دعونا دراسة اللغة العربية

3大宗教に数えられる「イスラム教」は、まだ日本ではそれほどなじみ深いものではないようです。ときに誤解されたり、偏見を持たれたりすることもあります。

 

中学の教科書にも、「イスラム教」に関する記述が増えてきましたが、まだ、十分に適切であるとはいえないような表記もあります。

 

私は、ずいぶん昔になりますが、4ヶ月間ほど中東に滞在したことがあります。

滞在中は、よく「モスク」にも足を運びました。

「イスラム教」は、私にとって親しみのあるものなのです。

ですから、「イスラム教」に対する理解が深まっていくいいなあ、といつも思っているのです。

 

 

 

現在は、識者を中心に、「イスラム教」という表記ではなく、「イスラーム」という表記が広まりつつあります。さらに、「イスラム教徒」を「ムスリム」と表記することも見られるようになってきました。

 

 

高校の教科書でも「イスラーム」や「ムスリム」という表記が増えてきているようですが、中学の教科書はまだ、「イスラム教」「イスラム教徒」という表記になっています。

 

 

「イスラム教」の開祖は、現在は「ムハンマド」と表記されていますが、以前は「マホメッド」という表記も見られました。

 

両者は、日本人にとっては全く違った発音に思えます。

あまりにも極端な変更に感じられて、奇異に思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 

 

 

実は、これには、「アラビア語」の特性が大きく関係しています。

 

独特のアラビア文字は、日本人に奇抜な印象をもたらします。

下から上に書く、右から左に読む、といった、私たちにとって「逆」のルールもまた、とても不可思議に映ります。

さらに、その表記法も、別の文化圏で暮らす私たちに、驚きを与えずにはいられません。

 

 

実は、アラビア語は、基本的に母音を表記しないのです。

たとえば、「豊田」という言葉をローマ字にすると「toyoda」となりますが、アラビア語では「tyd」と表記されることになります。

 

(最近は日本語でも、こういう言葉遊びのような表記もよく見られるようになりましたね。)

 

さらに、アラビア文字は右から左に向けて書かれるので、実際の文字の並びは「dyt」となります。

 

「tyd」は、アラビア文字で表記すると「تيد」となります。

この文字列には、「t」「y(i)」「d」が「逆」に並んで表示されています。

アラビア文字は「草書体」で書かれるので分かりづらくなっていますが、この連続した点画は、3つの文字に分離できます。

左から「d」「y(i)」「t」をあらわす文字が並んでいます。

そして、アラブ人たちは、右から読み進めて、「tyd」と書いてあることを認識するのです。

 

要するに、「→」ではなく、「←」の向きに読むのですが、その際に、母音を類推しながら読んでいくのです。

 

 

混乱してしまうので、「تيد」(tyd)のように、( )の中に、対応するアルファベットを左から記載するようにしましょう。

 

 

実際には、アラビア語には、「a」「i」「u」の3つの母音があります。

慣例的に、「外国の語彙」などは母音を用いることになっているので、本当に「toyoda」をアラビア語で表記するときは、「تويودا」(tuyuda)としなければなりません。ですから、例に挙げた「تيد」(tyd)は、正式な表記ではありません。

 

 

 

子供や初学者のために、補助的な「発音記号」として母音を表記することはできます。

しかし、アラビア語は、母音をともなって発音される単語であっても、基本的には、母音を省略して表記されます。

 

 

ですから、アラビア語は、その表記法ゆえに、子音の拘束力が強く、母音の影響が弱い言語となっているといえるでしょう。また、それは、アラビア語の母音の少なさにも表れているように思えます。

 

 

実際に、アラビア語は、母音がそれほど重視されないので、場合によっては、おのおの好きなように母音を補って読むことが許されます。

 

日本語は、対照的に母音の拘束力が強いので、日本語を母語とする私たちは、こうしたアラビア語のシステムには、いっそう驚かされてしまいます。

 

 

さらに、アラビア語は、北アフリカからペルシャ湾岸地域まで、広範囲に渡って使用されている言語ですので、地域差が激しく、方言が発達しています。

そのため、同じアラビア語といっても、地域によって発音に大きな差異が生じやすいのです。

 

 

 

さて、「イスラム教」の開祖であるとされる預言者「ムハンマド」は、アラビア語では「محمد」(mhmd)と表記されます。

 

アラビア語では、子音さえ確定されれば、母音は自由に置き換えることができます。

 

ですから、「muham(m)ad」(ムハンマド)でも「mahomed」(マホメッド)でも「同じこと」なのです。

さらにいえば、「mohamed」(モハメド)もあり得ます。

 

「モハメド・アリ」というかつてのボクシングの世界チャンピオンをご存知の方も多いと思います。彼は、「イスラム教」に改宗し、その際に、改名したのです。いうまでもなく、「モハメド」は、「イスラム教」の最も重要な預言者の名をあらわしています。ちなみに、「アリ」もまた、「イスラム教」の重要人物の名で、「イスラム教徒」(ムスリム)に人気の名前です。

 

 

さらに、高校の世界史ではおなじみですが、オスマン帝国の皇帝に「メフメト2世」という人物がいます。「mehmet」(メフメト)もまた、預言者に由来する名前です。

 

「メフメト」は、アラビア語がトルコ語に移植される過程で、語末の「d」が「t」に変化したのだと考えられます。

「d」と「t」の交代は、あらゆる言語で頻繁に起きます。英語でも、「helped」「walked」などの「d」は[t]と発音されますね。

日本語では「たちつてと」は清音、「だぢづでど」は濁音と識別しますが、音声学的には[t]は無声音、[d]は有声音であると分類され、お互いが対をなしていると考えられています。

試しに「ティー」と「ディー」を連続して発音してみるとわかりますが、両者は、同じ口の形で発音され、非常に近い音です。

中国語のように、「t」と「d」を区別しない言語も存在します。また、音素が混同されたり、移行したりする現象もよくみられます。

「マホメッド」も「マホメット」と表記されることがあります。

 

 

 

「ムハンマド」=「マホメッド」=「モハメド」=「メフメト」は同じ語彙を指示しているということになります。

 

しかし、スタンダードのアラビア語の発音に最も近いものが「ムハンマド」なので、最近は「ムハンマド」と表記されるようになっているのです。

 

「マホメッド」ももちろん「間違い」ではないのですが、実は、この言葉は、アラビア語から直接「音」を採録した発音ではないのです。いったんアラビア語からヨーロッパにもたらされた言葉が、日本語に入ってきたものなのです。

ですから、実際のアラビア語の発音からはかけ離れてしまっています。

そのために、より原音に近い「ムハンマド」という表記へと改正されたのです。

 

 

 

「イスラム教」関連の語彙は、フランス語や英語から流入したものが多く、実際の発音や語彙と異なるものがかなりあります。

 

たとえば、イスラム教の寺院は一般的に「モスク」といい、教科書にもそう記載されていますが、実際のアラビア語では、「マスジド」といいます。

また、「イスラム教」の聖典である「コーラン」は、実際には「クルアーン」という発音が最も近いものです。

 

それだけでなく、神をあらわす「アラー」は「アッラー」もしくは「アッラーフ」、最大の聖地である「メッカ」は「マッカ」のほうが、実際のアラビア語により近い発音です。

 

 

インターネットや各種の出版物では、こうした表記も浸透しつつあります。

 

高校の教科書で、こうした表記を採用しているものもありますが、中学の教科書では、もう少し先になるのかもしれません。

 

 

 

ちなみに、私の名前は、アラビア文字では「ﻣﺎﺗﺴﻮﻣﻮﺭﺍ ﺁﻛﻴﺘﻮ」(Matsumura Akitu)と表記されます。

そして、「ivy」は「إفي」(a(i)fi(y))です。

また、植物の「ツタ」は、アラビア語では「لبلاب」というのだそうです。

 

 

 (إفي ﻣﺎﺗﺴﻮﻣﻮ)