「説明」と「暗記」

中間テストの勉強をチェックするために、5月2日(月)に校舎をあけることにしました。

 

定期テストに向けて、「暗記」に重心を置いた自主的な勉強の進め方や取り組み方を伝えます。

 

中間テストのない人も参加してもらいたいと思います。

 

 

 

中3の生徒には授業で話しましたが、定期テスト対策のやり方を一部、変えていこうと思います。

 

 

以前は、学校の授業を全く聞いていない生徒のために、定期テストの範囲の内容を、一から全部懇切丁寧に「説明」していたこともありました。

 

個人塾をはじめるときに、できる限り学校の勉強をフォローする塾にしたいと思っていたのですが、しだいに、そうすることには大きなデメリットがあると考えるようになりました。

 

 

①塾でフォローしてもらえばいいと考え、学校の授業をしっかり聞かなくなる

②塾でフォローしてもらえばいいと考え、自分から取り組まなくなる

 

 

こちらが努力すればするほど、悪影響が出るということがわかってきました。

 

もちろん、それは「一部」の生徒です。

学校の勉強は結局は自分で取り組まなければならない、という当たり前の真理を十分に理解している人には、関係のない話です。

 

しかし、そうであるからこそ、「不公平感」が非常に強くなってしまうということもあります。

怠けた人間ほど、「得」が大きいわけです。

 

 

 

また、さらにその中の一部の生徒にとっては、「説明」そのものが弊害であるということが明らかになってきました。

 

はっきりいって、「説明」が学力の向上につながらないのです。

 

つまり、別のやり方で「テスト対策」を行ったほうが、より多く得点を取れるということがわかってきたのです。

 

 

学校の授業で、担当教科の先生に「説明」されて、なかなか理解できない人は、そもそも「説明」されるのが苦手なのでしょう。

そういう人に「説明」するとなると、非常に多くの時間が必要になります。

 

時間をかけて「説明」をするということは、教師にとってはそれほど大変なことではありません。もちろん、物理的な時間の制約はあるわけですが、「説明」は、塾の教師にとってはあまりにも日常的な行為です。

 

しかし、他方、「説明」をされる生徒は、「労役の時間」が増えていくとしか考えられないわけです。

「理解したい」と考えるのではなく、「早く解放されたい」と思うような生徒は、実は、そもそも「説明」を聞きたいとは思っていないのです。

 

そういう生徒は、「説明」をとおして学力を上げることが難しいわけです。

 

 

(こういう話をすると、「それはお前の説明が下手でつまらないからだろう」という安っぽいツッコミを入れようとする人がいます。念のために一言そえますが、そういう低次元の話ではありません。)

 

 

 

教師は、生徒に「説明」をします。

 

「説明」は、覚えるべきことがらを、聞く人の記憶に定着させることを目的として行われます。

 

そのために、他との関連性に言及したり、因果関係を示したり、強く印象づけたりするために情報をつけ加えるわけです。

 

つまり、「A」という知識や考え方や解法などを覚えなければならない場合に、「a」や「a’」「a”」という情報を用いて「A」の記憶を強固にしようとするわけです。

 

ところが、「a」や「a’」「a”」という情報が「ノイズ」になってしまう人がいます。

 

それぞれの情報の序列や関係性、機能を判断できないからです。

「説明」をされることで、情報が増えるために、何が大切な情報なのかわからなくなってしまうのです。

 

結局、増えてしまった情報を処理しきれずに、脳が「フリーズ」してしまいます。

 

 

 

たとえば、「生存権」というトピックについて、社会科の教師は「社会権のうちのひとつ」というだけではなく、「社会保障制度」と関連させて「説明」をしたいわけです。また、日本国憲法第25条、ワイマール憲法、さらに、近代資本主義の発達にともなう労働問題などのトピックとあわせて理解してほしいわけです。

 

それによって、「生存権」という知識を強固にすることができるだけでなく、社会科の学力を総合的に増幅することができるからです。

 

ところが、こうした情報をもちだすと、表情がくもって、げんなりする人がいます。

「説明」の意図や意味や効果を理解できないので、「関係のない無駄話」だと思ってしまうわけですね。

 

 

知識が「有機的に結びつく」、という感覚をもっていないので、話が拡散しているとしかとらえられないのでしょう。

「脳で処理することがらは、なるべく少ない方がいい」と思っているので、「説明」によって情報が増えていくのが嫌なわけです。

 

そういう人は、シンプルな「1対1」対応の(知識というよりも)「単純な語彙」を、1つずつ作業的に詰め込んでいくような勉強方法のほうがが向いているわけです。

 

 

「説明」を聞くことができる人は、逆の認識を持っています。

つまり、あることがらを、なるべくたくさんの情報と結びつけることで、その対象をより自然に簡単に、高度な理解にもとづいて記憶することができると知っています。

ですから、そういう生徒は、できるだけ多くの「説明」を聞きたいと思うわけです。

 

「説明」を聞きたい人は、どんどん質問に来るようにしてください。

「説明」が必要な人に対しては、「説明」を減らしません。

 

 

本来ならば、複数の情報を結びつけて覚えるほうが効率的であり、結局は負担も軽くなります。

 

ですが、向いてない人が向いていないやり方を続けるのは生産的ではない、という結論に達しました。

 

 

これまでは、なんとか「説明」を聞けるようになってもらおうと思って、いろいろ試行錯誤してきましたが、考え方を変えることにしました。

 

「説明」の時間を取るよりも、ひたすら「暗記」をしていこう、という話です。

 

そのために、「ワーク」を最大限有効に活用します。

 

 

 

「説明」が耳に入らないことを責めているわけではありません。まあ、ちょっと残念な気もしますが、大事なのは、学力を上げることであり、点を取ることです。

 

 

土曜日と火曜日に、すでに一部の生徒に「ワーク」を使った「暗記」主体の勉強方法をレクチャーしました。

 

5月2日(月)の「定期テスト対策」では、具体的な「訓練」を通して、「暗記」中心の勉強方法に慣れてもらおうと考えています。

 

 

きちんと「手」を使って、問題に答える形式で、記憶に定着しているかどうかを確認しながら「暗記」をしてください。

 

脳に「負荷」をかけるやり方で覚えなければ、その知識は本物にはなりません。

 

 

「説明」を聞くのも嫌、「暗記」に取り組むのも嫌、というのであれば、もう、お手上げです。

 

覚悟を決めて取り組みましょう。

 

 

 (ivy 松村)

 

「規則」と「例外」を意識して暗記する

暗記のコツはいくつかありますが、そのうちのひとつは、情報を圧縮する、ということです。

 

「圧縮」させた情報は、運用するときに「展開」させる必要があります。

ですから、それを導く「規則」にしたがって「圧縮」を行わなければなりません。

 

つまり、記憶する際に、覚えることがらのボリュームをなるべく小さくすることが、暗記をするうえで有効であるということです。

そのためには、「規則」を意識しなければなりません。

 

 

「規則」を意識しながら暗記するやりかたについて考えてみましょう。

 

単語を記憶するのに使用する「脳の領域」というものがあると仮定して考えてみます。暗記をするとき、つまり単語をその領域に収納する場合、「1単語」ごとに「1メモリ」が占有されるとイメージしてください。

 

このような認識は、正しいとはいえません。

しかし、あえて物理的な発想で「暗記」について考えてみましょう。

 

 

もし、数字を「1単位」ごとに記憶していかなければいけないとすれば、たとえば、1から1000までの数字を覚えるのに、「1000メモリ」を使うことになります。

つまり、「数字の数」=「使用メモリ」となるのです。

そうすると、私たちは数字を扱うために、膨大は量の「メモリ」を消費しなければなりません。

やがて「記憶の領域」は数字だけでいっぱいになってしまうでしょう。

 

 

私たちの文明は、「10進法」を使用しています。

ですから、数字が「10」に到達した後は、「折り返し」を行って、「10+1」=「11」と表示し、「10×10」に到達した後は「101」という表示を使います。

 

このように、数字を「折りたたむ」ことで、全ての数を記憶しなくても数字を使いこなすことができます。

 

たとえば、「894」という数字は、「8」という概念、「100」という概念、「9」という概念、「10」という概念、「4」という概念を組み合わせて構成されています。

 

私たちは、894もの「メモリ」を使って「894」を認識しているわけではありません。

 

894個分の「メモリ」を使用しなくても、「894」を認識できるはずです。

私たちが扱える数字の「量」に対する「メモリ」の消費量は、恐ろしいほどに少量です。

 

さらに「1000」という概念をたったひとつ導入するだけで、10倍以上のもっと大きな数をも扱うことができるようになります。

こうして、桁が大きくなるほど「費用対効果」が高まるのです。

 

 

私たちが数字を認識できるのは、必要とされる数字のすべてを記憶しているからではなくて、数を運用する「規則」を身につけているからです。

その「規則」と、「10進法」に必要な最低限の概念さえ覚えれば、膨大な数字全体を記憶しなくても、数字を使いこなすことができます。

 

 

同じように、あらゆる学習における「暗記」を「規則」に則って行うことで、「メモリ」を節約しながら、大量の情報を記憶することができるようになります。

 

およそものごとには「規則」があります。

そして、しばしば「例外」があります。

 

「暗記」にとって大事なのは、「規則」と「例外」を整理しながら覚えることです。

 

 

 

「英語の数字」を覚えることは、暗記の練習にとても良いと思います。

 

「数字」の配列には、明示的な「規則」があらわれるので、「規則」を考えながら暗記をする練習の、初歩的な段階として理想的です。

 

 

「one」「two」「three」「four」「five」「six」「seven」「eight」「nine」「ten」

 

1~10をベースにして、その先を覚えていきます。

 

ただアルファベットの文字列を記憶するのではなく、子音の発音や二重母音の「規則」を覚えます。

さらに、黙字や不規則な発音といった「例外」があらわれている部分を確認し、覚えるようにします。

 

11~20には、高度な「規則」と重要な「例外」があらわれます。

それらを意識し、整理しながら暗記することは、使用する「メモリ」を節約するのに有効であるだけでなく、記憶を定着させるのに効果的です。

 

「eleven」と「twelve」は「例外」です。

 

「thirteen」「fourteen」「fifteen」「sixteen」「seventeen」「eighteen」「nineteen」

 

13以降は、「-teen」をつける、という「規則」を見出すことができます。

 

ただし、「thirteen」「fifteen」「eighteen」には「例外」がみられます。

 

「thirteen」は特に念入りに覚える必要があります。

「-ir-」の部分を、刷り込むようにして脳に定着させる必要があります。

 

「fifteen」「eighteen」は、綴りの変化を確認します。

「フィフティーン」「エイティーン」という発音と対応させて覚えます。

 

「fourteen」「sixteen」「seventeen」「nineteen」は、「規則」にしたがって覚えます。

 

 

「twenty」以後、「-ty」によって10の位をあらわすという「規則」を確認します。

 

「2」という概念と「tw-」が関連しているということを確認します。

(後に「twice」という単語が出てきたときに、関連づけて覚えるようにします。

 

「two」(トゥー)から、「ウー」という音と「o」の対応を知ることができます。

「twelve」(トゥウェルヴ)、「twenty」(トゥウェンティ)はともに「twe-」で始まることを確認します。

 

20以降は、「twenty-one」「twenty-two」「twenty-three」・・・と数えていきますので、あとは、「十の位」を覚えればよいことになります。

 

「thirty」「forty」「fifty」「sixty」「seventy」「eighty」「ninety」「hundred」

 

 

「forty」のつづりが変化しているので、入念に覚えます。

 

「thirty」「fifty」「eighty」は「thirteen」「fifteen」「eighteen」に対応しています。

 

「sixty」「seventy」「ninety」はそのまま「規則」にのっとって暗記します。

 

100以降は、「one hundred」「two hundred」「three hundred」・・・となります。

 

 

894は、「eight hundred ninety-four」となります。

 

 

 

このように、「数字」を、「規則」と「例外」を整理しながら覚えることで、応用的に、「894」のような大きな数も自動的に扱えるようになります。

100以降の「数字」をいちいち覚える必要はありません。

 

「10進法」という「規則」を念頭に「英語の数字」の暗記を行うことは、暗記の基本を身につけるのにうってつけです。

 

多くの言語、文化の中で、「数字」は、効率的に設計されなければならない「規則」です。

 

 

その中に、「例外」がちりばめられています。

ヨーロッパのいくつかの言語には、古代の「12進法」の名残がみられ、英語にもその面影があります。それが、面倒な「例外」のひとつを形作っています。しかし、それもまた、「暗記の練習」のよい材料となるでしょう。

 

多くの場合、人の創作物には、故意あるいは不意の「例外」が存在しています。

むしろ完璧に「規則」通りに何かが作られることのほうが希少であるといえるでしょう。

どんな「規則」の中にも「例外」は潜んでいると心得ておかなければなりません。

 

英語には、あきれるほど多くの、つづりと発音の不一致がみられます。

また、今後、みなさんは、幾度となく 文法上の「例外」に遭遇することになるでしょう。

 

 

今、「英語の数字」と格闘している生徒のみなさん、絶対に、「労働作業」のように暗記をしないでください。

 

暗記をするときには、必ず、頭を働かせてください。

考えながら暗記をするくせを身につけてください。

 

常に「規則」と「例外」を意識しながら取り組むことが大切です。

 

 (ivy松村)

暗記について

暗記には、工夫によって効果や能率をあげていく局面と、努力によって語彙や知識などを血肉にしていく局面があります。

 

 

塾の教師は、後者の重要性をなかなか口に出しづらいものです。

「楽」に成績を上げてくれる塾が「いい塾」である、という浅い考えの人もたくさんいるからです。

がんばって覚えなさい、と言われると、露骨に「うげぇ~」という顔をする人もたくさんいることでしょう。

生徒に「余計なストレス」を与えないために、小テストなどを課さない塾もあります。

 

 

勉強には、地道な取り組みが必要です。

そのことを、正しく伝えたいと思っています。

 

 

私は、よく「暗記をしなさい」と生徒にいいます。

しかし、闇雲に、修業のように、ただ一心不乱に言葉や数字の羅列を記憶するように指示しているわけではありません。

 

以前、暗記について、何度かブログに書きました。

まだ、読んだことのない人は、目を通しておいてください。

 

暗記とは

暗記をするときの工夫

暗記の具体例

生徒の皆さんへ

 

(ivy 松村)

「暗記から逃げない」

都立高校入試が終わっても、息をつく暇もなく、中1、中2生の期末(学年末)テストでした。

 

ずいぶん前から、生徒たちには、重々に、三学期は都立入試があるので、手厚いテスト対策はできない旨を伝えてありました。

 

今回は、「定期テスト対策」ではなく、「自習」と位置付けて、取り組んでもらいました。

ほとんどの生徒が、可能な限り、ほぼ毎日、自習に来ていました。

 

2学期の期末テスト以降に入塾した生徒には対策授業も行いましたが、「自習の仕方」を教え、実践してもらうことが中心でした。

 

 

定期テスト直前の勉強は、「効率的」に行わなければならないことを伝えました。

基本的に、「まとめノート」のようなものの類は効率的ではありません。

だらだらと「文字を書く」という作業を行っていることで、勉強をやっているという気分に浸っているだけです。

ですから、悠長な「ノート作り」をするのではなく、暗記をするように、と指示しました。

 

「ノートにまとめる」というのは、複雑な内容を、じっくりと体に染み込ませて、理解を深めていくための取り組みです。

授業で説明を受けてから、一週間以内に行うべきものです。

 

定期テスト直前は、即効性があり、得点に直結する勉強をしなければなりません。

 

しっかりと学習を積み重ねてきた人は、最終確認や応用的な内容に踏み込めばいいでしょう。

直前になるまで「放置」していて、追い込まれている人は、必死で「暗記」するべきです。

 

 

この機会に、中1、中2の生徒に「暗記の基本」を教えました。

それほど特別なことではありませんが。

時間当たりに記憶する語の数が最も多くなるような取り組み方をすればよいのです。

 

暗記とは、本質的には、実は、脳から情報を取り出すという作業です。

ですから、一生懸命「収納」するのではなく、思い出す作業の回数や時間を増やすべきなのです。

 

「脳に負荷をかける」ということが重要です。

楽して覚えることを望んではいけません。

中学時代の暗記は、「訓練」ですから、とにかく必死で取り組むことが大切です。

一人ひとり、伝えた暗記のやり方を継続して行ってください。

 

 

 

それにしても、勉強が板についてきました。

みなさんの自習の様子を見ながら、しみじみと感慨にふけっていました。

 

どこかの塾のような、「わかった、できた、楽しい、やる気が・・・」云々の、幼稚なことはほとんど言わない塾です。

勉強の価値に気づいてもらえたら、本望です。

 

 

 

来月からは、新学年です。

 

返却されたテストを持って、塾に来てください。

 

さっそく、次の一年の予定と目標を決めましょう。

 

 

(ivy 松村)

暗記をしても社会で役に立たないという意見

歴史の年号を覚えることが社会に出て役に立つのか?と問う人がいます。この問いは幼稚で陳腐です。何よりも、知的ではありません。

 

この問いは、論理的に受け止めれば、学校や塾では、社会に出て役に立つことを教えるべきであるということを主張しています。

 

まず、第一に、初等教育、中等教育で学ぶべきなのは、経済活動における直接的な行動の指針ではありません。ここでいう「社会に出る」とは仕事を持つということと同義です。どうして学校で、仕事場における処世術を学ぶ必要があるのでしょう。

 

また、「役に立つ」とは、この場合、仕事をするうえで有益であるという意味にとれますが、即物的、世俗的な利益につながるものにこそ価値があるという安っぽい考えがにじみ出ています。

 

勉強は無駄であると思い込みたいのでしょう。それは自分の心の中に保持しておくべきことで、同調者を募ろうと、世間に向けて発するべきものではありません。児童・生徒の耳に届けるべき言葉ではないのです。

 

当然、仕事をもち、社会というつながりの中で生きていくことは意義あることです。子供たちもいずれ社会に出ていくでしょう。社会に出て必要なことは、生活をし、仕事をするなかで、怒られたり励まされたり褒められたりしながら身につけていくものではないでしょうか。もちろん、人間関係を築くうえで基本となるマナーやコミュニケーションは子供のうちに身につけておくことが望ましいものですが、教科学習で学ぶことではないと思います。

 

そもそも、この世の中にはたくさんの仕事があり、そこで求められる技術や素養は同一ではありません。あらゆる仕事に共通して「役に立つ」事柄だけを教えることは不可能です。

 

 

極論すれば、この世の中に絶対的に必要な知識はありません。時代や場所、社会や立場などによって、どのような知識が大切で価値があるかは変わります。つまり、何を覚えなければならないかは、究極的には、決定的なものではないということです。

 

それでも、年号を覚えることには意味があります。大事なのは、数字の羅列を記憶することではなく、「歴史」という観点から人類の営みやありかたに迫ろうとすることです。暗記は、そのための実に初歩的な手段です。概念や知識をより明確に、鮮明に収集することで、やっと学習の準備が整うのです。

 

さらに重要なのは、暗記が訓練であるという側面です。暗記に向き合い、知識を吸収しようと格闘し、努力することを通して、身につけられるものがあります。

 (ivy 松村)

生徒の皆さんへ

人間の脳は忘れるようにできています。忘却の機能が備わっているので、いざテストのときに思い出せなくなることがあります。

 

忘れるということ自体は、不注意でも怠慢でもなく、生理的なものですから、仕方のないことです。しかし、忘れることへの対策を取らなかったために解答することができなかったのだとしたら、それは反省するべきです。

 

人間は忘れる生き物です。であるならば、忘れてしまっていないかどうかの確認を怠ってはいけません。

 

忘れることは、人間にとって自然なことなのですから、ことさらに恐れる必要はありません。「忘れる」という私たち人間の性質とうまく付き合っていけばいいのです。大切なのは覚えなおすことです。

 

 

ちなみに、大人になるほど、暗記をしなくてもよくなります。自由にメモや記録を見たり、調べたりすることができます。さらに、大人は、忘れたときに「笑ってごまかす」という究極の対処法を使うことができます。ずるいですね。

 

 

忘れてしまうということを常に想定して勉強していきましょう。ただし、「どうせ、忘れる」という認識を持ってはいけません。あくまで、強い意志の下に暗記に取り組んでください。結果として、忘れることがあるのです。

 

がんばって覚えたことを忘れてしまったら、もちろんショックですし、落ち込んでしまいます。自己嫌悪に陥ってしまう人もいると思います。しかし、忘れることは罪ではありません。勉強にとっての罪は、覚えようとしないことです。放置することです。

 

暗記という取り組みは、多くの人にとって苦痛で、ストレスを感じてしまうものです。忘れてしまったときに、覚えるために使った時間や労力が無駄になったように思ってしまいます。結局忘れてしまうのだから、覚えようと努力することに意味はない、と考えてしまう人も出てきます。それは、敗者の思考です。決してそのような考えにとらわれないでください。

 

勇気をもって暗記に取り組んでください。

勇気とは、自分が傷つく可能性を覚悟して前進する決意のことをいいます。

その先に、手に入れるべき財産があります。

 (ivy 松村)

暗記の具体例

「関連づけ」を行いながら暗記をする例を紹介します。

 

 

例えば、歴史の年号を覚えるとき:

 

「いくさ苦しい第二次世界大戦」「い(1)く(9)さ(3)く(9)るしい」というようなゴロ合わせで覚えると、「3項目」覚えることになります。

 

1919年 ベルサイユ条約

1929年 世界恐慌

1939年 第二次世界大戦

 

10年ごとに並べ、流れをつかみます。

 

「ベルサイユ条約によってはじまった軍縮への動きが、世界恐慌によって崩れ、その10年後に次の大戦を迎える」

これらを孤立した個々の出来事として覚えるよりも、つながりのある事柄としてとらえたほうがより覚えやすく、また、連想によって「アウトプット」しやすくなるはずです。

 

 

例えば、英単語を覚えるとき:

 

survival”は「鯖威張る」(魚のサバが生き残ったことを自慢している)などと覚えるのは、あまり質の高い勉強ではありませんね。

 

・survival(存続、生き残ること)は動詞のsurviveの名詞形

・surviveは sur(上に=above)+ vive(生きる=live)という語源(ラテン語)

・「他にまさって生きる」…「生き残る」→「切り抜ける」

・reviveは re(再び=again)+ vive(生きる)→「生き返らせる」「回復する(させる)」

・revival(回復、再生)→「リバイバル」(昔の流行の復活)

・viv =live,vit =life

・vital(生命の、活気のある)、vitality(活力、体力、生命力)

・vivid(いきいきとした→鮮明な)

・sur =above

・surface〔発音注意〕は sur(上)+ face(顔)→「顔の上」…表面

 

「関連づけ」を行うことでことで知識の網目を広げ、 記憶が定着しやすくなります。また、訳語や意味を引き出しやすくなるはずです。

 

 

「関連づけ」は、覚えるべき対象に論理的な意味を与えるということです。少し大げさにいえば、それは創造的な行為であるといえるでしょう。

単なる文字、単なる発音を、内実をともなった概念として捉え直す取り組みです。

 

そうした取り組みは、覚えなければならない事柄をより強く自分に印象付け、暗記の手助けになります。しかし実は、さらに重要なのは、それが暗記の能力を拡張することにつながるのだということです。

 

暗記力は、定められた才能などではありません。工夫と努力によって伸ばしていくことができるものなのです。

 (ivy 松村)

 

 

暗記をするときの工夫

暗記するときに意識しなければならないのは、後で記憶を「アウトプット」できるかということです。「アウトプット」しやすくするために、「インプット」の工夫をすることが、「整理をしながら覚える」ということです。

 

では、「整理」とは、実際「インプット」するときに何をすることなのでしょうか。

 

2つの方法を紹介したいと思います。

 

ひとつは「階層化」です。「階層化」とは、分かりやすくいえば、分類し仕分けることです。

 

パソコンにデータを保存するときのことをイメージしてください。たくさんの種類のデータを一つの場所に全部入れてしまうと、管理が大変になってしまいます。データの種類や使用する用途に合わせて複数のフォルダを作って管理します。必要であれば、フォルダの中にさらにフォルダを作って、細かい分類をします。そうすれば、素早くデータにアクセスしたり閲覧したりできるようになります。

 

例えば、「let it go」という曲を保存するときに、「ミュージック」→「サウンドトラック」→「ディズニー」→「アナと雪の女王」→というように、データの置き場所をある範囲ごとに限定しておくことで、聞きたいときにすぐに見つけ出すことができます。

 

暗記も同じように、まとまりや属性を意識し、分類しながら行うことが効果的です。記憶を「階層化」することで、記憶の奥にまで筋道立ててアクセスできるようになるでしょう。そうすることで、「アウトプット」しやすくなります。

 

もうひとつは「関連づけ」です。

 

文脈の存在しない、単独の言葉の羅列を覚えるのは大変です。しかし、それに比べて、歌の歌詞などは覚えやすいはずです。メロディーやリズムと関連づけられているからです。同様に、感覚や体験と関連づけられた事柄は、はっきり覚えているものです。ですから、ゴロ合わせや替え歌などの「関連づけ」の工夫によって、暗記がはかどることもあります。

 

最もよいのは、覚えるべき事柄同士を関連づけることです。関連づけの網目が強く、広く結びつけられるほど、記憶は確かなものになります。特に、因果関係や比例・反比例などの相関関係や、親族関係、類似性、法則性などを見出し、それぞれ個別に独立してあった事柄をまとめ、記憶をネットワーク化することが効果的です。


(ivy 松村)

暗記とは

暗記について、広く浸透している一般的な誤解があります。

暗記は、言葉を「詰め込む」作業であるという認識です。

 

押し入れに物を収納するときのことを考えてみましょう。

片端から物を突っ込み、ぎゅうぎゅう押し込んで、たくさん入ってよかったね、ということにはならないでしょう。

 

なるべくたくさん物が入ればいいというものではありません。当然のことながら、使いたいと思うときに、使いたいと思う物を取り出せなければ意味がありません。取り出せなければ、それは失われてしまったことと同義です。所有しているはずの物を、新しく買い求めなければならないとしたら、本当にばかげています。

 

記憶にも同じことがいえます。思い出せなければ、忘れてしまったことと同義なのです。「暗記した」というのは、必要なときに、必要な情報や知識を脳から呼び出すことができる状態のことです。

 

テストの後で、答えを知って、あぁ、そうか!と叫んで、がっくり肩を落とした経験は、誰にもあるものだと思います。それは、記憶しているけれど、その情報を取り出すことができなかったということなのです。

 

覚えなければならないときに、言葉を脳に刻みこもうと努力するだけでは効果的な暗記はできません。情報や知識を、後で必要なときに脳から取り出せるように、整理しながら収容することが大切なのです。

 

押し入れに何でもかんでも詰め込んで、いちいち中身をひっかき出して探していたら、毎回大変な労力が必要になります。そうならないために、ふつうは、たくさんの物を収めるときには、冬服、スポーツ用品、玩具、などをボックスに分け入れて収納します。

 

同じように、暗記も、覚える事柄を整理しながら脳に収容していくべきなのです。そうすることで、必要なときに円滑に記憶を取り出すことができるようになるのです。

 (ivy 松村)