「ムーミン」よりも「バイキング」

土曜日と日曜日にセンター試験が行われました。

 

私は、朝、首都大に行ってきました。

 

 

受験生のみなさん、まずは、お疲れ様でした。

 

大学受験は、まだまだ先のある受験です。

いっそう頑張ってまいりましょう。

 

 

 

さて、今年のセンター試験の地理Bの問題が話題になっています。

スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの北欧の3国に関する設問です。

 

 

「ムーミン」はフィンランドが舞台のアニメなのかどうか、ということが議論されているようです。

 

 

 

問題を見てみると、3国で作られたアニメーションが取り上げられていました。

 

①『ニルスの不思議な旅』

②『ムーミン』

③『小さなバイキング ビッケ』

 

3つのアニメーション作品のうち、①の『ニルスの不思議な旅』は、スウェーデンを舞台にした作品であると明らかにされています。

 

 

また、3国の言語の例が示されています。

 

 

④「Vad kostar der?」(ヴァッ コスタ デッ?)「それ、いくら?」

⑤「Hva koster det?」(ヴァ コステル デ?)「いくらですか?」

⑥「Paljonko se maksaa?」(パリヨンコ セ マクサー?)「いくらですか?」

 

 

 

3つの言語の例のうち、④の「Vad kostar der?」(ヴァッ コスタ デッ?)といういい方が、スウェーデン語で値段を尋ねるときの言い方であると示されています。

 

 

残りのそれぞれの2つアニメーションと言語のうち、どちらがノルウェーでどちらがフィンランドかを答える問題です。

 

 

 

「言語」を比較してみると、⑤の「Hva koster det?」(ヴァ コステル デ?)という言い方が、スウェーデン語によく似ていることがわかります。

 

スウェーデン語とノルウェー語はともに「ゲルマン語(インド=ヨーロッパ語)」の系統に連なる言語です。そのことを知っていれば、⑤はノルウェー語であると特定することができます。

 

一方、フィン語(フィンランド語)は、「ウラル語」という別系統の言語です。

 

ちなみに、英語も「ゲルマン語」の傍系です。

英語にも、「cost」という上掲の2言語と同様の語源を持つ動詞がありますね。

 

 

 

北欧の地理(や歴史)をしっかりと勉強してきた受験生は、スウェーデンとノルウェーが文化的に近い国同士であることを知っているでしょう。

 

 

 

アニメーションに関して、センター試験の終了直後から、『ムーミン』の舞台なんて、わからないよ…、といった悲嘆の声が、数多くネットに寄せられていました。

 

受験生の心情を思えば、うらみごとのひとつも言いたくなるのも理解できますが…。

 

 

多くの人が指摘しているように、当該の設問は、②の『小さなバイキング ビッケ』を手がかりに答えを導くような構成になっています。

 

つまり、「バイキング」という歴史的、文化的背景を持っている国を特定するわけです。それは、スウェーデンとノルウェーの2国です。

そのうち、スウェーデンを舞台としたアニメは、①の『ニルスの不思議な旅』であると指定されています。したがって、②の『小さなバイキング ビッケ』がノルウェーの作品であると推定することができるわけです。

 

 

 

試験に取り上げられた3つの子供向けのアニメーション作品は、70年代から80年代の初頭にかけて、日本のテレビで放送されていました。

作問者の思い入れが反映されていたり、あるいは、話題を喚起しようというある種の「遊び心」の表れだったりするのかもしれません。

 

 

それにしても、思いのほか大きな議論になっていますが、私は、個人的には、この設問に好印象を持っています。

 

 

自身の持つ知識と照合させながら、与えられた情報を比較・精査して、整合する解を導く問題だと思います。

 

 

 

一部で、『ムーミン』の舞台は架空の世界で、厳密にはフィンランドではない、という「ツッコミ」がなされています。

 

あと、『ムーミン』の原作者はスウェーデン系のフィンランド人で、原作はスウェーデン語で書かれた、とか。

 

『小さなバイキング ビッケ』の原作者は、実は、スウェーデン人だとか。

 

 

もちろん、「ファン」の方々にとっては「重要な問題」なのでしょうが、これは「地理の学力」を問うための「試験問題」です。

 

 

 

さらにまた、こうした問題は「北欧諸国」のステレオイメージを植え付けることになることを危惧する声もあるそうです。

 

個人的には、「大学で」学生たちのそういった先入観や偏見を取り払うことこそが、大学の先生方の使命なのではないかと思ったりします。

「入学試験」の機能と、学問的な「姿勢」は分けて考えるべきではないかという気がします。

 

 

 

アニメーションという日常的な題材を用いたことは、むしろ評価されるべきなのかもしれないとさえ、思います。

受験生は、経験したこともない形式の問に対して、注意深く対処し、思考力を発揮したり推論を働かせたりすることで正答に迫ることができます。

 

 

これまで、「識者」たちは「暗記・詰め込み」の勉強を、まさに蛇蝎のごとく貶めてきました。

 

で、今度は、「試験」として構造的に意味を持たない「細部」に難癖をつけて、揚げ足を取るわけです。

 

ちょっと、うんざりしますね。

 

 

「試験」なのですから、「試験」としての「機能」をみなければなりません。

 

 

 

この設問、不正解になってしまった受験生は、それは、本当に残念だったと思います。でも、反省をして、その経験を次に活かすしかありません。

 

自分の不見識や不注意を顧みるのか、「悪問」のせいで失点してしまったと悪態をつくのか、ちょっと大げさにいえば、それは「点数」以上の埋めがたい「学力差」を示すでしょう。

 

 

まだ、「これから」です。

がんばりましょう。

 

 

 

ところで、ムーミンが暮らしているのは「ムーミン谷」というところなのだそうですが、どうして住民の子供の名前が地名についているのか、と問うのは「野暮」というもの。

まあ、日野市に暮らす「日野さん」もいるはずです。

 

しかし、それにしても、ムーミンはいつも真っ裸です。スナフキンやミイは、服を着ているのに。

まあ、ムーミンは「そういう種族」で、物語がそういう「世界観」なのだと思いますが、ちょっと気になるのは、ムーミンのお父さんです。

 

真っ裸に「シルクハット」をかぶっています。

ちょっと、「こっちの世界」には、いてほしくないお父さんですね。

 

 

!!まさか、フィンランドには!?

 

 

(ivy 松村)

「馳文部科学大臣の発言」について考えてみる

今年は、「大学」に関するニュースで、2つの「改革」が大きな話題になりました。

 

ひとつは「大学入試改革」です。

大学入試センター試験にかえて、「新テスト」の導入が決まりました。

 

もうひとつは「国立大学改革」です。

国立大学の人文社会科学系の学部の「廃止」を、文部科学省が推進しようとしていると受け取られ、大きな反発を招きました。

 

これらのニュースについて、少し考えてみました。

 

でも、「国立大学改革」については、ある程度考えをまとめてみましたが、ちょっと書きにくい内容になってしまったので、載せないことにしました。

 

今回は、 もうひとつのトピックである「大学入試改革」に関して、馳文部科学大臣が行った発言について考えたことを書いてみようと思います。憶測や仮定などを含んだ部分もありますので注意してください。かなり踏み込んだ考えも書いていますが、まあ、世の中にある意見のひとつであると、鷹揚に受け止めていただければと思います。

 

 

 

さて、センター試験にかわる「大学入学希望者学力評価テスト」は2020年に導入される予定です。

しかし、先月に文部科学大臣に就任した馳大臣は、新聞社のインタビューで、このテストについて、導入の時期を先延ばしする可能性を示唆しました。

 

新しい文部科学大臣の「リーダーシップ」への期待感もあり、この発言は大きく注目されました。

私は、この馳大臣の発言を、「個人的な思い」の表れであると受け止めることを、今は保留しています。馳大臣が、どのようなタイプの政治家なのか、まだわからない部分があるからです。世間が思っているような「単純な発言」だった可能性もあります。

 

しかし、おそらく、用意された発言だったのではないかと考えています。

 

 

安倍総理大臣は、よく言われるように「保守本流」の政治家だと思います。

経済政策においては、政府の役割を小さくしようという考えを持っています。

 

一方、教育の分野では、政府の役割を大きくしようと考えています。

それは、第一次政権のときから強く打ち出されていました。

 

前任の文部科学大臣だった下村さんは、安倍さんと政治的な考えが近く、また、長年安倍さんに近い立場、役職で政治活動をされてきた方です。

3年前に政権をスタートさせるときに、安倍さんは、自身が強い信頼を寄せる政治家である下村さんを文部科学大臣に任命したのです。

 

おそらく、安倍総理は、文部科学大臣というポストを、世間が思う以上に重要視しています。だからこそ、自分の意をしっかりと汲んでくれる人を文部科学大臣に抜擢するのだと思います。

 

安倍総理大臣の様々な発言を見聞きしても、教育行政のテコ入れに、強い意欲と関心を持っていることがわかります。

政府主導で教育の「改革」を行っていくために、文部科学省を担当する国務大臣は、忠実に仕事を実行することができる人物を起用する人事となるわけです。

 

今回の内閣改造で文部科学大臣となった馳さんは、経歴や「党人」としての立ち位置も含めて、安倍さんの構想に合致する人だと思います。

 

 

安倍総理大臣は、小泉さんの政治手法に大きな影響を受けていると思います。

なかでも、「政府・与党執行部」が中心となって政治を動かすやり方は、とても似ています。

 

安倍さんが志向するのは、政府・与党の中枢が各省庁を主導的に指揮し、円滑に政策が施行されるような体制です。

 

安倍政権の閣僚(国務大臣)には、官邸(政府・与党)が決定した政策を、各省庁と連絡を取りながら実行する「実務能力」が求められるわけです。

 

つまり、馳大臣は、旧来の政治家のように、「独自色」を打ち出すことを求められたり、許されたりするような職務に就いているわけではないのです。

 

 

ですから、馳文部科学大臣が公にする発言は、政府の方針を代弁したものである可能性が高いといえます。

 

(もちろん、これは、馳大臣が、軽はずみに「個人的な思い」をメディアの前で話さない、という政治家としての基本的な資質を有していることが前提です。)

 

 

現代政治の力学をふまえて考えてみると、馳大臣の言葉は、文部科学省の「お役人」や関係者に向けて発せられています。

 

つまり、今のようないいかげんな案のままでは、予定どおりに「新テスト」を導入させるわけにはいかない、という警告をしているということです。

 

馳大臣の発言を聞いた文部科学省の「お役人」は、予定どおりに「新テスト」が導入されるように、現行の案の見直しを迫られます。

また、これがメディアをとおして発信されたことによって、「新テスト」がいいかげんなものになっていないかどうか、国民の「監視」を受けることになります。

そのため、言い逃れたり押し切ったりすることができなくなります。

 

馳大臣の発言は、そのことを計算したものだと思います。

 

 

 

私は、今の段階では、「新テスト」は、予定どおりに導入される可能性のほうが高いと思っています。

もちろん、未来のことは現時点ではわかりません。

しかし、すくなくとも、馳大臣は「新テスト」の導入時期を本格的に見直そうと考えているわけではないと思います。

件の発言は、その意図を現実的に読み取れば、要するに、「間に合うようにやりなさい」というものに過ぎないわけですから。

 

 

政治家が目指すのは、「お役人」の面目を潰すことではありません。

政治家は、「お役人」に力を貸してもらいながら、政治的な理想を実現することを目指します。

 

馳大臣の発言は、政治的な目的を達成するための手段として、なされているはずなのです。

 

 

 

さて、不透明な部分はあるにしろ、いずれにしても、大学入試の制度が刷新されることになりそうです。

 

おそらく、これは「受験業界」の再編の引き金となるでしょう。

 

センター試験が導入されたのは1990年ですが、それを契機として大手予備校が全国各地に「勢力」を拡大することになりました。

多くの受験生を抱えている予備校ほど、精度の高い情報を持ち得たことが大きな理由のひとつです。

 

予備校は、センター試験を受けた受験生の自己採点を集計して「ボーダー」等の分析を行うわけですが、こうした情報の取得は、「サンプル数」を多くかかえる大手が圧倒的に有利となります。

大手予備校は、特に国立大学を目指す生徒が求めるセンター試験の情報を武器に、さらに多くの学生を集めました。

 

こうして、90年代以降、地元の中小の予備校ではなく、全国展開している大手予備校へと学生がよりいっそう集中する状況が作られていったのです。

 

今回も同じように、「新しい入試」に呼応して「受験業界」の変化が訪れることになると思います。

 

 

 

生徒たちも大変ですが、私たちもうかうかしてはいられません。

「新テスト」をふまえた万全の指導を行えるように、しっかり準備していきたいと思います。

 

 (ivy 松村)