”LET IT GO”について考えてみた

ディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」の主題歌「Let It Go」は本当に素晴らしい楽曲ですね。この歌は精神の開放について歌われています。

 

動画サイトなどで、いろいろな国の言葉でこの曲が歌われているのを聞くことができます。中でも日本語で歌われている松たか子さんは海外でも高く評価されているそうです。

 

インターネットのあるサイトで、この曲の英語の歌詞と日本語の歌詞で内容が違っているのかどうかの議論がなされていて、大変興味深く思いました。私はやはり少し違いがあるように思いました。

 

英語の歌詞は、「開き直り」がモチーフとしてあります。

 

秘密を周りの人々に知られてしまい、絶望の底に落とされてしまいます。そんな、最低の状態で、意識は反転します。

 

「なるようになれ “Let it go”」
「もうこれ以上我慢できない “Can’t hold it back anymore”」
「何を言われても気にしない “I don’t care what they’re going to say”」

 

これより下のないどん底から、独りで立ち上がり、周りを気にせずに生きていこうと決意します。これ以上周りの人々が求める価値やルールに縛られることはないという決心です。
だから、

 

「私は自由だ “I’m free!”」

 

と叫ぶのです。

 

一方、日本語で歌われる「ありのままで」には、「秘密を周りに知られてしまった」という状況の設定がありません。したがって、「自分はもう周りのことを気にしない」という文脈が存在しないのです。

 

日本語の歌詞では、本当の自分を隠さずにあらわすことは素晴らしいのだという自己表現が主題となっています。ですから、ここでいう「自由」は観念的なものになっています。

 

 

 

 

日本語の「ありのままで」のすごさは、まず、何よりも、松たか子さんの歌声にあると思います。
そして、さまざまな制約の中で、生み出された言葉が、より歌の魅力を引き出していることにあるように思います。

 

特に、
“Let it go, let it go”
とうたわれるサビの部分を
「ありの ままで」
とされたところに深い感銘を受けました。

 

英語で歌われるとき、「レット・イット・・・」は音の連結が起こって「レッティ」となります。しかし、「ティ」は「リ」に聞こえると思います。

英語の(t)の発音と(l)の発音は非常に近いのです。両者とも、上前歯の裏(硬口蓋)に舌を付けて発音します。英語で(t)を軽く発音したときに、(l)に近い音になってしまうのです。(water→ワラー、little→リル)

 

また、「イット」の(t)は無音化されます。そのため、「レリ・・・」と聞こえるはずです。「レリ・・・」となったところで、英語話者は“let it”と認識できます。

そして、「ゴー」の母音は(0)ですから、口全体を縦に開いて前に突き出して発音します。→「レリゴー」

 

(ちなみに、英語の発音の連結を「リエゾン」という人がいますが、厳密には誤用です。これはフランス語の発音ルールにおける用語ですが、同様の音の連結はフランス語ではアンシェヌマンと言います。)

 

 

 

エルサが劇中でこの曲を歌う場面で、エルサの口は英語の発音に合わせて動きます。当然、アメリカのオリジナルのフィルムは英語での歌唱にあわせて制作されているからです。

 

しかし、驚くべきことに、日本語の歌が流れても口の動きがシンクロしているのです。
「ありの…」と“let it go…”の口の動きが非常に近いからです。

 

この部分だけではありません。この歌が歌われる場面全体を通して、アニメーションの口の動きに合わせて日本語の歌詞が当てられているのです。もちろん、どうしても合わないところもありますが、ものすごい同調率です。

 

たぶん、歌だけを聞くよりも、この場面の動画を見ながら聞いたほうが、心地よいと感じるはずです。それは、何よりも映像が素晴らしいということもありますが、エルサの口の動きに合わせて言葉が出てくるからです。そしてきっと、多くの人はいっしょに口ずさみたくなるのです。

(ivy 松村)

ハンスは何者なのかを考えてみた

今回は、勉強や塾のこととは関係がないのですが、「アナと雪の女王」を観て考えたことなどを書いてみます。特に、ハンスのことが気になりました。

 

 

 

まだ「アナと雪の女王」をご覧になっていない方は注意してください:ネタバレも含んでいます。

 

 

 

「アナと雪の女王」は大変綿密に構成された物語でしたが、ハンスの人物造形は少し不思議な感じがしました。気さくで、紳士的、また誠実で、勇敢であった彼が、実は計算高く野心的な悪役であったことが、物語の後半で明らかになります。その豹変は唐突で、やや不自然に思いました。

 

おそらく、ハンスのキャラクターは最初からそのように設定されたのではなく、シナリオの制約によって与えられたものではないかと思います。

 

この映画の監督は、ハンスは「鏡」であり、周囲の人物を投影する存在であると語っているそうです。しかし、「彼は『鏡』だからあのような行動をとった」と「種明かし」されても違和感が残ります。

 

ハンスは最初から「鏡」として設定されたのではなく、彼を「鏡」であると位置づけることで、彼の支離滅裂な人格に対して整合性をもった説明をつけようとしたのではないかと思います。

 

実は、エルサは当初、悪役になるはずだったそうです。しかし、主題歌になっている「Let it go」の出来があまりにもすばらしかったので、設定が変更され、彼女はもう1人の主役になったのだという解説を読みました。おそらく、この設定の変更による「玉突き」によって、この物語におけるハンスの役割が変わってしまったのではないかと思います。

 

つまり、設定が変更され、物語が再構成されるなかで、エルサが悪役ではなくなり、かわりにハンスが悪役となったのではないかと、思うのです。

 

正体を現すまでのハンスは、少しドジなところも含めて「完璧なヒーロー」でした。そのような描かれ方がなされたのは、その後の悪辣ぶりを際立たせるためだとは思えませんでした。

 

前半のハンスは、まったく自然で説得力のある人物描写でした。一方、後半の悪役としてのハンスは性急で杜撰な行動をしていて、非常に不可解に思えました。

 

実は、前半の彼こそが、もともと「予定」されていたあるべき姿のハンスなのではないのかな、と思います。

 

ハンスが一貫して悪役であるならば、本当は悪役であるという伏線や暗示などが前半にも示されるべきだと思います(ハンスが「鏡」であるがゆえの態度やセリフ回しは見られましたが)。しかし、そのような演出をしてしまうと、物語前半でのアナとハンスのやり取りやロマンスの演出、歌などに、観客は感情移入していけなくなってしまいます。

 

 

もしかしたら、高い完成度に仕上がってしまった、一連の素晴らしいアナとハンスの場面に手を加えることができなくなったのかもしれません。

 

いずれにしても、物語の前半でハンスは、悪をみじんも感じさせない「完璧なヒーロー」を演じてしまいました。そのため、ハンスの、魅力的な若者というキャラクターと、悪役のキャラクターの両方をうまくつなぎ合わせなければならないという「合理的な問題」が生じてしまいます。

 

そこで、前半のロマンスと後半の悪役としてのハンスを両立させるための説明原理として、「鏡」という概念が持ち出されたのではないでしょうか。ハンスが「鏡」であるという設定が先にあったわけではなく、ハンスが矛盾した行動をとるストーリー展開が決められ、それを成立させるための説明として、彼の人物像を「鏡」としたのではないかと想像してしまうのです。

 

 

 

 

一応念のため:製作者の揚げ足を取っていい気になりたいわけではありません。上に書いたことはほとんど想像でしかないのですが、むしろ、本当にギリギリのところで調整をしながら、作品を作っていることが感じられ、感動しました。うまく伝わらなければ、申しわけありません。

 

 

そして、幸福な結末の裏側で、悪役へと身をやつし、みじめなエンディングを迎えざるを得なかったハンスを思い、同情してしまうのです。さらには、「鏡」である彼は、自分というものがない空虚な存在であるとまでいわれています。

 

うがった見方すぎるでしょうか?

(ivy 松村)

why don’t you watch the movie “FROZEN” ?

「アナと雪の女王」の人気がすごいですね。

生徒がいつも劇中歌の「ありのままで」や「生まれてはじめて」を口ずさんでいます。

 

よく、ディズニーのアニメは小さな子供から大人まで楽しめると評されますが、本当にそうですね。「子供向けの作品」というよりも、「子供も楽しめる作品」と言えるのかもしれません。

 

さて、歴史的な大ヒットとなったこの映画、日本語版も素晴らしかったけれど、英語版では、違った楽しさを味わえるかも知れません。

 

ハリウッド映画などで英語の勉強をしようと思っても、なかなかうまくいかないことが多いと思います。

一般的なアメリカ人に向けて作られた作品は、英語に慣れていない人にとって、自然な会話のスピードについていくだけでも大変です。さらに、なまりや俳優のクセのせいで声が聞き取りづらかったり、くだけた表現や婉曲表現を理解できなかったりといったことが多く、ハードルが高くなってしまいます。

 

しかし、ディズニーアニメは子供でも楽しめるように作られているので、ていねいで優しいセリフ回しになっています。その意味で、英語に慣れる教材としても非常に優れていると思います。

声優の発音が非常にきれいで聞き取りやすく、表現もシンプルです。下品な表現も出てこないので、安心して学べると思います。

 

私の友人がアメリカに住んでいるのですが、遊びに行くと、当時5歳と3歳の子供たちはいつもディズニーアニメのDVDを観ていました。

 

同じものを何回も観ていて、飽きないのかな、と思ったけれど、そういえば、自分も同じ絵本を何度も読み直していたなあと思い当たりました。子供って同じお話に飽きないんですよね。

 

彼らは、母語ではなく英語で観ていました。それで、子供たちの様子をよく観察してみると、ぶつぶつとセリフをなぞっていることがあって、そうか、彼らは今、言語を習得しているんだなあと思いました。

 

子供だけでなく、大人にとっても有意義な英語の教材だと思います。字幕のON/OFFを使えば、より効果的な学習ができると思います

(ivy 松村)