企業としての予備校を考える

あらためて、代ゼミが予備校運営を撤退する原因となった主なものをまとめてみましょう。

 

・少子化による受験生の減少

・現役志向の受験生が増えたこと

・国公立・理系志向の受験生が増えたこと

・AO入試や推薦入試の枠が広がり、一般入試の受験指導のニーズが減少したこと

 

 

このような社会的、制度的な変化が浪人生の減少をもたらし、浪人生を主なターゲットにする代ゼミの経営を圧迫することになりました。

 

しかし、浪人生が減少しているにもかかわらず、発表されている報道資料などによれば、代ゼミ以外の大手予備校の経営は堅調です。

駿台、河合などの他の予備校が国公立難関大学志望の現役生への受験指導に焦点していく中で、代ゼミは大学受験の潮流から取り残されていました。

代ゼミだけが「一人負け」の状態だったのです。

 

多くの専門家が、受験産業の市場は均衡縮小に向かっていると指摘しています。海外進出への道がなく、国内市場も飽和しています。そのため、現在の受験産業企業の経営戦略は、どうしても「パイ」の奪い合いになります。そのため、直接的、敵対的な競争が起こりやすいのです。

 

 

代ゼミにとっては、人気講師が、直接の競争相手である東進に相次いで移籍したことも痛手でした。

 

東進は全国の中小規模の塾とフランチャイズ契約を結び、「授業」の配信を行っています。講師は動画撮影のための授業を行い、全国の契約教室に通う生徒はパソコン画面で「授業」を受けるのです。

一度撮影をすれば、直接授業を行わなくても、何万人の生徒を教えていることになります。そして、その「授業」は次の年の受験生にも「受講」されるのです。

 

東進の講師は、最低限の授業を行うだけで、より高い報酬を得ることができます。「引き抜き」によって、多くの「名物講師」が東進の「顔」となりました。

 

その結果、講師のキャラクターや個人的な技量を重要視する層の受験生は、代ゼミから東進へ流れました。このようにして、東進は代ゼミを上回るまでに成長を遂げたのです。

 

さらに、現在では大学受験指導をおこなう教育サービス業が多様化しています。それにともなって、大規模教室での受験指導ではなく、面倒見のよい少人数制のクラスや個別指導を求める生徒も増えています。

こうしたニーズのもと、大学受験指導のノウハウが拡散し、高校部を作って高校受験後も生徒の面倒をみる中小学習塾や個人塾も増えました。

 

浪人生が減少してしまったこと加え、代ゼミは、現役生の取り込みに出遅れてしまいました。さらに、受験生が他の予備校・塾に流れてしまったことで、運営が一段と厳しくなっていったのです。

 

 

ただ、代ゼミには潤沢な資産があります。それを生かした「企業」としての生き残りの戦略があるのでしょう。代ゼミだけではありません。他の大手予備校も、1980年代後半から90年代の初めにかけて、巨額の利益を手にしています。

 

ある大手予備校関係の知り合いに聞いたことがあるのですが、にわかには信じられない、とんでもない額の資金がプールされているそうです(まあ、噂話の類かもしれませんが)。また、金融機関と組んで資産の運用も行っているはずですから、河合や駿台などもよっぽどのことがないかぎり、今日明日に倒産というようなことにはならないでしょう。

 

代ゼミの予備校事業縮小は、企業としての現実的な決断にすぎません。また、不動産業に転身するとしても、それは企業としての合理的な判断です。

 

にもかかわらず、どうして残念な気持ちになってしまうのでしょう。私も寂しさを感じてしまいました。端的にいえば、多くの人が「ショック」を受けたわけです。

もちろん、代ゼミに通ったことが、青春の思い出として刻印されている人にとっては、ある種の喪失感がもたらされる出来事であったでしょう。

しかし、寂しさは、そうしたノスタルジーではなく、失望に近いものがあるように思います。多くの方のコメントなどからも名状しがたい、何か鬱屈した「もやもや」を感じてしまいます。

 

もしかしたら、代ゼミのニュースが「ショック」だったのは、経済効率的な考え方が見え透いてしまって、教育機関としての幻想がはがれ落ち、あまりにも赤裸々に企業的側面が見えてしまったからかもしれません。

 

(ivy 松村)

大学浪人生の減少について考える

代ゼミは従来、私立文系の浪人生をおもなターゲットとしていました。90年代半ばごろまでは、私立文系の学生が多くいました。この時期に、代ゼミは多くの受講者を抱え大きく成長しました。

しかし、近年の浪人生の減少によって、代ゼミの経営は苦しくなっていきました。

 

浪人生の減少にはいくつかの大きな流れがあります。ひとつは、少子化が進み大学受験人口の絶対数が減少したことです。

1994年の18歳人口は約205万人でしたが、今年2014年では、約118万人にまで減少しています。受験生の減少は、大学受験指導の需要の低下を意味します。

 

浪人生の減少の要因のもうひとつは、大学の学生収容力が上がったことです。受験者人口は減っているにもかかわらず、大学入学者数は20年前に比べて増えています。

この20年の間、大学の数が増え、さらに既存の各大学も入学者を増やしていきました。特に、首都圏の大学は、郊外へのキャンパスの拡大や建物の増設によって、収容する学生の数を増やしました。

 

受験生の数が減り、合格者が増えたことで競争が緩和されました。浪人をしなくても大学に進学できる時代になったのです。

 

さらに、AO入試や各種の推薦入試など、一般受験ではない現役生対象の選抜方法による入学者の割合が増えました。そのため、予備校を必要としない高校生が多くなったことも一因として挙げられるでしょう。

AO入試が開始された2000年では、一般入試による大学入学者は38万9851人で全体の65.8%でした。推薦入試は31.7%、AO入試は1.4%、その他1.1%でした。

2012年度では、一般入試が56.2%にまで減少しましたが、推薦は34.8%、AO入試は8.5%にまで増加しています。

 

 

 

また、この20年の、社会・経済的な変化によって、現役志向の受験生の割合が増加している点も考える必要があります。

 

 

バブル崩壊後、平成不況を経て、家計の、教育費への支出が厳しくなっています。それが、公立高校、国公立大学に人気が集まる一因となっています。大都市圏から、地方の国公立大学を受験する例も増えています。そして、もはや、浪人を覚悟するような受験のやり方は少なくなっています。浪人には、お金がかかりますから。

 

 

90年代初頭は、バブル経済期と第二次ベビーブーム世代の大学受験期が重なり、浪人がある意味当たり前の状況でした。また、大学の数や、大学が受け入れる学生の数も今ほど多くなかったので、大学受験は激しい争いでした。

 

さらに、世相というか、社会的な雰囲気が「寄り道」や「遠回り」を許していました。当時は、「自分探し」が流行ったり、「夢」を追い求めることがもてはやされたりしました。就職せずにフリーターになることもめずらしいことではありませんでした。つまり、1年、2年浪人したり留年したりすることが人生の大きな遅れになるとは考えられていなかったのです。

 

現在は、堅実で安定した人生を求める傾向が顕著です。若い人は、「ストレート」でライフコースを歩もうとする意識が強くなっています。そのため、現役で確実に大学に入ることを優先し、大学受験に「勝負」をかけることをしないようになっていると思います。

 

 

今の学生の安全志向は、就職に対する考え方にも顕著です。それは、大学生の就職活動の過熱、大企業への就職や公務員を志望する学生の増加などに見て取れます。また、国立大学の、医学部を筆頭とした理系学部の人気の再燃も、その流れの中にある事象だと思います。

 

 

 

浪人生が減少している現状を、検証可能なデータで見てみましょう。

 

文部科学省が公表している「学校基本調査」という統計資料があります。最新の2014年度の速報が8月7日に発表されました。その中の「高校卒業年別入学者数」で、今年大学に入学した学生の高校卒業年別の人口が確認できます。

 

2014年度の大学入学者は、60万8232人です。そのうち、1浪の学生は6万6305人、2浪は9813人、3浪は2707人、4浪以上は4390人です。浪人をして大学に入学した学生の数は、合計8万3215人となります。

大学入学者に占める浪人生の割合は13.7%となっています。

 

最も浪人生が多かった1992年の浪人生の数は18万9136人です。そして、大学入学者に占める浪人生の割合は34.9%でした。約3人に1人が浪人生だったのです。

 

この20年間で、浪人をして大学に入学する学生の数は半分以下に減少しました。またその割合も3分の1にまで減っているのです。

 

今年はいわゆる「最後のゆとり世代」の卒業年でした。浪人をする学生は、来年は新課程で勉強してきた現役生と競争しなければなりません。そのことに心理的な負担を感じ、浪人を選択しなかった受験生が多かったのではないかと思います。そのため、来年度の大学入学者のうちの浪人生の割合はさらに減少するかもしれません。

 

 

現在は、高校進学志望者のほとんどが高校に入学しますが、かつては、「高校浪人」というものが存在しました。同じように、「大学浪人」も、希少になっていくのかもしれません。

 

(ivy 松村)

 

代ゼミとサピックスのこと

代ゼミは、2009年にサピックスの中学部・高校部を買収し、翌年に小学部を買収したことで、サピックス全体をグループ化しました。別々に買収することになったのは、サピックスの小学部と中学部・高校部がそれぞれ独立した運営だったからです。

 

サピックス小学部と中学部・高校部は、受験業界におけるプレゼンスにおいて、全く別物といってよいかもしれません。サピックス小学部は、中学校受験において、頭一つ抜きんでた、圧倒的な実績を出しています。

 

この時の買収は、サピックスの側が持ちかけたものだそうです。サピックスを立ち上げた経営陣が第一線を退く年齢に差し掛かり、経営権を手放したといわれています。

 

代ゼミがサピックスの求めに応じ、合併を行ったのは、中学受験、高校受験をした生徒をそのまま大学受験まで「抱えこんで」いこうという予備校を運営する企業としての経営的な戦略があったからです。

 

大手の予備校はみな同じような戦略をとっています。河合塾は中学受験の老舗である日能研と提携しています。駿台予備校は関西の中学受験塾の浜学園と提携しました。そして、東進は中学受験の四谷大塚をグループ化しています。

 

いずれの予備校も、中学受験指導を行う塾との関係を強化しようとしています。中学受験を経て、中高一貫校に入学した有望な生徒が大学受験をするときに、その受け皿を担いたいと考えているのです。

 

 

サピックスの中学部・高校部に続き、首都圏の難関中学受験で圧倒的な実績を上げているサピックス小学部を傘下に収めた代ゼミは、非常に有利な立場にありました。

 

首都圏では、サピックスは大きなネームバリューがあります。中学受験では絶対的な強さを持つ存在であり、上位進学校に進んだ生徒の多くはサピックスに通っていたわけです。最難関大学を受験する学力上位層に対する知名度は抜群で、信頼感も大きなものです。

 

サピックス小学部で学び、名門の私立・国立進学校に入学した生徒は学力が高く、経済的にも恵まれています。要するに、代ゼミは、大学受験で輝かしい合格実績を出すはずの優秀な生徒に対し、継続して代ゼミに通ってもらうように声をかける機会を得ていたのです。

 

 

しかし、代ゼミはこのアドバンテージをうまく活かせません。サピックスと代ゼミの「客層」が違うからです。

 

まず、なによりも、代ゼミは「私立文系」の浪人生を主なターゲットとする予備校です。東大や一橋大、東工大などの難関大学を狙う現役の高校生は、他の予備校や大学受験塾に流れていきます。

 

 

そして、原理的に、代ゼミの運営面での特徴と、サピックス運営方針の違いによって、両者の融合に困難が生じます。代ゼミの指導の体制は、本質的にサピックスとは異質なのです。

 

代ゼミは「講師の代ゼミ」といわれるほど、多数の人気講師を輩出してきました。講師が持つ裁量権が大きく、テキストや授業時間さえも講師の独断に任せられています。生徒を集める人気講師は、その分高い報酬がもらえます。そのため、講師同士が競い合いながら、教務力を高めていくという側面と、それぞれの講師が独立して教務を行うため、総合的な指導、運営がおろそかになるという負の側面があります。

 

さらに、そのような体質がもたらした最も重大な影響は、講師が、学生に対して「迎合的」な授業を行うという文化が根付いてしまったことです。必然的に、人気が出るような授業、つまり、「面白い授業」へと流れてしまい、学生の学力を伸ばすことよりも、学生に気に入られるようなパフォーマンスが優先されるようになっていきます。

 

もちろん、代ゼミのほとんどの講師はすばらしい授業の技術を持っていらっしゃると思います。そして、そんな講師の方々の、面白く分かりやすい高度な授業は、学生にとって理想的なものであるといえます。しかし、それは受験指導において絶対的に「良質なもの」であるとはいえないと思います。なぜなら、受験には緊張やストレス、努力や継続への耐性も必要であり、授業はそれを養う機会でもあるからです。

 

結局のところ、代ゼミが「私立文系」に強いという評判は、結果的に私立文系型の学生が集まる「空気」の予備校であるということが大きいよう思えます。

 

当然、国公立大学を受験するには、幅広い勉強が必要です。たとえ文系であっても、数学や理科の勉強をしなければならないのですから。つまり、「耐性」が必要なのです。

 

 

一方で、サピックスは突出した講師を生み出さないような運営を行ってきました。冊子テキストは複数の執筆者によって練り上げられ、作りこまれています。また、授業の構成をマニュアル化し、ノウハウを共有する仕組みが出来上がっていると聞きます。

 

代ゼミに買収された後も、サピックスの合格実績は下がりませんでした。運営の中心となっていた講師が抜けても、さらに他塾を突き放しつつあります。組織的な教務力がサピックスの強みであるといえるのかもしれません。

 

しかし、あまりにも合格実績に執心し、学力下位層へのフォローがなおざりになっているのではないかという話もあります。難関中学受験に照準したカリキュラムについていけなくなる生徒も数多くいるそうです。サピックスの宿題をこなすために別の塾に通う生徒もいます。学力的に厳しい生徒には、あまり楽しくないところなのかもしれません。

 

 

ある意味で代ゼミとは対極的な体制であるといえます。組織文化的に、代ゼミとサピックスの「接続」は難しかったのかもしれません。

 

 

そもそも、代ゼミとサピックスの「接続」以前に、サピックスの小学部と中学部(あるいは一貫校向けのクラスがある「Y-SAPIX」)がうまく連携できていない印象があります。小学部があまりにも突出してしまっていて、中学部やその先が受け皿として機能できていないのではないのではないでしょうか。

 

「Y-SAPIX」というサピックスの高校生(と中高一貫校生)向けの大学受験のためのブランドがつくられていますが、ここに代ゼミの「過剰さ」が組み合わされば面白いと思います。

 

それも、よっぽど確かな先見性と豪胆な実行力のある人が指揮をとらないと難しいかもしれません。塾や予備校の講師は、自分のやり方に誇りと自信を持っている人が多く、その意味では保守的な人が多いのです。代ゼミを支えてきた人たちがサピックスに従属的に協力する雰囲気があるのかどうかもわかりません。(ある塾とある塾の合併に、間近で接する機会があったのですが、なかなか大変な様子でした。)

 

 

実際にはどうなのかわかりませんが、代ゼミが、サピックスを買ったのはただの衝動買いではなく、将来的にサピックス主導の体制に移行するためであって、大クラスの学生を捌く高利益のビジネスモデルを捨てて、不動産で儲けながら、利益は少なくとも本業として受験に携わる塾をつつましく誠実に営もうとしている…という可能性が5%ぐらいはあるかもしれないと思います。

 

(ivy 松村)

「代ゼミショック」・・・誰がショックを受けるの?

代々木ゼミナールの事業縮小が大きな話題となっています。誰もが知っている教育受験業界の有名ブランドが、あからさまに本業から撤退することは世間に大きなインパクトをもたらしました。このニュースは「代ゼミショック」などと呼ばれているそうです。

 

かつて、代ゼミは駿台予備校や河合塾とともに「三大予備校」などと称されていました。現在、小学生や中学生の親の世代の人たちにとっては、代ゼミは受験業界のビッグネームのひとつという印象をお持ちだと思います。

 

しかし、近年では、駿台や河合に合格実績で大きく引き離されているだけでなく、新興の東進にも逆転されている状態でした。生徒数も激減し、大手予備校のなかで「一人負け」を喫していました。つまり、受験業界関係者や受験生の間では、代ゼミが「ヤバい」という話はよく聞かれるものになっていたのです。

 

そして、とうとう、8月23日、代ゼミが既存の27校舎のうち20校舎を閉鎖することを発表しました。続いて翌日、全国模試やセンターテストの集計や分析を廃止することも明らかにされました。さらに、大幅なリストラや不動産業への転身などの話題が耳目を集めています。

 

当初、私は、代ゼミは、グループ傘下にあるサピックスによる、現役生対象の指導体制にシフトチェンジしようとしているのかもしれないと思いました。代ゼミという名が失墜したとしても、中学受験におけるサピックスのブランド力は非常に強力です。サピックスの洗練された受験指導のノウハウを、代ゼミは取り入れるべきだと考えていました。しかし、模試やセンターリサーチまでも取りやめると聞き、これはやはり、企業本体が本格的に教育受験産業から脱退するのだなと思い直しました。

 

模試やセンタ―リサーチを廃止し、独自の情報収集を放棄してしまえば、ライバルの駿台や河合から情報提供を受けることになります。受験生は当然、信頼できる「一次情報」を持つ予備校に集まると思います。そうなると、勢力の挽回は非常に厳しくなるでしょう。

 

難関大学を指導する部門は残すそうですが、やがてこれらの運営も厳しくなることは目に見えています。難関大学の合格をリアルに考えている受験生は、もはや代ゼミを選択しないからです。合格実績を回復することはかなり難しいといわざるを得ません。受験生たちの目には、代ゼミは「どろ船」に映っていることでしょう。この度の「代ゼミショック」で代ゼミの格付けは明確に崩落しました。

 

 

講師や従業員の士気の低下も案じられます。多くの人が、来年には新しい仕事を見つけなければならないでしょう。講師や従業員の心理的な負荷が、授業や業務に影響しなければいいと思います。

 

いずれにしても、報道に接した受験生たちは不安に思うでしょうから、影響が皆無ということはないでしょう。

 

話は少しそれますが、この度の代ゼミの報道の後、さまざまな人の発言やコメントを見聞きしたのですが、受験生の立場で考えている人が少ないことに少し驚いています。経済誌や週刊誌からの発信では、代ゼミが校舎を建てる段階からホテルやオフィスなどに転用できるように設計していたことを評価するものもありました。同業の人などのブログなどには、代ゼミ講師の今後を心配していたり、誰かが新しい予備校や塾を立ち上げるのではないかという噂だったりという内容が書かれていました。あるいは、「文化人」的な方々は、自分の受験時代の追憶を書き連ねていました。最も多かったのは、少子化や大学定員の増加によって、予備校の経営が苦しくなってきたというありふれた分析でした。

 

このタイミングで代ゼミの行く末を知らされることが、受験生や通っている生徒にとって本当によかったのだろうか、と思います。しかし、それももちろん熟慮した上での発表なのだろうと思います。賢い「経営的な判断」によれば、夏期講習の終わりがよかったのでしょう。

 

きっと、ボロボロになりながら、さまざまなものを守ろうと戦った人がいるのだろうと思います。実は、私も以前同じようなシチュエーションに巻き込まれたことがあります。私にとっては、身につまされる話なのです。そのとき、この状況で、どうすることが生徒たちにとってい一番いいことなのか、ということだけを考え続けていたような気がします。

 

(ivy 松村)