「事前受験」について

あちこちの中学で、仮内申が出はじめました。

中3の保護者面談/三者面談も順次ご案内しています。

 

本日の面談で、少し気になったことがあったので、ちょっと書いておこうと思って筆をとりました。

(いや、実際には、両手でキーボードをたたいているわけですが。)

 

 

さて、気になったのは、中学の先生の「殺し文句」です。

曰く、「行く気のない高校」を受けるのはおかしい、と。

 

これ、毎年毎年、受験生が聞かされる定型句ですが、この考えは非論理的で、全く思案する必要はないものであることを、世の中の受験生に知らせておきたいと考えました。

 

 

ご家庭と受験生本人が、熟慮されたうえで「主体的に」受験校を決めたのであればよいのです。

お決めいただいた受験日程に沿って、最高の結果を出すために、全力でサポートします。

 

しかし、もし、中学の先生の「決め台詞」に圧迫されて、受験を控えるというようなことがあるとすれば、それは、不条理だなと思ったのです。

 

 

 

都内(と神奈川)の私立高校の受験は、例年2月10日からはじまります。

 

2月10日は、多くの有力な私立高校の入試が行われます。

2月10日が本命、あるいは志望ランクの高い高校の入試日となっている受験生は、その日が、まさに「本番」となるわけです。

 

塾をはじめとする「受験関係者」は、いきなりやってくる「本番」で、受験生たちが十分に力を出し切れないという可能性を懸念します。

 

ですから、2月10日の前に、「予行演習」あるいは、「練習試合」のような意味で、他県の高校の受験を勧めたりするわけです。

 

もちろん、そのような「事前受験」は、つまりは「行く気のない高校」の受験となります。

 

 

しかし、それは憂慮すべきことではありません。

 

 

なぜなら、埼玉や千葉の私立高校は、自校の入試を「本番」前の「事前受験」に使ってもらうことを望んでいるからです。

つまり、「行く気がない」ということを受け入れているわけです。

 

もちろん、内心では、なんとか優秀な生徒に来てもらいたいと思っていらっしゃるでしょうが、距離などを考えたときに、通学するのはあまり現実的ではない、とわかっていらっしゃるわけです。

 

 

それでも、高校側にメリットがあります。端的にいえば、それは受験料収入です。

多くの生徒が出願をしてくれることは、高校にとっても非常に大きなプラスになるわけです。

 

受験生と高校、双方にメリットがあります。

「お互い」が「お互い」の立場を理解し、そのうえで、それぞれの「役割」を果たすことが両者に利益をもたらすわけです。

 

両者が共に満足し、お互いが「勝者」となるような良い関係のことを、最近の経済用語で「win-win(ウィンウィン)の関係」といいます。

 

 

 

受験生が2月10日より前に他県の受験をすることで、「誰か」が不利益を被るということはないのです。

 

そもそも、「受験」は受験生の「権利」です。

 

高校側がどんどん受けてくださいといってくれている受験を抑止される筋合いはないわけです。

 

 

 

先日、サッカーの日本代表がワールドカップの出場を決めました。

「我らがチーム」は、「本番」の前に、いくつかの調整試合を行うでしょう。

 

それで、「勝ち点」が増えるわけでもない試合をするのはおかしい、などと言う人が世の中にいるでしょうか。

 

当然、日本サッカー協会やスタッフは、チームが「本番」でより良い結果を得るために、可能な限りの万全の「準備」をしようとするでしょう。

 

「本番」前の調整試合は、大きな意味を持ちます。(極めて当たり前のことですが、その調整試合の相手が、「失礼なことをされた」などと思うことはありえない話です。 )

 

同じように、受験も、命運をかけた大一番の前に、できるだけの「準備」をするべきだという考えが、多くの人に提唱されるようになっているわけです。

 

 

 

ものすごく単純な所見を申し上げています。

 

それは、「本番」の緊張を和らげるために、事前に入試に慣れるための「準備」をしておきましょう、というまったくありふれた意見です。

 

それで、そうした受験生の「要望」を受けて、では、うちの受験を利用してもらってもかまわないですよ、といってくださる高校があるということですね。

 

 

もちろん、そのような「準備」を必要としない受験生もいるでしょう。

 

過去に、今まで生きてきて一度も緊張したことがない、と豪語する生徒もいました。

 

しかし、私たちは「塾」ですから、受験に際していろいろと心を砕くことが、「仕事」なわけです。

 

 

 

言うまでもないことかもしれませんが、最終的に「受験」を決めるは、受験生のみなさんとご家族です。

私の意見も、ある意味で「塾の側」の理屈 にすぎません。

最終的には、受験生のみなさんとご家族が、いちばん納得のいく形で「受験」をしていただくのがよいと考えています。

 

 

あと、念のため一応申し述べておきますが、高校に斡旋を依頼されているとか、そういったことは一切ありませんよ。(まあ、「そういう塾」もあるかもしれませんが。)

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

平成29年度の都立高校入試

都立高校入試が終わりました。

 

これで、本年度のすべての入試が終了しました。

 

(これから入試本番をむかえる人は、がんばってください!)

 

あとは、発表を待つばかりです。

落ち着かない日々を過ごすことになるのでしょうが、それも受験の一部分であり、また、人生の一部です。いろいろと考えて、自分に合ったやりかたで、当日までを過ごしてください。

 

 

 

中1、中2の生徒たちは、学年末テストが近づいています。

明日も、教室を開放しますので、「家では勉強がはかどらない」という人は、ぜひ、テスト勉強にきてください。

 

また、ローマ字、英語に苦戦している新中1の生徒で、「しっかり復習したい」という人も歓迎しますので、ぜひ、来てください。

 

 

 

さて、都立高校入試について、思ったことなどを書きたいと思います。

 

両国の男子と大泉の女子の「受験倍率」が、「1」を切ってしまいました。

かなり微妙な状況ですね。

 

 

そして、入試問題です。

やはり、東京都教育委員会の意向が大きく働き、「解答形式」を単純化しようという意図が強く出ています。

 

近年、都立高校入試の大きな「テーマ」となってしまった「採点ミス撲滅」のために、「記述」を抑え、記号で答える形式の「問」(←「もん」と読むらしいです)を増やす傾向が強化されました。

 

社会では、「記述」が2題となりました。また、語句筆記問題が削減されました。

英語のリスニング問題で、筆記で答える問題が1題のみとなりました。また、英単語を書き込んで答える問題もなくなりました。

数学でも、選択問題が増えました。

理科は、図やグラフに「線」を記入する問題と、「記述」が1題だけです。

国語は、昨年と同様に「記述」は出題されませんでした。

 

 

つまり、なるべく「文字」を書かせないような試験問題になっているわけです。

 

 

これは、結構いろいろな功罪をはらむことになりそうです。

 

一点、指摘するならば、自校作以外の都立高校を目指す生徒の「受験勉強の質」が変化することになるでしょう。

 

もう一点。いずれ、国語の「作文」の「採点基準」が、「議論の的」になるかもしれません。

しかし、「作問側」もそれに気づかないはずはないので、近いうちに「作文」を「なんとかする」ように処置するのかもしれません。

(「作文」があったほうがいいのか、ないほうがいいのか、というのはちょっと「難しい」です。)

 

 

 

本年度のグループ作成校の「独自問題」の出題状況を調べました。

 

(他の学校と違う問題を使用していても、それが「自校作成」なのか、それとも、1校だけが「共通問題」を使用している状況なのかわからない場合があるので、「別問題」という表記にしました。)

 

 

新宿、墨田川、国分寺の単位制高校のグループ作成は、数学は大問1が、学校ごとに「別問題」でした。

英語は、墨田川の大問2、新宿の大問4が「別問題」となっています。

また、国語では、新宿高校が漢字の「読み」と「書き」を1問ずつ「別問題」にしていました。

 

 

 

進学指導重点校を見てみましょう。

 

 

まずは国語です。

 

 

1 2 3 4 5
日比谷 共通 共通 A 別問題 A
戸山 共通 共通 A 別問題 B
青山 共通 共通 B A B
西 共通 共通 B 別問題 A
八王子東 共通 共通 A A A
立川 共通 共通 A A A
国立 共通 共通 B 別問題 A

 

 

国語は、大問4の「説明的文章」を差替える高校がありました。

日比谷、戸山、西、国立の「問題」がその他の高校と違っています。

 

今の時点では分からないのですが、もしかすると、国立は、「独自問題」ではなく、「もうひとつの共通問題」を使用しているのかもしれません。

 

 

 

次に英語です。

 

 

1 2 3
日比谷 共通 A 別問題
戸山 共通 B 別問題
青山 共通 A 別問題
西 共通 別問題 A
八王子東 共通 A A
立川 共通 B 別問題
国立 共通 A 別問題

 

 

大問3は、5校が「別問題」となっていますが、立川(あるいは青山)は、「もうひとつの共通問題」かもしれません。

 

気になるトピックとしては、西高でリスニングに「トラブル」があり、男子の受験者全員に一律20点が加点されることになったそうです。

 

 

 

最後に、数学です。

 

 

1(1) 1(2) 1(3) 1(4) 1(5) 2 3 4
日比谷 A A A A A A A 別問題
戸山 A A B A B B A 別問題
青山 A A A A A A B 別問題
西 A A 別問題? 別問題? B A A 別問題
八王子東 B 別問題 別問題 A B B B 別問題
立川 B B A A B A B 別問題
国立 A B B A A B A 別問題

 

 

 

大問4は、全ての高校が「別問題」となっていました。

 

しかしその中で、もしかすると八王子東の問題は、「共通問題」として作成されたものかもしれません。

 

 

 

個人的な見解ですが、「独自問題」に積極的な高校であるかどうかと、「倍率」の「差」には、「何かつながり」があるのではないかと思っています。

受験生が「それ」に着目するという話ではありません。

「すこしでも精度の高い選抜を行いたい」という、その高校の「意志」が、「それ」に反映されるのではないかと思います。そして、トップ校を目指す受験生は、結局「その意志」に、感応するのではないか、と思うわけです。

 

この数日、このブログでは、立地などの「外部的要因」によって「倍率」が上下するというメカニズムについて考えてきました。

しかし、一方で「倍率」は、やはり「内部的要因」に強く規定されます。

 

 

 

日比谷高校は、「この状況下」で「守り」に入りません。

「採点ミスが起きたら、責任を取る気はあるのだろうね」ぐらいのことは、軽く言われているはずです。

 

 

でも、屈しない。

 

 

「ビリビリ」きますね。

 

 

(ivy 松村)

 

 

「入試相談」の話

12月の「三者面談」は、「入試相談」の前に、「推薦」「単願・専願」「併願優遇」などで出願する生徒を確定させるために行うものであるという意味合いが強くあります。

 

「入試相談」の「下準備」として「三者面談」が行われるということになります。また、別のとらえかたをすれば、「三者面談」の「成果」が「入試相談」に結びつくのだともいえます。

 

 

 

中学の「三者面談」は、受験制度をよく知らない保護者・受験生に、その仕組みを丁寧に説明してくれたり、最適な受験校を一緒に考えてくれたりするという「はからい」ではありません。

受験制度をよく知らない受験生に対しては、機械的に「紋切り型」の受験パターンを「割り当てる」ような形になります。先生の立場からしてみれば、相手が「よく知らない」のだから、そうするしかないのです。

 

 

「三者面談」に際して、中学校の先生が最優先に考えるのは、生徒を確実に高校に進学させるということです。

 

中学の先生にとって、「三者面談」は、受験校の選定というよりも、「進学先の確保」という意味合いの方が大きいのです。

 

「三者面談」で、「合格の確約」をもらえる高校を提示し、「受験の意志」を示した生徒に対して「斡旋」を行うわけです。

 

 

要するに、「入試相談」というのは、中学校と高校が、「生徒の受け入れ」について「妥結」をすることであると考えるとわかりやすいと思います。

そして、「三者面談」というのは、実質的に、その「方針」に異議がないことを生徒に確認する場となるわけです。

 

 

中学校は、自校の生徒の進学先を確保したいと思っています。

高校は、多くの「なるべく優秀な」生徒を集めたいと思っています。

 

それで、中学校は、この生徒は「合格の確約」をもらえるのか、というようなことを知りたいわけです。一方、高校は、その生徒の成績を確認したうえで、入学の「約束」を取り付けたいわけです。

 

 

 

「入試相談」は、毎年12月15日以降に行われるということになっています。

 

「そのため」都内の公立中学に通う受験学年の生徒は、「12月15日までに受験校を決定しなければいけない」と言い含められています。

 

 

この説明を「奇妙だ」と気づいた中学生は、なかなか「見る目」があると思います。

 

 

その時点で「推薦」「単願・専願」「併願優遇」等の出願を「決定できる」ということは、そのときまでに「相談」が完了しているはずです。

そうすると、「『その後』の12月15日に相談をする」という「説明」は、よくよく考えてみれば「ちぐはぐ」です。

 

 

そもそも、「入試相談」の「開始」が、すべての私立高校で、12月15日以降にそろえてあるということは、それより前に「入試相談」をしてはならないという「規制」になっているということです。

 

そうすると、12月15日は「規制」が解除される日であって、「締切日」ではないはずです。

 

 

 

実は、高校の入学者募集のスケジュールは、すべて「規制」されています。

入試日も同様に「解禁日」が設定されています。

ですから、都内のあらゆる高校が、同じタイミングで同じ動きをするようになっているわけです。

 

 

それには、「合理的な必要性」もなくはありません。

「教育事業」に、完全な自由競争を導入してしまうと、大きな弊害を招くことがあるからです。

 

「あるタイプ」の私立高校は、なるべく早い段階から生徒を募集し、なるべく早い段階に入学者を確定したいと考えます。「青田買い」を行いたいわけです。

もし「規制」がなければ、各私立高校の競争が過熱し、「入試相談」のタイミングは11月、10月、9月と、どんどん早まっていくことになるでしょう。

 

そうなると、中3の2学期の成績をもとにして「入試相談」をすることができないので、1学期の成績でもよい、といい出す高校も出てくるはずです。

 

教育制度を担う学校教育機関の間で、生徒獲得競争が激化してしまうと、「事業者」にとっても、「利用者」にとっても大きな問題が生じます。

 

私たちの社会では、そのような場合に、行政機関が統制や調停を行ったり、利害関係者の間で調整が行われたりします。

 

 

12月15日というのが、中3の2学期の成績をふまえて「入試相談」を行う上で、中学校と高校が折り合える「絶妙のタイミング」になっているわけです。

 

 

 

さて、「入試相談」の「解禁日」が12月15日となっているということは、12月15日より前に「入試相談」を行ってはならないということです。

 

そうすると、12月15日以降は自由に「入試相談」を行ってよいということになります。

つまり、12月15日は、厳密には「締切日」ではないはずです。

 

 

合理的に思考を働かせれば明らかなことですが、特に、「募集に力を入れたいと考える高校」は、出願の締切直前まで継続して「入試相談」を行いたいはずです。

なるべく多くの生徒の「入試相談」を行って、学力も素行も問題のない生徒が「受験」を希望しているということになれば、受け入れたいと思うはずです。

 

 

では、なぜ、12月15日が「入試相談」の「期限」となっているのでしょうか。

 

答えは単純です。

中学校が、ずるずると「入試相談」を行いたくないからです。

 

中学校の先生は、なるべく「効率的」に中3生の受験校を決定したいと考えます。

 

(念のため:それは、直ちに非難されるようなものではないと思います。極めて人間的で実直な希望であるといえます。私は、学校の先生は、ある種「スーパーマン」だと思っています。膨大な業務を抱え、それを日々こなしておられます。)

 

 

12月15日(以後の数日の間)に「入試相談」を行うということになっているのであれば、そのときに1回行えば十分であるというわけです。何度も何度も行うようなことではないわけです。

 

そして、「入試相談」自体も、できるだけ短時間で終えてしまいたいわけです。だから、12月15日「まで」に「必要な業務」を済ませてしまいたいわけです。

中学校は、12月15日の時点で、あとは高校に出向いて「相談する」という極めて「形式的」な最終業務を残すだけの状態になるように動きます。

 

現在の「入試相談」は、あらかじめ伝えられている「基準」に照らし合わせて、ある程度作業的に受験校を「確定」できるような仕組みになっています。実は 「相談」をする必要も、ほとんどないのです。

「三者面談」をとおして、12月15日「まで」に、そうやって「入試相談への準備」を進めていくわけです。

 

「入試相談」の日には、「受験者のリスト」を手渡すだけの簡素化された業務を行うのみでです。

(実際には、その中身すらも事前にやり取りしているわけですが。)

そこで、お互いが、「規定」となっている12月15日以降に「入試相談」を行った、という「既成事実」を確認するわけです。

 

 

中学校は、「入試相談」を、可能な限り「効率的」に終わらせてしまいます。

「入試相談」は、「解禁」された途端に完了するのです。

そのために、12月15日が「期限」であると説明しているわけです。

 

 

また、そのうえで理解しておかなければならないのは、実質的な「期限」は、実は、「三者面談」の日だということです。

 

 

 

「入試相談」というのは非常にわかりにくい制度です。

 

「入試相談」とは、字面をそのままとらえれば、中学校と高校が「入試」について「相談」をするという「意味合い」になりますが、なにも、両者が膝をつき合わせて「話し合い」を行うわけではありません。

 

 

「入試相談」というものに「実体」はありません。

12月15日以降に、中学と高校の先生が集まって、あれこれ話し合うことなどないのです。

 

むしろ「逆」です。12月15日になったら、何もしないのです。

 

12月15日よりも前にすでに「入試相談」の「実務」は終わっていて、しかも、それは、「相談」というよりも、どちらかというと、「事務的な作業」に近いものなのです。

 

(ivy 松村)

 

 

なぜ、中学校の内申点を載せるのか

前回までのブログで、日野市西部にある4つの中学校の、近年の中3の2学期の内申点のデータを見てきました。

四中、二中、七生中、そして平山中は、ivyの通塾圏にある中学校なので、これらの中学の分析はどうしても必要でした。

 

残りの4校のデータはそろっていますが、掲載は控えようと思います。

なにしろ、とても大変な作業ですので、こればかり続けてしまうと、たくさんの仕事が滞ってしまうのです。

もし、知りたいという方がいれば、お知らせいたしますのでおっしゃってください。

 

 

 

このブログでは、これまでにも有益な情報や多様な資料等を積極的に発信してきました。

そういった行為は他塾に利を提供することになるし、いわゆる「フリーライダー」を生み出してしまいます。

その辺を不思議に思う人もいるようです。

 

「ここから先は企業秘密」というような物言いがあまり好きではないのです。

世間の関心を引こうとする、戦略としての「企業秘密」という観念が、ちょっと肌に合わないのです。前時代的な感性というか、20世紀的なコマーシャリズムというか。

で、その核心部分もそれほどたいしたものではないことも多いですよね。

 

「情報化社会」が普遍化しつつある現代では、情報を秘匿することよりも、情報を発信することでこそ個人や企業の価値は高まるのだと思っています。

 

まあ、要するに、そこに自分の存在意義を見つけるかどうかなのだと思います。

誰かの役に立ちたいという動機と、自分を表現したいという望みが、私の根底に横たわっているのだと思います。(ポール・ウィリスのいう「symbolic creativity」が、ふと思い浮かびました。)

 

 

ただ、以前にもこのブログで言及したことがあるのですが、社会的に否定的な作用が懸念される場合には、あえて情報を出さないこともあります。

その辺の線引きは、私個人の基準に従うことになりますが。

 

 

 

実は、今回の「中学の内申点」の記事の位置づけは、

 

・教科書、「ワーク」、教材の調査 →教科カリキュラム、内容の確認

・定期テストの調査 →中学の先生の実像にせまる

・内申点の調査 →評定の出され方を見極める

 

という一連のプロジェクトの後半部分の報告のようなものです。

 

 

高校受験(特に都立受験)にとって、中学校の成績の比重が高まっています。

にもかかわらず、年々成績評価が厳しくなっているという印象がありました。

そこで、実態を把握するために、公表されている資料や生徒からの聞き取りをもとに調査を行いました。

もちろん、それを学習指導、受験指導に活かすことが最も大きな目的です。

 

 

東京都教育委員会のホームページから、自由に、東京都各区市の中学校の評定の割合を知ることができます。

また、日野市のホームページで各中学校の生徒数を知ることができます。

全体の数と割合がわかっているので、それぞれのサンプルの特定が可能となります。

 

これは、「誰にでも」できることです。

 

 

 

中には、中学校の先生に知られたらまずいのではないか、と感じている人もいるかもしれません。

生徒にも、学校の先生に知られたらどうするんですか、と聞かれました。

どうもしないし、何も困らない、と答えました。

 

 

 

学校の先生を「刺激」するべきではないという感覚は、ある種の教条に縛られたものだと思います。それは、学校の先生を怒らせるとロクなことがない、という経験則に基づいているのかもしれません。

 

また、報道などの際にその一端を垣間見ることができますが、世間も、当人たちも、漠然と学校の先生は保護されてしかるべき存在であると考えているふしがあります。

もし、学校の先生にとって都合の悪い情報は出してはならないと考えている人がいたら、ちょっと麻痺していると思いますよ。

 

もし、それが許されないというのであれば、教育委員会もデータを公表したりはしないはずです。

 

 

自信をもって、生徒たちの評定をお決めになる先生方であれば、動じることなく堂々と振る舞われるでしょう。

 

たとえば、の話ですが、私のブログを見て、ある学校の先生がおかしくなって、受け持っている生徒全員にひどい評定をつけたとして、それは私の責任でしょうか。

どう考えても、「その先生」がおかしいし、その先生を放置していた学校や上の責任者のせいだと思いますが。

 

もちろん、世間の常識に照らして考えて、そんなことが起こるはずもありません。

 

 

 

ただひとつ、核心を述べます。

 

人を評価する立場の人間が、どうして人に評されることから逃れられるというのでしょうか。

 

 

 

さらに、私は、見過ごされてしまっている「あること」を示唆したいと思うのです。

それは、一部の中学校の先生の評定の出し方に、あまりにも葛藤がなさすぎる、ということです。

 

もちろん、学力が評定に達していないときには、優秀な成績をつけるわけにはいかないでしょう。評定を「大盤振る舞い」するのが「よい教師」というわけではありません。

 

しかし、一部の中学校の先生は、生徒の学力を「対象」として見すぎているのではないかと思うのです。

たとえば、100人の生徒を受け持ち、そのうち「5」の評定を与えたのが2人だったとして、教師として簡単に納得できるものなのでしょうか。

今年は「できる生徒」が少なかった、と評論家のような目線で、あまりにも簡単に低評価を下す先生がいるような気がするのです。

私にはそれが不思議です。

 

成績を確定するそのときに、生徒に低い評定しか与えられなかったとしたら、それは教師としての「敗北」なのではありませんか。

 

自分が、彼らの学力を引き上げることができなかったということなのではないのでしょうか。

 

 

 

成績評価を、生徒統制のツールとして使う中学の先生がいます。

実際に、「指示を聞かん奴は成績を2にするからな!」と、恥ずかしげもなく口に出す教員がいるそうです。また、中学生に対して、成績評価を報復に使う教員もいるようです。

 

 

私は「中学校の先生」全体を非難したい訳ではありません。

先生たちご自身がよく知っておられるはずですが、中学校の先生の中に「痛い人」がいます。

教育委員会の評定状況の調査の根幹にあるのは、おかしな評定をつけようとする先生を監視する必要性なのだと思います。

 

 

 

公立の中学校にはさまざまな「背景」をもった生徒が通っています。

私たちが思う以上に、「中学校の先生」という仕事は過酷なのだと思います。

 

私は、学校の行事や部活などを「外部委託」し、学校機能を縮小化するべきだと思っています。それが無理なのであれば、高度な「分業体制」を作るべきだと思っています。

学校の先生方は、もっと教務「だけ」に集中してもらうべきなのだと思います。

塾の機能も含めて、教育制度の再設計が必要だと考えています。

 

 

 

しかし、いずれにしろ、私は塾の教師ですから、「受験」から目線を外すことはできません。

 

生徒たちの「不利」を何とかしたいと思っています。

日野市の中学生は、他の市区に比べて、成績評価が「厳しい」状況にあります。

 

私が望んでいるのは、学校の先生が成績をつけるときの基準がもっと透明に、公正になるということなのです。

 

 

 

大阪府が、「絶対評価」の「補正」のために、全国学力テストの結果を内申に反映させる評価基準を導入しようとしていることがニュースになっています。

 

賛否両論あるようですが、私は、ひとつの可能性を示していると思います。

 

 (ivy 松村)

「表記の違い」と「ミス」

日野市や八王子市で採用されている「東京書籍」の歴史の教科書には、縄文時代の住居が「たて穴住居」と記載されています。生徒に、「竪穴住居」と教えると、学校の先生には「竪穴『式』住居」と教わった、と言われます。

 

学問的な見地から、これまでの理論や説明、表記等に齟齬や不都合が生じたときに、より適切な表記が提唱され、教科書の記載が改められることがあります。

 

しかし、学校の先生の中には、その「変化」を面倒がって、「これまで通り」の授業を続けるタイプの人もいます。

 

 

かつての「竪穴『式』住居」は、現在の教科書では、「式」のない「竪穴住居」という表記が一般的になっています。その他、「縄文土器」「弥生土器」「高床倉庫」などの用語も、「式」を省く表記となっています。

 

同じことは「リアス『式』海岸」に当てはまります。現在は「リアス海岸」です。

 

 

このような些末な表記の違いは、歴史や地理の学習にとって本質的なことではないので、私は、昔は「式」を使っていたんだよ、とさらっと説明するだけにします。

 

通常、「リアス海岸」という解答でも「リアス『式』海岸」という解答でもどちらも正解とします。

厳密には、「リアス海岸」の方が適切な表記だといえますが、「式」は重要ではありません。

 

 

 

ところで、ある中学校の中間テストで、「アボリジニー」と答えるところを、「アボリジニ」と書いて不正解になった生徒がいました。まあ、それは、いわゆる「うっかりミス」です。教科書には「アボリジニー」と書いてありましたから、そう覚えるべきだったのでしょう。

 

しかし、それでも、個人的な疑問がわいてしまいます。「コンピューター」を「コンピュータ」と表記したら、間違いになるものなのでしょうか。

 

ちなみに、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞などの新聞記事には、「アボリジニ」という表記が使われています。

 

 

「式」は付けても付けなくても、どちらでもよくて、「ー」は絶対に付けなければならないと。

 

コメントに困りますね。

 

 

生徒には、「アボリジニ」という表記も一般的に許容されていることを証明して、先生に「○」にしてもらうように言いました。

しかし、先生に設定された期日が過ぎた後に採点ミスを見つけて報告しても、訂正はしないといわれているのだそうです。すでにその期日を過ぎています。

 

要するに、期限を過ぎれば、採点ミスは「ミス」ではなくなってしまうということですね。

 

これにもびっくりですね。

 

 

正直、ちょっと変わったパーソナリティ(「パーソナリティー」?どっち?)の先生なのかなあ、と思います。あるいは、中学校の教員にとっては、ごく当然の処置なのでしょうか。

 

採点ミスは、教員の犯した過失であって、自らの責任のもとに処理しなければならないと思うのですが。

 

都立高校で、一年以上前の入試の採点ミスが見つかって大問題になったことを、すでにお忘れになっているのかもしれませんね。

 

 

一方、「アボリジニー」と書かなかったために「×」となっていしまった生徒はといえば、「×」は不正確に覚えてしまっていた自分の「ミス」のせいだと自覚していて、次はしっかり覚えようと前向きに考えています。

 

 

「ミス」から目を背けていると、「過去」を繰り返すだけの人になってしまうのかもしれません。

 

 

 

「ミス」との向き合い方が、人の未来を定めていくのかもしれませんね。

 

 

 (ivy 松村)

塾と面談・学校で面談・高校に相談

生徒や保護者の方と、面談を行って、志望校の話や「学校の三者面談」の話を毎日しています。

面談以外でも、できるだけ生徒と話すようにしています。

 

ある中学校では、今日も仮内申を伝えられませんでした。

生徒の間では、三者面談のときにならないと教えてもらえないのではないか、という噂も立っているそうです。さすがに、それはないと思いますが、世の中には、そんな中学校もあったりするものなのでしょうか。

 

何年か前に、ある中学校で、2学期の期末テストの後で、「仮内申は三者面談のときに教える」、と中3の生徒たちに伝えられたことがありました。そのときは、生徒や保護者の方からのクレームがあり、事前に教えてもらえることになりました。

 

学校の先生は、受験生の希望よりも「自分たちの負担が軽くなる」ことを優先しますから、あながち、あり得ることなのかもしれません。

 

くだんの生徒には、食い下がってでも絶対に三者面談の前に仮内申を教えてもらうように、という話をしました。

一応、本人とは、仮内申がいくつだったら受験パターンは・・・というシミュレーションで話をしています。

 

もし、三者面談まで仮内申を教えないというような中学校があったら、絶対に認めさせてはいけないと思います。

強行されてしまったら、「即断できない」といって、考える時間をもらわなければなりません。

 

 

三者面談のマニュアルのようなものをお伝えしておこうと思います。

とはいっても、要旨は、こちらが事前に準備してるプラン以外は、「すぐに受け入れない」というシンプルなものです。

また、かなり圧迫的な態度を取られることもありえるので、その心構えをしておいていただきたいという2点です。

 

 

「学校の三者面談」の期間は、学校の先生にとっても非常にストレスフルな数日間となります。なかには、あからさまイライラした態度や高圧的な態度をみせる先生もいらっしゃるかもしれません。

 

腹が立つこともあるかもせれませんが、しかし、そこは、こちら側が「そこを、どうか…」とお願いするくらいの姿勢で対応されたほうがいいと思います。

 

 

学校の先生と敵対しても、何のメリットもありません。

 

 

最終的には、受験生とご家庭が望んでいる受験を制止するような権限は、学校の先生にはありません。

先生が渋った顔をしていても、「何としてもよろしくお願いしたい」という姿勢を示せば、穏便にことが進むのではないでしょうか。

 

また、自分に責任が及ぶのを極度に嫌がる先生の場合は、「責任は自分たちで負う」という一言ですんなり認めてもらえることもあります。

 

受験校を減らすように言ってくる先生もいらっしゃるかもしれません。

先生なりの考え方でそう思われるのでしょうが、塾の方では、都立の推薦や他県の受験なども含めて高校受験を組み立てた場合には、5、6校受験をすることは一般的にあり得ると考えています。

 

塾での面談で確認した、一校一校の受験の位置づけを学校の先生にお伝えすれば、最終的には了承していただけると思います。

 

 

 

どうしても、「変な先生」がいるかもしれないという前提で述べてしまうのですが、普通の先生であれば、きちんと説明すれば大丈夫だと思います。

しっかりとした「おさえ」があれば、かたくなに生徒の受験を拒むことはできないはずです。

 

「おさえ」のない受験をする場合、ある程度の偏差値を「Vもぎ」などで取っている生徒は、模試の成績表を念のために持って行くといいかもしれません。「これだけの偏差値があるので、塾で大丈夫だといってもらっている」と伝えることで、先生も納得されることがあるかもしれません。

 

また、逆に、模試の成績によって「おさえ」を確保しているような場合には、そのことを伝えておかなければなりません。

 

 

 

無いとは思いますが、万が一、受験生とご家庭の意向を「独自の判断」で拒否する先生がいらっしゃったら、中学校の「上の人」や教育委員会に相談してもいいか、聞いてみるとよいかもしれません。

 

 

 

推薦や単願の「基準」があと少し足りないとき、学校の先生が高校と「話をつけてくれる」ことがあります。

実際には、「どれくらいディスカウントできるか」というところまで決まっているのですが、学校の先生は「交渉の窓口」になってくださるわけですから、そのときには、やはり感謝しなければいけないと思います。

 

そうでなくても、先生の判断で加点するかどうかを決められる「特別活動」などの内申の加点項目があります。もし、これを認めてくださるという場合には、それは先生の温情であると理解しなければなりません。

 

 

 

「学校の三者面談」で受験校が「決められてしまった」ら、覆すのが難しくなります。

ですから、もし、新しい提案が出てきたり、塾での話と違うことを言われて判断に迷うことがあったりしたら、話を引き取って、後日、「三者面談」をやり直してもらうか、電話等で返事をさせてもらう形にしてもらいましょう。

 

学校の先生は「その場」で決めてもらいたがります。早く終わらせたいという気持ちが強くなることもあるでしょう。その心情が言動に表れ、強い口調になってしまわれることもあるかもしれません。

プレッシャーに弱い方などは、その場の空気に飲まれて、言われるままに受験校を決めてしまうということもありえます。

 

よく考えてください。それは「○○商法」といった類のものと同じです。もちろん、学校の先生にそのような意図などあるはずはありません。しかし、構図は同じです。

 

 

「家族で話し合ってよく考えて決めたい」とおっしゃってください。「宿題」にしてもらいましょう。その場では、確定させないことが重要です。

 

学校の先生は露骨に嫌な顔をされるかもしれません。しかし、そこは「申しわけありませんが…」と重ねてお願いしてみましょう。

 

学校の先生の感情や都合よりも、一人の中学生の将来の方が重いはずです。

 

 

 

最も重要なのは、安易な決定をしないこと、その場の空気に流されて決めないということです。

 

もし、熟慮を重ねたうえで、学校の先生の提案がよいと思われたのであれば、それはお受けするべきだと思います。

 

今までの私の経験の中でも、こちらが思ってもみなかった良案を学校の先生が示してくださって、そのおかげで非常に満足のいく進路に進むことができた生徒もいました。

 

 

消費者の権利を守るために「クーリング・オフ」という制度がありますが、受験校を決めるということも、頭を冷やして考える期間を持つことが大切なのです。

 

ただし、差し迫った期限があることがらですから、場合によっては、あきらめなければならないことや、見切りをつけて決めなければならないことがあることも認識しておかなければなりません。

 

 

 

 

ところで、受験校がまだ絞り切れていない人は、今週末にもいろいろな学校が「説明会」や「個別相談会」を行っているので、行って、「相談」してみてはどうでしょうか。

ホームページなどに日程を載せている学校もたくさんあります。

告知に力を入れている高校は、どんどん「相談」に来てもらいたいと思っているわけです。

 

 

入学後の学校生活について聞くことももちろん大事なことですが、受験生・保護者の方が今、最も知りたい情報は、入試に有利になる材料はないか、ということですよね。

 

今の時期に「相談」する内容は、必然的に、「有利な入試制度を利用できないか」という内容になると思います。

 

推薦、単願、併願などで出願したいと思っている高校があるのだけれど、「基準」が足りないという場合、「相談」してみる価値はあります。

 

(「基準」は塾で教えてもらえるはずですが、もし、知らない塾があれば、それは「相当ヤバい」塾です。大手塾に通っている生徒で、塾の併願が取れなかった生徒も、塾まかせにしないで動いてみると、知らされていない情報を教えてもらえるかもしれません。)

 

特に、頑張って模試でよい成績を取っている生徒は、「相談」すれば、もしかしたら「何か」あるかもしれませんから、聞いてみることをお勧めします。よい情報があるかもしれません。

 

念のため、「Vもぎ」や「Wもぎ」の成績表を持って行くようにしてください。「話しがはやくなる」かもしれません。

 

また、その際に、部活や学外活動などでアピールできるものがあれば、「ダメもと」で聞いてみましょう。

 

 

もし、都立が第一志望だから、「私立高校の話は聞く必要はない」と考えている方がいたら、ちょっと考え方を変えてみたらいかがか、と思います。

私立の特待生待遇や奨学生制度などについて、有意義な情報を得られるかもしれません。

 

 

幸運にも、条件のいい高校を見つけることがあれば、受験の組み立てをより良いものに変えることができるかもしれません。

 

あるいは、満足できるレベルの学校に、入学しやすい「ルート」が見つかるかもしれません。

 

 

今は、高校受験のひとつの山場に差し掛かっています。とても大切な時期です。

できたはずのことをやらないで後悔するよりも、可能性のあることは試してみる方がよいと思います。

 

 

 (ivy 松村)

三者面談の注意

「学校の三者面談」に備えて、ivyでは、中3のご家庭と面談を行っています。

 

ほぼ受験プランが固まった受験生もいれば、もう少し熟慮されたいというご家庭もありました。

 

 

ある中学校では、先週の金曜日に仮内申を伝えてもらえるはずだったのに、週が明けてもまだ生徒に伝えられていません。

 

一方、別の中学では、先週の金曜日に仮内申が伝えられ、月曜までに受験校を決めて書面で提出するように指示があったそうです。

 

いずれの中学校も、ちょっと雑というか、乱暴な印象です。

 

 

それでも、高校受験は、基本的には、中学校をとおして出願しなければならないので、それぞれの中学校のやり方にしたがって進めていかなければなりません。

 

 

早いところでは今週から「学校の三者面談」がはじまります。

そして、多くの生徒は来週中に行うことになっています。

 

 

この12月の「三者面談」で、ほぼ受験校を確定することになります。

特に、「確約」のある推薦、単願、併願などで出願することを決めた場合、もう後戻りができない可能性が非常に高くなるので、慎重に考えなければなりません。

 

この「三者面談」の対応を誤ると、その後に禍根を残すことになってしまうことがあります。

 

円滑に受験校が決まればいうことはありませんが、場合によっては、希望の受験プランに「待った」がかけられることもあります。あるいは、思惑とは違った形の受験を強く勧められることもあると思います。

また、受験校を減らすようにと言われることもあります。

 

 

「学校の三者面談」は多くの方が思っているよりも、ずっとシリアスで怖いものです。

 

もしも、学校の先生が、「生徒にとって最良の受験の形を提示してくれるものだ」と思っている人がいたら、その考えは改めなければなりません。

 

このブログで、何度も何度も書いてきましたが、学校の先生は、「学校の先生の論理」で動いています。はっきりいいますが、「生徒のことが第一」ではありません。

また、受験に関することで、学校の先生が知らないこともたくさんあります。

 

そのうえで、学校の先生の仕事ひとつに、「中3の生徒の受験校を決める」というものがあります。

その仕事は、かなりの重圧の中で取り組まなければならないもので、学校の先生たちは、「早く片づけてしまいたい」と思っているものなのです。

 

残念ながら、「学校の三者面談」は、学校の先生が親身にアドバイスをしてくれる、といったようなものではありません。

 

学校の先生の頭にあるのは「クリア」することです。ですから、生徒の受験校――というよりも「進学先」――を「決め」にかかります。

何も「対策」を立てずに「三者面談」に臨んでしまうと、あっという間に型にはめられてしまいます。

 

 

おおげさな、と思う方がいるかもしれませんが、受験に携わる仕事をしている塾の教師が、受験校を決定するその瞬間を真剣に考えないわけにはいきませんし、また、おおげさに考えることのデメリットも思いつきません。

 

 

もちろん、すべての学校の先生が、常に的外れなことをいうわけではありません。

「その可能性が怖い」のです。

 

中学校の先生にご尽力いただいたおかげで、将来に道を開くことができた生徒もたくさんいます。

 

ここで私が示唆しておきたいと思っているのは、学校の先生はダメだということではありません。

そうではなくて、意見や価値観の相違によって、受験プランに強い異議が突きつけられたり、ある形へと誘導されたりすることがありえるのだということです。

 

そして、そのための心の準備があった方がよいということです。

 

杞憂に終わって、やっと安心するようなことも世の中にはあるものです。

 

 

 

 (ivy 松村)

 

内申点のつけられ方

2学期期末テストが佳境に入っています。終了した学校もありますが、今日が山場の学校がほとんどです。(明日まで続く学校もあります。)

 

テストが終わった生徒には感想や手応えを聞いていますが、今までよりよくできた、という科目が多かったようです。

 

今回は、体育、音楽、美術、技家などの実技教科に力を入れて取り組むようにいいました。

特に、1年、2年は都立高校受験を考えたときには、この四教科の成績は重要になってきます。

 

テスト対策で塾に来た生徒には、実技のワークや対策プリントをやってもらいました。

日曜日に、中3の自習の様子を覗いてみると、教室にいる全員が体育のプリントに取り組んでいて、ちょっと不思議な光景でした。

同じ時間に中1は、美術のプリントに取り組んでいました。

 

生徒全員が体育や美術の問題を解いている塾は、なかなかないと思います。

 

中3の学校のテスト勉強は、実質的に、これが最後になります。

今までになく真剣な顔で取り組んでいました。

 

「2学期の内申」が、都立高校受験の調査書に使われたり、ほとんどの私立高校入試の推薦や単願、「併願優遇」の基準に使われたりします。当然、受験のことを考えたら、この期末試験で少しでも高い点数を取って、内申点を上げておかなければなりません。

生徒たちも、そのことを重々理解しています。今までとは違う緊張感が漂っています。

 

 

 

ところで、「2学期の内申」は、どのようにしてつけられるのでしょうか。

 

もちろん、「2学期の成績」をもとにしてつけられるのでしょう。3年生の2学期の学習態度や課題・提出物、試験の点数をもとに評定が出されるというのが一般的な見解です。

 

しかし、インターネットなどには、「中3の2学期の内申」は1・2年生の成績を加味して出すというような情報が載っています。また、3年の1・2学期の成績を合算して出すという情報もあります。

 

3年の2学期だけの成績で「中3の2学期の内申」を出すという説明には疑問を感じる人も多くいます。もしそうであるならば、「中3の2学期だけ頑張ろう」という考えに行きついてしまうからです。その考えは、好ましいものとも思えません。

 

1年生や2年生のときに努力して取ってきた成績は全く考慮されないのでしょうか。無駄になってしまうのでしょうか。

 

 

 

そのことがずっと気になっていて、ある年に、ある地域の中学校を対象に調べてみたことがあります。

 

結論からいえば、学校の先生の回答は、「2学期の成績だけ」を対象にするというものでした。

 

もちろん、それが「建前」なのか、本当のことなのかは、先生の胸三寸であることに変わりがないのですが、公式に、「2学期の内申」の出し方を確かめることができたのは、収穫でした。

 

 

先生が、2学期の成績以外の要素を含めて「2学期の内申」を出したとしても、結局それは外部の人間にはわかりません。

そもそも、先生も人間ですから、感情や印象などが、評定に影響することもあるはずです。

 

 

現在の中学校の評価システムは、「授業を成り立たせるため」に機能している面があります。学校の先生は、意識的に、ときには無意識的に成績評価を、生徒管理のツールとしています。

 

つまり、よく知られているように、「授業で騒いだりしたら、成績が下がる」という「損益意識」を背景にして、生徒におとなしく授業を受けさせているわけです。

 

逆にいえば、受験で有利になるという「インセンティブ」によって、真面目に授業に取り組むように誘導しているということになります。

 

現在の中2から、都立高校入試の内申点における実技四教科の比重を高くすることが決められましたが、その意図は明らかです。5教科に比べて軽く見られがちなこれらの教科を、生徒に真面目に取り組ませるためです。

 

そう考えると、「中3の2学期の成績だけ」で「中3の2学期の内申」を出すというやり方に説明がつきます。

そう伝えることで、生徒は真面目に、真剣に取り組むからです。今まで不真面目だった生徒も、真面目に取り組むようになります。

 

現実に、好ましい効用があるのであれば、その言説や枠組みには意味があると思います。(こういった実利的な結果を重んじる考え方を「実用主義(プラグマティズム)」ということもあります。)

 

ただ、教育関係者が気を付けなければならないのは「成績のため」に勉強するという意識が強くなりすぎないようにすることです。

そのような意識は、学習の本質を損なう恐れがあります。

何のために勉強をするのか、という意義や動機がゆがめられてしまわないように注意しなければなりません。

 

 

1・2年の成績を「3年の2学期の内申」に含めることは少ないと思います。

参考にすることはあるかもしれませんが。

 

これは憶測ですが、行政からの明確な指示がない限り、忙しい学校の先生が、わざわざ生徒の過去の成績をチェックして、それを含めて内申を出すというような「めんどう」なことはしないと思います。そもそも、3年の生徒の成績を評価するのは、3年の教科担任の先生の裁量に任せられているわけですから、その仕組みにのっとって、粛々と評価を下すものだと思います。

 

 

1・2年の通知表の数字は、「中間地点でのタイム」です。加算されるポイントではありません。

しかし、「ゴール」は突然目の前に現れるわけではありませんから、そこに至るまでの積み重ねを疎かにすることはできません。

ゴールを見据えながら、しっかりと自分の成績と向きあい、過程を大切にしながら取り組みを重ねていく人が、結局、最後に良い成績を残すのだと思います。

 

 

3年の1学期の成績を「2学期の内申」に含める先生はいるかもしれません。原則として、1・2学期をとおして、同じ先生が同じ教科を担当します。1人の教科の担任が、同一の視点でもって評価を与えることができるわけです。

印象なども含めて、連続性のある期間の中で、生徒の成長に評価を与えることは、極めて当たり前の行為だと思います。ですから、「2学期の成績だけ」と言いながら、1学期も含めて「2学期の内申」を出す先生がいたとしても、不思議ではありません。

 

また、学年の各教科の担任の先生が相談したり声をかけ合ったりして「調整」するようなこともあるのかもしれません。

(期末テストの前に、三者面談を行っています。)

 

 

いずれにしても、地域や学校、先生によって、成績に対する考え方や成績の出し方やその基準は違っているはずです。

そして、それらは学校の外にいる私たちにはうかがい知ることのできないものです。

 

 

学校の先生は「2学期の成績」で「2学期の内申」を出す、と明言しています。

それは、今、この瞬間を頑張りなさい、というメッセージです。

 

ですから、私たちにできることは、今、目の前の、「やるべきこと」を真剣に一生懸命やるということだけです。

 

結局、結論はシンプルなものでした。(だから、生徒のみなさんには結論しか伝えませんでした。)

 

生徒のみなさん、頑張ってください。

 

(ivy 松村)

 

 

 

 

 

 

 

「入試相談」について

12月15日に、私立高校と中学校の間で「入試相談」が行われます。

「入試相談」とは、中学校の先生と私立高校の先生が、生徒の成績をもとに「合格の可能性」を「相談」するものです。

 

具体的には、「推薦入試」「単願」「専願」「併願優遇」などの制度で受験する生徒が「合格するかどうか」を確認するための機会となるものです。あるいは、基準に届かない場合でも出願できるのかどうかをきくことができます。

または、基準に届かない生徒がその高校を受験した場合に、「合格することが可能かどうか」を尋ねることもあると思います。

 

 

入試本番のテストだけで合格を判断するのではなく、内申点やその他の基準をもとに、「合格できるのかどうか」を「事前に」高校の先生に教えてもらうわけです。

 

実は、中学校の先生だけではなく、塾や家庭による「入試相談」を受けつけている高校もあります。一方で、特に難関校などでは、「入試相談」を行わないところもあります。

 

 

「入試相談」は、慣例的に行われているもので、公的な制度ではありません。

中学の先生は、生徒の進学先を「確保」することができ、高校の先生は、学力や人物を保証された生徒を入学させることができます。

 

実際には「合格の目安」は事前に示されてあって、三者面談の段階で、中学校の先生は「合格の可能性」を「ある程度」把握しています。

三者面談を通して、「合格圏内」の生徒に受験する意思があるかどうかの確認を行い、「入試相談」までに、対象となる生徒を確定させておきます。

 

高校側は、なるべく優秀な生徒を多く集めて、大学の進学実績を上げたいと考えています。ですから、成績上位の生徒に受験してもらいたいという希望を持っています。そのため、高校の先生と話をした中学校の先生が、その意向を汲んで、自分の学校の成績優秀な生徒にその高校の受験を勧めるということがあるのだと思います。

 

 

「入試相談」とは、見方を変えてとらえるなら、受験生にとっては「おさえ」の学校を確保するためのものです。

そこでは、多くの場合、「併願優遇」という受験制度を使って受験することが可能かどうか、が話し合われます。

 

 

都立高校入試のような、入試本番の点数次第で合否が決まる一発勝負の「ガチンコ」の受験にはリスクがあります。

「併願優遇」を使うことで、「ガチンコ」勝負になるチャレンジ校の受験にそなえて、安全に、「セカンド・チョイス」となる高校の合格を確実に取得することができます。

 

もし、戦略的に、「併願優遇」を使って「おさえ」を確保しておく方が、高校受験をするうえでメリットになると判断されれば、この制度を活用するべきです。しかし、場合によっては、「併願優遇」という制度はデメリットの部分が大きくなってしまうので、注意が必要です。

 

 

 

注意しておきたいのは、「入試相談」を通して受験を組み立てる場合には、この制度の「理念」をしっかりと理解したうえで、入試というものを考えなければならないということです。

 

「残念な人」は、「入試相談」のような制度を「ズル」のようなものだと考えがちです。

このような制度の出発点は、受験生への負担を軽減しようという配慮にあるのだと、思い当たることができないのです。

 

学校の先生は「よっぽどのことがない限り、大丈夫」という含みをもった言い方をします。

 

なぜそのような言い方をされるのかを理解しないで、「回りくどいな~」とか「めんどくさいな~」と思うアホや、「それって結局落ちないってことでしょ~」とのたまうアホは、高校に行かなくてもいいと思います。

 

 

このブログでは、「入試相談」を行って、「合格の可能性が極めて高かった場合」の受験に対して「確約」という表現を用いますが、当然、このことばは「絶対に大丈夫であることを保証するものではない」ということを理解していただきたいと思います。

 

 

 

高校受験における入試の様式を確認しておきましょう。

 

一.「推薦入試」

 

Ⅰ.「都立高校推薦入試」(合格すれば入学義務)

 

Ⅱ.「私立高校推薦入試」

①「確約あり」(入学義務)

②「確約なし」(合格すれば入学義務)

 

 

二.「一般入試」

 

Ⅰ.「私立高校一般入試」

 

1.単願 / 専願

①「確約あり」(入学義務)

②「確約なし」で「加点あり」(合格すれば入学義務)

③「確約なし」(合格すれば入学義務)

 

 

2.併願優遇

①「確約あり」で「しばりあり」(第一志望がダメなら入学義務)

②「確約あり」で「しばりなし」

③「確約なし」(加点あり)で「しばりあり」(合格し、第一志望がダメなら入学義務)

④「確約なし」(加点あり)で「しばりなし」

 

3.「本来の一般入試」 (「確約なし」)

①加点あり

②加点なし

 

Ⅱ.「都立高校一般入試」

 

 

 

(その他に国立大学附属高や高専などの入試もあります。)

 

 

次回、それぞれの入試スタイルを詳しくみていきます。

 

(ivy 松村)

塾が勧める受験をどう考えるか

中学校の先生は、生徒の「学力」に見合わない高校の受験を勧めることがあるので、注意しなければいけないことがあります。

簡単にいえば、「入りやすい高校」の受験を提案するケースが多いということです。

 

 

その理由をまとめてみましょう。

 

・中学校の先生は、受験生の、入試問題への対応力や得点力を確認したり、指導したりする機会を持っていない

・そのために、合格の可能性をシビアに判断できない

・中学校の先生は立場上、生徒の進路、進学に対して保守的にならざるを得ない

・時間的、労力的な制約のなかで職務を行うため、型にはまった対応になりがちになってしまう

・本気で受験を考えているのかを確認するために、厳しい意見を伝えることがある

 

以上のような理由が考えられます。

 

 

学校とは反対に、塾はなるべく高いレベルの学校に挑戦することを推奨することが多いです。

 

 

図式的にとらえると、

 

・学校は「低いランク」の高校を受けさせようとする

・塾は「高いランク」の高校を受けさせようとする

 

という構図になります。

 

 

端的にいって、中学校は公的な教育機関です。一方、塾は、産業的営利組織です。ですから、一般的な感覚からして、中学校の方が信頼できるはずだという考えを、世間の方々が持たれたとしても無理のないことだと思います。

 

特に、何らかの理由によって、通っている塾に不信感を抱いている生徒・保護者の方は、塾の受験指導は、生徒のためではなく、塾の都合によって行われているのではないかと考えがちになってしまわれます。そして、それは、あながち間違っていない場合も多くあります。

 

 

 

ここで、一般に広く信じられている塾の「合格実績主義」について考えてみましょう。

 

塾が、合格者実績を稼ぎ出すために、過度の受験を勧めてくるというものです。

 

そういった塾も、現実に数多く存在しています。

 

実際に、都立高校の推薦に受かった生徒に、何とか早慶の附属高を受験させようとしている塾教師を見たことがあります。あるいは逆に、私立の第一志望に受かった生徒に、都立の受験を勧める塾もありました。

 

そのような姿勢は、合格実績を広告として使いたいという、営利的な目論見によるものです。

または、他塾に負けたくないという、競争意識のあらわれです。

経営的な立場の方が、そのような指示を出したり、自らそのような行動に出たりすることがあるのでしょう。

 

また、営業的な見地からではなく、ある意味で「純粋に」合格実績を収集したいと考える塾教師もいます。

 

塾教師という仕事には「職人的」な側面があります。

合格実績は、自らの技能の高さを数値化したものであり、己の価値を示すものであると捉えられています。つまり、合格実績を伸ばすことは、塾教師にとって、栄誉、誇りを手にすることでもあるのです。

そのために、生徒に難関校の受験を後押しする塾講師がいることも事実です。

 

 

 

どちらにしても、これらは塾側の都合によって受験が扱われているものであって、生徒・保護者の方からすれば、受け入れがたいものであると思います。

 

しかし、塾からの受験校の提案等が、塾の都合によるものなのか、本心から生徒のことを考えてのものなのかは、判別つきがたいことが多いのではないかと思います。

 

ですから、より良い形で受験に臨むためには、先入観や偏見を排除して、どのような選択がベストなのか、という視点から、受験校を考えていただくほうがいいと思います。

(当然、あまりにも、あからさまな場合には、拒否するべきだと思います。)

 

大事なのは、塾の動機ではなく、受験生の進路選択にとって有効であるかどうかです。

 

塾が「高いランク」の高校を勧めてきたとします。もちろん、良くない結果が出るリスクはあります。そして、それは、塾側の都合によって提案されている可能性もあります。

 

しかし、もし、その高校に大きな魅力を感じ、それがリスクを背負ってでも受験しようと思うほどのものであったとしたら、やはり受験したほうがよいのではないでしょうか。

 

当たり前ですが、全く可能性のない受験を勧めるような塾教師はいるはずはありません。

可能性があるからこそ、話に上るものだと思います。

 

 

何やら、他塾を擁護するような内容になってしまいました。結局は私も塾の人間ということなのかもしれません。

(しかし、ここまで書いた後で、ivyは大丈夫ですよ!といっても、白々しいというか、 欺瞞的な感じがしてしまいますね。う~ん、失敗しました。大人しくまな板の上にのって、判断は、生徒・保護者の方にゆだねることにします。)

 

ただ、せめて、受験生や保護者の方に忘れないでいただきたいと思うのは、基本的に塾は、「受験を成功させるために動く」ものであるということです。

 

 

受験校、受験方法、受験パターンの選定はとても精神的に「しんどい」作業です。

生徒本人の希望や性格、高校から先の進路なども考える必要があります。

当然、高校のスクールカラーや校風、学習指導のありかた、進学実績、費用や通学時間なども考慮しなければなりません。部活や制服などを重視する人もいますが、そのときは、もちろん希望に沿って情報を集めます。

また、入試日程、優遇制度、入試傾向との相性なども押さえなければなりません。

 

そして何より、生徒の学力=合格可能性と、リスクを踏まえて、最良の受験の形を導き出そうと、絶えず頭をひねっているのです。

 

私たちは、ただやみくもに、自分たちの利得のみで動いているわけではないことをご理解いただければ幸いです。

 

 

 

(「合格実績主義」に関しては、合格者の「水増し」の問題があります。さまざまな「手口」がありますが、これは詐欺であって、もはや犯罪です。この件に関しては、後日また、書くつもりです。)

 

(ivy 松村)