾の人間」であるがゆえの特徴がよくあらわれていると思います。

自分で言うのも口はばったいことですが、それは、「簡易化」と「要点化」であるといえます。

 

私は、「知っていること」を「てんこ盛り」にして全部を書きません。

テンポや構成のバランスを損なう情報は、ばっさり削除します。

 

また、内容が雑多になりすぎないように、できる限り単純に、包括的に説明するように心がけます。ノイズになりそうな情報を捨象して、必要な情報をグループ化したり、定式化したり、概念化したりします。

 

私は、こうした作業を、自分で「引き算」と呼んでいます。

 

 

私が文章を書く際に「引き算」を重視するのは、私が「塾の教師」であることと無関係ではありません。私は「理解しやすさ」に気を配りながら、文章を推敲します。

 

 

学者や評論家は、「引き算」が苦手な人が多いと思います。

「情報量」の多寡で「マウント」を取り合う習性が身についてしまっているからです。

 

それに、学者や評論家の中には、「理解するということ」は、より多くの情報や知識を取得することだ、と考える人が多いように思います。

 

一方、私は、「理解するということ」は、物事を「よりシンプルな構造」に組み替えることだと考えます。

 

 

一応、念のために:私は、けっこう図々しい性格をしていますが、いくら何でも、自分の書いたものが、専門家が書いたものよりも優れているとは思っていません。

「役割」が違うわけです。

私が書くものは、いわば「旅行案内」のようなものなのだと思います。

 

 

 

けっこう長い期間「政治の話」を書いてきたわけですが、もうそろそろ終えようか、と思います。まあ、秋ぐらいには、また少し書くかもしれませんが。

 

「政治の話」のシリーズは、各回に設定された主題に沿って、ひとつひとつの記事が書かれています。ですから、それぞれの記事は独立した内容になっているわけですが、実は、シリーズ全体に通底する「テーマ」があります。

回を重ねるごとに、その「テーマ」に少しずつ接近していって、やがて最後の記事に収束するという構成でした。

 

ところが、書いているうちに、まとめるのがちょっと大変になってきました。

それに、いいかげんそろそろ切り上げなければ、別の記事を書く機会がなくなる、という懸念が大きくなりました。

 

それで、この辺でいったん書くのをやめようと決めたわけです。

 

一応、構想としては、この後、「世襲」、「政治スキャンダル」、「圧力団体」、「ウヨクとサヨク」について書くつもりでした。

最後に、「平等と公正」について書くつもりでした。

 

 

 

で、なぜ、このような「言い訳」のようなものを記しているのかというと、ここまで書いてきた内容「だけ」を読んだ人は、けっこういろいろな「誤解」をしてしまうのではないか、と思ったからです。

 

私が一連の記事を通して書きたかったのは、「リベラルの役割」についてでした。

 

 

 

現代日本社会に、「外国人」を酷い言葉で罵倒するような人たちがいます。そのような人たちの言葉に、やるせない憤りを感じます。

 

なぜ彼らはそのような振る舞いをするのか、という動機の説明に「ルサンチマン」という言葉が使われます。

「ルサンチマン」というのは、もともとは哲学の用語ですが、通俗的な用法が広まって、評論などでは、本来とは少し違った文脈で用いられます。

 

評論などで、「ルサンチマン」という言葉は、妬みや嫉みをこじらせて、他者に対して攻撃的な言動を発してしまうような人間の「鬱屈した精神」を指します。

 

一般的にそのような人物は、人生を思い通りに生きられず、その苛立ちや自身の不甲斐なさを他者に転嫁する「弱い人間」であるとみなされます。

 

 

彼らは、狭量で下品な人格であると判断されます。まともな感性の人間は、「彼ら」と同じように思われたくない、と考えるにちがいありません。

 

「リベラル」は、よりいっそう彼らを嫌悪します。「外国人」を悪く言うなんて、と。

 

 

しかし、本来、「リベラル」という思想は、「ルサンチマン」を抱えているような人に寄りそうようなものであったはずなのです。

 

「弱き者の味方」であり続けることこそが、「リベラル」の使命だといえるからです。

 

 

 

多くの人が感じていることなのだろうと思いますが、現代日本の「リベラル」は、「ドメスティックではない背景」に近接しています。

泥沼の「リベラル」言論人や政治家と、「それ」を紐づけているものは、明るみに出せないような、けっこう陰惨なリアリティです。

 

 

まあ、「紐づけられている者」はともかく、「公正」、という人類普遍の価値を推戴する「真のリベラル」は、「真に弱き者」を正しく見つめる必要があるのではないかと思うわけです。

 

過去に、何人もの偉大な人道主義者、啓蒙主義者たちが、人生を投げうって、世界を前進させてきました。彼らは、「弱き人びと」が因襲や蒙昧にとらわれていても、諦めませんでした。

 

 

 

安倍さんは、どちらかといえば「グローバリスト」です。

ですから、まあ、どちらかといえば、社会の下位の階層にいる人たちよりも、社会の上位の階層にいる人たちにとって有利な政策をすすめています。

 

 

「アベノミクス」の成果として、「大手企業」のボーナスが過去最高額になった、というニュースを見て、「やったぜ、さすが安倍総理!」といっている人たちがいるわけです。

でも、「彼ら」の人生は、「それ」とは「交わらない」わけです。

 

それなのに、「彼ら」は、安倍政権を支持します。

その理由は、まったく単純です。

安倍政権は、「ドメスティックではない背景」に譲歩しないからです。

 

ついでにいえば、安倍政権打倒に執念を燃やす人たちの動機も「そこ」にあります。

さらに、ついでをいえば、安倍政権は、米国に対しては、さまざまな譲歩を行っています。

 

 

 

「二元論」でしか物事をとらえられない人は世の中にけっこうたくさんいて、このような文章を書くと、結局お前は「どっちの側」なのだ、とききたがります。

 

そういう問いに一言で答えられないからこそ、書こうとするわけですが。

 

ただ、これまでに書いてきた通り、私は、安倍さんという人を「すごい人」だと思っています。

失意の中から立ち上がり、再び前進を始める人は、誰であっても何ぴとであっても尊敬したくなります。

 

 

 

最後に、「政治の話」を書こうと思った「直接の動機」について書きたいと思うのですが、それは、生徒との「質問タイム」でした。

 

去年の中3の授業では、気になったことを「何でも」質問していい「質問タイム」というものがありました。これは、生徒の「質問」を題材にして、アドリブで私がおもしろおかしく話をするというただの「雑談」の時間なのですが、まあ、「質問」という理屈づけというか、体裁をとっているわけです。

 

で、私は、毎度毎度アホっぽいことをいったり、ボケをかましたりしていたわけです。

去年の中3の生徒は、頭の回転が速い子が多かったので、とても楽しい時間でした。

 

2つのクラスの生徒は、みんな「コミュニケーション」というものの本質を理解していました。

「こういう時間」をうまく活用したほうが、自分にとってもプラスになります。

理解力のある生徒は、「こちらの意図」を汲み取って、気分転換や、「スイッチ」を入れるきっかけにするために、積極的に参加してくれます。

 

 

それで、たまに「政治の話」がトピックになることがありました。

昨年、このブログに政治についての記事を何度か書きました。その記事はかなり婉曲的に書いたので、それについてどういうことなのか、ききたかったのかもしれません。

それに、昨年はいろいろと「政治の動き」が活発だった年でもありました。

 

でも、私は、「政治の話」をあまりすることなく、はぐらかすことが多かったのです。

「政治の話」をすることに躊躇があったのです。

 

それは、個人的な経験に起因しているかもしれません。

中学の頃、延々と「政治の話」をする教師が多くて、いつもうんざりしていました。

自分は「政治の話」をしないようにしよう、と思っていたわけです。

 

しかし、はぐらかしてばかりいると、何となく、やましいことを隠しているような雰囲気になってしまいます。かといって、「マジ」で話をしてしまうと、「質問タイム」の趣旨を損なうばかりか、とんでもなく時間を取られてしまいます。

 

何度か簡単な「答え」を返したこともあったのですが、そのうち、なんとなく「政治の話はNG」みたいな空気になっていきました。

 

後になって、そのことに対して、ちょっとした後悔を感じるようになりました。

 

それで、過去には、生徒たちに、「政治の話」は控えなさい、などと言っていたのに、自分から盛大に「政治の話」を書きまくってしまいました。

 

 

あとは、もう、書き尽してやれ、と思って書いてきましたが、この辺でお終いですね。

 

 

 

最後の最後に、もう一度注釈を。

 

 

政治について議論するときに、以下のことに気をつけてください。

 

これは正しい、とか、これは間違っているというように「価値観を表明すること」と、なぜそのようなことが起きるのか、とか、なぜそのような結論が導かれるのか、というように「論理的に説明すること」は「次元」が違います。

 

 

世の中には、両者の区別がつかない人がたくさんいます。

 

「政治的なこと」について考えるときには、その2つをよくふまえて熟慮するようにしましょう。

 

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

 

連絡「期末テスト対策」

期末考査が近づいてきました。

 

 

ひよ中とみなみ野中は、来週に始まります。

その他の中学は、2週間後ですね。

 

しっかり準備して挑みましょう。

 

 

各学校の生徒の「提出物」と試験勉強の進捗の「チェック日」を指定しています。

 

進んでいない人もごまかさずに、持ってきてチェックを受けてください。

毎度、「忘れた」といって、「都合の悪い状況」を見られないように努力する人がいますが、何が自分にとって「プラス」になるのかを、よく考えて行動しましょう。

 

あと何日あるので、こういうペースで進めていきましょう、ということを確認します。

 

「手つかず」のままにしていると、ちょっとは「小言」をいわれることもあるかもしれませんが、それは、少しも深刻なことではありません。

 

大事なのは、今、この瞬間からやれることをしっかりとやり切って、試験に挑み、より良い結果を目指すことです。

 

 

がんばりましょう。

 

 

 

今週の土日と来週の土日は、定期試験勉強のために、校舎を開けますので、家で勉強が手につかない人は、利用してください。

 

 

定期試験対策

 

・6月16日(土) 14:00~

・6月17日(日) 14:00~

 

・6月23日(土) 14:00~

・6月24日(日) 14:00~

 

 

 

月~金も、開校時間に自習することができますが、最近、「個別指導」の授業が入ることが多くなってきて、夜の時間に空き教室が無くなってしまうことがあります。

 

その場合でも、必ず受付の机などを利用できるように手配します。

「勉強する空間」は絶対に確保しますので、その点は心配しないでください。

 

 

~19:30までは、必ずどこかの教室で自習ができます。

それ以降、教室が空いているかどうか気になる人は、問い合わせてください。

 

 

家で勉強に取り組める人は、自宅でしっかりと勉強をしていきましょう。

むしろ、自宅で勉強する習慣をつけてもらいたいと思います。

 

自宅で勉強できるようになれば、それが一番良いことです。

 

しかし、なかなか家では勉強する気になれないという人もいるでしょうから、そういう人は、遠慮なく塾を利用してください。

 

 

 

それでは、お待ちしております。

 

 

 

 

sìchuān_morning

 

中国四川省のシャレオツなカフェーで、ハイセンスな一皿をエンジョイするヤングな私。

 

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

 

 

 

政治の話⑨(「アベノミクス」)

安倍内閣の政策の目玉は、「アベノミクス」であるということになっています。

 

「アベノミクス」は、経済の「成長戦略」であると説明されます。

 

要するに、経済活動を抑制したり、緊縮させたりしないようにするわけです。

 

そのために、投資家に、積極的に投資をしてもらえるようにするわけです。

また、企業が、積極的に経済活動を行えるようにするわけです。

 

 

そして、政府は、積極的に「公共事業」を行います。

「公共事業」は、社会生活や経済活動の基盤となるような設備やシステムを整えることです。

これらは、一般的に、「社会資本(インフラ)」と呼ばれます。

「社会資本」の整備は、政府の重要な機能の1つで、「公費」が投じられます。

つまり、「税金」を使って、「仕事」と「雇用」を生み出すわけです。

 

 

余談ですが、かつて、「公共事業」は、「政治腐敗」の温床となりました。

政治家は、自分たちに利益を還流してくれる業者に、「公共事業」を優先的に発注したわけです。

 

 

景気を浮揚させるために、政府が、積極的に「公共事業」を行うことは、いうまでもなく「経済の基本」です。

しかし、これを「歳出」でまかなうわけですから、過剰な「公共事業」が行われてしまうと、「財政」が悪化します。

ですから、「公共事業」は、念入りに計画されなければなりません。

 

 

ここには、ひとつの問題点が横たわっていると思います。

 

 

すなわち、「消費税率の引き上げ」です。

 

 

積極的な「財政出動」を行って経済成長を促す、というのが「アベノミクス」の骨子だったわけです。そして、「アベノミクス」は順調だ、と。

 

非常にシンプルな話で、「歳出」を増やしたあげく、「歳入」が足りなくなって、「増税」…「これ」に納得できない人は多いと思います。

 

もちろん、「消費税率の引き上げ」を決めたのは安倍さんではありません。

「財政」に占める「公共事業費」の割合も大きくはありません。

 

が、これは、「整合性」の問題、というか、説明に「納得できるか」という問題です。

 

 

 

投資家や大企業は、「アベノミクス」の恩恵を受けています。

 

「経済活動」をするうえで、さまざまな「制約」が取り払われたからです。

 

また、政府が、「円安」を誘導してきたことも、メーカーなどの企業の追い風になりました。

「円安」は輸出企業に有利に働くからです。

 

多くの企業が収益をアップさせ、株価も上昇しました。

 

しかし、投資家や大企業からの税収が増えているわけではありません。

さまざまな「租税回避」が可能となっているからです。もちろん、それは「合法」ですが、「収益に見合った納税」をしていない、とみることもできるわけです。

 

 

つまり、「アベノミクス」によって、投資家や企業の経済活動は活発になったわけですが、「財政」の状況がよくなっているわけではないのです。

 

 

それで、「消費税率の引き上げ」です。

 

 

 

「雇用状況」がよくなっているのは、「アベノミクス」の成果であると説明されます。

 

失業率が下がり求人倍率が上がりました。特に、大学の新卒の「就職活動」が、完全な「売り手市場」になっていることが大きな話題になっています。

 

しかし、これは割と単純に、団塊世代がリタイアして、企業が「人手不足」になっていることが主な原因です。団塊世代が、「定年→(嘱託→)退職」を迎えるタイミングが訪れたわけです。

 

少し補足すると、いくつかの企業では、給与の高いベテラン社員が退職し、若い社員の割合が高くなったために、人件費が下がり、利益が出やすくなっているわけです。

 

 

他にも、「人件費」を抑える方法がいくつかあります。

企業は、「正社員」の比率を下げることで「支出」をカットすることができます。

また、低賃金で働いてくれる外国人労働者を雇うことができます。

さらに、「物価」が上昇しないので、平均賃金の上昇も抑制できます。

 

企業で働く「中低所得層」の収入が増えているわけではないので、「インフレ」が誘導されません。

 

「アベノミクス」は「好景気」をもたらしている、と広報されているわけですが、現実的に、この数年、日本社会全体の「生活水準」が上がっているとはいい難いと思います。

 

 

それなのに、「消費税率の引き上げ」です。

 

 

 

少し嫌味ないい方をするならば、「お金持ち」から税金を集めずに、税収が足りなくなり、仕方がないので「みんな」から徴収する、という感じでしょうか。

 

 

消費税率が引き上げられ、東京オリンピックが終わった後の日本を想像すると、けっこう怖いものがあります。

 

 

日本は資源を持たないので、「ものづくり」の国を目指しました。

日本の「ものづくり」は高く評価されて、工業先進国となりました。

しかし、もはや、後発の国々に完全にキャッチアップされています。

 

現在、日本のメーカー企業の業績がいいのは、政府が、「税と為替」の支援をしているからです。

こうした「ドーピング」が効かなくなったときに、日本の企業は競争力を発揮できるのでしょうか。

 

 

 

「アベノミクス」には、ちょっと「あやふや」なところがあって、危うい部分がります。

 

たまに「アベノミクス」の問題点を指摘する「声」を聞くこともありますが、オープンに議論する人はあまりいないように感じます。

 

反面、安倍さんは、けっこういろいろな「人格攻撃」にさらされていますが。

 

 

テレビや雑誌などで活躍する「識者」は、どちらかといえば「アベノミクス」の恩恵を受ける側であることが、その理由の1つかもしれません。

 

テレビ局などは「典型」ですが、下火となりつつある産業であるにもかかわらず、「業績」は上がっているわけです。

 

また、安倍さんの支持者は、「経済政策」よりも「外交」や「防衛」に興味がある人が多いことも原因かもしれません。

 

 

「マスコミ」や「野党」の人でも、「おいしい思い」をしている人は、 「やぶへび」になりそうな「余計はこと」は決していわないわけです。よくわからない人も、やっぱり何もいわないわけです。

 

 

ついでにいうと、「働き方改革」や「教育無償化」にもいろいろな問題点がありそうです。

もっと議論するべきだったと思いますが。

 

ああ、何か、いろいろありましたね。

 

 

 

ところで、「増税」を主導したのは、いうまでもなく財務省です。

 

 

ああ、あの省庁。

 

 

官僚たちの説明を聞いて、政治家は「増税やむなし!」という結論になったわけですね。

 

 

それにしても、その説明、「本当」ですか?

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

政治の話⑧(「派閥」)

現在の自民党を支える「三鼎」は、以下の3派閥です。

 

・「清和会」系「細田派」

・「宏池会」系「岸田派」

・「経世会」系「竹下派」

 

 

自民党総裁であり、内閣総理大臣でもある安倍さんは、「細田派」の出身です。

 

「細田派」の正式な派閥名称は、「清和政策研究会」ですが、「清和会」と表記して話を進めていきましょう。同じく、「岸田派」は「宏池会」、「竹下派」は「経世会」と表記します。

 

 

少し補足ですが、その他、自民党内には「麻生派」、「二階派」などの派閥があります。

 

「清和会」に次ぐ大勢力の「麻生派」は、「宏池会」の流れをくむ派閥ですが、派閥の会長である麻生さんは、安倍政権を支える閣僚でもあります。

 

「二階派」の会長であり、また、自民党幹事長でもある二階さんは、もともと「経世会」出身の政治家で、「根回し」や「調整」を得意とします。ある意味で、二階さんはもっとも「経世会」的な政治家であるといえるかもしれません。

 

 

 

さて、安倍さんの出身派閥である「清和会」ですが、ときに皮肉交じりに「保守傍流」と呼ばれることがあります。

 

他の「宏池会」と「経世会」は、日本の戦後政治の礎を築いた吉田茂の系譜に連なる「名門派閥」です。

2派閥は、ある種の自負心から、自分たちを「保守本流」であると称しました。おのずと「清和会」は、「保守傍流」という位置づけになるわけです。

 

 

しかし、最近20年ほどの間、「清和会」は常に自民党の「主流派」を構成してきました。

その間、自派閥から、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三(第一次)、福田康夫、安倍晋三(第二次)の「5人」を総理大臣に排出しました。

 

「傍流」などと皮肉られてきた「清和会」ですが、現在は、名実ともに保守政権の「中枢」を担っているわけです。

 

 

また、「清和会」は、政治評論家などに「タカ派」と呼ばれることがあります。

「タカ派」というのは、強い保守的傾向を示す「政治用語」です。

 

一方、「宏池会」「経世会」は、自民党内の「ハト派」であると位置づけられることがあります。

 

一般的に、ハトという鳥は「平和の象徴」であるとみなされることから、「ハト派」というのは、平和主義的な穏健派、を指すものであるとされています。

 

反面、「タカ派」というのは、強硬的、武断的な政治姿勢を暗示し、どちらかというと、悪い評価であるとみなされます。

 

 

「清和会」という派閥は、かつては「保守傍流」、「タカ派」などと「揶揄」される対象だったわけです。

 

 

 

80~90年代は、「清和会」にとって不遇の時代でした。

 

2000年代に入り、特に小泉さんの「登板」を契機として、「清和会」は「最盛期」を迎えます。

 

小泉さんは、古い自民党の「構造」を壊して、党組織を刷新しようとしました。

「派閥」を失くそうとしたのです。ところが、その後、「派閥」が復活し、「清和会」が自民党内の「主導権」を保持し続けました。

 

現在、自民党内にいくつかの派閥が存在していますが、総理・総裁を擁する「清和会」の発言力は、強大です。

 

ある意味で、「自民党全体」が「清和会」に染まりつつあるといえるのかもしれません。

 

つまり、「自民党全体」が「タカ派」的な色彩を強めているわけです。

 

 

 

「清和会」の最大の特徴は、「親米」です。

 

歴史的に「清和会」は、アメリカ合衆国との「連携」を深めてきました。

 

別の面からいうならば、「清和会」の政治家は、基本的に、米国の利益を損なわないような政策を実施してきました。

 

 

小泉さんは、アメリカ合衆国大統領だったブッシュさんと緊密な関係を築きました。

 

安倍さんは、オバマさんの対日不信を払拭しました。

安倍さんは、また、今、トランプ大統領との「関係」を強化しつつあります。

 

 

 

ついでに述べると、「清和会」は、かつては韓国とも「太いパイプ」でつながっていました。

 

冷戦下、日本、米国、韓国は、資本主義の同盟国として、協調して社会主義に対抗する必要があったわけです。

 

ところが、韓国が「民主化」され、冷戦が終結したことで、韓国国内の政治状況が大きく変化しました。

北朝鮮に対して宥和的な「左派」の政治勢力が台頭しました。

 

90年代後半から、韓国は「右派」と「左派」が交互に政権を取り合います。

 

「振幅」の激しい政治状況で、両者ともに共振することができたのが、「反日」だったわけです。

 

さらに近年、韓国は中国への経済的依存を強め、「親中反米」に傾斜しました。これは、厳密には「親北反米」工作です。

 

 

つまり、日本が米国との関係を強める一方で、韓国は、日米との距離を広げていったわけです。

 

 

あまり話題に上ることはありませんが、安倍さんのお父さんは、安倍晋太郎さんという方で、「清和会」のリーダーでした。安倍晋太郎さんは韓国に「コネクション」を持つ「親韓派」の政治家として知られました。

 

 

 

「清和会」の話の続きです。

 

ちょっと俗な直言をすれば、「清和会」の「バック」には、アメリカがいるというわけです。

 

したがって、他の政治勢力は、アメリカ以外の国との「連携」を模索します。

 

「経世会」は、中国に接近しました。(が、歴史的に、中国と「太いパイプ」を構築したのは、小沢一郎さん、二階俊博さんなど、「経世会」から離脱していった人たちでした。)

 

そして、「保守本流」を自認する「宏池会」ですが、80年代に入って以降、急速に「リベラル」色を強めました。中国や韓国に対して、さまざまな面で配慮や歩み寄りを行いました。

 

 

 

90年代までの日本では、「反米」というような政治的立場をとる人たちが、一定の勢力を保っていました。日本は、米国への依存を脱し、「自主的な国」になるべきだという考えが根強くあったわけです。

 

つまり、「清和会」の「旗色」は、あまり良くなかったわけです。

 

しかし、2000年代以降、中国や韓国との間で「対立」が鮮明化しました。また、ロシアが国力を高めましました。北朝鮮の問題もありました。

 

日本は、やはりアメリカとの関係を強化するべきだという「世論」が高まったのです。

 

 

「清和会」が台頭するのは、ある意味で「必然」だったわけです。

 

 

「民主党」による政権奪取を経て、現在、日本は、再び自民党の政権下にあります。その「中枢」に座しているのは、やはり「清和会」です。

「民主党政権」は、「清和会」の「権勢」を決定づけたといえます。

 

 

 

現在、北朝鮮問題が「山場」を迎え、日米両国は強調して、事態に臨もうとしています。

 

しかし、実際には、安倍さんは、トランプさんに振り回されています。

 

「今」も、「土壇場」になって「アドリブ」が飛び出さないか、ひやひやしているかもしれません。

 

 

トランプさんは、アメリカ合衆国の歴史の中で、特異な大統領です。トランプさんは「ビジネスの世界」と「テレビの世界」で活躍してきた人で、本来「政治の世界」の人ではありません。

 

つまり、自民党「清和会」が、長い年月をかけて築き上げてきた「パイプ」を使って「意見」や「利害」を調整することができない相手であるということです。

 

 

トランプさんは一般的な政治の文脈や、国際政治の慣例などを無視して、予想外の行動に出たり、突発的な発言をしたりします。

 

それは、政治家としてありえない短慮な言動だったり、感情的なリアクションだったりすることもありますが、ときとして、それは、「ビジネス」の経験をもとにしたトランプさんの「交渉術」の一端であるわけです。

 

 

表面上、安倍さんとトランプさんは、非常に友好的な関係を築いているように見受けられますが、実際には、海千山千の「ビジネスマン」は、「自分の利益」を冷徹に見積もっているでしょう。

 

日本の「顔」を立ててやれば、「見返り」を要求できる、と考えているかもしれません。

 

 

 

アメリカ合衆国に、日本の「国益」の一部が流出することに対しては、「世論」は一定の理解を示すと思います。回りまわって、日本に一部の「利益」が還流することもあります。

 

しかし、朝鮮半島情勢に日本が関与しなければならなくなるとすると、「世論」の反応は大きくなるかもしれません。

 

 

安倍さんは、米国との関係を強化する一方で、周辺国に対して譲歩しないことで支持を集めてきました。

ところが「これから」は、「それぞれ」を「別々」に対処することができなくなるかもしれないわけです。

 

 

(ivy 松村)