代ゼミとサピックスのこと

代ゼミは、2009年にサピックスの中学部・高校部を買収し、翌年に小学部を買収したことで、サピックス全体をグループ化しました。別々に買収することになったのは、サピックスの小学部と中学部・高校部がそれぞれ独立した運営だったからです。

 

サピックス小学部と中学部・高校部は、受験業界におけるプレゼンスにおいて、全く別物といってよいかもしれません。サピックス小学部は、中学校受験において、頭一つ抜きんでた、圧倒的な実績を出しています。

 

この時の買収は、サピックスの側が持ちかけたものだそうです。サピックスを立ち上げた経営陣が第一線を退く年齢に差し掛かり、経営権を手放したといわれています。

 

代ゼミがサピックスの求めに応じ、合併を行ったのは、中学受験、高校受験をした生徒をそのまま大学受験まで「抱えこんで」いこうという予備校を運営する企業としての経営的な戦略があったからです。

 

大手の予備校はみな同じような戦略をとっています。河合塾は中学受験の老舗である日能研と提携しています。駿台予備校は関西の中学受験塾の浜学園と提携しました。そして、東進は中学受験の四谷大塚をグループ化しています。

 

いずれの予備校も、中学受験指導を行う塾との関係を強化しようとしています。中学受験を経て、中高一貫校に入学した有望な生徒が大学受験をするときに、その受け皿を担いたいと考えているのです。

 

 

サピックスの中学部・高校部に続き、首都圏の難関中学受験で圧倒的な実績を上げているサピックス小学部を傘下に収めた代ゼミは、非常に有利な立場にありました。

 

首都圏では、サピックスは大きなネームバリューがあります。中学受験では絶対的な強さを持つ存在であり、上位進学校に進んだ生徒の多くはサピックスに通っていたわけです。最難関大学を受験する学力上位層に対する知名度は抜群で、信頼感も大きなものです。

 

サピックス小学部で学び、名門の私立・国立進学校に入学した生徒は学力が高く、経済的にも恵まれています。要するに、代ゼミは、大学受験で輝かしい合格実績を出すはずの優秀な生徒に対し、継続して代ゼミに通ってもらうように声をかける機会を得ていたのです。

 

 

しかし、代ゼミはこのアドバンテージをうまく活かせません。サピックスと代ゼミの「客層」が違うからです。

 

まず、なによりも、代ゼミは「私立文系」の浪人生を主なターゲットとする予備校です。東大や一橋大、東工大などの難関大学を狙う現役の高校生は、他の予備校や大学受験塾に流れていきます。

 

 

そして、原理的に、代ゼミの運営面での特徴と、サピックス運営方針の違いによって、両者の融合に困難が生じます。代ゼミの指導の体制は、本質的にサピックスとは異質なのです。

 

代ゼミは「講師の代ゼミ」といわれるほど、多数の人気講師を輩出してきました。講師が持つ裁量権が大きく、テキストや授業時間さえも講師の独断に任せられています。生徒を集める人気講師は、その分高い報酬がもらえます。そのため、講師同士が競い合いながら、教務力を高めていくという側面と、それぞれの講師が独立して教務を行うため、総合的な指導、運営がおろそかになるという負の側面があります。

 

さらに、そのような体質がもたらした最も重大な影響は、講師が、学生に対して「迎合的」な授業を行うという文化が根付いてしまったことです。必然的に、人気が出るような授業、つまり、「面白い授業」へと流れてしまい、学生の学力を伸ばすことよりも、学生に気に入られるようなパフォーマンスが優先されるようになっていきます。

 

もちろん、代ゼミのほとんどの講師はすばらしい授業の技術を持っていらっしゃると思います。そして、そんな講師の方々の、面白く分かりやすい高度な授業は、学生にとって理想的なものであるといえます。しかし、それは受験指導において絶対的に「良質なもの」であるとはいえないと思います。なぜなら、受験には緊張やストレス、努力や継続への耐性も必要であり、授業はそれを養う機会でもあるからです。

 

結局のところ、代ゼミが「私立文系」に強いという評判は、結果的に私立文系型の学生が集まる「空気」の予備校であるということが大きいよう思えます。

 

当然、国公立大学を受験するには、幅広い勉強が必要です。たとえ文系であっても、数学や理科の勉強をしなければならないのですから。つまり、「耐性」が必要なのです。

 

 

一方で、サピックスは突出した講師を生み出さないような運営を行ってきました。冊子テキストは複数の執筆者によって練り上げられ、作りこまれています。また、授業の構成をマニュアル化し、ノウハウを共有する仕組みが出来上がっていると聞きます。

 

代ゼミに買収された後も、サピックスの合格実績は下がりませんでした。運営の中心となっていた講師が抜けても、さらに他塾を突き放しつつあります。組織的な教務力がサピックスの強みであるといえるのかもしれません。

 

しかし、あまりにも合格実績に執心し、学力下位層へのフォローがなおざりになっているのではないかという話もあります。難関中学受験に照準したカリキュラムについていけなくなる生徒も数多くいるそうです。サピックスの宿題をこなすために別の塾に通う生徒もいます。学力的に厳しい生徒には、あまり楽しくないところなのかもしれません。

 

 

ある意味で代ゼミとは対極的な体制であるといえます。組織文化的に、代ゼミとサピックスの「接続」は難しかったのかもしれません。

 

 

そもそも、代ゼミとサピックスの「接続」以前に、サピックスの小学部と中学部(あるいは一貫校向けのクラスがある「Y-SAPIX」)がうまく連携できていない印象があります。小学部があまりにも突出してしまっていて、中学部やその先が受け皿として機能できていないのではないのではないでしょうか。

 

「Y-SAPIX」というサピックスの高校生(と中高一貫校生)向けの大学受験のためのブランドがつくられていますが、ここに代ゼミの「過剰さ」が組み合わされば面白いと思います。

 

それも、よっぽど確かな先見性と豪胆な実行力のある人が指揮をとらないと難しいかもしれません。塾や予備校の講師は、自分のやり方に誇りと自信を持っている人が多く、その意味では保守的な人が多いのです。代ゼミを支えてきた人たちがサピックスに従属的に協力する雰囲気があるのかどうかもわかりません。(ある塾とある塾の合併に、間近で接する機会があったのですが、なかなか大変な様子でした。)

 

 

実際にはどうなのかわかりませんが、代ゼミが、サピックスを買ったのはただの衝動買いではなく、将来的にサピックス主導の体制に移行するためであって、大クラスの学生を捌く高利益のビジネスモデルを捨てて、不動産で儲けながら、利益は少なくとも本業として受験に携わる塾をつつましく誠実に営もうとしている…という可能性が5%ぐらいはあるかもしれないと思います。

 

(ivy 松村)