「がんばって」

今日までに、在籍する中3受験生のうちの半数の生徒の進路が決まりました。

私立推薦入試、私立一般入試、都立推薦入試と、合格の形は様々ですが、これまでのがんばりの結果が形となったものです。

 

そこに至るまでには、大きな決断や挑戦がありました。

そして、たった一つの人生の道として、進むべき進路を定めたのです。

 

本当におめでとうございます。

 

これからもがんばってください。

応援していますし、私たちも、まだまだ皆さんの力になれると思います。

卒業後も、困ったことや相談があるときには、いつでも来てください。

 

 

これから、本番を迎える人たちは、残りの日数を使って、しっかり準備していきましょう。

最後まで、皆さんを支えるために、私たちも全力を尽くします。

 

 

 

私は、いつも、生徒に「がんばって」とか「がんばろう」と声をかけます。

ありふれた言葉ですが、私は「がんばる」という言葉が好きです。

 

 

ところが、「がんばって」という言葉をなるべく言わない方がいいのだ、という人もいます。

数年前から、「がんばれ」と言われるのがつらい人もいるのだと、いろいろなところで言及されるようになりました。

 

こんなにもがんばっているのに、さらに「がんばれ」と言われると、まだ、これ以上がんばらなければいけないのか、と思ってしまい、気持ちが追いつめられてしまうのだそうです。

 

きっと、言葉をきちんと受け止めようとする真面目な人が、そう思ってしまうのでしょう。

 

 

もしかしたら、ivyにも、「がんばれ」と言われるのがつらいと思っている生徒がいるかもしれないので、一応、この言葉をどうとらえればいいのかを述べておこうと思います。

 

 

基本的に「がんばって」というのはあいさつです。「こんにちは」とか「ありがとう」などと同じ類の声かけにすぎません。

 

 

「お早う」といわれて、「え、もう10時半ですよ。この時間はさすがに、朝早くないですよ」とか思う人がいますか?

 

「今晩は」といわれて、「え、主語だけ?述語は?今晩は・・・の続きは何なの?」と不思議がる人がいますか?

 

「ごめんください」と言ってお店に入って、「『ごめん』という品物は売っていません」という店員がいると思いますか?

 

贈り物をするとき、「つまらないものですが」といわれて、「つまらないものなら、いりません」と思う人がいますか?

 

 

言葉が持つ意味内容と、言葉が果たす「機能」は別です。

 

相手に声をかけるために存在する言葉もたくさんあって、「がんばって」もその一つであるといえるのです。

 

「がんばって」というのは、「何かに挑戦する人」と「それを応援する人」という「役割」の間で用いられるコミュニケーションの形式にすぎません。

 

 

ことさらに重く受け止める必要はありません。ただの声かけです。

 

 

もちろん、どんな言葉であっても、発言の意図とはかけ離れて、相手を傷つけたり追いつめたりしてしまうことがあります。

そのような不幸は失くしていきたいものですし、できる限り気を付けて言葉を扱うべきです。

しかし、個人の言葉の受け取り方の問題は、ある言葉の使用の良し悪しとは別の問題です。

まして、「がんばる」は悪い意味が全くない言葉なのですから。

 

私が心配するのは、「がんばれ」という言葉でつらい思いをする人もいるから、言わない方がいいのだと周りに広める人です。

 

多分、人を励まそうと、軽い気持ちで使っていた言葉が、逆に人を悩ませると知って、ショックを受けた人が、強い自責の念を持ってしまったのだと思います。

 

「がんばって」に追いつめられる人も、「がんばって」を反省する人も、どちらも極端すぎます。

言葉は本来、コミュニケーションの材料でしかないのです。

 

 

 

震災などに被災した人たちで、「がんばれ」と言われるのがつらいと感じてしまった人がいるそうです。

本当に、胸が締め付けられる思いがします。

やはり、私たちは自然と「がんばって」という言葉を口にします。

 

「声をかけてほしくない」という人もいると思います。人の善意が苦しいという人もいるかもしれません。しかし、それは、人とのかかわり合いを拒絶しているという意味で、もはや「がんばって」という言葉にまつわる議論とは全く別次元の、「心理学的な問題」となっています。

 

 

また、弱い立場の人を抑圧するような相手から、「お前はがんばっていない」と責められることを何度も経験してしまって、「がんばる」という言葉に精神的な重圧を感じるようになってしまった人もいるかもしれません。

そんな人こそ、ぜひ、この言葉を受け流せるようになってほしいと思います。

 

もう一度いいますが、世の中の「がんばって」は、ただのあいさつです。

 

 

「がんばれ」という言葉を嫌がっている人もいるから使わない方がいい、というのは単純な思考です。

「がんばって」という言葉は、あまりにも一般的に使われます。ですから、むしろ、この言葉に慣れたほうがいいと思います。

 

 

 

たしか、オリンピックの選手が、日本中からメダルを期待されて、「がんばれ」と言われるのがプレッシャーだという発言をし始めたのがきっかけだったと思います。

それで、オリンピックは周りのためでなく、自分のために出場するのだと捉える選手が増えてきました。

 

近年の新しい世代のスポーツ選手が「期待に応えられるようにがんばる」という発言ではなく、「プレーを楽しみたい」という発言をするようになって、一時、マスコミで問題視されることがありました。

 

スポーツ大国のアメリカでは、オリンピックのメダリストが特別な存在というわけでもありません。また、スポーツに対する考え方が他の国々とは違っています。日本やヨーロッパと比べても異質です。そんなアメリカでは、選手に、「がんばって」というような声かけはせず、「楽しんで」と声をかけるのだそうです。

日本のスポーツ選手の発言の変化も、その影響なのかもしれません。

 

 

それで、どうでもいい話といえばどうでもいい話なのですが、私は、結構いろいろな塾のブログなどを閲覧しています。毎回「目から鱗」で貴重な勉強をさせていただいているブログもあれば、何というか、反面教師としてありがたく拝読させていただいているブログもあります。

 

最近ちょっと気になるのが、「入試を楽しんで」と受験生に言う塾の人です。結構な数の人がブログに書いています。これは、「あいさつの言葉」ではなく、意図をもったメッセージです。

 

受験とスポーツは共通点も多いとは思いますが、「入試を楽しんで」といってしまう感覚は、ちょっとわからないかもしれません。

もしかしたら、何かを勘違いしているのかもしれません。

 

やはり、私は、「がんばって」というのが、一番自然な言葉だと思っています。

 

 

 

ということで、「がんばれ」という言葉が重荷になってしまう人は、ただのあいさつなので、ことさら深刻に受け止める必要はありません。

心の中で「お前に言われんでもわかっとるわ」と思ってくれればいいです。

 

 

ただ、「がんばって」という言葉がただの記号でしかないとしても、それでも、「がんばる」はとても美しい言葉であると思います。

 

ですから、個人的には、密かに思いを込めて使いたいと思っています。

 

 

 

10日、11日、12日。そして24日。

がんばっていこう!

 

 (ivy 松村)