eine Nachricht

早稲田の系属校に合格した生徒が、「メッセージ」を書いてくれました。

 

 

 

 

 私はこの一年間、受験に向かってたくさん勉強をしてきました。夏休みまでに三年生の内容を終わらせて、そこからは志望校の過去問や総合問題を解き進めていきました。

 

 勉強をしている中で苦しいと思うことがたくさんありました。例えば、過去問演習で良い点数が取れなかったときなどです。しかし、私は、自分はレベルアアップし続けている、これを乗り越えれば合格に近づくと信じ、また、高校生活を楽しんでいる自分を想像したりしながら取り組みました。そんな中で、初めて合格点に届いたときは、とても大きな喜びを感じました。

 

 私は自分の受験勉強を振り返り、良かった点と反省すべき点を考えました。全体を通して、最後まで生活のリズムを崩さずに過ごせたことや得意科目を大きく伸ばせたことが合格につながったと思います。一方、もっと早くふり返り学習を習慣化するべきだったと感じます。ふり返り学習をするのとしないのでは、知識の吸収率が違うということを身に染みて感じました。

 

 私は、この一年で、目標に向けて最善の選択を、たとえそれが苦しいことであってもできるようになったと思います。また、計画を立てて物事を進めていくこと、一つのものを多方面から見ることができるようになったと思います。このような力は、今後も必要なものだと考えています。

 

 私は、困難を乗り越えて受験を終える喜びを得ることができました。受験を終えた私が、受験において大切だと思うことは五つあります。一つ目は、自分のやることの優先順位を、やりたいことからではなくやらなければならない順にすること。二つ目は、一度やったことを完璧にすること。三つ目は、満足しないこと。四つ目は、協力してくれる人を積極的に使うこと。五つ目は適度な休息をとることです。これができれば、合格に大きく近づくと思います。受験は我慢勝負です。最後まで諦めず、合格をつかみ取ってください。

 

「Enjoy the pain if it’s inevitable !!」

 

 

 

 

 

「見習うこと」が多いですね。

 

(ivy 松村)

 

The season

本年度最初の「合格」のお知らせがありました。

東北の私立高校への進学が決まりました。

 

おめでとうございます。

 

面倒なこと、はがゆいことであっても、嫌な表情をせず、地道に取り組もうとするところが、きみの最大の長所だと思います。

大変だけれども、やりがいのある道を進む決心をしました。応援していますよ。

 

進路は決まりましたが、体調がよくなったら、もう少し一緒に勉強しましょう。

 

 

 

センター試験。

本番に挑む受験生たちの顔が思い浮かびます。

 

 

ゲンをかついでもいいし、かつがなくてもいい。

予感があってもいいし、なくてもいい。

特別な応援があってもいいし、なくてもいい。

 

 

開始の合図が聞こえたら、目の前の「問い」に向き合うだけ・・・。

 

 

あとのことは、あとのこと!

 

 

 

がんばってください。

 

 

 

(ivy 松村)

Pardon the expressions

今日は、埼玉県の私立高校の合格発表の日でした。

無事、合格でした。これで、「おさえ」が確定しました。

特に感慨にひたることもなく、今日のメニューをこなしました。

 

 

 

最近、「縁起の悪い言葉」を言わないように、生徒に話しています。

 

 

思わずペンを手から離してしまって、ペンが床にころがってしまったとき:

 

「ペンが、万有引力の法則によって床に接着するという現象が確認された」と言います。

 

あるいは:

 

「ペンが、我が手を離れ、母なる大地へと旅立とうとしている」と言います。

 

あるいは、また:

 

「ペンが、オーシーエイチアイティーエー!」と言います。

 

 

 

何十年も前から、神経過敏な受験生が、ちょっとした言葉に過剰に反応する「コント」や「ギャグ」が存在しました。

 

 

入試を控えた受験生が、不安な気持ちを抱えてしまうのは当然のことです。

それを抑え込もうとすることに神経や労力を使うのは、ちょっともったいない「エネルギー」の使いかたかもしれません。

 

そんなものは逆手にとって、自分から笑い飛ばしてしまうのが正しい「ユーモア」だと思っています。

(まあ、受け売りでもあるのですが。)

 

 

随時、新しい「言いまわし」を募集しています。

どんどんご応募ください。

 

 (ivy 松村)

these days

1月後半に入り、だんだんとあわただしくなってきました。

 

今日は入試応援に行ってきました。

毎年この時期、朝早く起きるようになるので、少しだけ健康になります。

 

推薦入試、合格発表の合間にも過去問演習出題形式別の問題演習を進めています。

明日も入試、そして過去問演習です。

 

 

無事、進路が決まった生徒もいます。

 

おめでとうございます。

 

今日も塾に来て一緒に過去問を解いて、解説授業を受けていました。

残りあと少しの期間、一緒に勉強できるのであれば、うれしく思います。

これから大切な時期を迎える友達の支えになってあげてください。

 

それにしても、4か月のうちに英検、漢検、数検をコンプリートした集中力はすさまじいものでした。

それは必ず「武器」になります。

 

 

この15年の間に急速に発達した「現代の野球」は、数ある人間の営為の中で、もっとも知性を必要とするものひとつです。

この数か月間は、その素養を育む時間となったはずです。

そして、また、「受験勉強」をとおして身につけた「もうひとつの精神力」が、きみをさらなる成長へと導くでしょう。

 

高校での活躍を期待しています。

 

 

 

都立中の応募倍率が発表されました。

 

南多摩中は 男子4.96倍、女子は6.21倍です。

 

男子は7名、女子は1名の増加ですので、昨年の倍率から大きな変化はありませんでした。

 

倍率がわかると身が引きしまる思いになりますが、極端なことをいえば、もう、忘れてもいいです。

だいたい、受験の倍率が3倍を越えたら、もう、あとは何倍であっても、あまり違いはありません。

 

本番で、自分の力を出し切って、一番いい答案を作ることだけを考えましょう。

 

 

 

都立高校の推薦入試の応募倍率も発表されました。

 

大泉の男子の倍率が、0.88となっています。

これは気になりますね。

 

 

例年のことですが、全体的に女子の応募が多くなっています。

 

「推薦入試」というのは、受験生が受けたいと思っても、中学校から「推薦」をもらわなければ受験できません。

女子の推薦入試の受験者数が多いということは、女子のほうが「推薦」をもらいやすいのだと捉えることができます。

 

 

もう少し「ソリッド」ないいかたをするなら、女子のほうが内申点を取りやすいのだということになります。

 

 

前回までのブログで、男子は志望動向が「慎重」になっているのに対し、女子の志望動向は、男子ほど抑制的になっていないことを指摘しました。

 

もしかすると、男子に比べて、女子のほうが実技4教科の成績が優位にあるのかもしれません。

 

一般的に、細やかさや丁寧さが求められる作業は、男子よりも女子のほうが向いているとされます。

音楽、美術、技術・家庭(特に家庭分野)で、男女間で評定の偏りがあらわれてもおかしくはありません。

また、保健体育は、男女別々の評定になるので、男子の体力的な優位性が評定に反映されることはありません。

 

実技4教科で、女子のほうが男子よりも相対的に高い評定を持っているとするならば、新しい都立高校の入試制度下で、女子のほうが男子よりも「十分な内申点」を確保できている受験生の数が多いということになります。

 

どうなのでしょうか。

 

 

 

(※前回のブログに載せた、平成25年度の都立中の倍率が間違っていたので訂正しました。)

 

 

(ivy 松村)

「面接」に臨む

本年度の最初の「合格」の報告がありました。

おめでとうございます。

 

終わったときにも、「やり切った」という表情で報告してくれて、いい結果が出そうな感触があったようでしたが、油断は禁物、ということで、「次」のことを考えておこうといっていました。

あらためて、胸をなでおろして喜びをかみしめているころだと思います。

 

夏休みは特に、集中して面接の練習や作文の直しに取り組みました。

その成果がうまく出せたようで、よかったです。

 

直前はかなりプレッシャーを感じていた様子でしたが、それもいい経験となったはずです。

精神的に苦しい時期を乗り越える経験は、人を成長させてくれます。

 

 

あらためて、おめでとうございます。

今後の活躍を期待しています。

 

 

 

大学入試では、AOや推薦入試の募集枠の拡大が話題になっています。

高校入試でも、今後、推薦入試のような「確実」な進路選択が積極的に活用されるようになるかもしれません。

 

 

実は、推薦入試に関して、ちょっと「持論のようなもの」を持っています。

それは、入試の「面接」に存在すると思われる「独特の評価の基準」についてです。

 

端的に、入試の「面接」は、企業文化のもとにある「就活」等の面接とは違うアプローチをしなければならないのではないかと感じているのです。

 

入試に際して「面接練習」をするとなったときに、「就活」を経験した「塾社員」が、屈託もなく「就活における面接マニュアル」を伝授しようとするのは、少し違和感を持ちます。

 

 

 

大学入試の「面接」は「大学の先生」が直接行います。

大学の先生方は、「研究者」、「教育者」の立場から学生を見ます。

 

特に、大学を「研究機関」であると位置づけ、大学の役割を「研究者の育成」であると規定しているような大学の教授は、一般的な「社会人」とは違う感性を持ち合わせています。

知的関心、熱意、研究に時間と労力を惜しまない実直な態度、そういった素質を感じさせる学生を迎え入れたいと考えるのです。

 

 

ですから、「大学に入学するにふさわしいかどうか」という判断は、「学ぶことに真摯であるかどうか」というような基準で計られることになります。

高校のランク、高校での成績、各種の資格でさえも、それほど意味のある指標にはなりません。

 

「大学で学ぶ意欲を持っているかどうか」が重要です。

 

ひたむきな研究を重ねつつ大学という組織の中で地位を築いた学者の方々は、「勉強」と「学問」を切り離して考えます。

大学で「学問」を学びたいという強い意志を感じさせる人をこそ、高く評価するでしょう。

 

 

もちろん、常識的なマナーや礼節、コミュニケーション能力などに問題があれば、それは論外ですが、「面接マニュアル」の受け答えにしたがっていないことを、すぐさま否定的に評価する人は少ないと思います。

まあ、「学会」は「変人」も多いところですからね。

 

 

学者は、企業的な価値観で人を判断しません。(もちろん、高校の先生も、です。)

 

当たり前といえば当たり前なのですが、かなり見落とされている「現実」だと思います。

 

 

「常識人」をうまく演じようとするよりも、むしろ、好奇心あふれる「変人」であったほうが、よい印象を持たれるかもしれません。

 

もし、AOや推薦入試の「面接」で「逆転」が必要なのであれば、「大学入試における面接の特性」をよく考える必要があると思います。

 

 

 

・・・というようなことを、おぼろげながらに考えながら、指導していました。

今回は、しっかりと対策してきたことが実を結んで、本当によかったと思います。

 

 

おつかれさまでした。

 

 (ivy 松村)

Ringing

長い一日が終わろうとしています。

最後に、うれしい声を聞くことができて、本当によかった。

 

何度も何度も言っていたので、聞き飽きたかも知れませんが、きみが進学する高校は、きみが過去に行きたいと願っていた高校の、数段上の格付けの高校です。

 

きみ自身も大きな魅力を感じたように、多くの受験生が入学を望んだ難関です。

 

立派に勝ち取ったのです。

胸を張って入学してください。

 

ただし、これも何度も何度も言い続けていますが、くれぐれも、御家族に対する感謝の気持ちを忘れないでください。

感謝の念は、心の中にしまっておくものではありません。

態度と言葉で、伝えるものです。必ず伝えてください。

 

 

 

思えば一年前、私たちは、暗闇の中で、二つの裸電球を頼りに春期講習の準備をしていまいた。

昨年のこの時期、四月から消費税率が上がるというので、かけこみ需要が膨れ上がって、内装工事の業者さんは大忙しで、開校日になっても照明、コンセントも設置されていないような状態でした。

冷たいむき出しのコンクリートに囲まれ、五里霧中の中で、必死に不安を抑え込みながら毎日を過ごしていた私たちにとって、その電話は、比喩ではなく、まさしく、光でした。

 

 

あのときの、春の講習に「授業をする」という喜びを、何をどうしようとも、誰かに伝えることはできないと思います。

 

その後も、きみの「明るさ」には何度も助けられました。

 

 

この一年の最後に、きみに合格が届けられて、本当によかった。

 

(ivy 松村)

入試応援のこと

昨日も入試応援に行ってきました。

 

今日、その入試結果の発表だったのですが、合格を果たしました。

 

おめでとうございます。

 

併願ではない受験でしたから、実力で勝ち取った合格です。

うれしかったでしょう。

しかし、なにより、ご家族は、ほっとされたと思います。

 

2日前に体調を崩してしまって、直前に十分対策ができませんでした。

前日も、帰る予定の時間を2時間近く超えて面接の練習などを行いました。

お家の方はずっと心配されていました。

家族の支えがあっったからこそ、がんばり切れたのだということを忘れないでください。

 

そして、まだ、ゴールは先にあります。気を引き締めてがんばっていきましょう。

 

 

 

さて、いよいよ2月に入り、東京の入試が始まりました。

 

今日2月1日は、私立中学入試のスタートでした。

今年はサンデーショックの年です。

 

受験に関する情報を集めていて、サンデーショックを用いて、中学入学時の学力と大学合格実績との関係を分析した論文があることを知りました。少しだけ読んでみましたが、結論としては、あまり関係がないのだそうです。

 

その結論によって、間接的に示唆されるのは、入学後の教育や環境の方が、学力の伸長に影響があるのだということです。

 

興味深いですね。

そうすると、実力相応の学校に入るよりも、単なる幸運でもいいから、上位の学校に入学したほうがよいということになります。

そして、「優秀な生徒が集まるから、進学実績がよいのだ」という因果の説明が揺らぐことになります。

 

分析の対象が私立の難関中高一貫校ということなので、一般化して考えることはできないと思いますが、大変貴重な、意義のある研究だと思いました。

 

 

 

今日、2月1日は中学受験の山場です。

多くの塾関係者が、入試応援に動員されていたはずです。

 

その入試応援に関して、面白い記事が配信されていました。

 

受験生激励大声やめて! 入試会場で塾関係者ら過熱

 

入試当日、塾関係者が受験校の校門の前に集まって、生徒に最後の激励をして送り出すという、一種の風物詩的な光景に対する記事です。

 

一言でいうと、「迷惑」であるということです。

 

 

ある学校が「ほかの受験生が萎縮する事態を避けるため、塾に対し、

 

・集団で声を上げての決起集会

・旗やのぼりの使用

・ベンチコートの着用

 

―などをやめるよう、事前に文書で呼び掛けた」

 

のだそうです。にもかかわらず、「当日、集会をして大声を上げた塾があり、抗議したという」ことです。

 

 

身につまされますね。

 

正直、塾の教師の中には、自分が「ならず者」に思われても、受験生の合格可能性0.1パーセントでも上がるのなら、本望だと思う人がいると思います。

 

 

入試応援という行為が、とても効果があることもわかっています。

 

緊張しない生徒もいれば、緊張で力を出し切れない生徒もいます。

また、怖いのは、大丈夫だと思っていた生徒が、当日になって、ガチガチになることです。その日になって、その生徒の本来の性質が現れることもあるのです。

 

私たちが考えなければならないのは、生徒が力を出し切るために、できることは何か、ということです。

早起きをして朝そこにいるだけで、そうした懸念をいくらかでも軽減できるのなら、当然そうします。

 

同業者として、そういう思いを共有することはできても、否定することはできません。

 

 

 

ただ、問題は、関係のない者がそこにいることです。「賑やかし」でいるだけの人間は「邪魔」以外の何物でもありません。

 

 

ものごとの本質を失っていて滑稽なだけでなく、悪影響が大きすぎるのです。

 

記事にもあるように、世間に迷惑であり、塾業界の悪評になり、当の受験生に望まれていないものになります。

 

もちろん、塾の従業員が、会社組織の圧力のもとにそこに来させられているのでしょうから、正常でないのは、動員の指示を出した人なのでしょう。彼らにとって、塾の従業員は、受験を「祝祭空間」にするための「小道具」です。威嚇や宣伝のために、そこ立たされています。

 

そして、哀しいことに、きっと、勢力の誇示は、企業の業績と相関があるのでしょう。

 

企業の論理が、教育の倫理に上回る端的な事例です。

 

 

 

昔、中学受験をする多人数の受験生を教えていたとき、必ず、こっそりと生徒に伝えていたことがありました。

 

「入試当日、大人たちが集まって、大騒ぎしています。ほとんどお祭りみたいになっています。多分、君たちは、ドン引きします。でも、それは、塾の人たちの、君たちを応援したいという気持ちのあらわれなのです。もし、嫌だな、と思ったら、さっと学校の中に入ってください。」

 

 

実は、小学生でも、受験生は逞しいもので、「そんなものだ」と冷めて見ている生徒も結構います。自分たちをそっちのけにして騒いでいる大人を見ながら、社会のあり方を学んでいくのかもしれません。(「先生」の鏡ですね)

 

しかし、そうだとすると、まあ、さらに滑稽ですよね。

 

滑稽だな、と思いながら、私がその一員を演じてきたのは、それに励まされる生徒が、必ずいたからです。その目的のために道化になれるのです。

 

 

 

入試応援を面倒に思う塾の教師も、多くいます。当然、塾の仕事は「夜型」になりますから、朝はきついのです。

以前は、入試応援に行きたがらない講師を歯がゆく思ったり、軽蔑したりしていましたが、今は、誰にとっても、その方がいいと思うようになりました。これは本心です。

 

 

受験生の力になりたい、という核心を失ってしまったら、入試応援は、すがすがしいほどの、ただの迷惑行為です。

 

ですから、私は、自分の生徒のすべての入試を同じように応援しようと思っています。

 

入試のある日は、必ずどこかの入試会場に行くようになって、何年か経ちました。

今年も、すでに6か所、高校入試の応援に行きました。

 

一人だけの入試応援も、風情があると思えるようになりました。

世の中の、私以外の塾の教師全員が「行かなくていい」と判断した入試会場には、私一人しかいません。

高校の先生も、塾の人が来るとは思っていないので、怪しまれて、声をかけられたりします。

 

 

お祭りのような喧噪のなかで受験生を探し出すことも、静寂の中でじっと生徒が来るのを待つことも、私にとっては等価であり、そして、喜びでもあるのです。

 

 

(ivy 松村)