come over to overcome

今日は、都立高校入試の合格発表の日でした。

 

塾生ではない生徒も、わざわざ報告に来てくれました。

 

入試の結果を伝えに来てくださった受験生のみなさん、ありがとうございました。

 

 

はにかんだような喜びの笑顔を見せてくれた生徒がいる一方で、まだ少し笑顔がぎこちない生徒もいました。

 

気持ちに整理をつけて、行くべき道を進もうとするその表情に救われました。

「塾に入ってよかった」という言葉に救われました。

 

 

「安全策」を何度も提言しました。

しかし、チャレンジの道を選びました。

 

望まない結果であっても受け入れる覚悟をもって、前進することを決意したのです。

 

「その経験」を大事に温めてほしいと思います。

 

 

 

これから進む道を見つめてください。

在校している生徒にいろいろと聞いていますが、きっと気に入ると思います。

 

入試の日に訪れたついでにと思って、帰る前にぶらりと一周してみました。

広くて落ち着いた雰囲気のある学校でしたね。

 

 

立派に合格を勝ち取った場所です。

志を携えて踏み入ってください。

 

 

 

そして私も、気持ちに整理をつけなければなりません。

 

 

 

 

 (ivy  松村)

 

“Sale on”― “Sail on !”

いよいよ受験シーズンです。

 

今日は、うれしい合格発表もありました。

 

 

昨日、受験生といっしょにハチマキをつけて、「エイ・エイ・オ~!」をやりました。

その後、「豆まき」を敢行しました。

 

okashi

 

 

 

この時期、あちこちに「受験グッズ」を買いに行くのですが、ちょっと前にはよく見かけていた「受験仕様」のお菓子を見かけなくなりました。

それで、あまり生産されなくなってしまったのかな、と思っていたのですが、ちょっと遠出をしたところのあるスーパーに「コーナー」が作られていて、たくさん置いてあるのを発見しました。

ただ単に、近くのお店で取り扱わなくなっていただけなのですね。

思わず「衝動買い」をしてしまいました。

 

けっこう余ってしまったので、非受験の学年の生徒のみなさんにも今度「おすそわけ」しますね。

 

 

 

明日は、都立中入試です。

 

君たちが、「入学試験」と向き合い、格闘し、考え抜き、今までで一番いい「答案」を仕上げて帰ってきてくれることを祈っています。

 

頑張れ。

 

 

(ivy 松村)

 

 

 

There we go.

本日、都立高校の合格発表がありました。

 

以前、教えていた生徒も、結果の報告に来てくれました。

 

(推薦入試の後、報告に来てくれた生徒もいました。ありがとうございました。)

 

 

これで、平成29年度のすべての受験の日程を終えました。

 

 

 

今年卒業の学年は、今日までにいろいろなことがありすぎて、何か書こうとしてもなかなか考えがまとまりません。

 

 

 

1月の段階で進学先が決まった生徒が多かったのですが、合格の知らせを聞いて、もちろん喜びが湧きあがってくるのですが、すぐに「次の受験」に頭が切り替わってしまいます。

まだ、「先」が残っている人が「優先」になってしまうのです。

 

がんばって一足早く受験を終えた人ほど、「自分任せ」にしてしまいました。

 

でも、わかってもらえると思うのですが、これから「本番」をひかえた人を放っておいて、受かった人と楽しそうにわいわいやっているような無神経の塾講師がいたら、それこそ、ぞっとするはずです。

 

 

 

入塾の際、勉強は大嫌いなので、できれば塾には入りたくない、でも、しょうがないので塾に入ろうと思うが、できるだけ勉強したくない、と言っていた生徒。

あきれて、絶句しました。

でも、その「図太さ」に、何かある、と感じさせられたのも事実でした。

 

最後は、人一倍勉強していました。

周りに流されず、黙々と、当たり前のように勉強を続けました。

 

 

 

教師やまわりの友人を軽んじて、自信家で、損得意識が強かった生徒。

一度、おまえ、その性格直さないと先がないぞ、と言ってブチ切れました。

 

実は繊細で、心配性で、そして、ノリがいい。

少しずつ自分の「美点」を表現できるようになり、本当に「強い」人間に成長した。

 

思いやりと我慢を覚え、真っすぐに、前を見つめて奮闘する日々でした。

 

 

 

平日は5時間、土日は10時間以上毎日毎日勉強。

 

 

 

私は、他の生徒たちが帰った後、整序や適語補充に挑み続けた、あの時間をこれからもずっと、忘れることはないでしょう。

 

 

 

前にも言ったけれど、きみたちは、私にとって、真実、特別な存在です。

 

 

能力を有したものが能力を発揮するのに、どれほどの覚悟がいるというのだろうか。

 

「そういうこと」ではないのです。

 

 

これほどに努力の価値を示した挑戦者を、私は、見たことがないのです。

 

 

 

しかし、私は、あのとき、あとほんの少し、もう少しだけ、「可能性」を引き出さなければならないと感じてしまったのです。「ぎりぎりの状態」から絞り出される必死の「もがき」が、「最後の力」になるのだと。

 

 

今の思いが、伝わってくれているのなら、うれしいです。

 

 

 

全員の進むべき道が定まりました。

 

 

受験を終えたみなさんが、これから、充実した高校生活をおくられることを、心より祈念申し上げます。

 

 

(ivy 松村)

 

 

afterward

平成28年度の受験が、終了しました。

 

受験生全員の進学先が決まりました。

 

都立高校を受験する生徒がいないのは初めてのことなので、何か落ち着かない気分です。

 

 

本年度の中3は、「スポーツ校」への進学と、私立の付属高へのチャレンジを中心としたクラスでした。

 

 

この一年は、忘れがたいものになりました。

 

 

時には、強く注意しました。

容赦なく大量の課題をつきつけました。

 

 

ある生徒に、「自分は受け入れられるはずだ、という甘えを捨てなさい」と言ったことがあります。

自分でも、厳しい言葉だと思いました。

 

まっすぐに受け止め、自分を変えていこうとする実直な態度は、本当に立派でした。

 

力を出し切ることができた、と報告してくれるその顔には、すがすがしいまぶしさがありました。

 

 

 

有数の、私立付属校の合格を得ながら、「進学校」に進む決意をした生徒がいます。

 

その心に秘めた「覚悟」を思い、胸が、しめつけられました。

 

 

「全力」という言葉そのままに、持てる力の全てを注ぎ込んで、遥かな「高み」を目指しました。

 

この半年間の経験が、その「意志」を湧き上がらせたのだとしたら。

 

私は、自分がこの世に存在する意味を確信することができます。

 

 

 

「受験」の幕が下り、果たして、私たちの「緊密な日々」に終わりがおとずれます。

 

 

ひとりひとりが、進むべき道を定めました。

 

全員が、「目的」を持って高校に進みます。胸を張って進んでください。

 

 

 

ずっと応援しています。

 

 

 

(ivy 松村)

 

 

Is there a will ?

今日は、私立高校の併願推薦の合格発表がありました。

 

無事合格を果たしました。おめでとうございます。

しかし、これは通過点ですので、「本番」に向けて気を引きしめていきましょう。

 

 

帰り際に「危機感」の話をしました。

 

「入試」の基準は、厳然として「合格点」にのみあります。

 

「自分基準」で「自分はがんばっている」と自分をなぐさめようとしても、そんなものは無意味です。

 

足りないのであれば、取り組みの量や質を上げていくしかないのです。

「合格点」に必要な努力を積み上げなければなりません。

そのための話をしているのです。

 

しかし、実は、私が一番いいたいのは「点の取り方」や「受験勉強」についてではありません。

「意志の所在」についてです。

 

今日話したことについて、よく考えてください。

 

 

Where there’s a will, there’s a way.

 

 

(ivy 松村)

 

入試応援のこと

昨日も入試応援に行ってきました。

 

今日、その入試結果の発表だったのですが、合格を果たしました。

 

おめでとうございます。

 

併願ではない受験でしたから、実力で勝ち取った合格です。

うれしかったでしょう。

しかし、なにより、ご家族は、ほっとされたと思います。

 

2日前に体調を崩してしまって、直前に十分対策ができませんでした。

前日も、帰る予定の時間を2時間近く超えて面接の練習などを行いました。

お家の方はずっと心配されていました。

家族の支えがあっったからこそ、がんばり切れたのだということを忘れないでください。

 

そして、まだ、ゴールは先にあります。気を引き締めてがんばっていきましょう。

 

 

 

さて、いよいよ2月に入り、東京の入試が始まりました。

 

今日2月1日は、私立中学入試のスタートでした。

今年はサンデーショックの年です。

 

受験に関する情報を集めていて、サンデーショックを用いて、中学入学時の学力と大学合格実績との関係を分析した論文があることを知りました。少しだけ読んでみましたが、結論としては、あまり関係がないのだそうです。

 

その結論によって、間接的に示唆されるのは、入学後の教育や環境の方が、学力の伸長に影響があるのだということです。

 

興味深いですね。

そうすると、実力相応の学校に入るよりも、単なる幸運でもいいから、上位の学校に入学したほうがよいということになります。

そして、「優秀な生徒が集まるから、進学実績がよいのだ」という因果の説明が揺らぐことになります。

 

分析の対象が私立の難関中高一貫校ということなので、一般化して考えることはできないと思いますが、大変貴重な、意義のある研究だと思いました。

 

 

 

今日、2月1日は中学受験の山場です。

多くの塾関係者が、入試応援に動員されていたはずです。

 

その入試応援に関して、面白い記事が配信されていました。

 

受験生激励大声やめて! 入試会場で塾関係者ら過熱

 

入試当日、塾関係者が受験校の校門の前に集まって、生徒に最後の激励をして送り出すという、一種の風物詩的な光景に対する記事です。

 

一言でいうと、「迷惑」であるということです。

 

 

ある学校が「ほかの受験生が萎縮する事態を避けるため、塾に対し、

 

・集団で声を上げての決起集会

・旗やのぼりの使用

・ベンチコートの着用

 

―などをやめるよう、事前に文書で呼び掛けた」

 

のだそうです。にもかかわらず、「当日、集会をして大声を上げた塾があり、抗議したという」ことです。

 

 

身につまされますね。

 

正直、塾の教師の中には、自分が「ならず者」に思われても、受験生の合格可能性0.1パーセントでも上がるのなら、本望だと思う人がいると思います。

 

 

入試応援という行為が、とても効果があることもわかっています。

 

緊張しない生徒もいれば、緊張で力を出し切れない生徒もいます。

また、怖いのは、大丈夫だと思っていた生徒が、当日になって、ガチガチになることです。その日になって、その生徒の本来の性質が現れることもあるのです。

 

私たちが考えなければならないのは、生徒が力を出し切るために、できることは何か、ということです。

早起きをして朝そこにいるだけで、そうした懸念をいくらかでも軽減できるのなら、当然そうします。

 

同業者として、そういう思いを共有することはできても、否定することはできません。

 

 

 

ただ、問題は、関係のない者がそこにいることです。「賑やかし」でいるだけの人間は「邪魔」以外の何物でもありません。

 

 

ものごとの本質を失っていて滑稽なだけでなく、悪影響が大きすぎるのです。

 

記事にもあるように、世間に迷惑であり、塾業界の悪評になり、当の受験生に望まれていないものになります。

 

もちろん、塾の従業員が、会社組織の圧力のもとにそこに来させられているのでしょうから、正常でないのは、動員の指示を出した人なのでしょう。彼らにとって、塾の従業員は、受験を「祝祭空間」にするための「小道具」です。威嚇や宣伝のために、そこ立たされています。

 

そして、哀しいことに、きっと、勢力の誇示は、企業の業績と相関があるのでしょう。

 

企業の論理が、教育の倫理に上回る端的な事例です。

 

 

 

昔、中学受験をする多人数の受験生を教えていたとき、必ず、こっそりと生徒に伝えていたことがありました。

 

「入試当日、大人たちが集まって、大騒ぎしています。ほとんどお祭りみたいになっています。多分、君たちは、ドン引きします。でも、それは、塾の人たちの、君たちを応援したいという気持ちのあらわれなのです。もし、嫌だな、と思ったら、さっと学校の中に入ってください。」

 

 

実は、小学生でも、受験生は逞しいもので、「そんなものだ」と冷めて見ている生徒も結構います。自分たちをそっちのけにして騒いでいる大人を見ながら、社会のあり方を学んでいくのかもしれません。(「先生」の鏡ですね)

 

しかし、そうだとすると、まあ、さらに滑稽ですよね。

 

滑稽だな、と思いながら、私がその一員を演じてきたのは、それに励まされる生徒が、必ずいたからです。その目的のために道化になれるのです。

 

 

 

入試応援を面倒に思う塾の教師も、多くいます。当然、塾の仕事は「夜型」になりますから、朝はきついのです。

以前は、入試応援に行きたがらない講師を歯がゆく思ったり、軽蔑したりしていましたが、今は、誰にとっても、その方がいいと思うようになりました。これは本心です。

 

 

受験生の力になりたい、という核心を失ってしまったら、入試応援は、すがすがしいほどの、ただの迷惑行為です。

 

ですから、私は、自分の生徒のすべての入試を同じように応援しようと思っています。

 

入試のある日は、必ずどこかの入試会場に行くようになって、何年か経ちました。

今年も、すでに6か所、高校入試の応援に行きました。

 

一人だけの入試応援も、風情があると思えるようになりました。

世の中の、私以外の塾の教師全員が「行かなくていい」と判断した入試会場には、私一人しかいません。

高校の先生も、塾の人が来るとは思っていないので、怪しまれて、声をかけられたりします。

 

 

お祭りのような喧噪のなかで受験生を探し出すことも、静寂の中でじっと生徒が来るのを待つことも、私にとっては等価であり、そして、喜びでもあるのです。

 

 

(ivy 松村)