「五者」と芸人

学校の教師は「五者」という言葉を聞かされる機会があります。

 

それは、教師の「精神」というか、「理想像」のようなものを示す言葉であるとされています。

 

「五者」というのは、異説もありますが「学者」「医者」「役者」「易者」「芸者」を表します。教師という職業は、その五つの職能を求められる仕事であるというわけです。

 

学校の教師だけでなく、塾の講師で口にする人も結構いそうです。年配の教師が、若輩の新米教師にする「イイ話」の定番となっています。

 

私は、実は「これ」が苦手で、ちょっと肌に合いません。

私が、この言葉を苦手に感じるのは、多くの場合、その「ご高説」が「陶酔のための素材」として持ち出されるからなのだろうと思います。まあ、中身のない話を気持ちよく語りたいわけです。

 

 

私が耳を傾けたいと思う話は、空虚な「言葉遊び」ではなく、もっと「リアル」なものです。

「教師」として必要な、具体的な技術や知識です。

 

 

 

それにしても、ふと思いついたのは、日本語には「者」の他にも、人をあらわす接尾語が多いということです。

 

 

一番よく使われるのは、やはり「人」でしょう。

「人」という字には、「ニン」という呉音と「ジン」という漢音があります。

 

「ニン」・・・役人、商人、町人、仙人、遊び人、料理人、鑑定人、交渉人、

「ジン」・・・詩人、軍人、歌人、俳人、名人、茶人、

 

 

「ニン」と読むのは、おもに「~する人」という内容の熟語を造語する場合です。

一方「ジン」と読むのは、おもに「~の(な)人」という内容の熟語を造語する場合です。

 

 

 

・その他、「ニン」と読む熟語

 

管理人、支配人、代理人、見物人、使用人、通行人、貧乏人、保証人、参考人、名義人、

立会人、付添人、勤め人、怪我人、小作人、代理人、苦労人、張本人、犯罪人、

 

 

・その他、「ジン」と読む熟語

 

芸能人、偉人、新人、財界人、自由人、社会人、個人、知識人、文化人、民間人、

野蛮人、有名人、賢人、鉄人、縄文人、現代人、関西人、日本人、外国人、

 

 

また、「狩人」(かりうど)、「海人」(うみんちゅ:沖縄方言)のような熟語もあります。

 

 

 

ところで、塾講師の中に、自らを「塾屋」と呼ぶ人たちもいます。

 

 

「屋」というのは、「個人が営む商店」を表す接尾語です。

 

この語は、職業的な技能や知識を持った人物を想起させます。

また、「個人事業」という連想から、「公的ではない」、あるいは「かたぎではない」というニュアンスが醸し出されます。そのために、ネガティブな「仕事」を指す用語に使われることもあります。(「総会屋」「殺し屋」など。)

その意味で、「塾屋」という表現には、ある種の自虐的な含みがあるわけです。

 

花屋、八百屋、魚屋、菓子屋、鍛冶屋、質屋、床屋、肉屋、

パン屋、問屋、電気屋、魚屋、宿屋、酒屋、本屋、

 

 

 

その他、「人」をあらわす接尾語には、「~員」「~官」「~師」「~士」「~家」「~手」などがあります。

 

 

「員」は、仕事などのために組織された集団の1人であることを示す語です。あるいは、共通の役割を持った働き手の1人であることを示します。

 

教員、駅員、従業員、会社員、職員、公務員、学芸員、乗務員、銀行員、

作業員、配達員、船員、役員、研究員、委員、用務員、警備員、議員、

船員、隊員、事務員、公務員、作業員、乗務員、指導員、部員、

 

 

 

「官」は、国家機関等に努める「役人(官吏、官僚)」であることを示します。

 

警察官、外交官、保安官、行政官、刑務官、裁判官、自衛官、

長官、検疫官、消防官、監督官、検察官、

 

 

 

「師」は、経験や修行を要する技能や、伝授を受けた専門的な知識を有する人を指します。

そこで、「師」は、人を指導する能力を持った存在だとみなされることになるわけです。

さらに、そこから「学芸、技芸を教授する人」という意味で使われるようになったようです。(→「師匠」)

 

教師、講師、牧師、伝道師、宣教師、

技師、漁師、猟師、調理師、相場師、調律師、花火師、ピアノ調律師、

看護師、助産師、薬剤師、鍼灸師、マッサージ師、保健師、整体師、灸師、整復師、

美容師、理容師、占い師、仏師、人形師、殺陣師、庭師、表具師、

手品師、奇術師、軽業師、講談師、漫才師、能楽師、道化師

 

 

 

「士」の由来は「戦う人」です。この字は「戦士階級」→「知識階級」という意味を持つようになります。

現在は、「公的な資格」を必要とする仕事、およびその仕事に従事する人を表します。

 

武士、騎士、力士、兵士、戦士、義士、勇士、烈士、闘士、棋士、弁士、

弁護士、運転士、飛行士、宇宙飛行士、税理士、会計士、栄養士、行政書士、航海士、

司法書士、消防士、潜水士、測量士、速記士、通信士、看護士、整備士、代議士、鑑定士、

通関士、建築士、建築士、機関士、気象予報士、操縦士、保育士、

学士、修士、博士、

 

 

 

 

「家」は、もともと「家系」や「一家」を指し、その家の生業や特徴などをあらわします(→「農家」「資産家」「資本家」など)。

 

その他、特に芸術、文芸の才能や能力を持った人物を示します。そこから、武道や技芸などを修めた人物も示すようになります。

 

専門家、芸術家、画家、建築家、漫画家、陶芸家、演出家、彫刻家、音楽家、声楽家、

作曲家、写真家、舞踏家、作家、小説家、随筆家、脚本家、劇作家、著述家、評論家、翻訳家、

書家、書道家、武道家、柔道家、空手家、落語家、工芸家、

 

 

また、本来職業として成り立たないような「生産的ではない行為」を極めようとする人を「家」で表すこともあります。

 

冒険家、登山家、宗教家、探検家、歴史家、発明家、

 

 

さらに、「~を趣味とする人」という意味や、「~に長けた人」という意味で使われたり、性格などを表したりすることもあります。

 

読書家、美食家、愛煙家、愛犬家、

毒舌家、野心家、戦術家、勉強家、

 

 

そう考えると、「政治家」や「実業家」のような使い方は、特殊な部類に入るのかもしれません。

 

 

 

「手」は、身体を使って役割をこなしたり、身体的な技能を発揮したりする人をあらわします。

 

運転手、歌手、騎手、選手、投手、捕手、野手、名手

 

 

 

最後に、「五者」の「者」ですが、この字は、ある役割や立場を表すものです。

面白いことに、それは、人間だけを対象としているわけではありません。

 

たとえば、「前者」「後者」などは、事物を示す指示語として機能します。

また、「捕食者」「生産者」というような用語の使用は、「ヒト」に限定されるわけではありません。

 

 

「者」は、ある「個人」の社会や集団の中での「立場・役割」、あるいは、ある構図の上での相対的な「立場・役割」を表します。また、その他に、単純に「個人」の性質なども表すこともあります。

 

独裁者、指導者、教育者、識者、作者、記者、著者、運転者、演奏者、覇者、王者、

勝者、優勝者、挑戦者、敗者、患者、経営者、労働者、担当者、候補者、打者、走者、競技者、

目撃者、経験者、欠席者、出席者、主催者、配偶者、初心者、実験者、製造者、設計者、

被災者、障害者、功労者、被疑者、通報者、有権者、責任者、保護者、

加害者、被害者、当事者、部外者、消費者、制作者、視聴者、

指揮者、技術者、編集者、研究者、解説者、

 

 

 

接尾語が変わると、使われ方や概念が変わっってしまうことがありますね。

 

管理者→管理人

役者→役人→役員

医者→医師

教師→教員

作者→作家

弁護士→弁護人

研究員→研究者

消防官→消防士

写真家→写真屋

発明家→発明屋

 

 

芸者→芸人

 

 

 

さて、私は、記事の冒頭で、「五者」というようなものにはちょっとうんざりすると書きましたが、そうはいっても、「教師の機能」というものを「象徴的」に考えてみることには意味がありそうです。

そこで、「思考実験」として、「五者」に対抗する概念を考えてみました。

 

 

私は「~人(ニン)」という接尾語で、塾教師の「ありかた」を模索してみました。

そして、「五者」ではなく、塾教師の「五人」を着想しました。

 

塾教師の「五人」とは、「芸人」「職人」「立会人」「案内人」「請負人」です。

 

 

私が考える塾教師の第一義は、「芸人」です。

 

ある塾の先生が、「塾講師は、ピエロになってなんぼ」というようなことを口癖のようにおっしゃっていて、私は、その考え方に大きく影響されています。

 

「ピエロ」は、もちろん「道化師」と表記できるわけですが、そのイメージは「芸人」に近いと感じます。

 

 

のうのうと「退屈な蘊蓄」をたれるような「先生様」に対する「アンチテーゼ」が、「ピエロ」という言葉に凝集されています。私たちは、「あんなふう」にはなりたくないわけです。

 

あとの4つについては、説明の必要はないでしょう。

 

 

(ivy 松村)